20.ひざまくらと、秘密。
「んっ!」
曇天の空の下。
竜を倒した魔界跡地の岩場に広げた敷物の上。
横たわるのは、装飾を施されたかのように複雑に編まれた七色に光る半透明の繭。
その中でプレサとシャルティーは、生まれたままの姿で互いを抱きしめあい穏やかに眠りについている。
七色に輝くその姿は、まるで女神を思わせるような美しさだった。
そんなふたりの姿を、バサッと上からシーツでイニアが覆い隠す。
ぼうっと惚れていた僕は、そこでハッと我に返った。
「ロシュ。見すぎ。えっち」
「イ、イニアッ!? い、いやっ、そういうんじゃなくて!? え、えっとその、綺麗だなって……。い、いや!? なにいってるんだ、僕は!? と、とにかくごめんなさいっ!」
ジトっとした視線で見てきたイニアに、パニック寸前になった僕はあわてて弁明する。
しどろもどろになりながらも、どうにかとにかく頭だけは下げると、はあ。とイニアがため息をついた。
「ん。まあいい。それよりロシュ、敷物の上にのって。早く」
「う、うん……!」
まだ怒ってるのか、イニアは僕をジトっとした目で見るのをやめてくれない。その迫力に圧されるかたちで、おとなしく靴を脱いでから敷物の上に腰を下ろす。
「ん」
続いて、靴を脱いでイニアも敷物の上に腰を下ろした。あいかわらず距離が近い。ちょっと手を伸ばせば触れられるくらいに。
それから、ごそごそとに懐から緑色と青色の小瓶をとりだした。
「ん。こっち」
「あ、ありがとう……?」
そのうちのひとつ、緑色の小瓶を手渡されたので僕はおとなしく受けとった。
ピッ、と人さし指を立ててイニアが説明をはじめる。
「ん。いまロシュに渡したのは回復薬。わりと即効性で効きめもいいタイプの。さっき竜との戦いで背中を痛めてたみたいだから、飲んでおいたほうがいい。あと、わたしはこっち。魔力回復薬。さすがに終局魔法は堪えた。正直わたしの魔力、いま危険域」
なにげにかなり危ない状態にあったらしいイニア。
それをいつもどおりの無表情で淡々と口にすると、手にした青い小瓶の中身を僕の目の前でくぴっと飲みほした。
すると、イニアの頬がほんのりとピンク色に染まり、目に見えて血色が戻ってくる。
その様子にホッと安堵の息をつきながら、いわれたとおりに僕も緑色の小瓶の中身をクイっと一息に飲みほし――ぶっ!?。
「うぇっ!? うぁっ!?」
「あ。いい忘れてた。即効性は少し刺激が強いから、一気に飲まないほうがいい」
ピッ、と人さし指を立ててイニアがしたり顔で口を開いた。
いや遅いよ!? ていうより、これで少し!? 全身が焼けるみたいに熱いんだけど!?
――ってあれ?
薬を飲んでから全身を襲っていた高熱が数秒で嘘のように一気に引いていき、同時にズキズキと痛んでいた背中の痛みがすっと消えたことに気がつく。
「ん。治ったみたい。よかった。じゃあ、ちょっと借りる」
「え!?」
ようやく落ち着いたと思ったのもつかの間。
今度は敷物の上にイニアが身を横たえた。しかも、なんと座る僕のひざの上にこてん、と頭をのせてきたのだ。
「イ、イ、イニア!?」
さっきとは違う意味で、僕の全身がどっと熱くなる。
「ん。またいい忘れてた。わたしが飲んだこの青い薬は遅効性。竜との戦いで飲んだ赤い即効性と違って刺激は低いけど、飲んだあとに休息が必要。というわけで、ふあ……。おやすみ……ロシュ……」
敷物の上で横になったまま、華奢な体を猫のように丸めたイニア。僕のひざの上で、うわごとのようにそんなことをつぶやくと、トロンとしたまぶたをゆっくりと閉じはじめる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? ねえ、イニア!? さっきから、なにがなんだか全然ついていけてないのに、僕をひとりにしないでよ!? ねえ、ふたりが包まれてるあの繭はなに!? いやそれより、プレサの怪我の治療は!? いますぐ町に帰らなくても平気なの!?」
「ん……。大丈夫……。あれはシャルティーの……天恵……【慈愛】……。起きたら……どんな怪我でも……治ってる……。あれは……わたしたちの……秘密……。ロシュ……、貴方にも……知って……おいて……」
「て、天恵!? あれが!? いや、それより秘密って……!? イ、イニア……? ねえ、イニア!」
「ん……。すう……。すう……」
結局、それ以上は僕の呼びかけに答えることはなく、イニアは僕を置いて夢の世界へと旅立っていった。
「ん……。んん、ん……。すう……。すう……」
いつの間にか、陽が落ちかけていた。
あれから、もう何時間経っただろうか。
イニアのさらさらとした青い髪を指ですいたり、頭をなでたり、たまにほっぺたを軽くツンツンとつついてみたりしながら、僕は何度めかのそんなことを考える。
……いや誓っていうけど、もちろん最初は触ろうなんて考えなかったよ?
けど、この状況。
まわりはみんな寝てて、話し相手もいない。さらに、そのなかのひとりは僕のひざの上で幸せそうに寝息を立てているから、動くこともままならない。
「んん……。すう……。すう……」
しかも、そのひとりが超のつく可愛い女の子だとしたら。
僕は、あっさりと誘惑に負けた。負けたんだ。
といってもこれ以上のことはしていないし、今度こそ誓ってするつもりもない。
というより、する必要がなかった。
「ん……。すう……。すう……」
イニアの幸せそうな寝顔を見つめながら、ほんの少し愛でるだけで、僕は十分に時間を忘れられたのだから。
「……ふ~ん。ずいぶんと可愛いいたずらじゃない? そう思わない、シャルティー?」
「そうですね~、プレサ? むしろ微笑ましいといいますか~。まあちょっと愛玩動物あつかい? な気がしなくもないですが~」
「うっひゃあぁぁっ!?」
「ん~」
突然後ろから聞こえてきたやりとりに心底ビックリした僕は、思わず座ったまま飛び上がりそうになった。
その拍子にひざの上で眠っていたイニアの頭がずれ落ちそうになり、あわてて支えなおす。
それから、まるで油の切れたブリキ人形になったような気分で、ゆっくりとぎこちない動作で頭を後ろに向けた。
「ふふ~ん! おはよう、ロシュ! 待たせたわね! プレサ! レ~イ! ロード! 見てのとおり、完・全・復・活・よ!」
「ロシュ、おはようございます~。おひとりにしてすみませんでした~」
「あ、あ……!?」
僕はあんぐりと口を開けて、ふたりを見上げた。
両手を腰にあてて、謎に自信たっぷりな様子で立つプレサは、戦いの疲れなどまるで感じさせず、気力が充実しているようだった。ありすぎるくらいに。
さらには、謎のテンションでいい放った完全復活の言葉どおり、あの見るに堪えなかった左手を含め、体の怪我が完全に治っている。
おっとりと首を傾げるシャルティーの顔にもいまや疲労の色などまったくないし、当然足も震えていない。
むしろなんだかツヤツヤとしていた。
でも、それよりなにより。
「ふ、ふたりとも早く服着てよっ!?」
赤と白。
まったく僕の目を気にせずに、堂々と下着姿ですぐ目の前に立つ、まるで女神を思わせるかのようなふたりの女の子。
赤面する僕の絶叫が、暮れかけた魔界跡地の空に響き渡った。
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