19.勝利と、おやすみ。
竜の首が落ち、次いでその巨体が前のめりに倒れた。
曇天の下、荒涼とした魔界跡地の大地に重々しい音が響く。
「終わっ……た……?」
僕の口から、思わずそんな言葉がこぼれた。
ほんの一瞬前まで、間近に死の恐怖にさらされていた僕は、いま目の前で起きた光景がまだ信じられない。
「ん。終わった。わたしたちの、勝ち」
「ふふん! あたしたちにかかれば、こんなものかしらね!」
「はい~。イニアもプレサもお見事でした~」
「シャルティーもね! 【水聖の護り】は本当に助かったわ! おかげで焼け死なずにすんだわよ!」
「ん。プレサのいうとおり、シャルティーも大活躍。それに、ロシュも意外な働きをしてくれた」
互いの健闘と勝利をたたえあうイニアたちの声が後ろから聞こえてきた。
その中には、僕の名前も。
そうか。勝ったんだ、僕たち。本当に、竜に。
ようやく実感した勝利と想像もしなかった大金星、それに少しだけ自分が貢献できた喜びに胸が熱くなって、僕はこぶしを握りしめた。
「イニア! みん――!?」
笑顔でみんなに向けて振り返った僕。そして、そのまま凍りついた。
「ん。お疲れさま。ロシュ。なかなかいい釣り。おかげで助かった。でも竜に向かって飛びだすのは、ちょっと無茶」
ほんのりと微笑みながらも、僕をたしなめるイニア。
その顔は、生気を失ったように青白かった。
「本当ですよ、ロシュ? 竜の攻撃で【守聖の護り】が切れてしまったときは、わたくし、胸がつぶれる思いでしたから」
おっとりと首を傾げるシャルティー。
だがその顔には疲労の色が濃く、両脚はガクガクと震え、いまにもその場で崩れ落ちそうだった。
「ふふん! いわれちゃってるわね~、ロシュ! まあ、あたしは格上の竜に立ち向かおうとするその意気ごみは買ってあげてもいいけどね?」
いつもの調子で勝気に笑うプレサ。
けど、その体のあちこちには痛々しい裂傷や打撲のあとが。特にひどいのは、その左腕。骨が砕かれ、力なくだらりとぶら下がっていた。
「い、イニア、シャルティーもその顔色……! そ、それに、ぷ、プレサのそそ、その左腕……!?」
いまさらながらに実感した。
彼女たちが全力をかけた竜との戦いがどれほど壮絶なもので、そのために払った代償が大きかったかを。
特にプレサの左腕。あれほどの怪我では、たとえ街に戻って専門の治療施設で回復を試みたとしても、とても完治する保証があるとは思えない。
「あ~、これ? まあ、こっぴどくやられちゃったわね? とっさに防御はしたんだけど、さすが竜ってところかしら?」
「そうですね~。これはおそらく内部で骨が粉々になってますね~。いまはわたくしの癒しで痛みを麻痺させていますが、それが切れたら地獄の苦しみでしょうか~?」
「うえっ!? しゃ、シャルティー? そ、それ本当……?」
おっとりと首を傾げるシャルティーの言葉に、プレサの顔が青ざめる。
けど、僕はわけがわからなかった。
なんでこのふたり、こんなに余裕なんだ!? 一生ものの怪我を負ったかもしれないのに!?
「ん~。そのほうがいいか。プレサ、シャルティー。ふたりともここで寝て? いま準備する」
え!? 寝る!? どういうこと!?
そう告げると、イニアは魔法収納の袋をひとつとり出し、そこから例の使い古した敷物をバサッと地面に広げはじめた。
それからもうひとつ、幅広のシーツもとり出すと、それを僕からふたりの姿を隠すように前に広げた。
でも、小柄なイニアでは必死に腕を広げても完全に隠しきれてなくて、チラチラと見切れちゃってるのが少し可愛い。
「ん。これでよし。さあ早く」
「ちょ、ちょっと待って! こ、心の準備が……! ってシャルティー!? なんでもう脱がしてんのよ!?」
パチン。シュルッ。ファサッ。
「待ちませんよ? さっきはああいいましたけど、わたくし、プレサの苦しむところなんて見たくありませんから」
「あー! もう! わかったわよ! こうなったら、ちゃっちゃっと始めましょう! シャルティー! あんたも脱がすわよ!」
「どうぞ、プレサ」
え!? え!? このふたり、なにしてるの!? なんでこんなことになってるの!?
目まぐるしく変わる状況にまったくついていけない僕の目の前。イニアが広げたシーツの向こうで、次々とふたりの服が地面に落とされていく。
そして、シーツの隙間から見えるふたりの足元が素足に変わり、浮かぶシルエットが艶めかしい体のラインに変わると、ふたりが互いをひしと抱きしめあった。
「愛するプレサ。傷つき、打ちひしがれし貴女の心と体をわたくしの愛と慈しみで包みこむことをどうか許してください」
「ええ。お願い、シャルティー」
「んっ!」
詠うようなシャルティーの声が辺りに響き、それにプレサが返事をすると、かあっと、まばゆい光がふたりを包みこんだ。
同時にぶわっと風が巻き起こり、その拍子にシーツを握っていたイニアの手が片方外れてしまう。
「……え!?」
思わず、僕の口から驚きの声が漏れた。
一糸まとわず抱きあうふたりの体。
それを七色に発光する半透明な糸のようなものが絡みあいながら、少しずつ少しずつ包んでいく。
「おや……すみ……、シャル……ティー」
「おやすみなさい、プレサ。また……夢の中で……」
やがて、目を閉じたふたりを七色に光る半透明な繭のようなものが完全に包みこむ。
そして、そのまま敷物の上に繭ごとふたりは身を横たえた。
装飾を施したかのように複雑に編まれた、まばゆく光る半透明の繭。
その中で一糸まとわぬ姿で互いを抱きしめあい眠るふたりの姿は、女神を思わせるほどに美しく、僕はまるで縫いつけられたかのように目を離すことができなかった。
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