第34話 大地の奥深く
「ところで、この状況。分かっていますよね?」
リューゲがそう言うのを、オイラは地面の中から見ていることしかできない。
奴の指摘するように、ロネリーとペポが人質に取られている以上、オイラだけが勝手に動くのは危険だ。
ダレンの足元に潜伏したまま、ぼんやりとする視界と音を頼りに状況の観察をしたオイラは、歯を食いしばりながら視線を上げる。
この状況を打破するためには、オイラとダレンが連携して2人を助け出すしかない。
ウンディーネもシルフィも、相方の命を握られている状況で簡単には動けないだろう。
かといって、ガムシャラに動くのはダメだ。オイラ達が侮れるほど、リューゲと言う悪魔の目は節穴じゃないはずだ。
「おやおや、怒ってしまったのですか? 良いですねぇ。もっと怒ってください。どうせ、ここで全員死ぬのですから。その前に、面白い話をして差し上げましょう」
鋭い眼光を飛ばすダレンに対してそう言ったリューゲは、まるで、オイラの油断を誘うように淡々と話を始めた。
「この遺跡はかつての人間が、大地の神とやらを崇めるために作った場所とのことです。どう思います? あなたの墓場として、格好の場所だとは思いませんか?」
この状況、このタイミングで、この話をするリューゲは、やはり抜け目がないらしい。
少なくとも、奴の脳裏にオイラの存在がチラついてるのは明確だ。
「大地の神?」
「そう!! 愚鈍で軽薄な、物知らぬ者。それこそが神。だからこそ我らが魔王様が、成り代わろうとしているのです!!」
次第にヒートアップしていくリューゲを注視しながら、オイラはダレンの背後に回り込んだ。
ここなら、奴の目から隠れた状態で姿を出せるかもしれない。
「だというのに!! 貴様らは魔王様に抗おうとする!! きわめて愚かな行為だとは思わないのですか!? あぁ!! 腹立たしい!! 憎たらしい!! ですが、それも今日で最後という訳ですな」
更にヒートアップするリューゲの声を聞きながら、完全にダレンの陰に隠れたオイラは、全力で警戒しながら、地表に近づく。
地上では、ダレンが岩のナイフを握りしめ、なにやら思考を巡らせているようだ。
その時、ナイフを握りしめていたダレンの右手から、一滴の血が落ちた。毒矢を受けた傷から出血したらしい。
音もなく静かに落ちたダレンの血は、ジワーッと地面に吸い込まれたかと思うと、深く沈んでいく。
『……沈んでいく?』
一瞬、脳裏に浮かんだ疑問。
そんな疑問をかき消すように首を横に振ったオイラは、意を決して地上へと腕を出した。
直後、今の今まで感じなかった強い殺気を全身に感じる。
「しまった!!」
見られていた!? どこから? 誰に!?
ひしひしと伝わって来る強い殺気に混乱したオイラは、立て続けに視界に入る情報を処理しきれない。
一閃の風がダレンの眼前を上から下へと切り裂き、件のダレンは血飛沫を立てて崩れ落ちる。
当然、ダレンが倒れこめばオイラとリューゲの間にあった死角は消えてなくなってしまう。
顔の上半分を地上に出していたオイラは、自然と、こちらに向かってニヤけて見せるリューゲと視線を交わしてしまった。
振り下ろされた奴の手には、切っ先を血で濡らした剣が握られている。
してやられた。
直感的にそう思ったオイラは、次第に全身から力が抜け落ちてゆくのを感じる。
ダレンから零れ落ちてゆく大量の血液と一緒に、地面の中へと、深く、深く沈み始める。
『大地の大精霊は、4大精霊の中で唯一、途絶える可能性を持つ大精霊だ』
少し前にホーネットから聞いたことを脳裏に思い浮かべたオイラは、薄れ始める意識の中で思う。
これで終わりなんだ。
オイラが、オイラとして、この世界に存在できなくなってしまう。
それはつまり、魔王に対抗する手段が失われるということで、ダレンもロネリーもペポも、ロカ・アルボルの人々も、コロニーの人々も。
全ての人にとっての希望が失われるってことだ。
笑うのは、リューゲと魔物と魔王軍。そして、魔王だけ。
嫌だなぁ。
そう思ったオイラは、視界の中でどんどん小さくなっていくダレンの姿を見つめた。
地面の中ならどこだって、オイラの思い通りに動けたはずなのに。
地上にいるダレンの場所になら、いつだって戻れたはずなのに。
身体が言うことを聞かない。為す術なく離れてしまう。
そんなオイラは、ぼやけていく意識の中で、あることに気が付いた。
オイラとダレンの間を繋ぐように、ダレンの血液が染み込んできている。
大量に零れた彼の血液は、まるでオイラの後を追うように染み込み、一筋の線を描きつつあった。
「まるで、道みたいだな……」
皮肉を込めてそう呟いたオイラは、直後、顔のすぐ横を登ってゆく何かを目撃する。
眩く輝くその筋は、まっすぐにダレンの血液が作る筋に向かって伸びていった。
まるで、沈みゆく彼の血液を迎えに来たかのように。
それの正体が何なのか不意に気になったオイラは、かろうじて動く上半身だけをひねって、遥か下、大地の奥深くに視線を向ける。
すると、不思議なことに、薄れ始めていたオイラの意識が、一瞬にして鮮明になってゆく。
「なんだ……これ」
気が付けば、オイラの胸元にまで伸びてきているその輝く筋のおかげで、全身に力が漲る。
やがて、オイラの身体に纏わりつき始めたそれらの筋は、ゆっくりと光を失って消えていった。
動ける。見える。聞こえる。使える。
以前よりも鮮明になってゆく五感に身体が馴染み始めた時、オイラは地上の方から聞こえて来た声を耳にした。
「ダレンさん!!」
咄嗟に頭上を見上げると、意識を失っていたはずのロネリーが戦斧を持ったケイブに押さえつけられながら叫んでいる。
「仕方がねぇなぁ」
漲るチカラに身を任せながら、そう呟いたオイラは、両腕を大きく広げると、勢いよく上に振り上げた。
直後、地面の中を無数の筋が伸びてゆくのを感じる。
「やられっぱなしで居られねぇんだよ!! オイラ達は、2人を家まで送り届けるって約束したんだからなぁ!! だろ? ダレン!!」
未だに倒れ込んだままのダレンに目を向けながら、猛烈な速度で上昇したオイラは、地上に出ると同時に、もう一度両腕を振り上げた。
そうして、地面から勢いよく飛び出したオイラは、振り上げていた両腕を激しく動かす。
そんなオイラの腕に従うように、地面から無数の植物の根が姿を現した。
「なっ!?」
唐突に飛び出したオイラに驚いたのか、リューゲがそんな声を上げる。
そんな奴を完全に無視したオイラは、縦横無尽に伸び回る根を使って、ベックスとケイブの四肢を絡めとり、ロネリーとペポの救出に専念した。
戦斧や槍で、伸びる根を切ろうとする2人だったけど、無尽蔵な根の数の前に手も足も出ない。
そうして、最後の仕上げとばかりにオイラが指を鳴らすと、ダレンの真下から巨大な花が姿を現す。
緑色に輝くその花の上に寝そべるダレンの頭の上に着地したオイラは、薄っすらと目を開けたダレンに向けて告げたのだった。
「ようダレン。オイラ、新しいチカラに目覚めちまったらしいぜ」




