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23. ぬいぐるみの出処

多分この辺が折り返し地点、のはず。

「紫色の肌に、泡を吹き、意味不明な言葉を吐き散らす、ね」



 兄さんから話を聞いたユラン様は、腕を組んで断言した。


「間違いない、黒犬に襲われた者の特徴だ」

「やはりか……」


 兄さんが額を押さえながら、足元を見た。視線に気がついて、顔を上げるエリオ。ユラン様がちょっと悪い笑顔になった。

「無力化して生け捕りとは、優秀だ。よくやったぞ、エリオ」

『きゃわ!』

 誇らしげだけど、やっぱり舌は出しっぱなしなんだよなあ。

 鼻頭にミルクついてるし。可愛いけど、この子、本当にそんなに強いの?


 と、義姉さんがぎゅうぅ〜、と私を強く抱きしめた。

「ごめんね、ヘレンちゃん。私がぐずぐずしていたせいで」

「義姉さんは悪くありませんよ」

 義姉さんは、信頼できる優秀な警備員を選んで採用しようとしただけだ。信用が関わってくる問題で、拙速はダメです。絶対に。

「それに、謝るのは私の方です。ギルドか何かを通して繋ぎを雇うよう、進言すべきでした」

「でも……」

「どう考えても悪いのは実行犯と黒幕です。気にしなくてよろしい」

 バッサリ切り捨てるユラン様。ですよね!?

 とはいえ、対策は必要だ。義姉さんが雇った警備員が来るのはお昼。それまでは、ユラン様が連れてきたガラク家の騎士を置いて行ってくれることになった。大変ありがたい。

 にっこり笑うユラン様。


「後のことは、私にお任せください。黒幕含め、適切に抹殺……対処しておきます」

 なんか不穏な単語聞こえた。慣れているのか、さっくり流す兄さん。

「実行犯が精神崩壊してるが、尋問は出来るのか?」

 その問いに、不敵に笑って答える。

「人類が初めて黒犬と接触してから、何年経ったと思っている? 対処法くらいある」

 多少の副作用に目を瞑れば、回復方法はないでもないらしい。「多少の」にやはり不穏な響きを感じるけど、まあ私は関係ない。


「では、明日にでも、また王城で」

 いつものように私の指先にキスを落とし、ユラン様は我が家を後にした。


 ユラン様は帰ったが、結局、私に出来そうなことは何もない。今日は王城の仕事もないし、家の仕事も、兄さんたちから休むよう言われている。元気ですよ?

 とりあえず、守ってもらったお礼込みで、エリオととことん遊びまくった。魔物云々以前に、エリオが体力お化けだということがよく分かる一日だった……。


 湯浴みの後、筋肉痛で動けなくなっていると、何故か枕と愛剣を抱えた義姉さんが寝室にやってきた。

「今夜は私が、ヘレンちゃんを守るわ!」

「あの、お気持ちはありがたいんですけど、警備員もエリオもいるので」

 比較的守りの薄い伯爵閣下を優先させてください、と断ろうとしたら、普通に兄さんもやってきた。こっちは枕と盾付き。

「僕は一般的な貴族男児レベルしか戦えないからね。剣より防具かなって」

「さすがね、イワン!!」

 誰かこの夫婦、なんとかして。


 でもその夜は、なんだかいつもよりよく眠れた気がする。




 幸いなことに、それから特に何事もなく数日経過した。


 ジェフが「甘くないクッキーはないのか」というので、今日も今日とてクッキー生地をかき混ぜていると、味見役の兄さんがふと顔を上げた。

「そういえば、ヘレンが前にユランからもらったぬいぐるみ、あるだろう? あれ、ルネが気に入ったみたいでね。同じデザインで、くまのぬいぐるみが欲しいんだって」

 そういえば、私の部屋に泊まりに来た時、可愛いとすごく羨ましがっていた。

「それで、もし良かったらなんだけど、奴に出処を聞いてくれない?」

 ふ、と夫の顔をする兄さん。

「もうすぐルネの誕生日だし、プレゼントしてあげたいんだ」

「呪術なしのを?」

「呪術なしのを」

 つい確認してしまった。結局、あのぬいぐるみについている呪術がどういうものか、聞けていないのよね……。


 混ぜ終えた生地のボウルを、傍に置く。

「聞くのは良いけど、兄さんは聞かなかったの?お友達でしょ?」

「友達じゃないよ、あんな奴!」

「往生際悪いわよ」

 友人じゃなきゃ、兄さん、とっくに無礼打ちされてるわよ。いい加減、素直に認めてくれない?

「それと、ぬいぐるみの話ならとっくに聞いたよ。似たようなのを、昔あいつの家で見た気がしたからね。だけど、はぐらかされたんだ」

 そう言って、口を尖らせる兄さん。なんだかんだ、ご自宅まで遊びに行ってるんじゃないの。

 苦笑いして、了承する。

「分かったわ。聞いてみる」

「頼んだよ」



 定例になった面談でその話をすると、ユラン様は珍しく眉を顰めた。

「……それは……申し訳ありませんが……」

「そこをなんとか」

 慌てて食い下がる。

 いつも優しくて一生懸命な義姉さん、喜んでもらいたい。

「せめて、工房か販売店の名前を教えていただけませんか。ガラク家とユラン様には絶対にご迷惑をかけないとお約束します」

 ユラン様はしばらく逡巡していたが……やがて、観念したように口を開いた。

「………私です」

「へ?」


「……あのぬいぐるみを作ったのは、私です」


「そうだったんですか!?」

「ええ。呪術の媒体は自分で作った方が、術がなじみやすいので」

 「呪具」という呼び名こそあれど、何もそのためだけに作られたものだけが、呪術の媒体として相応しいわけではないらしい。日用品から嗜好品、形あるものから詩や音楽などの無形物まで、用途も形態もさまざまだ。

 そのため、ガラク一族では、教育の過程に必ず、音楽や工芸などの創作分野が取り入れられているのだとか。

「私は裁縫が一番向いていたので、呪具は自然と、刺繍や衣服、ぬいぐるみなどの布製品が主となります」

「それでぬいぐるみを」

「ええ。……正直、言うつもりはなかったのですが……」

「誰にも言いません」

「そうしてください」

 まあ確かに、私のお菓子作り同様、一般的に貴族男児の趣味として推奨されているものではない。こくんと頷く。


 あんなに可愛いものを作れるのに、ちょっともったいない気もするけど。私は芸術方面の才能皆無なので、なおさら羨ましい。


 ふむ、と考える。

「ですが、そうですね……。他ならぬ貴方の頼みですし、次期外務大臣ご夫妻に恩を売っておくのも、悪くないでしょう」

 袖で口元を隠し、ころころ笑うユラン様。兄さん、貸し作っちゃいそうだけど、いいの?



「じゃあ、次のデートの時に、布選びに付き合っていただけますか? ユラン様が作りやすいものを選びたいですし……」

「構いませんよ」


お読みいただき、ありがとうございました。

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