うへぇ……って感じ
…………新手のイジメかよ。
飛ばされた先が盗賊のアジトで、今まさに目の前で裸にひん剥かれた美少女と、おそらく盗賊のボスなんだろうな。同じく素っ裸で息子が元気なのがむさ苦しい男がおり、これから行為に及ぶところらしい。
やっている最中でなくて良かったというべきかどうなのかは判断しかねる。
……確かに、面白そうな場所とは言ったけどもさぁ。もっとこう……他にもあるじゃない?
もとからあった洞窟を使用しているのか、それとも掘ったのか。デコボコしていないけれど、もともとあった洞窟を改装みたいにしていけばこうなるし、ここだけだは何とも言えんな。
周りは上も下も土で囲まれており、背後にある出入り口はドアが木で作られていた。
「……あ? 誰だお前? 見慣れない格好だな」
「た……助けて! お礼なら家に返してくれたら大抵のものは渡せるわ!」
「…………」
いきなり現れた俺に、男は警戒しながら行為に及ぶのをやめ、女を盾にしながらゆっくりと俺から距離をとる。
男に掴まれているから逃げられない女は、涙目になりながらも助けを求めてくる。
先ほどの言動から、いいとこのお嬢様であろうか。
「…………ふぅ」
ため息をつき、素早く左袖から刀を取り出し、居合で男の首を切り落とす……いや、切り落とそうとした。
今までに何百回、何千回と繰り返しやってきた動作である。今更ながら加減を間違えることはないはずである。
しかし現実では男の首を切り落とすことはなく、半分ほどパックリとやっただけであった。
一泊の間を空けた後、切られたところから勢いよく血が噴き出す。
「……あ、……え?」
男は何が起こったのか脳の理解が追いつかないまま、切られたところに手を当て、目の前に持ってくる。
そこで手に血が付着してるのを確認し、ようやく現状を理解し、テンションを上げ始める。
女を突き飛ばし、どうしようもないのに切られたところに手を当て、足をバタバタとさせて訳の分からないダンスを踊り始める。
踊っている間は何もしてこないだろうし、この部屋の出入り口は俺の後ろにあるため、大声を出さない限りはバレるようなことはないだろう。
その間に鞘に納まる刀の状態を調べる。抜いてみても刃こぼれは見当たらず、血糊も付着していない。後で時間があるときに一応は掃除するが、今回の件に関して刀がどうこうではない。
となると、俺自身に問題がある。
ただ、今回の件みたいなことは前に一度、経験している。自身の体が成長した際にズレが生じ、中途半端な形となった。
考えるとすれば、あの筋骨隆々のじいさん……サタンに言われた、俺の体が作り変えられていることが関係しているはずだ。
少しづつの変化であるから自身では気づいていないが、塵も積もれば山となるようにその変化も大きなものとなってくる。
そこまで考えて今更であるが、肩甲骨に違和感のような、慣れ親しんだような。不思議な感覚がある。
「……と。……聞いてるの!?」
「…….何?」
だいぶ深く考え込んでいたようで、犯されそうになっていた女が呼んでいることに気づかなかった。
だけど考え事を邪魔されるのは嫌いであるので、返事をした声は低くなってしまった。
それが原因であろう。女も肩をビクッとさせ、怯えたような表情になる。
気づけばいつの間にか裸ではなく、服を着ていた。
「ま、まだ盗賊の手下がいるのだけれど……どうするのか考えているの?」
何だか少し、話し方がしおらしくなった気がする。
「特に考えてないな。そもそも、俺だって気付けばここにいたんだし。とりあえず、出会って片っ端から片付ければいいでしょ」
「そんなに軽く言ってるけれど、ここの盗賊は規模がでかいの……って、話を聞きなさいよ!」
聞いても俺と関係ないから忘れると思う。対応も面倒になってきたし、無視して背後にあった簡易なドアを開けて部屋から出る。
「な、何だおま……」
出てすぐに一人、俺の姿を見るや戸惑いながらも腰に差していた剣を抜いて襲ってきたため、刀で目から脳を壊しにかかってしまった。
先ほどの男とは違ってこいつは練度が高いな。戸惑いながらもしっかりとした剣筋であった。
剣を引き抜くと、刀に血がベッタリと付いてしまった。
振るってある程度は飛ばすが、これは手入れが必要だな……。
「さて……」
人が三人ほど並んで歩けるほどの幅がある通路。俺が飛ばされたところは一番奥であり、犯り部屋なのだろうか。簡易なベッドがあるだけ。
目の前に続く道は途中でカーブしているため、先まで伺えない。
後ろから女が付いている気配を感じつつ、歩を進める。
途中で隠し通路などを見つけたが、緊急時の脱出用であろう。仕掛けは単純であるため、念のためと中を確認するが道が続くだけ。宝物を置くのであれば部屋の構造となるはずである。
あくまで俺の考えであるため、通路の先に宝をおいてある部屋があるかもしれないが、いちいちそこまでしていればきりがない。
「あなたって結構強いのね」
途中で食料このような場所や、多くの盗賊らがたむろっている部屋があり、例外なく全員を斬り伏せて出口へ向かって進んでいた時。
ずっと黙っていたのに俺の顔を下から覗き込むようにして見ながら声をかけてくる。
「……下がってないと死ぬよ」
「そうね。……ふふっ」
異変にはさすがに気づいたのか、出口に近づいていくにつれて盗賊どもは武装し、完全な状態で出くわすことが増えてきた。
さっきも矢が飛んできたのを刀で切り落とす。続けざまに放たれても嫌なのですぐさま近づき、切り伏せる。
……時間が経つにつれて身体能力が全体的に上がっていく。その都度、調整しなければならないので早く終わって欲しい。なんとなくだが、感覚的にあと少しであるはずなんだが。
「……規模がでかいとか言う割にはショボかったな」
「それはあなたが化け物ってことね」
外に出て、最後と思われる見張りとして立っていた二人の盗賊を仕留め、思ったことであるのだが……なんだか納得いかない評価をいただいた。
確かに全員で五十は超えていて、中には骨のあるやつもいたが、あまり大したことはなかった。
やはり異世界だからか剣や斧、弓だけでなく魔法を使う奴もいたな。"核"のようなものが"視えて"いたから、それを切ってやれば魔法も霧散した。
女や盗賊どもは目を丸くしていたが、あまりにも棒立ちだったもんでゆっくり歩きながら近づいて仕留めることも容易かった。
「街まで遠いのか?」
「徒歩だと十日ほどかかるわね」
他に捉えられていた人はいなく、想像は所詮、想像でしかないのだと実感した。
牢屋みたいな場所があって、そこに何人もの女が閉じ込められていたりとか考えていたんだが。そういった部屋はあったが、中には誰もいなかった。
食料庫にあった食べ物は衛生上アレな気もしたから手をつけていないが、金や盗品であろう宝石などは全て服の裾に閉まった。
「…………お前一人で歩いて帰れる?」
「できるわけないでしょ。道中で魔物に襲われて終わりよ」
「だよなぁ……。送って行くとか面倒なんだけど」
「そんなこと言いながらも送ってくれるんでしょ? そんなことよりもあなた、そんな裸足みたいなもので平気なの?」
別に見捨てても心痛んだり何てことはないし、この女も切り捨ててどこぞへ向かうことも出来るんだが……そんなことをしたら面倒なことに巻き込まれると第六感が告げるために、送り届けるしかない。
「裸足みたいなのはしょうがない……としても、これは草履って名前のれっきとした履物だよ。問題はない」
話しているうちに森へと入り、女の案内によって街へと向かっている。
……ただなぁ……女を殺すのもダメ。だけど、このまま一緒に街へ向かうなとも第六感が告げる。
街が見えるところ、または街まで俺の代わりをしてくれるような人を見つけたら姿くらませるか。
「あなた、話聞いてた?」
「いんや、全く」
「そう……。なら、もう一回聞くけれどあなたの格好、見たことないのよね。どこの国のもの?」
「……あー、自分で考えたオリジナル。誰にも技術すら渡すつもりはないから」
……言い訳としては苦しいか? 女も疑わしげな目を向けてくる。
勇者として召喚された奴らに知られたくないし、会いたいとも思わない。できるだけ情報は与えずにいたい。
「ふぅん……何か話したくない理由でもあるのね。なら別にいいわ。それなら服の構造については教えてくれるかしら?」
やっぱり、バレるか。
深く聞いてこないことについてはありがたいな。もしかしたら深く突っ込みすぎて見捨てられることも考慮しているかもしれないが。
「あなた、珍しい武器を使って戦っていたけれど……本当は凄腕の魔法使いだったとか?」
「何で?」
「あれだけの量の物がそこに入りきるなんてありえないわ。その上、物が擦れる音も聞こえてこない。……アイテムボックスと同じようなものかしら?」
「そうだね。これも詳しく話せないけど、俺にしか使えないアイテムボックスとなってるよ」
あの時の"取引"で得たものの一つだ。
盗賊を切っていった刀もここから取り出した。いくつか道具も補填してもらっている。
あとは草履も含めて破壊不能……はさすがに無理であるとルシファーに伝えられたので自動修復をつけてもらっている。ついでに多少は丈夫な作りにしてもらった。
「なあ、この辺は人って通らないのか?」
「そうね。あなたが潰した盗賊らの縄張りであったから。前に一度、討伐隊として兵隊を送ったけれど情報が漏れていて失敗しているから、それ以来は誰もここらには近づかないわね」
「なら、なんでお前は捕まってる?」
「…….ここらじゃ何も得られなくなったんでしょうね。テリトリーを広げていたのを知らずに捕まったのよ。護衛もいたけれど全員殺されたわ」
なんともまあ、お間抜けな話である。
…………あ。
「なあ、野宿とかどうする? 食料はそこらの生き物でも殺して肉焼けばいいけれど」
「……そうね。考えていなかったわ」
俺一人ならば、木の上でも寝ることができるが……。警戒も熟睡していようが一定の範囲内に何かあれば起きることも出来るし。
ただ、こいつも一緒となるとなぁ……問題ないといえば問題ないんだが、まだ信頼しきっていないから寝ていても身動き一つ。下手すれば寝息ですら目が覚める要因となる。
今日から十日間ほど、不眠が続くと考えといたほうがいいな。
どうせ寝れないのならば、こいつをおぶって夜も歩いていれば五日でつく計算となる。
「ほんと、面白い場所に落としてくれたよ」
「何か言った?」
「いんや、別に」
ざまあみろ、と言っているであろうアスタロトを簡単に想像できたため、また会ったら泣いて許しを乞うてもからかうのを止めないって心に刻んでおこう。
日が傾き、木々の隙間から見えるオレンジ色の空を見ながらそっとため息をつく。
誤字脱字報告、嬉しいです