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そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした  作者: 内村一樹
第3章 野生児と樹海の神秘

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第35話 ワイルド

 得意《とくい》げな表情で俺に向かって宣言《せんげん》するノーム。

 そんな彼を見た俺は、多くの違和感《いわかん》を覚えた。


 まず初《はじ》めに、ノームの姿がいつもと違う。


 いつも頭にかぶっている赤い三角帽子《さんかくぼうし》は、緑色に色を変え、身に着《つ》けている衣服《いふく》も樹木《じゅもく》の葉《は》を模《も》したデザインになっている。

 おまけに、短かったはずの髪の毛が長くなっており、まるで触手のようにウネウネと動いていた。


 背丈《せたけ》や声などに変わりが無い分、余計《よけい》に見た目の違和感《いわかん》が半端《はんぱ》ない。


 次に気が付いたのは、俺の周りの状況《じょうきょう》だ。

 妙《みょう》な緑色の光に包まれているなと思った俺は、そこでようやく、自分が巨大《きょだい》な花の上に寝そべっていることを知る。


 更《さら》に言えば、さっき負傷《ふしょう》したはずの胸元《むなもと》の傷が無い。

 大量《たいりょう》に吐き出した血も、傷口《きずぐち》から零《こぼ》れていたはずの血も、臭《にお》いさえ感じなかった。


 そんな不可解《ふかかい》な状況《じょうきょう》が、俺を包《つつ》んでいる緑色の光によって引き起こされているんじゃないかと思ったその時。

 巨大な花びらをかき分けるようにして、ロネリーが走り寄ってきた。


「ダレンさん!! 大丈夫ですか!?」

「ロネリー……これは一体」

 心配の表情で見つめて来る彼女にそう声を掛けた俺が、改めてノームに目を向けると、彼は何やら両手を動かしていた。


 何をしているんだろう。


 そんな疑問《ぎもん》を抱《いだ》いた俺は、直後、その答えを知ることになる。

 というのも、幾本《いくほん》もの植物の根に絡《から》まれた状態のペポが、俺の隣《となり》に運び込まれてきたんだ。


 その様子を見た俺は、慌《あわ》ててペポを隣《となり》に寝かせると、頭を整理する。

「新しいチカラって、ノーム、お前……」

「その通りだぜダレン。オイラ、植物を操《あやつ》れるようになったみたいだ」

「ダレンさん見てください! ペポさんの傷が塞《ふさ》がっていきます!」


 驚きの声を発するロネリーにつられて、唸《うな》っているペポに目を向けた俺は、確かに、彼女が翼に受けていたはずの傷が治《なお》っていく様《さま》を目にした。

 つまり、俺の傷が治ったのもノームの力のおかげってワケか。


 などと感心しかけた俺は、この広間の真ん中で戦闘《せんとう》を続けているリューゲの姿に気が付く。

 ゴブリンのベックスとケイブは、既《すで》にノームの操《あやつ》る根によって拘束《こうそく》されているが、奴は違うらしい。


 こうしている今も、奴を拘束《こうそく》しようとする根が蠢《うごめ》いているが、それら全ての根を、奴は1本の剣で捌《さば》き切っていた。

「とんでもないな……」

 一言、そう呟《つぶや》いた俺は、隣に寝そべっていたペポが目を醒《さ》ましたことに気が付いた。


「ペポ、大丈夫か!?」

「……ダレン? ロネリー? 何が起きたっチ?」

「ノームさんが、私達を助けてくれたんです」

「ノームが?」

「ほら見てごらんよぉ~。辺り一面根っこだらけでしょ? あれ全部、ノームがやったんだって」


 もぞもぞとペポの頭の羽毛《うもう》の中から姿を現したシルフィが、少し眠そうに告げる。

 そんな彼女の言葉に得意げになったのか、ノームが胸を張《は》りながら言った。


「どうだシルフィ、すごいだろ? もっとオイラのこと、褒《ほ》めても良いんだぜ?」

「これだけ根っこだらけだと、虫が出そうだよねぇ~」

「もっと言うことあるだろ!?」

「シルフィは素直《すなお》じゃないですね」


 ノームとシルフィのやり取りを聞いて苦笑《にがわら》いをするロネリーが、そんなことを呟《つぶや》いた。

 さっきまでの緊迫感《きんぱくかん》はどこへ行ったのやら、ロネリーと同じく苦笑《にがわら》いを浮かべた俺は、大きく息を吐く。

 突然のノームの覚醒《かくせい》のおかげで、なんとか窮地《きゅうち》を脱《だっ》することはできたけど……。


「まだ完全に終わったってわけじゃないんだよな」

 気を引き締《し》める意味を込めて、そう呟《つぶや》いた俺は、立ち上がりながらリューゲに視線を向ける。


 相変わらず、迫《せま》る根を払いのけ続ける奴の動きに、少しだけ余裕《よゆう》が生まれ始めている気がした。

 多分、根の動きに慣《な》れ始めたってことだろう。

 やっぱり侮《あなど》れない。今のうちに無力化《むりょくか》しておいた方が良さそうだ。

 そう判断した俺は、足元に落ちていた岩のナイフを拾い上げると、皆に声を掛ける。


「ロネリー、ペポ。援護《えんご》を頼めるか? ゴブリン達が動き出さないように見ててくれ。奴は俺とノームで叩《たた》く」

「分かったチ。シルフィ、やるチ」

「まぁ~、助けられっぱなしは嫌だしねぇ~」

「分かりました。でも、気を付けてください」


 口々に言う彼女達に、笑いかけて返事をした俺は、改めて頭の上にいるノームに声を掛けた。

「ノーム、行けるよな?」

「何を言ってんだ? それはオイラのセリフだぜ? なんなら、オイラだけでもやってやるっての」

「油断したら命とりだって、さっき教わったばかりでね」

「それもそうだな。それじゃ、本気を出すとしようぜ!!」


 そう叫《さけ》ぶと同時に、俺の頭から飛び降りたノーム。

 彼が地面の中に潜《もぐ》り込むのを待たずして、俺は緑に輝く花の上からリューゲに向かって駆《か》け出した。


 ナイフを握る右手も、胸元も、もう痛むことは無い。


 異常《いじょう》なまでに軽く感じる身体に充足感《じゅうそくかん》を覚えながら、俺は張り巡《めぐ》らされている根の合間《あいま》を縫《ぬ》って走る。

 まるで、俺が通る道を作るように、ジワジワと動きを見せる根に沿《そ》って駆《か》けた俺は、リューゲとの距離が近くなったところで、勢いよく地面を踏みしめた。


 直後、リューゲを取り囲むように岩の槍《やり》と根が地面から伸び出ると、一斉《いっせい》に奴に襲い掛かる。

 これはさすがのリューゲでも捌《さば》き切れないだろう。

 そう判断した俺は、唯一《ゆいいつ》の可能性を読み取り、即座《そくざ》に行動した。


 地面からの攻撃を避《さ》けるとすれば、上しかないよな?


 伸びている根を足場にして、奴の頭上目掛けて跳《と》んだ俺は、次の瞬間、勢いよく跳《と》び上がって来るリューゲの首筋に目掛けてナイフを振るう。

「取った!!」


 逆手《さかて》に持ったナイフで、今まさに斬撃《ざんげき》をお見舞いしようとした俺は、勢いに任せてそう叫ぶ。

 しかし、結論《けつろん》から言えば、俺の攻撃は決定打《けっていだ》とはならなかった。


 首筋に放たれたはずのナイフの切っ先が捉《とら》えたのは、何やら固いもの。

 ギリギリという音を立てながら岩のナイフを削《けず》ったそれは、鋭《するど》い回転をしながら上昇を続ける。

 そんな硬《かた》い何かに、ナイフごと弾かれそうになった俺は、ギリギリのところで後方《こうほう》に引き戻された。


 腹部《ふくぶ》に細い何かが巻き付いている感触《かんしょく》があるから、多分、ノームの根に引っ張り戻されたんだろう。

 咄嗟《とっさ》にそんなことを考えた俺は、背中を引っ張られながら、眼前《がんぜん》の光景を目に焼き付ける。


 高速で回転しながら跳躍《ちょうやく》したらしいリューゲは、周囲に張り巡らされていた根や岩の槍を悉《ことごと》く切り裂きながら上昇を続ける。

 しばらくして、ようやく上昇と回転を止めた奴は、背中に翼らしきものを生やしていた。


 いつの間にそんなものを生やしたんだ?

 などという疑問を口にする間もないまま、リューゲがため息を吐く。


「面倒くさいですねぇ。よもやノームが『ワイルド』に覚醒《かくせい》するとは。これは一旦《いったん》退《ひ》くのが得策《とくさく》のようです」

「おい、逃げるつもりか!?」

「逃げる? まぁ、そうですね。今回はあなた方に勝ちを譲《ゆず》って差し上げましょう。ただし、それはあくまでも局所的《きょくしょてき》な退避《たいひ》。そもそも、私は無理に勝つ必要はないのです」

「オイラ達から逃げられると思ってるのか!?」

「えぇ。思っていますとも」


 そう言ったリューゲは、不意に懐《ふところ》から小さな笛《ふえ》を取り出した。

 白くて古く見えるその笛を手にした奴は、ニヤッと笑みを浮かべながら上昇を始める。


「『ワイルド』に覚醒《かくせい》したノームは非常に厄介《やっかい》です。だからこそ、私としても、それなりの準備をして相手をしなければなりません」

 そこで言葉を区切ったリューゲは、笛を咥《くわ》えると、思い切り強く吹き鳴らした。


 刹那《せつな》、周囲の空気が笛の音によって振動する。

 また何かを企《たくら》んでいるのかと身構えた俺は、視界の端で蠢《うごめ》く影に気が付く。


「ダレンさん!! ゴブリン達が!!」

 ロネリーの声を聞き、慌《あわ》てて地面に組み伏せられているベックスとケイブに目をやった俺は、2人が地面の中に沈み込んでいくのを目の当たりにする。

 いや、地面の中じゃない。黒い闇《やみ》の中に沈《しず》んで行っている。


 十中八九《じっちゅうはっく》、リューゲの力だろう。


 そんな異変《いへん》を見た俺は、同時にもう一つの異変《いへん》にも気が付いた。

 その異変《いへん》にはロネリーとペポも気が付いたらしく、2人は慌《あわ》てたように緑に輝く花の元へと集まり始める。


「魔物が、地面から魔物が湧《わ》き出して来てるチ!!」

「地面だけじゃないです、ノームさんが張り巡《めぐ》らせた根と岩からも……」

「ふはははははは!! あなた方はここで、思う存分《ぞんぶん》魔物と遊んでいればいい。そして、思い知るのです。我ら魔王軍を本気にさせてしまったという事実を!!」

「ノーム!! 奴は後だ、2人の所に集まろう!!」

「分かった!!」


 両手を広げ、高らかに笑い声をあげるリューゲは、崩《くず》れた壁から外へと飛び去ってゆく。

 そんな奴の後姿を見やった俺は、急ぎ踵《きびす》を返してロネリー達の元に駆《か》けた。


 途中、生まれ落ちたばかりのスケルトンやゴブリンを何体か倒しながら、緑に輝《かがや》く花の元に向かう。

 そうして、3人が無事に花の元に集まった時、両手を花に添《そ》えたノームが大声で叫んだ。


「全員掴《つか》まれ!! ちょっと揺れるぞ!!」

 彼がそう叫んだと同時に、俺達の足元が大きく隆起《りゅうき》し始める。


 メキメキと言う音と共に突き上げて来るその巨大な何かは、俺達を乗せたまま遺跡《いせき》の天井をぶち破《やぶ》った。

 互いに支え合いながら、しゃがみ込んでいた俺達は、しばらくして揺《ゆ》れが収まったのを確かめると、ゆっくりと辺りを見渡す。


 そしてようやく、ノームが何をしたのか、理解したのだった。

「随分《ずいぶん》とデカいのを生やしたな」

「ここ、かなり高いですよ? おかげで、魔物達は登って来れないみたいですけど」

「ロカ・アルボルに比べれば低いっチ」

「どうせ生やすなら、もっときれいなのにすればいいのに~」

「仕方ないだろ? オイラも焦《あせ》ってたんだからよ」


 口々に言う俺達に向けて、肩を竦《すく》めて見せるノームは、はぁ、とため息を吐いた。

 まぁ、ノームの言う通りだなと納得した俺は、巨大な樹木《じゅもく》の上から、周囲の景色を見渡す。


 ダンドス樹海《じゅかい》と海、そして、俺達がさっきまでいた崖際《がけぎわ》のダンドス遺跡《いせき》の崩れた壁。

 それらの景色が遥か下に見えるせいか、俺はさっきまでの出来事が嘘《うそ》のように思えてしまった。


 既《すで》に飛び去ったリューゲの姿も見えない。

 爽《さわ》やかな風が吹き抜けていく中、落ち着いて息を吐いた俺は、同じく落ち着きを取り戻したらしいロネリー達に問いかける。


「で、これからどうしようか」

 そんな俺の問いかけに、ペポが短く応《こた》えたのだった。

「少し休みたいチ」

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