49. 私、可愛げのない女なので!
遅刻しましたすみません
すれ違った知り合いの文官に、外務部の会議場所を教えてもらう。
扉の前で待ち構えていた我が家の使者を帰し、会議を終えた兄さんを捕まえた。
「兄さん、今暇よね」
「うん?ヘレン? もうお昼休みだから、暇には違いないけど……どうしっ……」
読んでいた書類から顔を上げた兄さんは、目が合った瞬間、かちりと固まった。
「……落ち着こう、ヘレン」
「落ち着いているわ、この上なく」
「『怒りすぎて一周回って冷静になっている』、の間違いだよね?」
それは「落ち着いている」ということでいいんじゃないかしら。違う?そうでもない?
まあ、いいわ。そんなこと、どうでも。
にこにこ笑顔の私が顔色の悪い兄さんを執務室までエスコートし、ぐしゃぐしゃの手紙を添えて状況を説明する。
そういえば、一通しか持ってこなかったわ。まあいいや、今度受け取りに行こう。
事情を理解して、真っ青になる兄さん。
「あ、あの人たちは、なんてことを……!」
「端的に言うわね。兄さん……もういいでしょう?」
今回、祖父母がアン様とユラン様に送りつけた、あの手紙。
あれは、王家とガラク家を敵に回しかねない代物だった。
祖母の侮辱だけではない。目上の、現状何の親戚関係もない侯爵家相手に縁故を要求するなんて、とてつもない無礼だ。しかも、祖父の手紙には、ガラクの愛執の呪いを盾に取るような言い回しをしている箇所も、ちらほらと。
ユラン様は「隠居老人の戯言」と鼻で笑って流してくれたけど、本来なら激怒してもおかしくない暴挙。そうなれば、私と兄さんの立場どころか、家の存続すら危うくなる。
「もう、限界。あの二人を排除する」
今回だけならまだいい。でも、次は?
二回目は無いという保障はある?
私たち兄妹と祖父母は、仲が悪い。
祖母は相手……特に目下の人間が思い通りに動かないと怒り狂う。血筋が劣る孫の私たちなんて、その最たるもの。
祖父は、そもそも自分以外を人間だと思っていない。自分が権力を手にするための、手駒か何かだと思っている。
いずれにしても、とてもまともに会話できる相手じゃない。兄さんや私が諌めたところで、話なんか聞きやしないだろう。それどころか、反発して事態が悪化する可能性すらある。
だったら、排除するしかないでしょう?
そもそもが一切情のない、利害だけの家族だったのだ。なら、利害で切ってしまっても構わないはず。
しかし、真っ青なまま手紙を見つめ、黙ったままの兄さん。不意に、以前サイプレスに言われた言葉が脳裏をよぎった。
『誰もが、お前みたいに強くはねェんだよ』
……ため息を押し殺し、こっそり額を押さえる。
(そうね、そうみたい)
今まさに、痛感している。
でも、私だってさほど強いわけじゃない。無意識に、こう呟いてしまった。
「……兄さんは、お祖父様とお祖母様を守るためなら、私やユラン様は踏みにじっていいと思ってる?」
「違うッ!!」
兄さんが弾かれたように顔を上げた。
「違うよ!一番大事なのはヘレンとルネだ!ただ……ああ、もう!」
頭を掻きむしり……ぴたりと止まると、がっくりと肩を落とした。
「……もう少し、穏やかに離れられると思っていたんだ」
うめくようにそう呟くと、バニラ色の目と目が合った。
「もうそんなこと言っていられる段階じゃないことは、分かっている。……覚悟ができてなかった、ごめん」
深呼吸して、背筋を伸ばす。
「すぐに、お祖父様とお祖母様の排除を開始しよう。……ユランの奴にこれ以上、借りを作りたくないしね」
そう言って苦く笑った兄さんは、いつもの兄さんだった。申し訳なく思いつつも、ほっとする。
「良かったわ、分かってくれて」
兄さんを抑えつつ、私一人であの二人を排除するのは骨だ。その間に、今日みたいな問題をどれだけ起こされるか……。
完全に切り替えた兄さんが、小声で計画を立て始める。
「じゃあお祖父様が押さえている仕事をこちらで引き継がないといけないから……。領地経営はトビアスを頼れるから良いとして……各種契約の名義引き継ぎ……素直に応じると思えないから策を……いやその前に、取引先と顔合わせ………」
そう、祖父は未だ現役で仕事をしている。
息子や孫に楽をさせたいとか、そんな殊勝な考えでは絶対にない。単純に、伯爵家における実権を握っていたいだけだろう。
(でなかったら、あんなあちこち足りなさすぎるお父様に、爵位なんて渡さないわよ)
実際、祖父のその行動は、排除の妨げになっていた。ただ二人を幽閉して終わりというわけにはいかないのだ。
祖父が抱えている仕事の中で、特に重要なのは、取引相手との契約の引き継ぎ。うちの領地は交易で潤っている。祖父の排除に成功しても、これを失敗すると領地収入が消えてしまう。
案の定、兄さんは苦い顔をした。
「……最短で半年かかるな」
が、私は首を横に振った。
「一ヶ月もあれば十分だと思うわ」
「え?」
きょとんとする兄さんに薄く笑んで伝える。
「忘れてない? 私、爵位簒奪を目論む女なのよ?」
その言葉にハッとする兄さん。
そう、私は今日この日のために、綿密に計画を立ててきた。
必要な情報も、根回しも、協力者も十分。起こり得る問題についても、対策してある。
「はっきり言って、全く、完全に手を出せていないのは、お祖父様お祖母様周辺の人事と、領地の内政くらいよ」
それも兄さんがどうにかできるというのであれば、何の支障も無い。
幸い、今王都には、ウルスラとサイプレスがいる。多少の変更は必要だけど、すぐにでも計画を発動させられる状態だ。
「兄さんは、邸に残ってお祖父様の対応をしてくれる? 実働は私に任せて」
「……ヘレン……ヘレンは、一体いつから、簒奪を計画していたの……?」
呆然と、呟くように兄さんが問いかけた。きょとんとして、少し考える。
「最初に思いついたのは………五歳の時?」
「お祖母様がいなければ、堂々と本が読めるのに」、「お祖父様がいなければ、怖い人は来ないのに」と。
子どもらしい、無邪気で、残酷で、荒唐無稽な願い。
「そう考えると、十四年越しの悲願ね。あの二人を引き摺り下ろすのは」
「僕の妹が、頼もし怖い」
しみじみ呟くと、兄さんが青い顔でぼやいた。
これくらいじゃないと、簒奪なんて無理でしょ?
違うの?
ヘレン「メンタルと頭脳があれば、大概のことはどうにかなると思っている」
お読みいただき、ありがとうございました。




