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44.3 「必ず助けるって言え」

「コード・デルタを発令しろ! これはただの地震じゃない!」


 ノートンがそう叫んでも、エイス船長はきつく眼を閉じたままだ。

 ナイト・ミステスのブリッジにいるオレたちにも、外で何が起きているのかは肌で判った。

 大型船舶――そのブリッジの高い視点からは、結構遠くまで見えるものだ。

 街の一部が、砂の下をワームが()うように崩れたり隆起(りゅうき)し――地面の下に何かがいる。

 石造りの古い街並みは、そんな地盤のうねりにはとても耐えない。

 カーペットの毛足を逆撫(さかなで)でするように――大地のささくれは今、真っすぐにここへと向かっている。


「エイス船長!」

「――わかりやす。わかりやすが――キング・ミステスには民間人も大勢おりやす。とてもキュリオスでは避難できやせん」


 ぐ――とノートンは煮え湯を飲んだような顔になった。

 早過ぎた避難が裏目にでたのか。

 というかタイミングが最悪だ。この船はともかく、キング・ミステスのほうには市民を沢山乗せてしまった。

 港は船でいっぱいで――明らかに、もうコード・デルタでどうこうという状況じゃない。

 コード・デルタは全乗組員の緊急退避。船の沈没が不可避な場合で発令されるものらしい。

 通常ならキュリオス以外の救命艇も使えるだろうけど、相手がツインズでは自殺行為に近い。


「霧の船団の特殊兵装を使用しやしょう。狙いはあたしらでしょうから、位置を誤魔化します。少しは時間が(かせ)げるはずです」


 特殊兵装と言えば――あれだ。

 ステルス機能とでもいえばいいのだろうか。


「ナイト・ミステス・ワン、キング・ミステス・ワン。全船に告ぐ。コード・ブラボー。『霧に隠れよ』」


 立ちどころに、ブリッジから見える景色が真っ白になってゆく。


『キング・ミステス・ワンよりナイト・ミステス・ワンへ。離岸許可を』

「許可する。離岸し、フルシ沿岸で待機せよ」


 エイスは覚悟をしたように通信機に向かって申し送りをする。


「当船に何かあった場合、独自の判断で民間人をフルシへ届けよ。ナイト・ミステスのコード・デルタ発令を(もっ)て、キング・ミステスに全権を委譲(いじょう)する」


 船との通信を切ると、またすぐ通信機が光った。


『エイス! ノートン! こちらジャックだ!』

「ジャック君!」


 ジャックからの通信だ。


『ホワイトローズに接触した。奴はカウンターバレーにいた! ツインズとは別行動だ。ツインズは、地中を進んで、どうやらそっちに向かってる』


 ――やっぱりだ。


『どうやってトンネル工事(・・・・・・)をしてるのかは知らないが、おそらくブラックホールだ』

「同感だ」

『港を離れろ! 奴のブラックホールは、海水で冷却が早い!』

「こちらエイス。了解しやした。旦那も無理はしねえように」

『今更もう遅い』


 エイスが離岸を指示する。

 ナイト・ミステスも離岸を開始した――のが加速度の変化でなんとなくわかる。

 外の景色はもう真っ白。

 ジャックと、ロウとセスの部隊は(おか)に残したままだ。

 再び、ブリッジにミラが飛び込んできた。彼女は時折、二層船室のインターフェイスの様子を見に戻っていた。


「外が真っ白だぞ。どうなった」

「ツインズがトンネルを掘りながらすぐそこまで接近中だ。霧を出して港を離れることにした。この船に引き寄せて時間を稼ぐ」

「民間人はキュリオスで脱出してくだすってもいいんで。ま、もっともあたしならまだ逃げやせんが」


 海の中だって安全じゃない。

 どこから奴が飛び出してくるか――。

 頭の上を飛び回られるのも恐ろしかったが、足元の下を動き回られるのもかなり心臓に悪い。

 ミラが突然、オレの横にいたリンに深刻そうにこう言った。


「リン、あたいを光の魔術師にしろ」

「えっ!? えっ!? 今、今ですか!?」

「今、ここでだ。女神とは色々あったが――リンならいい」


 ミラは女神との付き合いも長いのに、ファンゲリヲンの教育方針(・・・・)もあって特定の女神と契約していない。

 まぁ、それも女神病で母を亡くしたわけなのだから、ヘイムワース一家の女神嫌いも親父の不明だけを責めるわけにもいかないだろう。

 彼女は常人より魔術の才能を持ちながら――そんなわけで一切の攻撃魔術を持たない。


「あのあの! さっきも言いましたけど、光の魔術は、敵がいてもどうしようもできません! 切ったり焼いたり(いた)めたりできないんですから!」

「構わねえ! やりようがあるかも知れねえだろ!」

「ミラ君のいう様に、光もエネルギーだ。攻撃方法がないとも限らない」


 どこがミラの言う通りなのかはともかく――今、一縷(いちる)の望みを()けてするのがそれなのか?

 そんなことをしている余裕があるのか?


「女神の儀式には時間がかかるのか?」

「さぁ――わたしも初めてで、えーとえーと、わかりません!」


 全員がノートンを見た。


十分(じゅっぷん)かそれくらいだ。複数の女神と契約をするのには相性によって数か月かかる場合すらもあるが、最初の女神ならただ知恵を伝授するだけ」


 知恵の伝授。


「それって難しいんじゃないのか?」

「昨日式典を見ただろう。トレーニングしたり本を読むわけじゃない。文字通り儀式だ。ミラ君、君の魔力の根源と、君の外側の自然界を繋ぐ。その繋ぎ方だ」


 やり方は知っているね? とノートンはリンを見た。

 リンはやや自信なさげに(うなず)く。


「難しいことじゃない。ミラ君の輝きを、君の――女神の思い描くように、世界に見せてやれ。魔術を使って何を()すか――それは使用者の問題だ。ミラ君が自分で研究する必要がある」


 ノートンは一生懸命、文学的に、感覚的な表現を選んでそう伝えているように見えた。

 なんだ。やればできるじゃないか?




***





「二時方向に引っ張られてるぞ!! 水魔術で加速しろ!!」

「ダメです!! 渦になってます!!」

「持ち(こた)えろ!!」


 ナイト・ミステスが滅茶苦茶に揺れたり謎の渦に巻き込まれてぐるぐる回って、船員たちが大騒ぎしているとき――。

 ミラは光の魔術師になった。

 言うのはたった一言だけれども、なかなかに大変だった。

 オレからすると親戚が増えるような気持ちもあったわけだが――この状況ではそんな悠長(ゆうちょう)な気分は続かない。

 リンは本当に段取りが悪いし、ミラもあまりお喋りが得意なほうじゃない。

 二人の間で、一人だけ奮闘(ふんとう)したのはノートンだ。


「ほら!! 目を(つむ)って!! 見えるだろう!? 輝く大海原だ、それが魔力の根源!!」

「ちょっと――よくわかんないです」

「小川を引くんだ!! イメージしなさい!! 魔力は海から出て海へ戻る!! 雨が降って滝が落ちるように!!」

「うーん……滝なんですか? 小川なんですかね?」

「繋げて!! とにかく繋いでみればなんとかなるから!!」


 普段理系の脳しか使っていない男の、変なスイッチを入れてしまったのかも知れない。

 ノートンは儀式の後、真っ白になって「煙草を吸ってくる」と言い残してデッキへ出て行った。

 外は外で大変なことになっているのに、だ。

 オレは心配になってノートンについて出てきたのだけど、ブリッジを出るなり暴風に煽られて、外は思ったよりも大変だった。

 霧が濃くて天気さえ判らず、雨だか飛沫(しぶき)だかがひっきりなしに吹き付けている。

 その中で、ノートンは煙草に火を点ける。


「――ふぅ。少し疲れたよ」

「まぁ、ノートンさんのお陰でなんとか形になった」

「上手くいったかな――」

「大丈夫だよ。大丈夫だから――戻ろう! ここはなんていうか――」


 オレは振り返った。

 振り返ると船の真上に、ツインズ・アルファがいた。




***




「コード・チャーリーを発令! ツインズ・アルファを目視! 船のすぐ上だ!」


 デルタじゃない。

 コード・チャーリーは全力抗戦。

 敵が近すぎて、脱出の猶予(ゆうよ)すらないからだ。


「船内の魔術師は全員交戦しろ! 民間人が退避(たいひ)する時間を稼げ!」


 船員が魔術を撃ちまくるも――(つた)がそれを打ち消してしまう。

 オレたちはびしょ濡れのデッキを走って位置取りをする。

 ツインズとブリッジ、両方が見えてツインズから隠れられる場所――。


「ノートンさん! 蔦の動きを予想してくれ!」

「無理だ。視界が――」


 この霧。そして吹き付ける飛沫。

 ノートンの眼鏡はびっしょりになって、予測に必要なフラクタル次元の計算ができない。

 甲板(デッキ)上でワイヤを固定する台座の陰に滑り込むと、ノートンは湿気(しけ)りきった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。


()むを得ん。ここで交戦し、抑え込む」


 きっぱりとそう言って、ノートンは両掌をアルファに向けた。

 オレは物陰から叫んだ。


「無理だ! ノートンさん! あの蔦がある限り、奴には火も水も風も通らない!」

「――私にも考えがある」


 総員退避! とノートンはそう叫んで魔術を放つ。

 ブリッジの更に上に浮かんだアルファの周囲に、いくつかの光球が飛び込んだ。

 光球は、空中で(ほつ)れて互いに繋がり、それはツインズの出す蔦と同じようなフラクタルの稲妻となった。

 すぐに新たな黒い蔦が現れて、電撃を打ち消そうとする。

 しかし――その蔦が、相互に電撃を伝えてアルファを取り囲んだ。


「――効いてる! 利いてるぞ! 思った通り、交流は蔦の表面を流れるのだ!!」


 電撃は――アルファを焼き殺したりこそしないが、奴の体の動きを止めているようだった。

 ノートンは次々電撃を放ってアルファを止めているが――次の手がない。


「――どうすればいいのだ! ここからどうすれば!」


 すると、次の瞬間。

 ノートンの全身を、複数の黒い蔦が(つらぬ)いていた。


「うっ」


 短く(うめ)いて、ノートンはデッキに崩れ落ちる。

 彼はバラバラになっていた。

 両腕は付け根と肘の二か所から、右足は(ひざ)から。

 首と胴も切り裂かれ、殆ど小間(こま)切れになる。


「――」


 電撃が止んだ。

 そうしてアルファは電撃を逃れ、デッキの惨状を一瞥(いちべつ)すると――立ち()めた濃い霧を吹き飛ばし、北の空へと飛び去った。


「――ノートンさん!!」


 オレは倒れたノートンに走り寄る。

 手の施しようがない。


「違う――そっちじゃない――」


 オレはブリッジへ続く階段を見上げる。

 そこを、ノートンが降りてくるところだった。

 苦々しい顔で、バラバラになった自分を眺めて「気分のよいものではないな」と言った。

 これはミラの使った光の魔術が見せる幻影だ。


「あたいを()めろ。初めてにしちゃ上出来だろうがよ」

「ああ上出来だ。ともかく――これでアルファにも幻影が通じることが判った。準備の時間もない中、皆よく協力してくれた。大きな収穫だ」

「奴の蔦が幻影を切断できるってことも判ったしな」


 うん、とオレも立ち上がった。

 いくら幻影と判っていても、(いや)なものは厭なのだ。

 ノートンの実体はブリッジの中にいて、自分の姿を甲板上に映していた。

 幻影は、空気魔術と組み合わせれば会話することもできる。でも、さすがに魔術までは使えない。だから魔術は、ノートンの実体がブリッジから放ったものだ。

 オレはアルファの反応を確認するのに志願した。

 逆に、判らなくなったこともある。


「なぁ、あいつ、妙にあっさり退()いたけど――いったい何をしにここへ来たんだ?」


 そこへ、船員が走ってきた。


「誰か来てくれ! 二層で怪我人だ!」


 ――二層?

 オレたちは慌てて二層への階段を降りる。

 惨状だった。

 そこにいた船員三名が切り刻まれ、死んでいる。

 数えるのもやっとなほどだ。

 これは幻影じゃない。


「リンを連れてこなくてよかった――」

「くそっ、一体どういうことなのだ。なぜ船が無事で、二層が――」


 ミラがハッとした。


「クソ――奴の狙いは――インターフェイスだ」




***




 突如(とつじょ)船上に現れたアルファは、突如現れたわけじゃ(・・・・)なかった(・・・・)

 奴は海中を通り、こちらの霧を逆手に取って船に潜入し、船員を殺害してゆっくり内部を詮索(せんさく)していた。

 オレたちが船上のあいつを見つけたとき、あいつはもう目的を達成して帰るところだったのかも知れない。

 二層船室の廊下を歩き――そしてこの扉の前まで来た。

 扉は閉じたまま。


「インターフェイス!」


 返事がない。

 ドアを開けようとすると鍵がかかっていた。

 エイス船長が合鍵を出し、船室を開ける。

 血だまりの中に、インターフェイスが倒れていた。


「インターフェイス!!」


 慌てて抱き起すが――出血が酷い。

 手にはきつくナイフが握られ、それで自分自身をメッタ刺しにしたのだ。


「ミラ! なんとかなりそうか!?」


 ミラは何も答えない。


「ミラ!!」

「――わからん。やれるだけのことはやる」


 違うだろ! とオレはミラの肩を(つか)んだ。


「必ず助けるって言え」

「――ああ」


 ミラは上ずった声でそう答え、ベッドのシーツを切って止血を試みる。


「誰か!! 止血剤と包帯を!! あるだけ全部寄越(よこ)せ!!」


 病院から買い込んできたものがあるはずだ。

 クイーン・ミステスほどじゃないけど、この船にも医療設備がある。

 オレは殺風景な船室の白い壁をみた。


破棄(パージ)指令(コマンド): 自己破壊せよ』


 血文字でそう書かれている。

 ――ツインズ・アルファだ。

 ドアの向こうからインターフェイスの体を乗っ取り、これを書いた。

 彼女は命令に逆らうことができなかったのだ。




***




 帰投したジャックは心配そうに訊いた。


「インターフェイスの容態はどうだ」

「今ミラが処置中だ。オレは追い出された」

「話は」

「とても無理だ。十五か所を刺されてる。いや、自分で刺してる。どれも致命傷だ」


 予断を許す状況じゃない。

 つまり、インターフェイスの伝令役としての役目は終わったということだ。

 彼女は排除された。

 奴は、自分と世界とを繋いできた仲間を、顔すら見ずに追放したのだ。

 ――奴にとって脅威(きょうい)となり得たから。


「――もうツインズを乗っ取り返して対抗する方法はない」

「ジャック! まだ処置中なんだ! そんな言い方は――」

「死ぬとは言ってない。奴はホワイトローズと合流した。ベータ復活はすぐそこだ。あと何時間も待てない」


 そこへミラが飛び込んできた。


「ノヴェル! ジャック! 誰でもいい、手を貸せ!」


次回は明日更新予定です。


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