第21話 若草色の羽毛
俺が剣を突き立てた途端、化け物はその身体を大きくうねらせた。
その反動をモロに受けた俺は、あっけなく弾き飛ばされてしまう。
「ったく、何してんだよダレン。オイラがいなかったら、今頃、天に昇っちまってたぜ!?」
地面を転がり、うつ伏せになっている俺に、ノームが語り掛けてくる。
そんなことないだろと反論しかけた俺は、自分の身体が地面に固定されていることに気が付いた。
ノームが、俺の身体が上昇気流に乗らないように、岩の槍を作り出して固定してくれたらしい。
その槍を支えにして立ち上がった俺は、落ち着きを取り戻したらしい化け物を凝視しながら告げた。
「ありがとな、ノーム」
「おうよ。で、あいつを止めたいんだろ? って言っても、俺達が突っ込んでもあまり意味なさそうだぜ?」
「そうだな……でも、何もしないわけにもいかなさそうだ」
そう言った俺は、化け物の眼前の方を指さした。
なぜか大人しくなっている化け物の眼前に、奇妙な光景が見て取れる。
地面からニョキッと生えてきている一本の腕。
その腕は、何やら小さく光るものを手にしているらしかった。
そんな腕を凝視しているらしい化け物は、大きな口を開けたまま、ゆっくりと呼吸をしている。
「あの腕、まさか」
「多分そうだな。リューゲだ。あいつ、どうやって地面に潜り込んでるんだ? まさか、あいつもノームと同じような力を持ってるとか?」
「そんなバカな!?」
「冗談だよ」
そう呟いた俺は、先ほどリューゲが突然姿を消したことを思い出す。
その直前、奴がやったことと言えば、松明の灯りを消したくらいだ。
「……灯り?」
「ん? どうしたダレン?」
「いや、さっきリューゲは松明を消した後に姿を消したよな?」
「そうだな」
「それが何か関係あるのかなって思って。例えば、影の中に潜れるとか」
「あぁ確かに、それは悪魔っぽいな。でも、ここもさっきの場所も完全な暗がりじゃなかったぜ?」
「それはまぁ、あいつ実は強いから、多少の影でも潜れるんだろ」
「そこは適当なのかよ」
そこまで話した俺は、ふとラルフ達のことを思い出し、背後を振り返った。
彼は未だに、縦穴の壁付近に立って、俺達の様子を伺っている。
多分、それ以上内側に入ると飛ばされてしまうのを警戒して、身動きが取れないんだろう。
現に俺も、ノームの作った岩の支えに掴まっていないと、簡単に飛ばされてしまいそうだ。
とその時。腕しか見えていなかったリューゲが地面の中から頭を突き出し、声高に叫び出す。
「さぁさぁさぁ!! ボーデン・フォリューケンよ!! かの憎き女傑の残滓を、粉々にかみ砕いてしまえぇ!!」
言うと同時に、リューゲは手にしていた何かを軽く振った。
途端に、まるで怒り狂ったかのように化け物が雄叫びを上げる。
「なんなんだよ!! ノーム!! あの化け物の身体を拘束できないか!?」
「やってみるぜ!!」
言うと同時に地面に潜り込んでいったノーム。
それとほぼ同時に、前進を始めた化け物のボーデンは、まっすぐにリューゲの腕目掛けて突進する。
その直線上には、風の魔石がある。
ボーデンの身体は見かけ以上の重量があるのか、風の魔石が発生させている上昇気流に乗って、空高く打ち上げられることは無いらしい。
つまり、ボーデンを風の魔石に近づけさせちゃいけない。
とはいえ、この場で自由に身動きが取れるのは、ノームとリューゲだけだ。
俺は柱に掴まったまま成り行きを見ているしかない。
歯を噛み締めながらそんなことを思った俺は、直後、ボーデンのわき腹辺りから複数の太い岩の柱が伸び出すのを目撃した。
それらの柱は、ぐるっと弧を描き、ボーデンの身体に纏わりついてゆく。
しかし、我を忘れている様子のボーデンは、全身で激しくのたうち回り、柱をことごとく破壊してしまった。
「ダレン、ダメだ!!」
呆気なく戻って来たノームは、そんな弱音を吐く。
「諦めるな、まだ何かできることがあるはずだ!!」
そう言って、改めて様子を伺った俺は、ふと気が付いた。
「ノーム、ボーデンを風の魔石の方に誘導しているリューゲを、地面から切り離せるか?」
「ん? 腕の周りの地面ごとってことか?」
「そうだ」
「そんなことして何に……あぁ。そういうことか。よし、やって来る!!」
俺の意図を汲み取ったらしいノームは、再び地面に潜り込んだ。
その間も、ボーデンを風の魔石の方に誘導するように移動するリューゲの腕。
そんな腕の突き出ている周囲1メートルほどの地面が、不意に大きく隆起する。
隆起したその地面は、高さ2メートルほどの柱になったかと思うと、次の瞬間、バキッと言う音と共に地面から切り離された。
当然、地面との繋がりを失ったその岩の塊は、激しい上昇気流に乗って、勢いよく上空へと打ち上げられていった。
「うおおおおおぉぉぉぉ!! なにが!? 何が起きているのだぁ!!!???」
リューゲの大声が縦穴中に響き渡る。
そんな声を聞いて俺が苦笑いを浮かべた時、どこからともなく、微かに聞いたことのある声が聞こえた。
危ない。
そう言っているようなその声は、どこから聞こえたのか、誰の声なのかもわからない。
それでも咄嗟に背後を振り返った俺は、すぐ後ろにケイブがいることに気が付く。
「リューゲ様の仇ゴブゥ!!」
ノームが作った柱に掴まりながら、片手で持っている戦斧を振り回すケイブ。
そんな戦斧の攻撃を、後ろに飛び退くことでギリギリ避けた俺は、しかし、それが過ちだったことに気づいた。
掴まっていた岩の柱から手が離れ、全身に浮遊感を覚えたんだ。
慌てて何かに掴まろうと両腕を振り回すけど、手の届くところに柱は無い。
「やべっ!!」
そう言った時には既に遅かった。
体中が上昇気流を受けて、視界がグルグルと回り始め、俺はどうすることもできない。
バランスなんて取れるわけもないし、着地のことを考える事も当然できるわけがない。
激しく頭を揺さぶられるせいか、全身に痛みを感じるし、気分も悪くなってきている。
これはヤバい。本当に死ぬ。
虚ろな思考の中で、俺がそんなことを考えた時。
ひときわ強烈な衝撃が、全身を包み込んだ。
途端に、グルグルと回っていた視界が急停止し、俺は自分の視界が黄緑色に染まっていることに気が付く。
「何だ……これ?」
「レディの胸に顔を埋めて言う言葉がそれでチか? 良いから、少し大人しくしてるでチ」
どこか幼さの残る声で、何者かが語り掛けてくる。
言われてみれば、頬に押し付けられている部分に、人肌のような温もりと柔らかさを感じる。
よく見れば、その黄緑色は大量の羽毛の色のようで、肌触りも心地良い。
そこまで認識した俺は、何が起きているのかすぐに理解した。
「オルニス族か……」
そう呟いたところで、俺は意識を失ってしまう。
そうして、次に目を醒ました時、俺は見たことのない部屋のベッドの上に横たわっていたのだった。




