39. 箒を寄越してきたのはコイツです。
遅刻しましたすみません
その声に、さっと文官女性の礼をする。三人娘が振り返ると、そこにいたのは若い男。
「サイプレス侯爵……」
「色恋沙汰か? 青春だなァ」
鈍い緑の瞳に、ウェーブのかかったダークブラウンの髪。筋肉質な長身に、彫りの深い整った顔立ち。
豪奢な衣装を着崩し、軽薄な薄笑いを貼り付けた様は、どこか胡散臭くて近寄りがたい。
「話は聞いたがなァ」
カツリ、と一歩、歩み寄る。
「まァ要するに、アレだろ? 全貴族令嬢の憧れに近づく身の程知らずのドブネズミに、親切にも忠告してやったってだけの話だろ?」
大仰な身振り手振りで近づいてくる美丈夫。足を止めると、三人娘一人一人と目を合わせる。
「それをさぁ、侮辱だの不敬だのと、ぎゃんぎゃん騒ぐことねえじゃねェか。なァ?」
「!」
「そ、そうなのです!」
「彼女が大袈裟、にっ!?」
我が意を得たりと言わんばかりに、ぱっと明るい顔をしたマタル侯爵令嬢の顔を。
武骨な男の手が、ガッ、とわし掴みした。
「へ?」
掴んだ顔を無理やり上げさせ、薄笑いのまま変わらぬ口調で続ける。
「俺さぁ、最近爵位を継いだばっかりだろ? そのせいで陛下の即位式があった時も、ご挨拶なしで急いで帰るしかなかったわけだ」
「……?」
「先日、よーやくその執務がひと段落ついてなァ。やっと陛下に御即位のお祝いを申し上げられる、当主交代のご挨拶ができると、はるばる北の地から馳せ参じたわけだが?」
わずかに目を眇める。
「そんなめでたい日に、こんなクッソくだらねえ茶番見せられて?気分ダダ下がりなんだよなあ〜」
「……あ」
ぎり、と。剣ダコのある指が、白い柔肌に食い込んだ。
サアッと青ざめる。
「この落とし前、どうつけてくれる?」
ひっ、と声を上げる二人。ようやく理解の追いついたマタル侯爵令嬢が、顔を掴まれたまま口を開いた。
「も、もうひわけ」
「んー?」
にこにこしながら圧力をかける男。震えまくって話にならない三人娘。
……これ、私が止めないといけないのよね?
内心ため息を吐き、一歩、前に出る。
「サイプレス侯爵、発言をお許しいただいても?」
「なんだよ」
「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
再度文官女性の礼をして、ちらと男に目を向ける。
「……しかし、そのように淑女を恫喝するような振る舞いはお止めになった方が、御身のためかと。ここは王城、何かと人目の多い場でありますれば……」
「……───」
そう言うと、男はじっとこちらを見つめ……パッとマタル侯爵令嬢から手を離した。
「おいおい。こんなの、冗談に決まってんだろ? 無粋な奴だな〜」
ケラケラ笑うと、暗い緑の瞳がきろりと三人を睨めつける。
「な?」
「……!……!」
涙目で寄り添い合い、コクコク頷く三人娘。
「まあ、場所考えろっつーのは同感だ。そうだろ?」
依然変わらぬ顔と声音で問いかけると、三人娘は首がもげる勢いで頷く。
そして、最低限の礼で、私たちの前から逃げ出した。
その後ろ姿を見ながら、男……サイプレスはケラケラと笑った。
「アッハハ、根性ねえな〜」
「何やってんのよ……」
ひとしきり笑うと、くるりとこちらを向く。
「よーお、クォルナぁ。相ッ変わらず地味だなァ、服が一人で歩いてんのかと思ったぜ」
「ご機嫌麗しくないわね、サイプレス。相変わらず、息するような恐喝ね。そろそろ転職考えたら?」
「分かってねえなあ。ちゃんとした身分の奴がやるから、効くんじゃねえか」
そう言って手を差し出す。ハンカチを投げて渡すと、手についたおしろいを丹念に拭き取った。
「『お手紙』は役に立ったかい?」
「ええ、もちろん」
コン、コン、と壁をノックしながら近づいてくる。
「あんまイジメてやんなよぉ。連中、パパかママにおねだりすればなんでも手に入ると思ってるお花畑なんだぜ? 現実見せちゃカワイソーだろ〜」
「そうね、こんな柄の悪い男に恫喝されて、本当に可哀想」
「マジ可愛くねぇ〜!!」
そう言ってケラケラ笑うと……ダン!!と壁の一箇所を殴った。
「ウゼェんだよ。失せろ」
低く威嚇し、フン、と鼻で笑う。ちょっと首を傾げて問いかけた。
「ネズミ?」
「おーよ。お前、ホント変なのにモテるよなァ。腐臭でもつけてんのか?」
「多分もう一匹いるけど、そっちはいいの?」
「範囲外だ」
ならいいか。
目の前まで来たサイプレスは、小指ほどの長さの細い棒を取り出すと、軽く振った。先端が光ったのを確認して、再び声をかける。
「また来ると思う?あの三人娘」
「無いと思うがな。デュボワが追加で脅しに行ったし」
あの子は……。
すると、サイプレスはわずかに目を眇めてこちらを見た。
「まあ、『次』を許す家でもねえだろ、あそこは。なあ?ガラクの寵姫サマよぉ」
「……バレた?」
「バレるわ、タコ。やっぱ関係あったじゃねえか、ざっけんな」
悪かったって……。
と。
廊下の角から、炎が飛び出してきた。
「ヘー」
「レー」
「ンー!!」
彫りの深い美女の笑顔が眼前に迫った瞬間、サイプレスがひょい、と私を猫みたいに持ち上げて、横に移動させた。
肩透かしを食らい、前のめりになって急停止する美女。
「何をする!?」
「知ってるか? こいつ、こう見えてただのひ弱な貴族令嬢なんだぜ。筋肉ダルマの大女が走って飛びついたら、死ぬんだわ」
「むぅ」
口を尖らせたのは、燃えるような真っ赤な髪をした男装の麗人、ウルスラ。
額からまっすぐ伸びる萌葱色の角は、角族の血を引く証。角族は男女問わず大柄かつ怪力。突っ込んでこられて、「あ、死ぬ」って思った。
……制服に襟があってよかった……。
ホッとしていると、今度こそ私に抱きつくウルスラ。
「久しぶりだな、ヘレン!!元気そうでよかった!!」
「ウルスラも元気そうね」
再会を喜んでいると、サイプレスはゆったりと口を開いた。
「オーイ、話すことあるなら早く言えよォ」
「む、そうだった!」
サイプレスに促され、ウルスラはかがんで私と目の高さを合わせた。
「サイプレスから聞いた。王都に居づらくなったら、北部に来い」
「!」
「ガラクの花嫁になんかならなくていい。私たちなら、ヘレンを守れる」
私を見つめる明るい緑の瞳は、真剣そのもの。決意を込めた声で続ける。
「私の養子になって、サイプレスに嫁げばいいんだ。北部三砦のうち二つを敵に回すような真似は、王家が避けるはずだ」
「オイオイ、勝手に数に数えんな?」
薄笑いのままツッコミつつも、否定はしないサイプレス。
「ソフィアの商会なら砂海にもある。ヘレンはどこにでも行けるし、なんでもできる」
「……」
「私たちはヘレンの味方だ。頼ってくれ」
「……ありがと、二人とも」
「最悪の時は、頼らせてもらうね」
「いつでも頼っていい!」
「おいおい、余計な仕事増やす気か? ことが大きくなる前に声かけろ」
そりゃそうだ。肩をすくめる。
「今日はもう帰る?」
「うんにゃ、外務部寄る」
「イモートオモイノオニーチャンとやら見てくるわ」
兄さんに絡むな、はよ帰れ。
まあどうせ言っても聞かないので、諦めて仕事に戻る。別れ際、ふと聞いてみた。
「サイプレス。恋って、なんだと思う……?」
「ん〜?」
すると、サイプレスは首に手を当て、ゆったりと答えた。
「節操なしのための大義名分?」
その返答に、がっくりと肩を落とす。
「アンタに聞いたのが、間違いだったわ……」
「聞く前に気づけ?」
お読みいただき、ありがとうございました。




