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勇者が村を灼きに来る ~七の勇者と第二の法~  作者: 浅海亜沙
Ep.31: 神無き世界のホーム・カミング
141/229

31.4 「ようこそ、そしておかえりなさい、ミランダ・ヘイムワース」

 大きな扉はジャックの邸宅のものにそっくりだった。

 切り妻屋根の上の大きな十文字――写真で見たやつだ。

 古そうに見えたのは木材が不揃いなせいで、よく見ると実は建物としてはそこそこ新しい。

 パッと見、普通の聖堂と違うのは馬小屋が併設(へいせつ)されているのと、花壇(かだん)のかわりに野菜畑だってことくらいだ。

 扉から出てきたハゲ上がった中年男と、ぼさぼさ頭の男がオレ達をまじまじと見る。

 不思議と例の認識術を使わないようだ。

 眼をじっと(のぞ)き込まず、靴やら服やらに追剥(おいはぎ)()みた視線を投げかけ――。


「ヘイムワースさん(・・)ですね。お話は(うかが)っております。神と人の我が家へようこそいらっしゃいました」


 ハゲたほう言って、二人は柔和(にゅうわ)に笑った。

 二人が全く同じタイミングで相好(そうごう)を崩したので、少し不気味に思ってしまう。


「長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へ。馬は捧げ物として(たまわ)ります」


 ぼさぼさ頭の男が馬を連れて行くようだった。

 誘われるまま中へ入ると、入ったところは(ひど)く殺風景な礼拝堂だった。

 長椅子が並べられ、(まば)らに人が座っている。

 ハゲの先導に従って礼拝堂を通り抜け、奥の扉から外廊下へ出た。

 ちょっとした東屋(あずまや)といった風情(ふぜい)の屋根ががあって、そこを基点に四つの長細い建物が外廊下でつながっている。

 つまり上から見れば、寺院の形まで十字なわけだ。

 しばらく通ってない学堂っぽい。

 オレ達はそこを右へ進む。

 外廊下はすぐにテラスの一部になり、そこのテーブルに二十人くらい――まぁ沢山の人たちが座っていた。

 お茶やお菓子の(たぐい)は全くない。

 テーブルの上に出ているのは、細長い本だけだ。

 向かい合って座る者はなく、それぞれ隣り合って椅子をくっつけている。

 やっぱり街の食堂や喫茶店とは違うんだとオレは思った。

 着ているものも質素で、白い布を(まと)っただけ。サンダルを皮ひもで足に(くく)りつけている。

 テラスの下はちょっとした庭みたいな区画になっていて、その先にさっきの馬小屋が見えた。

 テラス自体は長細い建物――棟にくっついている。

 その棟には扉がいくつも並んでいた。

 そのまま一番端につくと、先導のハゲがその扉を開けた。


「こちらです。ちょうど最後の部屋に空きがございました。お二人で使ってください」


 なんだか宿無亭(オレんち)みたいなことを言うなぁ、と思ったが――。


「えっ!? 二人で!?」


 ミラが、男の死角でオレの尻を(つね)り上げる。


「ありがとうございます」


 顔を見ると、優しげな笑顔を(たた)えたその顔はまるで皇女様だ。

 優しいだけでなく、これまで歩んできた気苦労(きぐろう)とそれゆえの深慮(しりょ)(うかが)わせる――っていうか誰だなんだお前は。

 普段のミラとはまるっきり別人。これが潜入中のミラだ。


「必要なもの、そして我らの手引きの帳面(ちょうめん)は机に。世俗(せぞく)の汚れを落としたら、皆に挨拶をしましょう」

(かしこ)まりました」

「そして――今日は本当に良かった。ようこそ、そしておかえりなさい(・・・・・・・)、ミランダ・ヘイムワース」



***



 オレの前で全く躊躇(ちゅうちょ)なく粗末(そまつ)な白い布に着替えて、ミラはうんざりした顔をした。

 いつものミラに戻っている。

 聞こえるか聞こえないかの声で、「なんだこりゃ。だっせえ」とぼやく。


「壁がクソ薄い。気を付けろよ」


 この部屋は四人部屋らしく、二段ベッドが左右にそれぞれ一脚ずつある。

 でもそのうち片方には木箱が山ほど詰め込まれていた。

 あとは部屋の奥に文机(ふづくえ)と椅子が一セット。


「ああ――それにしてもマジですげえ。今のも認識阻害なのか」

「今のは違ぇ。ちょいと昔を思い出して演技しただけだ」

「それにあいつ、ミラを見て『おかえりなさい』って――」


 それな、とミラは素っ気なく言い、机の引き出しから二冊の細長い本を取り出す。

「お前のぶんな」と一冊をこちらへ投げた。

 ミラは乱暴に足を組んでそれをぺらぺらと(めく)った。


「――こっちは予習した通りの内容だぜ。今の件、話してやってもいいが小声で話すのも気が滅入(めい)る。後ででいいな」


 オレは(うなず)く。

 本の後ろは空白だと気付いた。それで本であり、帳面でもあるのか。


「こりゃ布教用じゃなくて信者用。ここに生まれてから使った魔術を書くんだと」

「認識阻害も? 大変じゃないか?」


 オレは書くことがないから楽だ。


「真面目に書くバカがいるかよ。明日までに適当にそれっぽく書く。怪しまれないようそろそろ出るぞ」


 ミラに連れられて部屋を出ると、さっきのハゲに出くわした。


「おっと、もうよろしいですか。外のお洋服は出しておいてください。こちらで処分しますので」


 ささ、こちらへ――と男は先に立って歩き出した。


「礼拝堂で皆がお待ちです。申し遅れました。私はサマス。本寺院の、寺男(てらおとこ)のようなことをしております」


 寺男が何か、オレには(わか)らなかった。

 今回オレに与えられた名前は「ノウウェル・アリー・ヘイムワース」。

 ミランダの遠い分家の親戚という設定だ。偽の身分もさすがに官製ともなると「ビル・アントン」よりはしっかりしている。


「寺男といってもご安心ください。私も皆と同じ求道者。家族です。困ったことがあったら、何でも相談に乗ります」


 だから寺男が何か知らないって。

 それを聞く前に、またさっきの礼拝堂に戻ってきた。

 一つの長椅子に八人。

 通路を(はさ)んで左右に五列だから、丁度八十人ほどになるわけだ。


「皆様。異教の者の手から、この者らを救い出すことができました。ともに真理を目指す新しい家族です」


 皆がオレ達を見ている。


「素晴らしい奇跡です。神のお導きにより、この地に、そして私たちの家に、ヘイムワースの御息女が戻られました。この喜びを、何と表現すべきでしょうか」

「神に感謝を。私たちの家族に感謝を」


 家族に感謝――。

 この人たちがどれほど家族のつもりなのかは知らないが、ノートンによれば何組かは本当の家族のはずだ。

 だからその言葉は、予想外にオレの心に刺さった。

 最前列の婆ちゃんが、にこにことをオレを見て笑っている。

 ――悪い人達ではなさそうだ。

 ふと、そこでオレは妙なことに気付いた。

 オレたちが今立たされてる場所――そこは本来なら女神像のある、礼拝堂の一番神聖な場所のはずだ。

 そこに何も置かれていない。

 この礼拝堂には、礼拝の対象がないのだ。


(祭神不明の――謎の宗教団体――)


 今更ながらオレは、ノートンが言っていた言葉の意味を知りつつあった。



***



 簡単な挨拶を済ませてから、オレ達は他の信者の間を歩いて席に座る。


「がんばろうな!」

「君達も家族だ!」

「よく戻ってくれた!」


 信者達は口々にそう(ねぎら)ったり(はげ)ましたりしながら、中央の通路を歩くオレ達に沢山の花弁(はなびら)を投げる。

 先を歩くミラがどんな顔をしているのかは見えないが、例によって完璧な演技をしているのだろう。

 オレも少し頑張らなきゃ――。


「どうも! どうもありがとう!」


 そう返したものの、反応はいまいちだった。

 その謎の儀式――冊子によると通過儀礼(イニシエーション)というらしい。本当に通過するだけとは――を終えると、人(がき)の中から一人の女性が飛び出してきた。


「ミランダ! ねえ! 本当にミランダなの!?」


 ミラは腕を(つか)まれ、驚いた様子でその女性を見た。

 歳の頃はおそらくミラと同じくらい。二十代後半かそこらで、(ほお)(あご)に少し骨ばった印象がある。

 でも陰のある美人だ。


「――まさか、あなた――オフィーレア!?」


 ミラは目を見張って、そう言った。


「十年ぶり、いえ、もっとかしら!?」

「そうよミランダ! 私、あなたのことを探して――いえ、この話はやめましょう。私たちもう、本当の家族になれたんだし」

「え、ええ――そうね」


 オレは気付いた。

 ミラの表情がほんの少しだけ強張(こわば)った。

 そのときミラの完璧な演技に、本当に(わず)かな(ひび)が入ったのだ。



***



 教団の生活について詳しいことは明日ということになった。

 夜になり、慎重に外の様子を(うかが)いつつオレ達は寺院を離れた。

 ジャックと合流するためだ。

 潜入はうまくいった。

 もっと質問されたり、身体検査されるかと思ったのだがそんなこともなかった。


「ジャック――いるか」

『ああ、もう二時間も待ったぜ。合図を送る』


 ちらちらと、森の中で人工的な光がちらついた。

 炎ではないようだ。


『電球の明かりが見えたか?』

「見えたぜ。そこを動くなよ」


 ミラがそう言って闇の中を動く。

 すぐにジャックに合流した。


「これが通信機。念のため二人ぶん渡しておく。使える時間は限られてるからな。無駄に使うんじゃねえぞ」

「おおっ、前に借りたときよりも小型だ」

「こいつならこの布きれみたいな服の下に入れてもバレねえ」

「普段は隠しておけよ」


 オレ達から伝えられる大した情報は、今のところない。

 どうやら前評判通り、彼らは謎の教団だということ。

 でも悪者ではなさそうなこと。

 あとはサマスという男が世話をしてくれていること。

 そして一番驚いたことと言えば――。


「中に、あたいの幼馴染(おさななじみ)がいた。アレンバラン男爵の娘だ」

「貴族の娘がこんなところに?」


 ノートンの話ではアレンバラン男爵は随分(ずいぶん)前に死んだはずだ。

 アレンバラン領は長子によって引き継がれた。


「オフィーレアには兄がいた。貧乏貴族の末娘なんざ、貰い手がなきゃどこに売られてても不思議はねえよ」


 暗くてミラの表情は読めない。

 貴族出の娘。今は地元の宗教団体に――。

 それってミラの境遇(きょうぐう)と同じじゃないか。


「なら、その二人がここで再会しても、別に変じゃないんだな?」

「あたいは――そういや約束してたな。話してやる。あたいの親父は医者だった。人気があってな。昔は良かったもんさ。だがお袋の病気を治せなくって――すっかりおかしくなっちまったんだ」


 身内の恥――とはいうが、ミラの口ぶりはそんなじゃなかった。

 淡々と、まるで御伽噺(おとぎばなし)をするように語った。


「親父はすっかり変わって、女神を憎むようになった。そりゃ確かに神様なんてもんは気まぐれで}傲慢ごうまんさ。お前らはよく知ってるだろ」

「だがミラ。ここの連中もそうだが、神を捨てて何を信仰するんだ? 俺だって信心深くはねえが、なんやかんや神様のお陰で魔術を使えてるわけだろ? (へそ)さえ曲げなきゃご利益(りやく)があるだろうに」

「そんなことあたいが知るか。とにかく親父は、女神と魔術、医学も憎むようになっちまった。それで――当時は知らなかったんだが――」


 ミラはそこで言葉を切った。

 ややあって、こう言った。


「この団体を作ったのは、あたいの親父だ」


 なんてこった。

 妙に話が簡単だと思ったら――ミラは創始者の娘?


「教祖ってことか?」

「そこまで知らねえよ。妙なことに手を()めてたのは知ってた。親父はどんどんおかしくなっていって――まさか、まだ残ってる(・・・・・・)奴がいたなんてな。しかもこんなにデカくなりやがって」


 おかえりなさいとは――そういう意味だったのか。


(すみません、本稿間違えて朝5時に公開しちゃいました)


次回更新は明日15:00頃を予定しております。

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