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62.癒しと、色。

「あ、あ……!? いや、ロ、ロシュさん……!? ぶ、ぶつか……!?」


 プレサの蹴りを思いきりくらい、腹に走る激痛に半ば意識が飛びそうになりかけたとき、僕の耳にかすかにミューニーの声が聞こえてきた。


「うえぇっ!?」


 それと同時に、いまの自分のおかれた状況を認識して、ぞわりと鳥肌が立った。

 場所は空中。そして、


 う、うそでしょ……!? こ、このままだと壁にぶつか……!?


「ん。まわれ、踊れ、包め。【風の抱擁(エアクッション)】」


 邸の壁に猛スピードで激突する寸前。ふわりとやわらかな風に僕の体が包まれる。衝撃を完全に吸収する、複雑な流れを描く風と空気の壁。そのまま僕はとさり、とやわらかな芝生の上に落とされた。


「ん。ロシュ? だいじょうぶ?」


 例によって見たことも聞いたこともない魔法を使ったイニアが、とんがり帽子を揺らして倒れた僕の顔をのぞきこんでいた。


「あ、ありがとう……。おかげで助かったよ、イニア。で、でもこの魔法って……?」

「ん。王宮図書館で見つけた古代魔法のひとつ。文献によれば、昔のひとはこの魔法を高いところから飛び降りるときに衝撃をやわらげるのに使っていたらしい」


 へえ。それはすごいね? でも、そんな高いところから魔法を使ってまで飛び降りるってさ、昔のひとってなに考えてたんだろうね?


「……うぐっ!?」


 ひとまず事なきを得てそんな余計なことを考える余裕がでてきた途端、僕の脇腹に激しい痛みが走った。勝手にどっ、と脂汗が浮いてくる。


 も、もしかしてこれ、折れて……!?


「創造神よ。我が願うは癒しの奇跡。我が祈りに応え、傷つきしものを癒す汝が御手を我に授けたまえ。はーい、ロシュ〜? ちょ〜っと失礼しますね〜?」


 創造神への魔力をこめた祈りを終えたシャルティーはおもむろに僕に近づきぺたんと芝生の上に座りこむと、ひざの上に僕の頭をのせてから、その緑色に光る右手を僕の脇腹に押しあてた。


「は〜い。すぐにすみますからね〜? いたいのいたいの〜、とんでけ〜」


 あ。なんだか、すごく気持ちいい……。


 シャルティーのたおやかな手が僕のお腹をやさしくさするたびに、どんどん痛みがやわらいでいく。


 難点は、治療されているだけのはずなのに、なんだか死ぬほど恥ずかしいこと。

 それと、なぜかいまの僕たちを見つめているイニアの青い瞳の奥が【竜】との戦いのときのように、ゆらりと燃えていることだけだ。


「は〜い。終わりましたよ〜。よく我慢できましたね〜、ロシュ? えらいえらい〜」


 ……いや、もうひとつあった。


「あ、ありがとう……」


 金色の長い髪をなびかせ、おっとりと微笑むシャルティーに頭をなでられながら、カーッと顔が赤くなって、僕は思わずそっぽを向く。


 気になる女の子からまるで子どもあつかいされてるみたいで、なんだかとってもバツが悪いことだ。





「ロ、ロシュさん……! どうぞ……!」


 ミューニーがあげた精いっぱいの大声にうながされて、タオル一枚を腰に巻いて、僕は覚悟を決めて大浴場の扉を開いた。


「う、あ……!?」


 そこに見えた思わぬ光景に、思わず言葉を失ってしまう。


「ふふん! どうよ、ロシュ! これなら大事なところは隠れてるし、いつもよりリラックスして最後までいっしょに入れるでしょ?」


 どうやら訓練の前にいっていたとおり、今回の作戦の発案者はプレサらしい。


 そのプレサがいつものように両手を腰にあてて、僕に向かって自信満々に赤い薄布に覆われた胸をそらした。


 そう、赤いレースの下着に覆われた胸を。


 僕が見た光景。それは、赤、青、白--え!? く、黒!?


 なみなみとお湯が張られた大浴場の湯船の前にたたずむ、色とりどりの下着に身を包んだ四人の美少女の姿だった。


「ん。どう、ロシュ? 変じゃない?」


 頬をほんのりと染めたイニアが髪や瞳と同じ色の、薄いスリップつきの青いレースの下着に包まれた体を恥ずかしそうによじらせる。


「えへへ〜。見てください、ロシュ〜? この下着、わたくしのお気にいりなんですよ〜? ほらほら、見て見て〜? と〜っても可愛いんです〜」


 可愛らしいフリルのついた白いレースの下着に身を包んだシャルティーが僕に見せびらかすようにその場でくるくると何度も回った。

 そのたびに下着の中に窮屈そうに押しこめられた豊満な胸がたゆんたゆんと揺れ、僕の視線を暴力的なまでに釘づけにする。


「や、やっぱりだめ……! 私、こ、こんなの……! ロ、ロシュさん……。あまり見ないでください……」

 

 消え入るような小さなつぶやきとともに、ミューニーが僕から身を隠すように背を向けた。

 けれど、逆にそれでぷりんとお尻が突きだされ、うなじから背中をなぞる美しいラインも強調されてしまっていた。

 普段のおとなしそうなイメージとは真逆の、やや扇情的ともいえる縁どりのついた黒いレースの下着。その華奢で無防備な背中を見ているとなんともいえない衝動がこみ上げてきそうになって、僕はそれをグッと噛み殺す。


「ふふん! なにしてんのよ、ロシュ! ほら、ボーっとつったってないで、早くいっしょに入りましょ?」


 【女王獅獣(クインビースト)】を連想させる均整でしなやかな体を赤いレースの下着だけで包んだプレサが至近距離で無邪気に僕の手をひっぱった。

 途端、赤いポニーテールを下ろしたいつもと雰囲気の違うプレサに、僕の心臓がけたたましく跳ねる。


 ……ねえ? 僕、がんばったよね?


「ちょっ!? ちょっと!?」


 あのね、プレサ? 大事なところを隠す、って発想はよかったと思うんだ。でもね?


「ロ、ロシュ!?」


 下着姿って、普通、(ぼく)においそれと見せていいものじゃないからね?



 湯船に一切浸かることなく、僕はあえなく卒倒した。

お読みいただきありがとうございます。

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