第51話 背中の哀愁
「ごめんねぇ~。私、てっきり知り合いなのかと思っちゃって」
ひとしきり涙を流した人魚は、目元を拭いながらそう言った。
知り合いと思って声を掛けたら人違いで、恥ずかしかったから泣いたのかな?
そんなわけないか。なんて、俺が心の中で自分にツッコミを入れていると、ロネリーが告げる。
「いえ、大丈夫です。ちょっと驚きましたけど」
対する人魚は、一瞬首を傾げた後に納得した様子で頷きながら続けた。
「あ、そっか。君達はあんまり人魚を見慣れていないんだっけ? まぁ、私達もなるべく人前に出ないようにしてるから」
「なるほど」
人魚の肉を食べれば不老になれる。なんて話が出回っている以上、人前に出るのは危険が伴う。
そう考えれば、彼女の判断は至極真っ当な判断だろう。
じゃあなんで俺達の前に姿を現したんだ? という答えが、きっと『知り合いだと思った』ということに繋がるんだろう。
もしくは、俺達が4大精霊を引き連れていることを知っていることと関係があるのかもしれない。
と、そんなことを考えている俺の隣にいたサラマンダーが、不思議そうな表情で口を開いた。
「見間違えたって言ってましたけど、僕らの中に、その知り合いと似てる人がいたってことですか?」
彼の問いかけを聞いた彼女は、大きく頷いた後、ロネリーを見ながら言った。
「うん。私ね、金髪でウンディーネを連れてた娘と、仲が良かったんだ~」
「その方って、前のウンディーネ継承者ですか?」
「そうなるのかな? って、そう言えば自己紹介してなかったね。私はテレサ。君達は?」
「私はロネリーです。そして、知ってると思いますが、彼女がウンディーネ」
「俺はダレン。で、この小っこいのがノームだ」
「アタチはペポだチ。んで、そこを飛んでるのがシルフィだっチ」
「僕はサラマンダー。で、この子がアパルだよ。それと、彼はガーディ」
「オデ、ガーディ」
「よろしくね。それにしても、随分と大所帯なんだね」
ひとしきり自己紹介をし終えたところで、改めて皆を見た俺は、思わず呟いてしまう。
「確かに、こう見ると、結構増えたよなぁ」
そんな俺に呼応するように、ノームが口を開き、そして、いつも通りシルフィが続いた。
「オイラ達2人で山に住んでた頃と比べると、賑やかだよな。まぁ、こっちの方が良いけど」
「ノームは一人っきりだとしても、うる……賑やかだったんじゃない?」
「おいシルフィ。今うるさいって言おうとしただろ? オイラの耳はごまかせないぜ?」
「もう、喧嘩しないの。ダレンさんもペポさんも、止めて下さいよ」
「え? 別にいいんじゃね? 喧嘩するほど仲が良いって、ガスも言ってたしな」
「そう言う問題チ!? まぁ、アタチも別にいいと思うチ」
「おいおい、オイラとシルフィが仲良いだって? ダレン、お前の目ん玉は節穴か!?」
「そんなに照れなくてもいいじゃ~ん。ウチとノームの仲なんだしぃ~」
「なんでお前が乗り気なんだよ!?」
「あはは。やっぱり君達は面白いね」
軽口の応酬を繰り返す俺達を見て、ケラケラと笑うテレサ。
彼女の反応に少し違和感を覚えながらも、俺は単刀直入に話をすることにした。
「ところでテレサ。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
そう切り出して、不死についての情報を何か知らないか尋ねてみる。
するとテレサは、思っていた以上にあっけらかんと言ってのけた。
「あ~。なんか、そんなこと言ってた時期が確かにあったね。でもそれ、誤報だよ?」
「誤報なんだ!? ってことは、また振り出しに戻っちゃったってことだね」
あからさまに視線を落として落ち込むサラマンダーに対し、テレサが慌てながら声を掛ける。
「まぁまぁ、落ち着いてよサラマンダー。誤報だけど、あくまでもそれは、伝わり方が誤ってたってことなんだよ」
「ツタワリカタ? どういうイミだ?」
「なんていうのかな。確かに私達の中には、不死に関する伝承があるんだ。だけど、私たち自身がその能力を持っているわけじゃない」
そこで一度、言葉を区切ったテレサは、その黒い髪をかき上げた後、少し低い声で問いかけてきた。
「君達は、フェニックスって鳥のことを聞いたことあるかな? 不死鳥とも呼ばれてるんだけど」
「フェニックス?」
思わずオウム返ししてしまった俺を見て、テレサは笑う。
「あんまり知らないみたいだね。まぁ、詳細は竜宮城で話してあげるよ」
そう言ったテレサは、肩を竦めて見せると、自身の下半身を引きずりながら踵を返した。
そのまま、海の深い方へ向かおうとする彼女を、俺は引き留める。
「ちょっと待った。どこに行くんだ? その、竜宮城ってところか?」
「うんそうだよ。竜宮城は私達が住んでる海の中のお城で、とってもきれいだから、ぜひ見て行ってよ」
「海の中に入るチ!?」
「それはちょっと、私とウンディーネは何とかなるかもですけど、他の皆はどうしたら……」
「オデ、ミズの中でイキできない」
「アパルもいるからなぁ。僕も難しいかも」
当たり前のように海の中に誘われた俺達は、戸惑いを言葉にして漏らした。
ところが、俺達のそんな様子を見たテレサは、なんてことなさそうに言ってのける。
「なんだ、そんなこと? それなら、シルフィがいるから何とかできるんじゃない? 前はそうやって一緒に着いて来てたよ?」
当然、全員の視線がシルフィに注がれたにも関わらず、いつも通りフワフワと浮いているシルフィ。
流石に視線に気が付いたらしい彼女は、宙に寝そべった体勢のまま、右手をブンッと振って見せた。
途端、俺達の周りを無数の風が吹き荒れ始める。
「ん~。これで大丈夫だと思うよ~」
「本当に大丈夫チ!?」
「大丈夫だって~」
「私も大丈夫だと思うよ。ほら、早く行こう。私が案内するから、着いて来てね」
少し雑に言ってのけるテレサの背中を追いかけて、海の中に進み始めた俺は、海中に潜る前に尋ねてみた。
「なぁテレサ。もしかしてだけどさ、16年くらい前に4大精霊達と会ったことある?」
「う~ん。そうだね。多分それくらい前だったと思うよ」
「そっか」
「みんなを送り出した時の事、覚えてるから。間違いないね」
そう言った後、しばらく沈黙したテレサは、俺の胸元まで水位が来たところで、思い出したように告げた。
「結局、帰ってこなかった。君達には悪いけど、私は帰って来るのを、ずっと待ってたんだ」
そんな彼女の言葉と背中に哀愁を感じながら、俺は海の中に潜り込んだのだった。




