24. お忍びデート①
遅刻しましたすみません
というわけで。
「ユ……ジス様!」
「ヘレン嬢」
週末、王都の噴水広場でユラン様と待ち合わせる。
手を振り、いつものように「ユラン様」と呼びそうになって、慌てて言い直した。
今日のユラン様は、生成りのシャツとズボン、つばの大きい帽子。腰まである長い髪は茶に染めて、帽子の中に収めている。
駆け寄る私も、シンプルなワンピースだ。ユラン様の元まで辿り着き、息を整える。
「お待たせしました」
「今来たところですよ」
微笑むユラン様。
今日のおでかけは平民も多い辺り。お忍びデートというやつだ。ユラン様は目立たないよう変装と偽名、護衛も離れて警護してもらっている。
私は偽名じゃなくていいのかって? 「ヘレン」は貴族平民問わず、私の年代で一番多い名前です。茶髪も多いし。
「では参りましょうか」と、いつものように肘を差し出すユラン様。しかし、すぐに気がついて引っ込める。
「失礼、今日はこちらでした」
そう言うと、こちらに手を伸ばした。透き通るように白く、細い指。ちょっとだけ考え……ハッとする。
(そうか。お忍びだから、エスコートじゃなくて、手を繋ぐんだ)
貴族の多い辺りでもないのにエスコートなんかしたら、ものすごく目立つ。
理屈はわかる、でも……。
「……」
……ちょっと握るのを躊躇う。
「?」
一向に手を出そうとしない私に、首を傾げるユラン様。そっと確認を入れる。
「……あの、私の手、こんな感じですけど、良いですか?」
そう言って、手を開いて見せる。
……インクのこびりついた指先と爪。ペンだこで歪に見える指。
私はしょっちゅう書き物をするので、指にペンだこはできるわ、インクがこびりつくわ、お世辞にも綺麗とは言い難い。本のページを開くときに乾燥するので、ガサついてもいる。白魚のような手とは程遠い。
学園時代、父や同級生から散々馬鹿にされて面倒だったので、普段は手袋で隠している。今まで、ユラン様の前でも外したことはないはずだ。
ユラン様は私の手を見て一瞬目を見開き……ふ、と微笑んだ。
「イワンが要領の良いタイプなので、ヘレン嬢もそうなのかと勝手に思い込んでいましたが……。違ったのですね」
壊れ物に触れるようにそっと、私の手をすくい上げる。そして、ペンだこにキスを落とした。
「貴方の努力と勤勉さがよく分かる、素晴らしい手です。綺麗ですよ」
そう言って、とろけるように甘く笑うと、私の手を両手で握った。
「隠したいのでしたら止めませんが、いつも手袋となると、肌荒れしそうです。肌荒れは辛いと聞きます、後日、ハンドクリームと手荒れしにくい手袋を贈っても?」
「あ、ありがとうございます……」
……しょ、正面からまっすぐ褒められると、恥ずかしいな……。直視できず、ついと目を逸らす。
おまけに、ものすごく自然に気遣いを入れてくるし……。ユラン様がモテるのって、こういうところかしら……自己肯定感が急増する……。
問題が解決したところで、手を繋いで歩き出す。意外にも、ユラン様は街歩きに慣れた様子だった。違和感があるとすれば、光り輝く美貌くらいです。
「まずはぬいぐるみ用の生地と小物ですね。ヘレン嬢の行きつけがあるとか?」
「はい!友人の伝手で、安く買えるんです」
するとユラン様は、小声で友人、と繰り返す。
「……その御友人は、男ですか?」
「?女です」
「それは良かった」
にっこり笑うユラン様。
その後、無事義姉さんが好きそうな柄の布やボタンをお手頃価格で買えた……のだが、お会計でちょっと一悶着あった。
とは言っても、親切にも支払ってくれようとするユラン様を私が止めるという、はたから見ると若干アホな掛け合いをしただけだが。頑なに自分が払うと言って聞かないユラン様に、痺れを切らして叫ぶ。
「私にも矜持というものがあります! お世話になっている人への贈り物代くらい、自分で出せます!」
すると、その一言を聞いたユラン様は、これまでの抵抗がなんだったのかというくらいあっさり引き下がった。
「昔、私の友人が、何を血迷ったのか『自分と付き合うのは、君にとって損ではないのか』などと言い出しましてね」
会計を済ませ店を出た後、理由を聞いてみると、ユラン様は渋面でそう話してくれた。
「すぐに殴って説教して撤回させましたが、あれほど腹立たしいことはありませんでした。たとえ善意でも、他人の誇りを傷つけることはあると理解しています。大変失礼致しました」
「……大切なご友人なんですね」
拳を震わせ低い声を出すユラン様。対照的に私は、笑みが溢れる。
多分ユラン様は、そのご友人のことが本当に好きなのだろう。
たとえ、隣にいるせいで不利益が発生するとしても、そばにいたいと思える相手なのだ。
(お友達想いなんだなあ……)
暴力は良くないけど。ちょっとほっこりする。
「その方は、今何を?」
「謁見の時間なので、玉座にいると思います」
この方、現国王陛下元第二王子殿下を殴ってる!!
危険発言にヒヤヒヤしていると、ユラン様がす、と真顔になってこちらを見た。
「……それはそれとして、他に何か欲しいものはありませんか? 貴方にお金を支払わせる光景を見たせいか、こう……胸の辺りがザワザワします」
「そういう病気か何かですか……?」
「そうかもしれません」
大真面目な顔で肯定されてしまった。冗談だったのに。
フラフラ〜っと貴族街の方に引き寄せられるユラン様。
「ヘレン嬢……もう少し北に行くと、私の馴染みの宝石店とセラが気に入っているドレスの店がありますよ。ご興味は」
「全く!ちっとも!ないです!!」
何度言ったら理解してくださるの、この方は? 最近じゃ一周回って腹立ってきたわよ!
断言しつつ、必死で欲しいものへ考えを巡らせる。
「あ!最近流行りのカラフルチュロスというものが食べたいです!」
「パティスリー・アントワーヌの出張販売の?」
こくこくと頷くと、ユラン様はくるりと方向転換した。
「分かりました。確かあそこの資本は、鉱国銀行でしたね? 本店はこの近くです、参りましょう」
「店ごと買っちゃダメですって!!」
せっかく金額が小さそうなものにしたのに!!
お読みいただき、ありがとうございました。




