63.計画始動と、樽。
「ん。おはよう、ロシュ。そこに座って。さて、これでみんなそろった。それでは今日から、約一か月後の【武闘大会B級】でロシュを優勝させるための計画、題して【超新星爆誕記念日計画X】を本格始動する。みんな心してついてきてほしい」
すでに僕以外のみんながそろった朝食の席。
昨日入りそこねたお風呂の代わりに起き抜けに軽く汗を流していた僕は、遅れてそこに合流した。
「はい……! って、え……? ら、来月の【武闘大会B級】で、ロ、ロシュさんがゆ、優勝……?」
気合いの入ったイニアの言葉に、ミューニーが大きくうなずいた。が、遅れて意味を理解したのか、そのまま固まってしまう。
「ん。そう。ごめんなさい、ミューニー。昨日はバタバタしてたからいってなかった。でも、わたしたちは本気。だから、ミューニーにもできるかぎりの協力をしてほしい。これからも仲間として、わたしたちがロシュといっしょにいるために」
「イニア……。わかったわ。私もできるかぎり……いえ、最大限協力させてもらいます。わ、私もロシュさんといっしょにいたいから……!」
頬を赤く染めながら、なにやらボソボソとつぶやくミューニーにちらりと視線を向けてから、プレサがイニアをじっとりとした赤い目で見つめた。
「あー、イニア? 時間がもったいないから、この際細かいところはおいとくけど、さっきの計画名の最後についてるXってなによ?」
「ん。プレサ、よくぞ聞いてくれた。Xには謎という意味がある。世間的には無名のロシュが華々しくデビューを飾ることを一語で表した。それになによりかっこいい。我ながら会心の名づけネーミング」
「そ。わかった。ならいいわ」
顔を見合わせたプレサとシャルティーがやれやれといいたげにそろって首を振った。
まあ、無理もないけどね。すごくかっこいい名前だけど、あいかわらず僕を指すのには名前負け感が強すぎるし。
「ん。それでは計画始動にあたり、みんなの今日の行動を割りふりたい。まずはミューニー」
「はい……!」
「ん。ミューニーには、まずお弁当を用意してほしい。このあとすぐにでかけるから。あとは、いつもどおり拠点の管理をお願い。それと、いつでも食べられるようにつまめる軽食やお菓子を用意してほしい。あと、飲み水やお茶も」
「わかったわ、すぐに用意します……!」
「ん。次はシャルティー。これを預けるから、シャルティーには街で薬を大量に買ってきてほしい」
イニアがとりだした金貨がズッシリと入った袋を両手で受けとりながら、シャルティーはほがらかな笑みを見せた。
「はい〜。わっかりました、イニア〜。回復薬と魔力回復薬ですね〜。お店をまわって、あるだけ買いしめてきてあげます〜。きっとこれから一か月は、いくらあっても足りないくらいだと思いますから〜」
「うぇっ!?」
思わず上ずった声がでてしまい、あわてて口をふさぐ。
い、いくら回復薬があっても足りないなんて……? い、いったいこの一か月、僕にどんな日々が待ち受けているんだろう?
「ん。よろしく。で、プレサとロシュはわたしといっしょにおでかけ」
「へ? あたし? なんでまた——って、あー! あー、そういうことねー! まったくひとづかいが荒いったら!」
「え、えっと、イニア? もちろんいいけど、おでかけって僕たち、どこへいくの?」
ハッとなにかに気づいたような顔を見せたかと思ったら、一気にげんなりとした表情に変わったプレサ。なにやらブツブツといいはじめたプレサを横目に見つつ僕が尋ねると、イニアはひと言で短く答えた。
「ん。酒屋」
「これはこれは! お久しぶりでございます! ようこそお越しくださいました! 栄えある【王の剣】、【流星の矢】のイニアさま! プレサさま! それから、そちらのお連れさまも! して、本日は当店にどのようなご用件でしょう?」
貴族区間から平民区画へと戻った僕たちは、その中でも北側に位置する大店のひとつ、見るからに高級そうな店構えの建物へと入っていった。
中には、入り口から奥のほうまで棚にずらりと、ラベルの貼られた見るからに高級そうなお酒のビンが所狭しと並んでいる。
そして、左右に並ぶそれを横目で見ながら最奥へと進むと、ひときわ高級そうな酒が入った頑丈そうなガラスケースの前で、身なりの整った恰幅のいい中年の男が揉み手をしながら僕たちを迎えたのだった。
おそらくは、この大店の店主らしき男。その態度だけで、この店にとってイニアたちが上客なのだと僕にもわかった。
「ん。店主。いつものを、【天上の甘露】をお願い」
イニアがそう告げると、店主は後ろのガラスケースの中に厳重に保管された、どこか神聖ささえも感じさせる真っ白なビンにちらりと目を向け、口元をほころばせた。
それから、正面に向き直ると揉み手を再開させる。
「これはこれは! いつもながら、イニアさまは誠にお目が高い! 当店で取り扱う中でも最高級の一品、【天上の甘露】をご所望でございますね? それで、本日はいかほどご用意いたしましょうか? そうですね。いつもご注文いただくとおり、20本ほどでしたら、いますぐにご用意できますが?」
にこやかに、慣れた様子でイニアとの商談をくり広げる店主。だが、その余裕たっぷりの態度は、次のイニアのひと言で一変することになる。
「ん。樽ひとつ」
「……は?」
「ん。酒樽ひとつ。まるごともって帰るから、いますぐ用意して」
「はあ、あたしがねー」
真顔のイニアと、嫌そうにため息をつくプレサ。
にこやかな笑顔を貼りつけたままに、店主の顔色が真っ青に凍りつく。
「て、ですがイニア様! こ、この酒は当店でも非常に希少な最高級の目玉商品! 貴族の方をはじめとして楽しみにしておられるお客様も非常に多く、それを酒樽ごととなりますと、今後の提供にも影響がでかねません! ここはひとつご容赦を――」
「ん」
つらつらと言い訳を並べ立てる店主を無視して、イニアが懐から取りだした魔法収納の袋をひっくり返した。
ジャラジャラと音を立てて、床の上にキラキラと輝く大量の金貨が降り積もる。
店主の喉がゴクリと鳴った。
「ん。ここに金貨50枚ある。急に無理をいったと思うから、その迷惑料も込み。じゃあ、酒樽ひとつまるごと持って帰るから、準備して」
「毎度お買い上げありがとうございます!」
とてもとてもいい笑顔で店主は深々と頭を下げた。
そんな店主から視線を逸らすと、イニアは虚空を見上げてボソリとつぶやいた。
「ん。よかった。これであの娘に仕事を頼める」
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