第3話 友達みたいなもん
金色のサラサラとした長髪と泥のついた白い肌、身に着けているボロボロの衣服。
彼女の様子を改めて凝視した俺は、妙な感覚に陥っていた。
さっき、彼女の碧い瞳を見た時から、なんだか頭がフワフワする。
これは何だろう?
そんなことを考えていた俺に、彼女が恐る恐ると言った感じで話しかけてきた。
「あの……助けてくれて、ありがとう」
「あぁ、うん。大きな怪我が無くて良かったよ」
「私の名前はロネリーです。あなたは、誰ですか? ここで何をしてるんですか?」
「俺の名前はダレン。で、こいつがバディのノームさ」
頭の上にいるノームを指し示しながら自己紹介をした俺は、そこで言葉を区切った。
ここで何をしているのか。そう聞かれたら、なんと言うのが良いんだろう?
「何をしてるのか。って聞かれたら、悲鳴が聞こえたから様子を見に来たって感じかな。ロネリーこそ、何をしてたんだ? こいつらと」
「え? 私は……」
そう呟いたロネリーは、何か重大なことを思い出したかのように、深刻な表情を浮かべる。
そうして、小走りで俺の元に駆け寄って来ると、俺の手を取って懇願するように目を見つめてきた。
その瞬間、俺は鼓動が速くなったことを自覚する。
「ダレンさん。お願いです!! 私たちのコロニーを助けてください!!」
「コ、コロニー? って何?」
ヤバい、どんどん心拍数が跳ね上がっていくのが分かる。少し息苦しいような気もしてきた。
「この山の麓にある集落の事です。今日の早朝、そのコロニーが山賊の襲撃を受けたんです。私は、そのコロニーから逃げてきました。でも……」
「ちょ、ちょっと待って、な、落ち着こう。と言うか、落ち着かせてくれない?」
「なんでダレンが取り乱してんだよ。で? その山賊って言うのは、どうしてコロニーを襲ったんだ?」
鋭いツッコミを入れたノームは、ドギマギとしてしまう俺に代わって、ロネリーに事情を尋ね始めた。
その間、俺はロネリーに握られていた手が解放されたことで、少しずつ落ち着きを取り戻してゆく。
「山賊の狙いは食料とかの物資だと思います。それと……多分、女性も狙いの1つじゃないかと」
「山賊? って言うのがどんなのか知らんけど、自分達で食料も調達できないなら、そんな大した奴らじゃねぇな。……で? そろそろ落ち着いたか、ダレン?」
「大丈夫。大丈夫だ。俺はいたって平気だぞ?」
「本当に大丈夫ですか? なんだか、少し苦しそうな……」
「本当に大丈夫だ。うん」
「で? そのコロニーを襲撃した山賊を、俺達に追い払って欲しいってことか?」
「そうです。ダレンさんはとてもお強いみたいだったので」
「だってよ、ダレン。どうする?」
「ふぅ……やっと落ち着いた。追い払うかぁ……そのコロニーって言うのは、山の外にあるんだよな?」
「そうです」
懇願するような目でジーッと見つめて来るロネリー。
そんな彼女を見ていると、俺はどうしてか断る気になれなかった。
ガスならきっと、慎重に行動しろと言うだろう。そしてそれは多分、正しい判断だ。
それを理解したうえで、俺は1つため息を吐くと、ロネリーに向けて告げた。
「分かった。分かったよ。でも、まずは準備をさせてくれないか?」
そう言った俺は、踵を返して歩き始めた。
「あの、ダレンさん。どこに行くんですか?」
「準備をするために、拠点に戻る。すぐそこだから、ちゃんと着いて来てくれよ」
「拠点……ってことは、ダレンさんはこの山に住んでるんですか!?」
俺の説明を聞いたロネリーは、何故か驚いている。そんなに驚くことあったかな?
そんな俺の疑問と同じものをノームも抱いたらしく、頭の上に腰を下ろしたままロネリーに問いかけていた。
「この山に住んでることが変なのか? オイラもダレンも、この山から下りたことないから、外の事知らないんだよ」
「下りたことが無い……? そうだったんですね。私達が住んでたコロニーでは、この山は魔の住む山と言って恐れられてましたので。でも、そっか、ある意味納得しました」
「何に納得したんだ?」
「いえ、何でもないです」
なぜか言葉を濁すロネリーに少しばかりの違和感を覚えた俺は、それでも足を止めずに前進した。
周囲の気配を読みながら、茂みをかき分けて目的地に向かう。
そうして、しばらく歩いた俺達の眼前に、大きな木が1本、姿を現した。
木の周りは少し開けていて、小さな広場のようになっている。
その木の上には、木材で作られた簡素な家がある。それこそが、俺達の拠点だ。
「わぁ……木の上に家を作ったんですか?」
「あれを作ったのはガスだよ。俺だけじゃ、流石に作れない。ちょっと色々と持ってくるから、下で待っててくれ」
「分かりました」
ロネリーを木の根元に案内した俺は、木の幹に設置してある梯子を上り、拠点の中に入った。
そうして、背負っていた弓矢と、腰の皮袋を床に放り投げた俺は、壁に掛けてある剣を手に取った。
さっき戦った5人の男達が山賊なら、剣は持って行った方が良いだろう。
ガスに剣術を習っていた時は、早朝から訓練に駆り出されることに文句を言ってたけど、こうして役立つ日が来るとは思っていなかったな。
なにせ、剣術なんて山の中で生活してる限り、ほとんど使うことは無いし。
もしかしたら、ガスは俺が対人戦をすることまで想定していたのかもしれない。
そんなことを考えた俺は、無造作に転がっている木の盾を拾い上げると、背中に装備した。
「この感じ、久しぶりだなぁ」
独り言を呟き、梯子で下に降りた俺は、木の幹に背中を預けて座っていたロネリーの元に歩み寄る。
「よし、準備できたぞ」
「えっと……その装備で本当に良いんですか?」
「え?」
不安げな顔で尋ねてくるロネリーの言葉を受け、俺は思わず声を漏らした。
少し錆が付いてしまっている短めの剣と、木の盾。それに、着慣れたシャツとズボン。
これ以上の装備は無いんだけどなぁ。
そう思った俺は、ロネリーに肩を竦めて見せながら告げる。
「まぁ、急いでるんだし、これで良いでしょ。それじゃあ、出発しよう」
そう言った俺は、空に向かって口笛を吹いた。
ピィィィィィという甲高い音が、山中に響き渡る。
「何をしてるんですか?」
「ん? 山を降りるってことは、結構な遠出になるだろ? だから、呼んだんだ」
俺がそう言った直後、山頂の方の木々の間から、俺やロネリーよりも大きな1頭の影が飛び出して来た。
灰色の毛並みを持ったその獣は、俺の姿を目にするや否や、一直線に飛び掛かって来る。
そんな獣を全身で受け止めた俺は、両足で地面に踏ん張りながら、獣の頭を撫でまわした。
「おうおう、落ち着け!! 久しぶりだからって、そんなに甘えるなよ。お前も子育てが大変だろ? 子供たちは元気か?」
「ダレンさん……あの、この獣は一体?」
少し怯えている様子のロネリーが問いかけてくる。
そんな彼女の問いかけに応えたのは、彼女の足元に退避していたノームだった。
「彼女はファングって言う名前の獣だよ。オイラ達がガスと一緒に暮らしてた中で、仲良くなったんだ。まだ彼女が小さかった頃から、一緒に狩りをしたり遊んだりした、オイラたちの友達みたいなもんさ」
「えっと……彼女?」
じゃれついて来るファングを宥めた俺は、片手で彼女の鼻先を撫でながらロネリーに告げた。
「ファングはメスだよ。それに、最近子供を産んだばっかりなんだ。だから、こうして会うのはかなり久しぶりなんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「それよりも、早く向かおう。ファング。少し連れて行って欲しいところがあるんだけど、乗せてってくれるか?」
戸惑いを隠せていないロネリーからファングに目を向けた俺は、彼女に問いかける。
すると、大きな2本の牙の間から舌を出したファングが、俺の顔を舐めて来た。
「ちょ、舐めるなって!! でも、ありがとな」
そう言った俺は、ファングの背中に飛び乗ると、未だに地面に立っているロネリーに手を差し出しながら告げたのだった。
「ほら、乗せてくれるって言ってるから、早く行こう」