48. 天敵③
先に時間を作ってくださったのは、ユラン様だった。王城に到着してすぐ、ユラン様の執務室に通される。
「突然申し訳ありません」
「いえいえ。可愛い貴方が会いに来てくださるのですから、時間くらい喜んで作りますとも」
ユラン様曰く、兄さんは絶賛職場の会議中。それが終わらないことには、私が送った使者も声をかけられないらしい。まあ、急だったからね……。
ゆったりとソファに腰掛けたユラン様は、にこやかに問いかける。
「できればこのまま、一ヶ月後に向けて愛の言葉など囁きたいところですが……火急の用件とは?」
「はい、実は……」
我が家の現状をかいつまんで説明すると、ユラン様は思いっきり眉を顰める。
「それは……面倒な」
ユラン様は先日も仰っていた通り、祖父母の諸々についてもご存知で、正しく状況を理解してもらえた。
ほっとして続ける。
「それで、あの二人が何かユラン様にご迷惑をおかけしているのではないかと思いまして……。確認とご報告、それから謝罪に参じた次第です……」
「私の心配をしてくださったのですか? ありがとうございます」
その瞬間。
一瞬、本当に一瞬。ユラン様の目の奥が僅かに揺れた。
「ですが、今のところ特に何もありませんよ。ご安心ください」
「……ふふっ、嫌だ、ユラン様ったら」
意識して口の端を吊り上げ、声を出さず口だけ動かす。
嘘がお上手。
ユラン様の笑顔が、一瞬固まった。
「祖父母が何かやらかしましたね?」
「いえあの、本当に何もありませんよ?」
眉尻を下げて微笑む。うん、今のも嘘ね。
まばたきが不自然だった。
「何かあれば、すぐヘレン嬢にお伝えしますから」
これも嘘。私の名前のところで目が揺れたから、私じゃなくて兄さんに伝えるつもりね。
にこ〜……と双方笑顔で睨み合う。
私に激甘のユラン様のことだから、心労をかけたくないとかそんな感じの理由だろうけど、困ったな。これじゃ話が進まない。
(ユラン様、納得してくれれば早いけど、そうでないと結構頑固だもんなあ)
そのくらいは、この二ヶ月の付き合いで分かっている。
仕方がない。今こそ、先日将軍から教えてもらった最終奥義を使う時か。
紅茶を一口飲み、カップを持ったまま穏やかに口を開く。
「ユラン様。私、隠し事をされるのは、別に良いんです」
「?そうですか」
話が逸れてほっとした様子のユラン様。
「でも、ちょっと調べればすぐに露見する嘘とか、もうバレていることを見苦しく言い訳して話そうとしない人は……」
そっとカップを置き、ユラン様の目を見てにこりと笑う。
「大嫌い、です」
その瞬間、ユラン様の手からカップが滑り落ちた。
ガシャン!と派手な音を立ててソーサーの上に落ちる。
直後、そのお顔からどんどん血の気が引いていく。
「あ、あの、ヘレン嬢」
「ユラン様」
あくまで穏やかに問いかける。
「お祖父様とお祖母様、何かやらかしてますね?」
「いえ、あの、大したことではないのです。ヘレン嬢が気になさるようなことは」
「ユラン様」
にこやかにお名前を呼ぶ。
「もう一度申し上げませんと、お分かりになりませんか?」
「すみません、言います!言いますから!!ドナート!先ほど届いた手紙を持ってきなさい、早く!!」
チョッッロ……。
どうしよう、心配になるくらいちょろい。確かにこれは、最終奥義ね……。
ユラン様が必死に弁明していると、侍従……ドナートさんが三通の手紙を持って来た。
私の横に座ってそれを受け取り、そのままこちらに渡すユラン様。
「これだけです。あの、ヘレン嬢、私のこと、嫌いになりませんよね?」
「なりませんよ」
あからさまにホッとするユラン様。すみません、ここまで効果覿面とは思いませんでした。
気を取り直して、手紙に向き合う。
(二通はお祖母様からで、一通はお祖父様からか……)
とりあえず、祖母からの手紙を見てみる。
「孫娘はガラク家にふさわしくない」「孫娘を選んだガラク侯爵令息は女を見る目がない」などなど……。
予想通り、私と、私を選んだユラン様への罵詈雑言が、便箋五枚にわたりびっちりと書き連ねられていた。
もう片方はアン様宛。こちらはさすがに明白な罵倒はないが、私を教師に採用したことへの嫌味や、女性が学ぶことへの皮肉の文言が見受けられる。
「……」
祖父は祖父で、「孫娘を渡す代わりに、自分に王城の役職を用意しろ」と、ふざけた要求。
怒りで手紙を持つ手が震える。
「本当に……身内が、王家とユラン様に、ご迷惑を……!」
「所詮、隠居老人の戯言です」
フン、と鼻で笑い、祖父の手紙をつまみ上げた。
「この程度は日常茶飯事ですよ。イワンには厳重注意をするつもりですが、王家にも私にも、大事にする気はありませんよ」
そう言うと、笑顔でこちらを振り返る。
「まあ、安心してください、私が貴方を守……」
言いかけたユラン様が止まった。
祖父があちこちから恨みを買わなければ、私はあんな怖い目に遭わずに済んだ。
祖母が私を伯爵令嬢として育ててくれていれば、学園入学前後であんなに苦労はしなかった。
二人がちゃんと父を教育なり監視なりしてくれていれば、私は最初の予定通り、文官の試験を受けられた。
そして、今回のこの手紙。手元にあったアン様宛の手紙を、ぐしゃりと握り潰す。
「ヘ、ヘレン嬢?」
どこまで、どこまで、どこまでーーー。
(私の人生を邪魔すれば、気が済むの)
ゆっくり息を整え……傍らのユラン様に微笑みかける。
「……宰相閣下。閣下の寛大かつ迅速な対応に心から感謝申し上げます」
確信した。奴らは、私の天敵だ。
奴らがのさばっている限り、私の人生に平穏はない。
私からの感謝の言葉に、きょとんとしつつも頷くユラン様。
「あ、貴方のお役に立てたのなら、何よりです」
「………それで、何度もご厚意に甘えて申し訳ないのですが……。この者たちの処分は、当家にお任せいただいてもよろしいでしょうか?」
握ったままの手紙を掲げると、ユラン様はこくこくと頷いた。
「そ、それはもちろん……イワンにもそう伝えて、手紙は受け取らなかったことにするつもりでしたから………」
「ありがとうございます、閣下」
すっくと立ち上がり、とっておきの美しいカーテシーを披露する。
「ヘレン・サシャ・クォルナの名にかけて、奴らを二度と表舞台に立てないようにしてみせましょう」
◆ ◆ ◆ ◆
ヘレンが出て行った執務室。
ユランはポカンとした顔で、閉じた扉をしばし見つめると……その場に崩れ落ちた。
「……どうして、そこで私を頼ってくれないのです!! 私とガラク家ならば、三日で何もかも解決して差し上げるのに!!」
床を殴るも、すぐさま恍惚とした顔を上げる。
「しかし、そこが良い!なんと高潔!なんと美しい!!さすがは、我が愛しの女性!!」
「つよい」
「かっけぇ」
ついたての反対側で様子を伺っていたフリードとミルドランが、ひょいひょいと顔を出した。
「ユランの “唯一” でなけりゃ、うっかり惚れてた」
「何だと!?」
「ミド、揶揄わない。ユラン、過剰反応しない」
お読みいただき、ありがとうございました。




