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【完結】無能と冷遇された妻、実は百年に一度の有能者!? どうやら、冷徹な旦那様からも溺愛されていたようです。  作者: 陽七 葵


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第一章 冷遇された無能妻

 我が国では、古来より異形が存在した。主に動物や人の形をしたそれらは、妖魔と呼ばれ、人に取り憑き、精気を奪う。酷い時には死に至らしめてきた。


 そんな妖魔を人知れず封印し、滅することを生業(なりわい)としているのが、異能者の家系に生まれた者の使命であった。


 名家である我が才塚(さいづか)家もその一つ。故に、そこで生まれた私、柚子葉(ゆずは)も同様に。


 しかしながら、私は異母妹の桜子(さくらこ)と違い、異能はおろか妖魔を見ることすら叶わなかった。つまり、それは無能を意味し、異能の家系からすると、私は、ただのお荷物でしかなかった。


 とはいえ、私の中には才塚の血が流れている。両親は政略結婚で、それはもう互いに有能な異能の持ち主。母は私が産まれてすぐに亡くなってしまったが、その血が流れているのは紛れもない事実。私に異能がなくとも、その子は異能を持って生まれてくる可能性は非常に高い。


 故に、私は十八歳の誕生日、恩田(おんだ)家の若き当主の弟である恩田(おんだ)蒼真(そうま)と政略結婚し、恩田柚子葉(ゆずは)となった。


◇◇◇◇


 恩田の姓を名乗り始めて三年の月日が流れたある日の夕刻——。


「子はまだなの?」

「申し訳ございません。お義母様」


 露骨に不快感を出す義母に、肘まで畳に付け頭を垂れる。


 これは日常茶飯事。


 純和風の壮大な屋敷の裏にひっそりと佇む小さな蔵に、わざわざ足を運んでは文句を垂れて帰るのが、義母の日課だ。


「ですが、お義母様……」

「なに? わたくしに盾を突く気?」

「滅相もございません」


 初めこそ盾を突きたい衝動でいっぱいだった。子はまだかと催促されながらも、蒼真が暮らす母屋とは離れた蔵に追いやられ、その指にすら触れたこともないのだから。


 そのことを知っていて尚、鬱憤の捌け口のようにやってくる義母に、憤りを覚えることも忘れてしまった。嫁いで半年もしない内に、私は諦めた。


 蒼真は、小柄で器量の良い桜子と婚約したかった。けれど、その桜子は、蒼真の兄であり、恩田家当主である恭介(きょうすけ)と結ばれた。


 お荷物を引き受けた蒼真は、無能の私に見向きもせず、私を蔵に追いやった。しまいには、外に愛人を作って、帰って来ない日もしばしば。ここ半年は、家に帰ってきていないという。


 これらは使用人に聞かされたこと。わざわざ教えてくれと頼んだわけでもないのに、いらぬ情報ばかりを耳に入れてくる。

 才塚の家でも使用人に嘲笑われていた私だが、この恩田家に来てもその待遇は変わらない。


「それに比べてあなたの義母妹は優秀よね。二人目を孕ったようよ」

「そう……ですか」

「きっちり務めを果たせないようなら、離縁もありえますからね」

「……はい」


 言いたいことだけ言った義母は、清々したように蔵から出て、外からしっかりと南京錠をかけた——。


 取り残された私は、昼食として配膳された、皮の剥かれていない林檎に齧り付いた。


 今日の食事は普段より豪華だ。大抵は誰かの残り物。つまりは、残飯処理だ。その残飯すらないこともあり、嫁としての務めを果たせない私は、一日食事にありつけないこともしばしば。それなのに、林檎を丸のまま与えてくれるなんて滅多にないこと。


 涙すら出なくなった瞳で、小窓の向こうに見える羽ばたく小さな鳥を眺めた。


「離縁されたら、私も自由になれる……のかな。離縁、されたいな」


 結婚して子を成せば、私も幸せになれると思っていた。いくら無能と罵られようが、嘲笑され冷遇されようが、蒼真との間に優れた異能を持つ子が生まれれば、私も認められる。そう思っていたのに……。


 手を触れるどころか、もう随分と蒼真に会っていない。最後に会ったのは、いつだったか。それすらも思い出せない。


 義母は離縁の話を口にするけれど、それを口にされてから二年半の時が過ぎた。

 何故、早々にしてくれないのか。

 ここを追い出されたら行くあてはない。継母がいる限り、父親は継母の言いなり。才塚の家にも戻れないだろう。


 けれど、私は自由になりたい。ここで幽閉されるように暮らす生活は疲れた。こんなことならいっそ、私も亡き母の元へ旅立ちたい。


 私は、文机に置かれた小さな蝋燭の灯をコトンと倒した。


◇◇◇◇


 辺り一面、真っ白い空間。

 影すら見えないそこに、一人の見目麗しい天女のような女性の姿があった。高貴な着物を纏った彼女は、優しく微笑んで手招きした。


「わ、たし……?」


 後ろを振り返ってみても、誰もいない……どころか、物一つない。前に向き直れば、彼女は笑顔で頷いた。


「おいで」


 その声には聞き覚えがあった。

 ゆっくりと彼女の前に歩を進める。ゆっくりと動かしていた足が、自然と速くなる。しまいには、駆けた。そして、広げられた腕の中に飛び込んだ。


「お母様!」


 ——刹那、視界が一変した。


「柚子葉。何故、火を放った?」


 その冷淡な声と瞳に、肩が跳ねる。

 先程まで母の夢を見ていたと思ったら、目の前には、圧倒的な美しさを持つ、魅惑的な男性の姿がそこにあった。


「そ、蒼真様……何故」


 私は、蒼真の腕の中にいた。

 蒼真の後ろには、先程まで私がいた小さな蔵。焼けこげて半壊したそこは、びしょ濡れで、もう人が住めるような状態ではなかった。そもそも人が住む場所ではないのだが。


 そして、蒼真の後ろには、桜子と義母の姿もあった。


「あら、お異母姉(ねえ)様ったら。死んでしまったのかと思いましたわ」

「わたくしが離縁の話を出したから、気を引きたかったのでしょうね。愚かな嫁ですこと」


 冷笑を浮かべる二人をよそに、蒼真は真っ直ぐに私の目を見つめる。


「俺の問いに応えろ」

「は、はい」


 冷ややかな瞳の蒼真の顔は、すすで所々黒く汚れている。かちっとした軍服も同様に。


 それは、私を助け出したからに相違ないのだと、すぐに分かった。


「わ、私は……自由に……自由になりたかったのです」

「自由に……それは、俺から逃げるということか?」

「い、いえ……」

「柚子葉、お前は絶対に逃がさん。そして、死なせん」

「蒼真様、何故……」


 そんなに私が憎いですか。

 これまで指一本触れなかった私に触れてまで助け出して、私をどうしたいんですか。私を生かして、私に辛い思いをさせて、楽しいですか。愉快ですか。


 この際、聞いてみるのもありかもしれない。蒼真とも、次いつ会えるか分からない。この際、思いの丈をぶち撒けて、いっそ死ぬまで殴られようか。


 覚悟を決めて、ふぅと息を吐いた時だった。蒼真は眉をピクリと吊り上げた。


「そんなに、俺が憎いか? 不快か?」

「……え?」


 そっくりそのまま返したい。そのつもりだった。


 それなのに、言えなくなった。


「いえ、滅相もございません」

「良かった」


 安堵したように、蒼真が肩の力を抜いたのが分かった。


(良かった?)


 その意味も、蒼真の反応も理解出来ない。けれど、もしかしたら、蒼真は思ったよりも冷酷無慈悲なお方ではないのかもしれない。そんな期待が胸に湧いた。


 しかし、それも一瞬のこと。


「今日からは、離れで暮らせ」

「……え」


 母屋よりは小さく、蔵よりは大きな離れ。

 長年使われていないそこは、かつて人体実験に使われた部屋だと使用人らから聞かされている。異能者を増やす為、罪人をそこに閉じ込め、異能者の血を注入するといった、卑劣な実験がなされていた場所だと。


 しかし、それは全て失敗に終わり、妖魔とはまた別の、キメラのような異質な生物が出来上がった。それらは自我を失い、その場で全て滅せられた。


 これらの話は、今よりも遥かに昔のことで、現在は呪われた離れとして、誰も使っていないのだとか。


「私、一人で……でしょうか」

「嫌か?」

「えっと、あの……」


 無能の分際で、嫌と言えるはずもない。

 とはいえ、今拒まなければ、呪われた離れで一生幽閉される可能性は高い。


 私は、初めて命乞いするように蒼真に泣きついた。


「な、何でも致します。どうか、どうか、御慈悲を……自由になりたいなどと、二度と口に致しません。ですから、一人で、離れは……嫌に御座います……」

「柚子葉……」


 冷徹なその表情は変わらない。


「左様か」


 それだけ呟き、私は蒼真によって抱き上げられた。


「呪われた離れ、お異母姉様にはピッタリですわね」

「流石のわたくしも、そこまでは面会に行けないわよ。ここでサヨナラですかね。寂しくなるわね」

「お異母姉様、お元気で」


 愉快そうに笑う二人は、母屋へと足を向けた。


 同時に、蒼真が離れの鍵を開ける音が闇世に響いた。


「さようなら……」


 それだけ口にして、私は離れの中へと運ばれた。

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