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18.竜と、僕と彼女たちの全力。

 一瞬の空白。


 だが、事態はそれで一気に動きだす。 


 とっさに後ろへと跳びながら、僕はそれを見た。


「雨よ凍れ! 枝葉となり結びつき、空に白き大輪の花を咲かせよ! 降れ氷天! 【極天六花(セレスティアル・アイ)の氷晶(ス・クリスタル)】!」


『グルゥアアアアアァァァァァッ!?』


 やや早口で紡がれたイニアの詠唱。

 立体的な六つの花弁を持つ巨大な青白い結晶が再び魔界跡地の曇り空の下、竜の頭上に生まれ、瞬く間に落下し、砕け散る。


「――降れ氷天! 【極天六花(セレスティアル・アイ)の氷晶(ス・クリスタル)】!」


「――降れ氷天! 【極天六花(セレスティアル・アイ)の氷晶(ス・クリスタル)】!」


『グルゥアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!?』


 さらに二度。さらに早口で詠唱されて生まれた、巨大な六花の結晶が竜の頭上から連続でたたき落とされる。

 その硬い竜鱗を破られることはなくとも立て続けに与えられた衝撃にさすがに耐え切れないのか、赤熱する竜の巨体が前のめりに傾いた。


 その周囲には、無数の砕けた大粒の氷の欠片。


「研ぎ澄まされしは怜悧なる刃! 振るうは白き巨人の手! 放て! 【氷柱の突撃(アイシクル・スパイク)】!」

『グルゥアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!?』


 竜のまわりに漂っていた大粒の氷の欠片が結びつき、おびただしい数の鋭利な氷柱を創りだした。

 そして、前後上下左右、全方向からいっせいに竜の体に突き刺さる。


 衝撃と痛みに叫び声を上げる竜。だが、氷柱は突き刺さると同時にすぐに赤熱する竜鱗に溶かされた。


「んっ!? ――なら! 請い願うは、無慈悲にして壮麗なる白の暴虐! 蹂躙せよ! 【白銀の氷嵐(ダイヤモンド・ダスト)!】」

『グルゥアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!?』


 その結果に、一瞬だけ驚愕の声をイニアがあげた。だが、すぐに持ちなおし次の攻撃に移行する。

 イニアの詠唱が終わると同時に、竜の周囲を激しく吹き荒れる冷気の嵐が襲った。


 赤熱する竜鱗にまとわりついていた、溶けかけた氷の欠片を冷却され、竜の体の表面が半分ほど凍りつく。

 だが、赤熱する竜鱗がまたも急速にその氷を溶かしはじめた。


「汝に与うは永遠とわの安息! 悠久の檻、楔、棺にその身をゆだねよ! 【永遠なる氷(エターナル・フローズ)の棺(ン・コフィン)!」

『グルゥアアァァァァ……!?』


 竜の体を覆っていた氷を起点に、新たな氷が次々に生まれ、竜の体の表面を蔦のように這っていく。ついには、竜そのものを巨大な氷塊と化し、包みこんだ。


 氷塊の中で苦悶の叫びを上げる竜。その身動きは完全に封じられていた。

 だが、赤熱する竜鱗にまたも、今度は少しずつ氷が溶かされていく。


「凍れ! その身、その血、その魂ごと! 【根源氷結ディープ・フリーズ!】」

『グル……アァ……!?』


 つんざくような音が響き、竜が氷塊の中で悲鳴にも似た叫び声を上げる。


 いま、イニアが行ったのは、竜の魔力そのものへの干渉。つまりは竜の生命そのものを凍らせようとしたのだ。そして、竜が魔力を削られた結果、体を覆う発光し赤熱する竜鱗の色がわずかに薄くなる。

 

 すごい……! 竜を圧倒してる……!?


「凍れ!」

『グルゥ……ア……!?』


 今度は詠唱なしで、直接魔力が竜にたたきつけられた。


 通常短い時間しかもたない魔法を魔力を追加することで無理やり持続させる、一種の裏技。

 ただそれはE級の僕でも知っている、最も魔力消費の効率が悪い暴挙でもあった。


「凍れ! 凍れ!」

『グ……ルゥ……ァ……』


 イニア……!?


 だが、イニアはそれを何度も繰り返した。

 普段の冷静沈着なイニアからは考えられないようなその暴挙を、何度も何度も竜にたたきつける。

 そのたびに氷塊の中の竜の体の赤熱する竜鱗はどんどん色を失っていった。


 ここにきて、ようやく僕も気づく。


 一見すると圧倒しているように見えるイニアにも決して余裕はなく、決死の覚悟をもって戦っていることに。


「凍れ! 凍れ! 凍れ! 凍れ! 凍れぇぇぇぇっ!」

『グ…………ルゥ……………………』


 乱暴とすらいっていい頻度と回数で魔力が竜にたたきつけられた。

 そして、竜の体から赤い光が完全に失われ、ついにうめき声すら聞こえなくなる。


 その直後、カシャンとガラスが割れるような音が後ろから僕の耳に届いた。

 

「イニ――!?」


 振り返った僕が見たもの。


 それは、足をがくがくと痙攣させ、いまにも崩れ落ちそうなイニアの姿。

 魔力を連続して使いすぎた反動か、鼻からは赤い血が滴っていた。


 その足元には、いま聞こえてきた音の正体だろう、中身を飲み終えたばかりの赤いガラスの小瓶。あの色。おそらくは、魔力回復薬。


 鼻血をぐいっと指でぬぐうと、イニアは痙攣する足に力をこめてどうにかまっすぐに立ち、青い瞳で竜を見すえた。それから、色とりどりの魔石がついた杖を落ちないように小刻みに震える両手で保持してから、高々と掲げた。


 そして、一語一語を確かめるように、その詠唱をはじめる。


「静止するは、時。静止するは、鼓動。泡沫(うたかた)の夢よ、総てを閉ざす終焉ととも儚く崩れ落ちよ。終局魔法【絶対零度(エンド・オブ・アブ)の終焉(ソリュートゼロ)】………んっ」


「イニアッ!?」


 最強といわれる終局魔法のひとつがいま、発動した。


 その詠唱が終わると同時に、今度こそ急速な魔力の乱高下に耐えきれなかったらしきイニアががくんとひざを折り、魔界跡地の地面にどさりと倒れ伏す。


 僕は駆けよろうとあわてて一歩を踏みだし――だが、すぐ後ろで膨大な魔力が荒れ狂う感覚に本能的に背中があわ立ち、足を止め思わず振り返った。


 それはちょうど、まさにイニアが唱えた終局魔法の暴威が竜に降りかかる、その寸前だった。


 すでに氷塊の中で完全に動きを止め、巨大な氷像と化していた竜の周囲が、さらに尋常でない冷気――話に聞く氷の魔界を思わせるほどの、この世のものとは思えないような冷気に包まれた。


 そして、冷気は氷塊の中の竜を中心に一瞬で収束。

 天を衝くほどの一本の巨大な氷柱が完成した。その中に巻きこまれ閉じこめられた竜の姿は、もはやまるで彫像で生きているとは思えなかった。


 そう思ったのもつかの間、ピシリと小さな亀裂が走ったかと思うと、瞬く間に氷柱すべてに細かな亀裂が広がり、今度は巨大な氷柱が跡形もなく粉みじんに砕け散る。


 閉じこめられていた竜が再びその戒めを解き放たれた。


 だが原型はとどめつつも氷柱とともにその巨体は崩壊させられ、最強種たるあかしの竜鱗はことごとく剥げ落ちていた。その色は、完全に熱を失った灰色。

 さらには、全身から流れるおびただしい量の血。左腕はいまにもちぎれ落ちそうだ。


 そのままゆっくりと体を前に傾け、重々しい音とともに竜は魔界跡地の地面にその巨体を沈ませた。


「終わ……」


 思わずつぶやきかけた、そのとき。


『グルゥアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!』

「うわあっ!?」


 およそもう動くとは思えなかった、竜鱗を失い全身を血で赤く染めた竜が断末魔と錯覚するような叫び声とともに立ち上がった。


 立ち上がると同時になぎ払われた右腕が僕を襲い、パキィンッ! となにかが砕け散る音とともに僕を覆っていた金色の光が消え、そのままなすすべなく吹き飛ばされる。


「ぐっ、うう……!? あ、あ……!?」


 背中から地面に打ちつけられた痛みをこらえながら、仰向けに倒れたまま前を向いた僕の目に、竜の巨大な眼が僕を見下ろしているのが、映った。


 赤く血走った、巨大な眼。


『グ……ル……ゥ……ア……!』


 僕の目の前で竜が大きく息を吸いこみはじめる。


「あ、あ、ああああ……!?」


 その瞬間、生まれて初めて味わう感覚が僕を襲った。それは、逃れようのない絶対的な死の恐怖。

 いやおうなしに全身がガタガタと震え、自覚もないままに汗と涙と鼻水があふれ出す。


『……ァアアアアアッ!?』


 だが、そのとき僕の頭上で一条の細い【光】が伸び、竜の顔目がけて突き刺さった。


 その拍子に、いまにも放たれる寸前だった炎のブレスが口の中で暴発し、竜が激しくうめく。


「だからっ! あんたの相手はあたしだっていってんでしょうがっ!」

 

 声がしてきたほうに、僕の目が自然に引き寄せられた。


 そこに立っていたのは、先端から【光剣】を発生させた長剣【純白の乙女(ヴァージニア)】を右手一本でまっすぐに突きだしたプレサ。


 左腕が使いものにならないのか、力なくだらんとぶら下げられている。けど、それ以外にはところどころ裂傷を負ってはいるが、僕が一番心配していた火傷のあとはない。


 そのかたわらには、シャルティーの姿。

 おそらくまだ回復の途中だったのだろう。その緑色に光る両手はいまだプレサに向けられたままだった。


『グルゥアアアアッ!』


 聞こえてきた叫び声に我に返り、再び目を向ける。


 竜が激しく首を振り暴れ、顔に刺さった【光剣】から無理やりに逃れきっていた。


『グルゥアアア……!』

「あ、あ……!?」


 激しい怒りを感じさせるギョロリとした巨大な眼。それが再び目の前の僕を見下ろした。


「こんのっ! しつっこいわね! なら、来なさい! 【無垢の薄紗(マリアベール)】!」


「ろ、ロシュ……! し、白き……く、楔を……! 【氷……の針(アイス……ニードル)】……!」


「う、うわああああああっ!?」


 もはや考えもなにもなく、僕はただただ両手から天恵で大量の【熱湯】を生みだし、すぐ目の前の竜にぶつけ続ける。


『グルゥァァ……ァアアアアアッ!?』


 それでもダメージはなくとも、顔面にかかる僕の【熱湯】を嫌がったのか、億劫そうに竜が首を背けた。

 そしてそこに、イニアが寸分違わずに竜の【眼】の前に小さな氷柱を生みだし、そのまま巨大な竜の眼へとまっすぐに突き刺す。


『グルゥアァァッ!? グルウアアァァアアアッ!?』


 眼をつぶされた痛みに、僕のすぐ目の前で竜が悲鳴を上げ、激しくもがく。

 

「いい加減に! 倒れなっさいよっ! はあああああっ! 破邪の一閃!」


 僕の頭上を一条の巨大な【光】の帯が通り過ぎた。


 そして、音もなく、おそらくは手応えもなく、断末魔の叫びすら上げることもなく、僕の目の前で竜の首が断ち落とされた。

お読みいただきありがとうございます。

竜戦でひとつの区切りです。よろしければ、今後もおつきあいください。


余談:プレサの武器、合体剣。長剣【純白の乙女】に拡張パーツ【無垢の白紗】をつけ大剣に。それを【甘美な眠り】で納める。【精神感応金属】の特性によりその都度、完全に一体化して強度は十分。

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