第22話 オルニス族
「どこだ? ここ」
ぼやける目をこすりながら、上半身を起こした俺は、周囲の様子を見渡した。
見覚えのない部屋。というか、ここは部屋って言っても良いんだろうか?
まず、壁が殆ど無い。
複雑に絡ませた柱と屋根だけの小屋みたいな場所に、俺は寝ていたらしい。
ベッドと思ったものも、柔らかな素材の上に白いシーツをかぶせた物らしく、かなり作りが簡素だ。
常に吹き込んでくる風で、髪が乱れてしまうのを手で払いのけながら、俺は恐る恐る柱の奥を覗き込んでみる。
「高っ!? え、ここってもしかして、ロカ・アルボルの上なのか?」
咄嗟に近くにあった木製の柱を掴みながら、俺はそう呟いた。
取り敢えず、床がしっかりと作られていることを確認した俺は、ベッドから降り、小屋の外に足を踏み出してみる。
俺がいるこの小屋は、比較的小さめな岩の上に建てられているらしく、岩山のコロニーから見えていた最も大きな岩よりも高い位置あった。
軽い分、上昇気流で持ち上げやすいってことなんだと、冷静に分析した俺は、視界の端で近づいて来る影を目にした。
浮いている岩と岩の間に薄く広がっている雲をかき分けるように飛んできているのは、気を失う前に見た黄緑色。
全身を黄緑色の羽毛におおわれているらしいその姿は、まさしく、オルニス族だ。
大きな翼で羽ばたきながら近づいて来るそのオルニス族は、俺と目を合わせると、小さな嘴を開いて声を掛けてきた。
「やっと起チた!! みんな待ってまチ」
そんなことを言うオルニス族の身体は、俺とあまり変わらないくらいの小ぶりなのに、両腕の翼はかなり大きい。
多分、片翼だけで身長の2倍はあるんじゃないかな。
おまけに、よく見ると両腕の翼だけじゃなくて、背中にも小ぶりな翼が付いている。
そんなオルニス族は、俺のすぐ傍に降り立つと、背中を向けて告げた。
「ほら、掴まっチ」
「背中に乗っても良いのか?」
「チみは軽いから、大丈夫」
そうは言っても、少しばかりの抵抗を感じた俺は、恐る恐る彼女の背中に乗った。
彼女の羽毛は本当に手触りが良い。いつまでも撫でていたいなぁ。
なんてことを考えた俺は、慌てて気を取り直して、彼女に告げる。
「掴まったぞ」
「分かったチ!!」
そう言うと同時に、両腕の翼を大きく羽ばたかせた彼女は、一番大きな岩に向けて滑空してゆく。
下から吹き上げて来る風と、宙に浮いている雲が、ひんやりとしていて心地いい。
対照的に、仄かな温もりを感じさせる彼女の羽毛に顔を埋めた俺は、心地よさを覚えながら呟いた。
「柔らかいな。オルニス族って、みんなこんなに気持ちいい肌触りなのか?」
「やめるチ!! お前達はみんなそうやるチ!?」
「ごめん。でも、本当に肌触り良いから。そう言えば、助けてくれたんだよな。ありがとう。俺はダレン。良かったら名前を教えてくれよ」
「アタチはペポ。そろそろ着くチ。ちゃんと掴まるっチ」
「分かった」
彼女の指示に従って、しっかりと羽毛に顔を埋めた俺は、横目で周囲の様子を伺った。
俺達が降りようとしている場所は、多分、一番大きな岩と思っていた場所だ。
だけど、実際にその光景を見た俺は、それを“岩”だと認識することができなかった。
表面には土があり草花や木が生え、小さな池まである。
岩が浮いているというよりは、大地がそのまま空に持ち上げられていると言った方が正しい。
そんな大地に降り立った俺は、少し離れた場所にある屋根付きの広場から、数人が駆け寄ってきていることに気が付いた。
「ダレンさん!!」
真っ先にそう言って駆け寄ってきたのは、長ズボンに履き替えたロネリーだった。
履き替えたって言うか、スカートの下にズボンを履いただけの彼女は、その金髪を靡かせている。
そんな彼女は俺の目の前に辿り着くと、両手で俺の手を掴み、碧い瞳でじっと見つめながら問いかけてきた。
「ダレンさん。無事でよかったです。痛むところとかありませんか?」
「あぁ、特に怪我とかはしてないよ」
「まったく、焦らせるんじゃねぇよ」
ぼやくように告げながらロネリーの後から歩いてきたのは、ラルフだ。
彼は頭をポリポリと掻きながら俺に目を向けると、小さなため息を吐いた。
「悪い。あの時は俺も本気で死んだと思ったよ」
「アタチが助けなかったら、ダレンは絶対にチんでたチ」
俺の言葉を聞いた直後、ペポが得意げに告げる。
そんな彼女に対して、ロネリーが真剣な表情を浮かべると、深々と頭を下げながら感謝の言葉を並べ始めた。
「ペポさん。本当にありがとうございました」
「や、やめるチ!! アタチはそんなすごいことチてないチ!!」
「でも……」
「いいから、やめるチ。そんなことより、早く族長の所に行くチ」
「そうだな。ダレン、オルニス族の族長が話があるらしい。ノームとアニカが、あそこで話してる。とにかく、礼も含めて話に行くぞ」
「あぁ、分かった。そう言えばラルフ。あのボーデンっていうでっかい化け物は、あの後どうなったんだ?」
「あぁ、リューゲが空に打ち上げられていった後、急におとなしくなって、元の穴から帰って行ったぞ。その辺も踏まえて、族長と話すとしよう」
「それにしても、やっぱりダレンさんはすごいですね」
ラルフに先導されながら、屋根のある広場の方に歩き出した時、不意にロネリーがそう言った。
「すごい? 何が?」
「だって、このロカ・アルボルの窮地を救ったんですよ? さすがです」
「ん~。正直、あんまり実感が無いな。でもまぁ、こうしてまだロカ・アルボルが浮いてるってことは、あの風の魔石は壊されてないってことだよな」
「風の魔石を見たでチか!? ダレン、それは本当でチか!?」
「え? あぁ。見たぞ? 遠目からだけどな。そう言えば、オルニス族っぽい格好してたな」
「……どんな姿チてた?」
「えーっと、両腕の翼を広げてて、空を……見上げてたのかな? 空に向かって何かを叫んでるようにも見えた。それと……」
そこで言葉を区切った俺は、この先を言っても良いのか分からなくなった。
あの緑色の魔石を見た時に俺が感じた切なさ。この切なさは、一体何なんだろう。
そんなことを考えているうちに、目的の広場にまでたどり着いたらしく、俺達の会話はそこで中断される。
「おうダレン。目が醒めたらしいな」
「ノーム。お前も元気そうで何よりだ」
「何言ってんだ、オイラが元気なのは当たり前だろ?」
そう言ったノームが、いつも通り俺の頭の上によじ登ってくる。
彼が頭の上によじ登っている間に、俺は広場に集まっている人々を見渡した。
ラルフの2倍くらいの背丈がありそうなオルニス族達。
黒や白、茶色などの羽毛に全身を覆われている彼らが、その鋭い目を俺達に向けている。
ペポは身体の割りに翼が大きい見た目をしているけど、それはもしかしたら、子供だけの特徴なのかもしれない。
そう思うほどに、広場に集まっている大人のオルニス族達は、その翼の大きさに見合った体格を持っていた。
そんな中でもひときわ大きな翼と白い羽毛を持ったオルニス族が、口を開く。
「目が醒めたようだの。ノームの継承者、ダレンよ」
どうやら女性らしいそのオルニス族は、威厳を感じさせる透き通った声を持っている。
そんな彼女を無視するわけにもいかないので、俺は軽い口調で告げた。
「あぁ、助かったよ。ありがとう」
直後、アニカが声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと!! ダレン君!?」
「ん?」
なぜアニカが驚いているのか分からない俺は、ロネリーがため息混じりに小さく呟いたのを耳にしたのだった。
「……ダレンさん、その方がオルニス族の族長、ホーネット様です」




