40. その関係の名は①*
2025.9.16 一部内容を変更しました。
「……ユラン」
王の執務室。書類を片手に、フリードは困り顔で口を開いた。
「まだクォルナ嬢と話せてないの?」
「話せていない………」
机に突っ伏したまま、ユランはうめくように答えた。
「ルネ女史の防衛は鉄壁、イワンは自分がヘレン嬢の信頼を取り戻すのに必死……」
グッ、と握り拳を作る。
「おまけにシュゼイン公爵まで妨害してきて……ッ!」
「…私は何もしとらん」
シュゼイン公爵が短く否定すると、ユランは顔を上げ、その端正な横顔をギッと睨んだ。
「ええ、ええ、そうでしょうとも!御息女を止めることすらしておりませんからね!」
「…私の娘が、自分の判断で、自分の部下を使い、自分の友を手助けするのに、何故、貴様の許しを得ねばならん?」
「ユラン……気持ちは分からなくもないけど、八つ当たりはやめようか……」
殺気を飛ばし合う二人。
フリードが取りなしていると、どこからか暗部の影が現れた。シュゼイン公爵にさっと書類を渡し、すぐに下がる。
「…ふむ」
シュゼイン公爵は書類を一読すると、長身を折り曲げて礼をした。
「…ご報告いたします。…サイプレス侯爵とデュボワ侯爵が、クォルナ教務官に接触しました」
「は!?」
ガタッ、と机にぶつかりながら立ち上がるユラン。
「どういうことです!?」
「…報告はもう一件。サイプレスが連れ込んだ『雀』どもが、囀っております」
曰く、「クォルナ伯爵令嬢はサイプレス侯爵とデュボワ侯爵の親友である」と。愛する人の「親友」という単語に、ユランが分かりやすく凍りついた。それを完全に無視して報告を続けるシュゼイン公爵。
「…事実、三人はたいそう親しげな様子だったということです」
「親しげ!?」
「ミド、ユラン押さえておいて」
「あいよ」
いよいよ剣呑な空気を出し始めたユランの襟首を、ミルドランがぱっと捕まえた。それを横目で確認して、続きを促す。
「会話の内容は?」
「…残念ながら。…サイプレス家保有の呪具の発動を確認したので、その影響かと」
「サイプレスんとこの呪具って何でしたっけ?」
ミルドランが首を傾げる。シュゼイン公爵はそちらをちらりと見て答えた。
「…『アメフラシ』だ」
「「あ〜……」」
フリードとユランの声が重なった。
「何すかそれ?」
「…一時的に繋がりを弱体化させ、対象範囲の事象の認識を、外部から緩くさせる呪具だ」
具体的には、隠密行動の補助や盗み聞き・読唇防止、そして認識阻害。知人を「知人」と認識できなくさせたり、存在感を薄くさせる。
「ヤベェブツじゃないっすか!!」
「現代呪術では再現不可能な、国宝級の呪具だね」
「その関係上、過去に王家から下賜された、数家にしか存在しない。貴重な代物だ」
雨が降れば、足跡が流れ、匂いが消え、視界は悪化し、声は聞こえなくなる。
それに類似する状況を生み出すことから、「アメフラシ」の名が付いたのだとか。形状は小さな棒のようで、たとえ王城であったとしても、持ち込むのは容易だ。頷いたシュゼイン公爵は、再びフリードに向き直った。
「…サイプレス侯爵はかなり警戒しており、呪具の効果範囲内に潜り込めなかったとのこと。…申し訳ありません」
「シュゼインほどではないとはいえ、あちらも暗部の名門だ。『アメフラシ』の対象範囲はかなり狭いからな、仕方がない」
サイプレス侯爵家と、先ほど名前が挙がった、デュボワ侯爵家。そして、フリードの専属護衛・ミルドランの生家であるテルセン辺境伯家は、北部三砦と謳われる武の名門である。
戦上手で、特に防衛戦に強いテルセン辺境伯家。個として突出した武人の多いデュボワ侯爵家。
そして、諜報活動や情報戦を得意とするサイプレス侯爵家だ。王城内の護衛兼監視役には、さすがに荷が重かっただろう。ユランが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「にしても、デュボワにサイプレス、ですか……」
「なかなかになかなかな組み合わせだな」
フリードはそう言って苦笑した。
現デュボワ侯爵と現サイプレス侯爵は、半年ほど前に爵位を継いだばかりの、若き当主である。
とはいえ、十五で成人、学園を卒業する十八で一人前と見なされる鉱国だ。やや早いが、卒業と同時に爵位を継ぐ事例は、さほど珍しくはない。
……直前に、前当主と他の継承権保持者が排除されていなければ。
内情を知る者からすれば露骨に不自然な、しかし有無を言わさぬ正当な理由と手続きをもってその座についた新当主。
それが、現デュボワ侯爵と現サイプレス侯爵だった。ユランは苦々しげに吐き捨てた。
「そもそも、何故あの二人と我が “唯一” が知り合いなのです? 確かに同級生ではありますが……学科も違うはずでしょう?」
「それは分からないが、デュボワ侯爵とサイプレス侯爵に関しては、様々な噂が飛び交っているからな」
そのひとつが、二人の関係性についてだ。同じ北部を守る仲間でありながら、デュボワ家とサイプレス家はそれはもう仲が悪かった。
特に先代同士の仲は最悪で、前デュボワ侯爵が排除された時は、真っ先にサイプレス家が疑われたほど。子である当代たちも、同級生でありながら、接点はないに等しかった。
にも関わらず、爵位継承後はまるで旧知の友であるかのような気安さ。
公の場に現れる時は、必ずと言っていいほど二人一緒。
ミルドランはため息と共にぼやいた。
「絶対なんかあったろ」
「それ以外にも様々な理由から、二人は互いの爵位継承のため、協力関係にあったと見なされている」
そう言うと、フリードはゆるゆると首を横に振った。
「ただ、さっきも言った通り、接点がないんだ。爵位継承……特に当主の排除という大事を為すほどの信頼関係があったとは思えない。……橋渡し役がいたはずだ」
「それが、我が “唯一” だと?」
「確証は無いけどね」
サイプレスたちの学園時代、サイプレス家に、数人の家庭教師が来ていたという情報がある。
入れ替わりの激しい中、唯一、最初から最後まで居続けた、茶髪の若い女。
彼女の素性は、今も明らかになっていない。
すると、ユランがわなわなと手を震わせた。
「私の可愛い人の交友関係に、私以外の男が……! ミド、同じ三砦が一隅として、何か知らないのか」
苛立った声で、幼馴染でもある同僚に問いかける。返ってきたのは呆れ声とため息だった。
「サイプレスは奴が学園に入ったあたりから疎遠だし、デュボワはそもそも、直接話したこともねーよ。フリューの横で、挨拶聞いただけ」
ミルドランは北部三砦のひとつ、テルセン辺境伯家の次男である。問題の二人とも年齢が近い。詰め寄られ、首を横に振ったが……ふと、顔を上げる。
「……そういやあ、今日のサイプレスと、この間のクォルナ伯爵令嬢って、お揃いのピアスだったな」
「は!?」
その発言を聞き、ガッとミルドランの肩を掴むユラン。
「どどっ、どっ、どっどっ、どういうことだ」
「ミド、そういうの興味あったっけ?」
「アクセの類は暗器とか仕込みやすいから、気にしてんだよ。独特なデザインだったからな、間違いない」
断言すると、己の情報網から仕入れた情報も披露する。
「あと侍女に聞いたけど、クォルナ伯爵令嬢のアクセって、全部フロース・フィーブラとかいうブランドものらしいぜ」
「フロース・フィーブラ? 上流階級で流行っている?」
「そうそう」
とてもクォルナ伯爵家の経済力では揃えられない逸品だ。未だかつて、一度もアクセサリーを贈ることを許されていないユランが、さっと青ざめる。
「もしかして、サイプレスからの贈り物かな。あいつ、今婚約者いねえだろ」
「そ、そうだけど……ミド………」
そっとフリードが止めるも、気が付かないミルドランは、顎をなでながら満足げにつぶやいた。
「方向性はユランと真逆だが、あっちも十指に入る美丈夫だし。いや〜、クォルナ伯爵令嬢、おとなしそうに見えて案外隅に置けな……アレッ、ユラン?」
「…『サイプレスからの贈り物』と聞いた瞬間、出ていったぞ」
シュゼイン公爵が開きっぱなしの扉を見ながら答えた。
「…いいのか。あのまま突撃しかねん勢いだったが」
「げえ!?」
「ユラン!さすがに突撃は不味い、ユランッ!!」
「仕事中だぞ、バカ!!将軍も見てたなら止めてくださいよ!!」
シュゼイン公爵「…(だから黙っていたんだが……)」
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