第23話 風の大精霊
オルニス族の族長、ホーネット様。
ロネリーがそう呼んだ真っ白な女性を、俺は改めて見上げた。
その真っ白な羽毛は、ペポ以上にフワフワしていそうだ。
彼女がオルニス族の族長なら、色々と聞きたいことがある。
それらの中で一番気になっていることを、俺はとりあえず聞いてみることにした。
「えっと、ホーネット様。もう知ってると思いますが一応……。俺はダレン。で、頭の上のこいつがノーム。大地の大精霊です。実は俺達、風の大精霊シルフィがオルニス族にしか継承されないって聞いて、ここに来ました。何か知ってたら、教えてくれませんか?」
視界の端で心配そうな表情を浮かべているアニカとロネリー。
彼女たちは俺の言葉に不安でも感じているんだろうか?
まぁ、そのあたりの話は後で本人たちに聞くとして、俺はホーネットの反応に注意を注ぐことにした。
一瞬訪れた沈黙の中、少しだけ目を細めたホーネットは、満を持したように口を開いた。
「ダレン。主が話を急くのも理解はできるが、まずは順序だてて事を進めたく思う」
「順序だてて? というのは?」
「我らはまず、主に礼をせねばならない。と言うことよ」
「礼? あぁ……」
ホーネットが何を言っているのか一瞬分からなかった俺は、不意に風の魔石のことを思い出した。
多分、礼って言うのは、魔王軍の企みを防いだことに対しての話かな。
俺の推測を肯定するかのように、ホーネットは話を続ける。
「ペポからすべて聞いておる。主達、特にダレンは自らの危険を顧みることなく、このロカ・アルボルを救うために尽力したとな」
「いや、そんな大それた考えは無かったですよ?」
「だとしてもだ。我らは主に感謝をせねばならん。我らの故郷を、英霊の魂を護ってくれたこと、誠に感謝する」
「はぁ……って言うか、あの場にペポはいなかったと思うけど。どこで見てたんだ?」
厳かな口調で礼を告げながら小さく頭を下げるホーネットを見て、俺は少しばかり気恥ずかしさを覚えた。
そんな恥ずかしさを紛らわすために、疑問を口にしてみる。
すると、俺の右後方にいたペポが、ペチペチと歩きながら話し始める。
「アタチはダレンが戦ってるところは見てないチ。でも、穴の底に目掛けて降りてる途中で、ダレンの声は聞こえたチ」
「声?」
俺が短く発した疑問の声を、ペポは完全に無視して続ける。
「その後、変な声を出す岩とダレンが、穴の底から飛んで来たチ。その時の叫び声が、穴の底から聞こえた声と同じだったから、アタチはすぐに助けに向かったチ」
「あ、それは私達も見てました。ね、アニカさん。ノームさんが作った階段を降りてる途中で、ペポさんが縦穴の壁スレスレを急降下して行ったんです。そのあとすぐに、ダレンさんが砂塵の中から飛び上がってきて、追うようにペポさんが急上昇していきました」
「そうなのか……でも、あの砂塵の中で声を聞きわける事が出来るとは思えないけどなぁ」
「それは、シルフィに手伝ってもらったチ」
「へぇ……え? 今、なんて?」
思わず聞き返してしまった俺を見て、少し微笑みを浮かべたホーネットが、ゆっくりと告げる。
「紹介が遅れてしまったの。ダレン、主の探しておる風の大精霊シルフィは、ペポのバディよ」
「そうチ!! シルフィは風を操れるチ。だから、ダレンの声も拾えたっチ」
ふさふさとした胸を張り、得意げに告げるペポ。
そんな彼女の左腕辺りから、なにやら小さな人型の生物が姿を現した。
銀色の短い髪を持ち、緑色の衣を身に纏った妖精のようなその生物は、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「ウチがシルフィだよ~。よろしくねぇ。ダレン」
少し語尾を伸ばす不思議な口調で、語り掛けて来るシルフィ。
そんな彼女は、フワフワと俺の元に飛んで来たかと思うと、頭の上のノームを見てプククッと笑った。
「君がノームかぁ。大地って言う割に、小さいんやねぇ」
「な、なんだと!?」
「その分やと、器も小さいんかなぁ?」
「ぐっ。お前もオイラと同じくらいの大きさじゃねぇか!! 人のこと言えないだろ」
「ウチは別に、大きいなんて言ってないもん」
「シルフィ、その辺にするチ。ノームが怒ってるチ」
「はぁ~い」
歯を食いしばりながら怒りを抑えようとするノーム。
ウンディーネを初めて見た時の反応を考えると、お前も何も言えないだろ。
などと思ったけど、俺はその言葉をグッと飲み込んで、話を逸らすことにした。
「ってことは、今この場に4大精霊の内の3人が集まってるんだな。後は、火の大精霊サラマンダーだけか」
「そのことだが、ダレンよ。主達は4大精霊を集めて何をするのか、知っておるのか?」
「何をする? えっと、単純に集まって、魔王軍に対抗しようと思ってただけですが……なぁ、ロネリー」
「はい。具体的には、全員揃ってから話し合おうと思っていました」
「やはり……いや、当然というべきかの」
俺達の反応を見たホーネットは、そんなことを呟く。
その呟きから察するに、彼女は何かを知っているに違いない。
そう考えた俺は、1歩踏み出しながら、ホーネットに質問をぶつけた。
「ホーネット様。もしかして、何かご存じだったり?」
「……当然であろう。なにしろ、16年前に主らの前任者を集め、魔王軍に対抗するように差し向けたのは、我らオルニス族なのだからな」
「差し向けた……!?」
「おいおい、そんな話、俺達も聞いたことないぞ?」
ホーネットの言葉を聞いて最も驚いていたのは、アニカとラルフだ。
2人は、口々に驚きの言葉を漏らしながら、興味深そうにホーネットの話に耳を傾けている。
「まずは何から話すべきか……」
思考を巡らせるように目を細めたホーネットは、そんなことを呟いたかと思うと、その場にいる全員を見渡して話し始めた。
「我らオルニス族は流浪の民と呼ばれていた。それは、この世界が2人の魔王によって蹂躙されるよりも前のことだ」
「2人の魔王に蹂躙された?」
「ダレン、主はそのことも知らぬのか?」
「ホーネット様、ダレンさんは生まれてからずっと、山に籠ってたのです。だから、基本的に山のこと以外は何も知りません」
ロネリー。確かに、間違ってないんだけど。言い方酷くない?
などと独白する俺を置いてきぼりにして、ホーネットは納得したように大きく頷いた。
「それなら仕方あるまい。今から150年前、突如として現れた2人の魔王が、この世界にある国を悉く壊滅させてしまった」
国。というのもいまいち良く分かって無いけど、もう馬鹿にされたくないので、黙っておくことにする。
「そんな荒れ狂う世界の中、我らオルニス族もまた、魔王軍の襲撃を受け続けていた。だが、我らは元来流浪の民。移動し続けることには慣れている。だからこそ、魔王軍の襲撃にも耐え、こうして多くが生き延びることができたのだ」
「……でも、今はこのロカ・アルボルに留まってるんですね」
「その通り。それにはれっきとした理由がある」
力強く告げるホーネットは、一度大きく息を吐き出すと、何かを思い出すように空を見上げながら話を続けた。
「この地にあったオルニスの大樹に、我らがたどり着いた時。とある者と出会ったのだ」
「とある者?」
「その者は人ではなく、オルニス族でもない。我らが旅してきた中でも出会ったことのない者。死にかけていた彼は自らのことをドラゴニュートと称すると、大事そうに抱えていたモノを、我らに託した」
そこで一旦、言葉を区切ったホーネットは、ゆっくりと視線を落とすと、静かにペポを見つめる。
そして、一瞬の沈黙の後、静かな口調で告げる。
「それが、シルフィの前継承者、ホルーバだった。まだ幼子だったホルーバを、彼がどこで拾ったのかは分からない。ただ1つ、彼は息絶える前に我らに教えてくれたのだ。4大精霊こそ、魔王軍に対抗する術なのだということを」
言いながら視線をペポから俺に向けたホーネットは、不意に語気を強めて言い放った。
「『西に聳える霊峰、その頂にて4大精霊が集いし時、かの災厄を滅することができるだろう』それが、ドラゴニュートの遺した最期の言葉だ」
厳かな響きが、周囲の空気を振動させる。
思わずホーネットの話に聞き入っていた俺は、今しがた聞いた話を頭の中で整理する。
『つまり、俺達4大精霊が西にある霊峰に集まれば、魔王を倒せるってことか?』
ちょっと聞いただけじゃ、すぐに信じることができない。そんな簡単に、魔王ってのは倒せるものなのか? って言うか、ドラゴニュートって何者だよ。
色々と疑問は湧き上がって来るけど、少なくとも、ホーネットたちはこの話を信じて、実行に移したってワケだよな。
で、失敗した。
だったら、俺達はマネしない方が良いんじゃないだろうか。
そんなことを思った時、ラルフが口を開く。
「おい、今の話が本当だってんなら、なぜ16年前は失敗したんだ?」
そんな彼の質問を聞いたホーネットは、ゆっくりと首を横に振ったかと思うと、小さく告げたのだった。
「分からぬ」




