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BLACK BOX  作者: 油方武良
第1章 遭遇
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第8話 罪人と使命

 「ほう、スリープモードが解除されたか。アルルパは先ほど戻ってきたようじゃし……となると残りの小僧か。カイルとかいったな。……ふふ、これはこれで面白い」


 暗い、しかし所々に人工的な光が灯る部屋の中で男は呟いた。彼以外誰もその存在を知らぬ秘密の場所。そこで男は様々な機械に目を通しながら、これからの行動を考える。


 「あの小僧なら眠り姫を起こす可能性は高いか……。ふふ、思惑通りに運べば三本角(トライホーン)だけでなく黒衣(ダークスーツ)も起動させられよう。積年の願いがようやく果たせるやもしれぬ」


 歪んだ笑みを浮かべ、男は静かに部屋を後にした。





 「この子が僕次第で目を覚ますって、どういうこと?」


 ラグエルの言葉にカイルは混乱した。初めて見た、しかも白い肌の少女と自分にどのような関係があるというのか。


 『あなたの住む集落に白人はいますか?』


 「白人?肌の白い人のこと?い、いないよ。僕の村では白い肌の人間は……その……」


 『快く思われていない、ですね?』


 「う、うん。それどころか呪われた民だから決して近づいてはいけないって……」


 『成程、そこまで徹底していますか。……これまでの人間の反応も理解できます』


 「え?」


 『気にしないでください。しかしあなたはこの子を見ても嫌悪感や恐怖を感じなかった。精神波の測定で分かっています。何故ですか?』


 「え?え……と、その……」


 この少女の美しさに見惚れてしまったと言うのは気恥ずかしく、カイルは顔を赤く染めて口ごもる。


 『先入観に囚われず、この子に好意を持った。それは素晴らしいことです』


 「え?いや、その……」


 『しかしまだ最終判断を下すことは出来ません。あなたはこの子に目を覚ましてほしいですか?』


 「そ、それは……うん」


 『この子と話してみたいですか?』


 「……うん。僕はこの子の声が聞いてみたい」


 『村の禁忌を犯しても、ですか?』


 「それは……でもどちらにしても僕はもう村には帰れないし……」


 『帰れない?何故です?』


 カイルはここに来るまでの経緯をラグエルに説明した。「成年の試練」のこと、宝刀の紛失、そして禁断の地であるこの「白の谷」に入り込んでしまったこと。


 

 『理解しました。つまり、狩りを成功させてその宝刀を見つければあなたは村に戻ることが出来るのですね?』


 「うん、そうなんだけど。宝刀は川で落としちゃったし、弓矢も失くしたから狩りも出来ないんだ」


 『その宝刀についてもう少し詳しく教えてください』


 カイルは宝刀の形状や昔から村に伝わっているが少しも切れ味が落ちないことなどを説明する。


 『お話から推測すると、ニッケル又はチタン合金製のダガーと考えられます。過去の映像データとの照合を開始……』


 ラグエルがそう言うと、円盤状の部分からブゥーンという低い音が響いた。そのまましばらくの間沈黙が続き、カイルが不思議そうにしていると、音が止み、ラグエルが言葉を発する。


 『該当記録を確認。カイル、あそこに行ってみてください』


 そう言うと、ラグエルの円盤状の部分についた目のようなものから赤い光線が放たれ、左下の壁を照らす。すると光線の当たった部分の壁が突然動き出し、左右に開く。その中には広い部屋があるようだ。


 「え?あ、あそこに?」


 自動扉を初めて目にしたカイルが驚いて息を呑む。しかしラグエルにさらに促され、恐々階段を下りて部屋に近づくと、意を決して真っ暗なその中に足を踏み入れる。


 「わっ!」


 部屋に入るなり照明が灯り、カイルは腰が抜けるほど驚いた。部屋の中には壁一面に陳列棚が並び、その前にいくつかのテーブルが設置してある。そしてその中や机上には見たこともない雑多な品物が置いてあった。


 『あちらの陳列ケースを見てください』


 頭上からラグエルの声が聞こえ、カイルが驚いて見上げると、天井にさっきの巨人の中にあったのと同じような円盤状の突起が下がっている。声はそこから出ているようだった。


 「ラグエル?あ、あっちって?」


 『入口に向かって左側です。その壁の前のケースまで行ってください』


 言われるままに左に進むと、カイルの背よりも高いガラスケースと長いテーブルがある。そしてそのケースの中を覗いたカイルは驚きのあまり絶句し、目を見張った。


 「ほ、宝刀!?」


 そのケースの中にはカイルが無くしたはずの村の宝刀が飾られていたのだ。しかもその前のテーブルの上には弓が置いてある。


 「どうしてここに!?僕は川の中で落としたはずなのに……」


 『正確にはあなたが落としたものではありません』


 「僕のじゃない?」」


 言われてみれば全体的なフォルムは同じだが、柄の汚れなど自分が持っていたものとは微妙に差異があるように思えた。


 「宝刀は祭司長様が全て管理していると聞いてたけど……もしかして行方不明になった人たちの……?ラグエル!さっき言ってたこれまでの人間って、まさか……」


 カイルの質問にラグエルは暫し沈黙していたが、やがて答えをはぐらかすように、


 『その短刀を持っていってください。それで宝刀の紛失は解決でしょう』


 と言った。


 「で、でも……」


 『ここにはそれを使う人間がいません。前にある弓も部屋から持ち出すのはいいですが、村に持って帰ることはお勧めしません』


 釈然としない気持ちを抱えながらも、カイルはケースを開け、短刀を手にした。注意深く見なければ自分が持っていたものとの違いは判らないだろう。ついでにテーブルの上にあった弓にも手を伸ばす。見た目よりも軽いが、カイルが使っていた木製の者とは材質が違うようだ。村では見たことのないものなので、確かに村に持ち帰るのは危険だろう。この禁断の地に来たことを疑われるかもしれない。しかし宝刀が手に入った以上狩りに成功すれば村に帰ることも夢ではない。ならば弓はあった方がいいだろう。見ると、テーブルの下に数本の矢が入った筒が置いてある。カイルは弓矢を短刀と一緒に持ち出し、再び階段を登る。


 「ここに来たのは僕が最初じゃないんだね?僕のように狩りに失敗した試練の参加者がたどり着いたことがあるんじゃないのかい?」


 少女の眠るカプセルの近くまで戻るなり、カイルが再び問う。しかしラグエルはやはり答えない。


 「ラグエル!」


 『肯定です。ここに来たのはあなたが初めてではありません』


 「その人たちはどうしたの?」


 『彼らはこの子を起こすことは出来なかった。それどころか嫌悪し、危害を加えようとしました』


 「呪われた民、だから」


 「彼らは何も言わなかったですが、先ほどのあなたの話からしてそうでしょう。ですから私は彼らを排除しました』


 「は、排除って……」


 『殺してはいません。しかしこの子に危害を加えられるわけにはいきませんので、ここから追い出すようにはしました』


 見たこともない巨人の中でしゃべる得体のしれない存在に攻撃を受ければ誰でも恐怖で逃げ出すだろう。それこそ宝刀や弓矢を放り出して一目散にここを出て行くものもいたはずだ。この宝刀はそういった過去の参加者たちが落としていったものか。しかし宝刀を無くして村に戻った者の話は聞いたことがない。武具を置いて森にさまよい出た人間がどうなるか、カイルにも容易に想像は付く。


 「それは殺したのも同じだよ、ラグエル。君も本当はわかっているんじゃないかい?」


 『私には使命があります。それを果たすまでこの子と私自身を失うわけにはいかないのです』


 「使命って何さ。それは人の命よりも重いものなの?」


 『私にとってはそうです』


 「そうか……」


 『私を許せませんか?カイル』


 「わからないよ。ここは元々禁断の地だ。ここに入り込んだ時点で僕たちは罪を犯していると言える。でも人が作った規律で人が死ぬ。それは正しいことなんだろうか?」


 『やはりあなたは他の人間とは違いますね。カイル、私の使命はあなたのような人が現れることを待ち続けることだったのです』


 「え?」


 『人間の作った規律……ルール。私は人に作られし物。しかし人と同じように考え、成長することが出来ます。私も長い時間、ここで考えていたのです。私の使命は……()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「ラグエル……」


 カイルがその言葉の意味を訪ねようとしたとき、突然、警戒音が広場に響いた。


 「な、何?」


 『侵入者です。といっても人ではありませんが』


 「え?」


 『獣が侵入しました。ここの明かりを見つけたのでしょう』


 「獣?」


 ラグエルの言葉にカイルは自分が入ってきた洞窟の入口の方に目を向ける。するとカイルよりも体高のある巨大な獣がのっそりと姿を現す。それを見てカイルは恐怖で息を呑む。


 「斑牙犬(スポットファング)!」


 全身に散りばめられた大小の斑模様と巨大な二本の牙。それはこの森の中で最も危険と言われる獣、斑牙犬(スポットファング)だった。昼間は赤毛熊(レッドベア)が一番警戒するべき相手だが、夜になればこの斑牙犬(スポットファング)がその座に就く。巨体に似合わぬスピードと、強靭な足の膂力は、人間を簡単に葬り去る。カイルも話に聞いただけで実際に目にするのは初めてだ。夜の森でこいつに出遭ってしまったら、助かる見込みはほぼないといってよかった。


 「そ、そんな。こんなところで」


 『落ち着いてください、カイル。あなたは今弓を手にしているではありませんか』


 「ぼ、僕の腕じゃ斑牙犬(スポットファング)に当てるなんて無理だよ」


 『しかしこの階段を上ってくるなら、動きは直線的なはずです』


 「で、でも……」


 『私がサポートします。弓を構えてください』


 カイルが怯える間にも斑牙犬(スポットファング)はこちらの様子を窺い、階段に近づいてくる。カイルは呼吸を整え、言われるまま弓に矢を番えた。


 『ガイドレーザーを照射します。それに矢の軌道を合わせてください』


 そう言うとラグエルから先ほどと同じ赤い光線が放たれ、斑牙犬(スポットファング)の額に当たる。カイルは慌てて矢の角度をその光の線に合わせた。


 ガウウゥッ!!


 それを合図にしたかのように斑牙犬(スポットファング)が一気に階段を駆け上がってきた。あっという間に距離が詰まり、カイルの手が震える。それを必死で押さえ、軌道を安定させる。


 『今です、カイル』


 ラグエルが言うと同時にカイルは光線に沿った起動で矢を放つ。シュン、と鋭い音を立ててそれは見事に斑牙犬(スポットファング)に額に命中した。


 ガッ!


 もんどりうって倒れ、階段の下に落ちていく斑牙犬(スポットファング)。カイルは額にの汗を手で拭い、ふうっと深呼吸した。


 『お見事です、カイル』


 「ラグエルが助けてくれたおかげだよ」


 『『成年の試練』の成果としては問題ないのではありませんか?カイル』


 「そりゃそうだけど……逆に信じてもらえなさそうだな。僕が斑牙犬(スポットファング)を狩ったなんて」

 

 『あれを倒したのはまぎれもなくあなたです。胸を張って帰ればよろしいでしょう』


 「……少し後ろめたい気もするけどね。帰れるのは嬉しいな」


 『おめでとうございます。それで村に戻った後ですが』


 「ん?」


 『ここに来たことはお話にならない方がよろしいでしょうが、……またここに来られるつもりはありますか?』


 「え?」


 『村の掟に背き、もう一度ここに来る覚悟がおありですか?もし来られるなら、その時、この子を目覚めさせましょう。あなたがそうしたいのならば』


 「……もう一度、か」


 眠る少女の顔を見つめながら、カイルは答えを決めかね、じっと考え込んだ。




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