37.1 「刑事は楽しいお仕事だ」
大賢者の転生は成った。
マーリーンは、電子の神・クォータネムとして再び大地に立った。
しかしその儀式の直後、女神スプレネムが――倒れた。
過労であるとのことだ。
ノートンは一旦学徒らを解散させ、神学者らを大会議室へ移していた。
「――それにしても女神が過労とは――」
「後見に立つということは、我々には想像を絶する労力があるのだろうな」
神の誕生を後見するということは、後見する側の神にも相応の負担がある。
魔力がどうこうという意味ではないようだ。
神を後見する、それに足る信頼があるのかどうか――神として、その問いに答えているのだ。
トラスト・チェーン。信頼は途切れることなく、連鎖しなければならない。
もしこの信頼の鎖が途切れてしまえば、その瞬間に世界のルールは崩壊する。
存在する根拠のない神が存在することになるからだ。
その負荷は小さくないものと予想された。
とはいえ、スプレネムが倒れてしまうのは神学者らの予測しなかったことであり、彼らは大いに戸惑った。
「スプレネム様の扱いについては既に国外から視察の申し入れが来ておる」
「過労で倒れられたとなれば、我らの立場も危うい」
「性格的な問題に起因する負荷が大きいのだろうなぁ」
うむ――と神学者らは不景気な顔で納得した。
長年隠遁していた女神だ。突然人前に引き出され、この一か月の間の活躍は目覚ましいものがある。
無理が祟ったとしてもおかしくはない。
口が裂けても本人には言えないが――他に頼めるものなら誰もがそうした。
神学者らはそれを自覚して、大いに気まずい表情を並べていた。
そこへ、ノートンが大会議室のドアを開けて入ってきた。
神学者らが騒ぎ出す。
「ノートン君! 遅かったじゃないか!」
「説明したまえ! スプレネム様の容体はどうなってる!」
ノートンは入るなり質問攻めにされ、「静粛にお願いします」と両手を大きく広げた。
「皆様どうか冷静に。皆様、ご足労をおかけしました。ひとまず儀式は成功です。クォータネム様は安定しつつあります」
「その御名前はどうなんだ!」
「誰が考えた! 君かね!」
御名前についてはクォータネム様ご自身も受け入れておられます――と、ノートンはかなり不服なのを眼鏡の角度を変えて隠す。
「スプレネム様はご無事です。ですが――儀式を続けるのは難しいと、ハインツベル先生は仰っています」
大賢者が転生し、空いた泉を再利用する形でリンは安置されている。
神格の競合が解除されれば、リンは安定する――そう考えられていた。
だがその読みはハズレた。
ミハエラとハインツベルは同じ結論を出していた。
『――儀式は成功した。しかし目論見は外れた』
リンは急速に、神になりつつある。
どうしてそうなったのかはわからない。
しかしもしかしたらもっとずっと簡単な理由なのかも知れない。
例えば死んだはずの祖父――あるいは家族が、目の前で神として転生したら平然と寝ていられる子供はいないだろう。
ともかくマーリーンが自身の転生を停止しろと命じたのには理由があったのだ。
ノートンが考えつくようなアイデアに、大賢者が至らなかったはずがない。
『大賢者殿はこの可能性を考えていたのでしょうな』
『私は――この決断を悔やんではおりません。どの道あのままでは、リンさんの時間が戻ることはありませんでした』
『よいのですノートン。あなたを誰も責めはしません。決断したのはわたくしです』
しかし。
『ハインツベル先生。このままリンさんが女神になったとすると、どうなりますか』
ハインツベルは額の深い皺をぐしゃぐしゃにして、苦悩を浮かべた。
付け髭をとって学者の顔に戻っている。
今、大会議室でノートンが向き合っている大勢の神学者らと同じ表情だった。
「儀式の続きはどうするつもりなのか!」
「ハインツベル総長の見解はどうなっている!」
『――何もせんよりは遥かによかったろう』
ハインツベルはそう言った。
それでノートンはかなり救われた。
「ハインツベル先生の見解によれば、現状は儀式を継続するのに必要な要件を満たしません。後見となる女神がいないのです。クォータネム様は現世に転生を果たしたばかりで、今だ儀式には耐えられないであろうとのことです」
「うむ――それはそうであろうな」
神学者らは一様に同意する。
間に合わないのだ。
後見するということは、自身の存在を分け与えるという意味でもある。
だがクォータネムという神の存在は、まだ誕生したばかりで信仰の根がない。
信任に足る信頼が、まだこの世界にないのだ。
「後見に足るには何年かかるか――それならばスプレネム様の回復を待つほうがよいと仰せです。皇女陛下も、私も同意見です」
「そんな悠長なことを言っている状況でもなかろうな」
「風の女神・アトモセムを探したとして、すぐにご理解を得られるかは――」
「スプレネム様の回復を早める方法はないのか!」
それしかない。
『このままですと、何が起きますか。ハインツベル総長』
『おそらくは、この幼子は女神になった後――』
神学者らは結果を予想しているだろう。
だがノートンは、はっきりさせておかねばならないと感じた。
「ご静粛に。ハインツベル先生の見解を続けます。このまま対象の少女の女神化を止められない場合、彼女は光の神に成り、即座に消滅します」
知っておる、とは誰も言わなかった。
皆、無言で気まずそうにしたり、互いの顔を見合わせている。
「よろしいですか、皆様。皆様のご協力には感謝いたします。今少しお知恵をお貸しください。そうでなければリンさんは――あの少女は望まぬ形で女神となり消滅します。どうか、どうか皆様のお力を!」
ノートンは頭を下げていた。
腰を直角に曲げ、平身低頭、神学者らに願った。
「頭を上げたまえ、ノートン君」
「そんな風にされてもなぁ」
ノートンは頭を上げない。
息を殺して、頭を下げ続けている。
「ワシら、人に頼られるの慣れてないから」
「そうだな。神を研究するなど、要らぬことと世間からは思われておる」
「研究などせんでも、神が大手を振って歩いとるんだもの、世間はそう思うよ」
「こんなときだけ頼られてもなぁ」
ノートンは、決して頭を上げない。
「だが、こんなときだからこそ、仕事をせにゃならん」
「ああ」
「――なるたけやってみようかね。上手くいくかはわからんが」
***
ナイト・ミステス――。
リトア海峡近くで通行許可を得、海峡を越える。
広い海峡をゆっくりと通り抜けると、そこはヴァニラ海だ。
夜の航海は静かで、内海であるヴァニラ海はとても穏やかだった。
揺れも大きくはない。
その船室で、ジャックは夢を見ている。
長い夢であった。
***
ジャック――彼がそう名乗り始める前。
ジェイクス・ジャン・バルゼンであった頃。
糊のきいたシャツに薄皮のチョッキを着て、その上に茶色い皮のジャケットを重ねる。
鏡で顎髭を確かめて、ルーキーともキャリアとも思われないような微妙な剃り具合に満足した。
ルーキーだと思われると市民とは満足に話もできないし、キャリアだと思われるとチップなしでは道も歩けない。
「やだ、ジェイクス。また朝からそんなに汚い髭で」
「前から言ってるだろ? これくらいでないと務まらないんだよ」
鏡の中で笑っていたのは、トリーシャ。
ジェイクスの妻であった。
そして――ジャックがいた。ジャックは鏡越しに笑い合う二人を、眺めていた。
ジャックにとっては、その光景は全て過去形で語られるべきものだ。
――トリーシャ。妻だった。
――ジェイクスは、俺だった。
――俺は、刑事だった。
暗い階段を下りて安アパートを出ると、坂だ。
元々坂ばかりで土地の狭いところに皆が車を停めている。
お陰で渋滞ばかりだ。
自動車は贅沢品。ジェイクスの基本給ではかなり背伸びしている。
停めていた彼のミニ・クルーパーの座席に座り、バックで坂道を下りてゆく。
(車も新調したいもんだが――そんな金はないな)
――そうだ。金はない。色々と入り用だしな。
警察署は街の上。しかしジェイクスは坂道を降りてダウンタウンを目指した。
大ブリタシア帝国の首都ロンディア市。
この街は――丁度パルマ・ノートルラントの首都ベリルと同じように――坂が多い。
そして街の中心部は、塔のように階層ができている。
下に行けば移民や犯罪者の多い貧民街。上に行けば貴族や議員も住んでいる。
地形を無視して街は上へ上へと延びた。
貧民街を通らなくても移動ができるよう、貧民街の上に橋や道路ができた。
だから貧民街には空がない。
汚水と排ガス。土埃と馬糞。
ジェイクスの車はそうした街の暗部の上に広がる道路を抜け、ダウンタウンへ向かう。
ダウンタウンは比較的道も平坦で、広い。
空気もなんとなく清涼で、ジェイクスはここまで来てようやく「朝だな」と思う。
市街中心部では夜と朝が繋がっている。
夜が朝を侵食して、朝というのは――実際には存在しない。時計の中にだけ概念上存在する。
だから彼は起きて、髭をいい塩梅に剃り残し、仕事へ行く。
車窓からの景色には色がない。
第一次征東戦線の後、街はいっそう活気がなくなり、荒れている。
戦争は大陸の話なのに――と市民らは噂する。
それでも傭兵崩れはここに集まり始めた。戦争から逃げてくる連中で、それも年中だ。
後に第一次、第二次とはされるものの、エウロラ大陸側では山岳小国家との小競り合いが続いている。
海峡を挟んだここブリタに傭兵が集まるのは大規模な戦闘の前だけであったが――第一次の終わりとなった手痛い撤退以降、ブリタには傭兵崩れが集まるのが日常になっていた。
伴って、治安は悪化の一途を辿り続けている。
(世相だよなぁ)
この前の年から大陸では、後に第二次征東戦線と呼ばれる大規模な戦闘が始まっていた。
凶悪犯罪も多い。
ダウンタウンの四角いアパート群を流してゆくと、道端で手を挙げる男が見えた。
だらしないシャツ。剃りすぎたツルッツルの顎。
相棒のフィルだ。
ジェイクスは車を寄せて停めると、男はドアを開けて乗り込んできた。
「待たせちまったか? ちょいと道が混んでてな」
「そろそろ昼飯にしようと思っちまった」
車を出す。
フィルを迎えて警察署に向かう。
ジェイクスが自家用車を維持できているのは、この手当の部分も小さくない。
フィルもそれを察しており、遠慮がない。
「おっと、そこのスタンドで停めてくれないか? 朝飯がまだでさ」
「さっき昼飯がどうとか言ってたろうが」
ジェイクスは路肩に停める。
車を降りたフィルは小走りでブレッド・スタンドに軽食を買いに向かった。
ジェイクスは車内から、バックミラーで店員の様子をじっと見ていた。
先週この店には捜査で訪れたばかりだ。
少しすると、パンを入れた紙袋を持ったフィルが道を渡ってくる。
「待たせた。さぁ、出勤だ」
「ブレッドスタンドの様子はどうだった? あそこの店員、しょっ引いちまったばっかりだろ」
あのスタンドの店員が強盗に加担したというタレコミがあり、強盗殺人の容疑で店員を逮捕したのだ。
店員は抵抗し、逃走を試みたためその場で乱闘になり、大怪我をさせた上で取り押さえた。
「別に。『また来てくれよ』って感じだった。あ、これはお前のぶんだ。サービスしてくれた」
「お前、よくあれだけ暴れてあの店入る気になれるよな」
「ああ。罪滅ぼしだよ。逆に行きやすくなった。近所だしな」
しかも、タレコミは虚偽で店員はシロだった。
この稼業はとかく恨みを買う。
――まったく。刑事は楽しいお仕事だ。
「まったく。刑事は楽しいお仕事だ」
それは、相棒フィルの口癖だった。
***
署に着くや否や、ジェイクスとフィルはガラス張りの部屋に呼び出された。
ハンクス警部が椅子にふんぞり返っていた。
「また新しい死体が出た。今年に入って九件目だ」
「――Gか?」
そうだ、とハンクス警部は巨体を折り曲げて頷く。
「模倣犯じゃないのか」
「それを調べるのが君らの仕事だと、俺はそう思って給料を払ってるんだが」
九件なぁ、とジェイクスは溜息を吐いた。
あの死体の異常な有様も、もう慣れっこになってしまった。
――仕立て屋ギル。
後に仕立て屋ギルとして知られるその殺人鬼は、当時は『G』、そのうちに『仕立て屋』と呼ばれるようになってきた。
犠牲者のバラバラの死体に『G』と刺繍が残されていたのが、次第にツギハギに縫合されるようになってきたからだ。
今では『G』と呼ぶのは一線の捜査員くらいだ。
「今度は何体だ」
「さぁな。今しがた発見されたばかりだ。ボサッとするな!」
行け行けと散らされて、ジェイクスとフィルは退室した。
現場は五番街であるらしい。
第一層だ。
ロンディア市の中心部は階層状で、貧民街である最下層をL層、地上の層を一層、そこから上を二層、三層と呼んでいる。
最上層四層には、ポツンと古い神殿がある。
神殿とはいうが何かの神を祭っているわけでもなく、古い展望台が一つあるだけだ。
五番街は一層の反対側である。
仕立て屋の犠牲者は皆、一層かダウンタウンで見つかっている。
「Gは犯行に車を使ってるのかも知れないな」
「俺もそれを考えてた。検問を敷け」
Gを追い始めて二年。
――当たり前にやれることは全部やってた。
市内の車の所有者は一通り洗っている。
仕立て業者も手あたり次第だ。
市内に仕立て屋は、御用達、名門、大手、中堅、零細まで合わせて二百四十軒ほどあり、『G』で始まる店名だけで六十近い。
多すぎて出入りの業者までは手を拡げられていない。
まめに検問も敷いているが、今のところ目ぼしい成果はない。
『車を所有しているかも知れない』以上の犯人像を詰め切れていないのだ。
こうした事件では、被害者のプロファイルから犯人像を絞る。
だが仕立て屋の犠牲者は老若男女様々。金持ちも貧乏人も娼婦も教師もおり――皆、死後第一層に遺棄されていた。
「先月引っ張った奴はどうだった」
「留置場だ。アリバイ成立だな」
「まだ模倣犯って可能性もある」
「あいつは犯人じゃない」
車中でもジェイクス達はずっとその話をしていた。
――ホシを挙げられると思ってた。
どんな犯人でも必ずヘマをする。
気が大きくなる。油断がでる。刺激が足りなくなる。
理由は様々だ。
だが絶対にいつかは大ヘマをやらかす。
俺たち刑事は、絶対にその瞬間を見逃さない。
車は五番街の通報現場へ向かっていた。
ジェイクスは車を停め、警察車両の集まる物々しい一角へ向かう。
「市警のアンダーソンとバルゼン警部補だ」
懐から取り出した身分証を掲げ、ジェイクスは現場に入る。
そこは薬局の一階だった。
店主は二階に住み、朝になって一階に下りてきてその犠牲者を見つけたという。
一回のショーウィンドウの下部が破られており、そこから犯人が侵入したと思われる。
犯人は犠牲者を連れていたか、最初から中にいたか。
カウンターの横で、署員と店主がいた。
「どうもおかしな話だ。本当に物音には気付かなかった?」
ジェイクスの問いに、店主は震えて縮こまりながら答える。
「それが――そこが割られたのは昨日店を閉める直前で。通りでふざけてた傭兵崩れどもが、喧嘩をおっぱじめて」
どうやらショーウインドウが壊されたは昨日の夕方。
急ぎ板で補修し、修理屋を呼んだが明日になると言われたようだ。
「ふん。じゃあたまたま壊れたままの窓を見つけ、犯人が入ってきて死体を棄てたってことか。まぁ詳しいことはまた後で」
ジェイクスとフィルは店主の前を横切って店の奥を目指す。
五番街の署員らによって入り口は黄色いテープで封鎖され、監察がばたばたと出入りしている。
「ご苦労さん。建物全体を封鎖しろ。上階にも出入り口があるか?」
「この建物は二層にはつながってはおりません」
どこにでもある普通の薬局だ。
――五番街あたりじゃ、窓の割れた店なんて珍しくもない。
その調剤カウンターを超えた奥。
調剤室の一番奥の壁のところに、シートを被せられた死体があった。
「遺棄場所としちゃ妙だ」
ジェイクスがぽつりと言ったが、フィルは何も答えない。
仕立て屋の犠牲者は皆、無造作に捨てられている。
遺体を隠そうとか、発覚を遅らせるための労力はほとんどない。
だから大抵は夜のうちに発見され、通報されるのだ。
朝までもったことは一度もない。
「――犯人は劇場型だ。できれば死体よりも、自分を見てもらいたくなる頃合いだろうに」
「見つけてやるよ。世界中にその顔を見せてやる」
フィルはそう言って、遺体のシートを剥ぎ取った。
遺体はひとつ。
「明かりを」
調剤室の電気式白色照明が灯る。
真っ白な光源の下、壁に背中をつけて転がる遺体は全裸。
細部までよく見える。
「本体は若い女性とみられる。二、三……犠牲者は最低三名」
その被害女性は、目を閉じていた。
腹部に接合の跡があり、胴体下半分は別の女性のものと思われた。
『仕立て屋』による犠牲者は、確認されたもので既に三十一人。これまで見つかった死体は十五。
どの死体も――別人の体の部位同士を接合したものであった。
「鑑識によると右手と左手の指紋が違う。右足と左足も別人の可能性がある。それとナニも。つまりこれは、最大で七人分の死体だ」
「ナニだと?」
手袋を嵌めたジェイクスが慎重に遺体の足を退けると――股間に男性の性器がある。
「――驚いた。Gの野郎、新境地を拓いていやがる。胴体の女をベースに、男のナニをくっつけやがった」
そこへ鑑識が入ってきた。
「見てもらいたいものがある。入り口からここまでの通路に血痕はなかった。だが引き摺った形跡と――これが」
透明なビニールに入れられたそれは――精液だ。
「時間が経ってだいぶ劣化してるが、精液だ。それが通路に伸びてる」
「犯人のものか?」
「調べてみないとわからんが、おそらく――そのガイシャのものだろう。正確には、ガイシャの一部」
「時間がどれくらい経ったか判るか」
「かなり正確に割り出せる」
鑑識とジェイクスの会話を聞いていたフィルが、「ちょっと待ってくれよ」と喘いだ。
「――それじゃあ何だ? この死体は生殖可能ってことか!?」
青ざめたフィルが口元を押さえながら小さく叫ぶ。
「――さっき食ったパンを、返してきてもいいか?」
「現場を汚すな」
フィルは走って建物から出て行った。
「――ルーキーか?」
「馬鹿言え。五年目だ」
「そうは見えんが」
「『早飯早糞芸の内』っていうだろ。あいつは飯食うのと吐くのが滅茶苦茶速い」
そう言っている間にも、口を拭きながらフィルが「どうも」と戻ってきた。
「せっかく食べた朝飯を無駄にしちまった。刑事は楽しい商売だ」
「――ま、なんにせよ立ち直りが早いのはいいことだ」
鑑識がそう言ったときだ。
プェェェッ、と誰かが妙な呼吸を噴き出した。
誰だ、と見渡しても――ここには三人だけ。
咄嗟に遺体を見る。
遺体が目を開いていた。
口を開き、体勢を上向きにし、上体を仰け反らせている。
「ブフォッ! ブフォッ! ァアァァァァ」
おい、生きてるぞ!――誰かがそう叫んだ。
「まだ生きてる!」
「そんなバカな! 死霊術か!?」
「死霊は息などしない! 救急班を呼べ!」
「早く! 早く早く!」
一斉に捜査員らは動き出す。
ジェイクスとフィルは倒れたまま痙攣する犠牲者に駆け寄った。
「痙攣してるぞ! 早く! 誰か応急処置を!」
見開かれた目。
助けを求めるようにジェイクスに伸ばされた腕は――果たして誰のものか。
それは『仕立て屋』の手にかかりながら、唯一生還した貴重な証人であった。
Episode37が始まりました。
ここからジャックの過去が明かされます。
次回更新は明日の予定です。
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