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勇者が村を灼きに来る ~七の勇者と第二の法~  作者: 浅海亜沙
Ep.26: バラしたパズルをまとめるところからはじめましょう
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26.2 「寝たきりは三日やったらやめらんねえ」

 イグズスの事件からひと月が過ぎようとしている。


「もう十二月なんだよな。寒いことは寒いけど……あんまり冬って感じじゃないなぁ」

「このあたりは雨期ですからね」

「図書室に(こも)るにはうってつけ――って思おうか」


 このひと月、ミラの治療の(かたわ)ら、オレ達は御所の図書館に入り(びた)っていた。

 そこは街を離れて少し歩く。ロ・アラモ鉱山の街そのものが小さいから余計に遠く感じる。

 ロ・アラモ鉱山の反対側で、途中に切り立ったテーブルマウンテンの断崖を通る。

 その下はすぐ海だった。

 すぐといっても――。


「千五百メートルあります」

「うひゃあ」


 うひゃあ、としか言えなかった。

 高さ千五百メートルの断崖がこの世界のどこかにあるなんて考えたこともなかった。

 初めてここへ来たときは、ぜひ下を見てみたいと思ったのだが、セスとロウに「死にますよ!」と二人がかりで止められた。

 風が凄いのだという。

 崖に近づけば風に煽られ、悪くすれば崖に吸い込まれて落ちる。

 石を投げても風が強すぎて戻ってくることもあれば、投げる前に投げようとした人間が吸い込まれてしまうこともあるらしい。


「でもよかった。ノヴェルさんが元気になって」


 セスはそう言った。

 そう――さっきオレはひと月図書館に入り浸っていると言ったばかりだが、それは記憶を美化している。

 ひと月のうち三週間は寝ていた。

 起きていたときもあるが、あまりよく覚えていない。

 ショックだった。

 イグズスのことがだ。

 アイツは死にかけの敵だ。地獄から(よみがえ)った呪われた殺人鬼だ――そう思い込もうとした。

 でもどこかで、もしかしたらその血塗られた皮の下から本当のイグズスが出てくるんじゃないか――そんな期待が捨てられなかった。


「残酷なようですが、巨人差別が、世界が拒み続けたあの勇者にとって、生きることは、そんな生易しいものではなかったと思います」


 セスの言う通りだ。

 奴にとってこの世は生きにくい。

 セスが以前言っていた。意図せずとも、思わぬ形で差別が人を傷つけてしまうことがあると。

 偶然とはいえ――自分がそれをやってしまったこともオレにとってショックだったのだ。

 オレは奴に、ほんの少し希望を持ってほしいと思っただけなのに。

 それほど奴にとってこの世は生きにくかった。

 だから死の王に支配されたあいつの過去かそれとも未来に、本当のイグズスがいるなんて考えるのはもしかしたら甘い幻想に過ぎないのだろう。


「『死の王』――チャンバーレインはそう言ったのですね」

「ああ。死の王って何だ」

「死の王は何者でもありません。ですが何者でもあります。それはいつも私たちの傍にいて、ある時ふと生きるのをやめさせます。子供のような無邪気さで(ふところ)に飛び込んできて、それがごく当たり前のことであるかのように――。丁度、あの崖みたいですね」


 オレは振り返って崖を見た。

 その向こうの、曇天の下の遥かな大海原を。



***



 図書館はその崖を少し離れて、山側に立っていた。

 距離的には御所と街の中間くらいだ。

 なぜこんな半端なところにあるのかと最初は思った。

 数日して少しでも街に近いのはありがたいと思うようになったし、御所の敷地にあろうものならそもそも出入りできない。

 最初に来た時はノートンがここを紹介してくれた。


「古文書、公文書を収蔵した公共の図書館です。我が国の施設だがウェガリア国民にも開放されている。一部の文書の閲覧には許可が要るがね」

「ノートンさんもここを調べた?」

「いいや、私は皇室の私文書室を調べていた。御所の地下にある資料室だ。こっちはあまり来ていない」


 中は広々としていて、外の雨の湿気が嘘のようだ。

 警備も最低限。

 公共の図書館――とは言葉の通り誰でも利用できるようだが、オレ達の他は誰もいないようだった。

 その一画に鉱物試料が展示されていた。


「――モナズ石、ゼノタイム鉱、コランダム、閃ウラン鉱――聞いたこともないような石が沢山ある」

「マグネタイトは知ってるだろう。知っているよな? うん」

「これ全部鉱山からとれるのか」

「色々だ。洞窟から採ったものも、川で拾ったものもある。パルマには洞窟が少ないが、ここは天然の洞窟も多い。太古に地面ごと隆起してできた山岳高地、テーブルマウンテンだ。レア鉱物の宝庫だよ」


 太古の軍神が剣で()って作ったんじゃないのか、という軽口は(つつし)んだ。

 オレにはもっと気になることがあった。


「あの黄色いケーキみたいなものも?」

「その話は――」


 二週間前、ウェガリアの国の偉い人がわんさときて根堀り葉掘り色々なことを聞かれた。

 ノートン立ち合いの下だ。質問が例の下層にあった謎の部屋に及んだとき――ノートンが止めた。

 それであちらも何だか納得したようで、オレへの尋問はそれで終了した。

 坑道にも調査が入ったがイグズスの焼け(ただ)れた死体が運び出されただけで、以来鉱山は閉鎖されている。

 発破した坑道の入り口も半透明の布状のものでぴっしりと(おお)われているような有様だ。


「忘れたほうがいい。今はまだただの珍しい石だ。そこに並んでるテルル鉱やゼノタイム鉱と同じ。科学は日々新しいモノを見つけて、何の役に立つか調べている。大半は何の役にも立たない。そのときはまだね。――時間が()るのだ」

「爺さんもそんなことを言ってた気がするよ」

「二百年も生きられれば色んな蓄積があるだろう。我々もその成果にあやかる」

「ノートンさんは二百まで生きたいか」

「生きたいね。科学の前では、人生はあまりに短い」


 即答だ。

 オレはなんだかスッと楽になった気がした。

 気がしたところで、ノートンが数枚の写しを渡してきた。

 びっしりと日付と名前が並んでいる。


「君の宿帳にあった宿泊者のリストだ。既に判明したぶんは省いてある。ここ数十年ぶんの公文書は私が見る」

「これをどうすれば?」

「名前を探す」

「どこから?」

「ここからだよ」


 ここからって――書架は見上げるほど高く果ては気が遠くなるほど奥までずらりと並んでいる。


「先は長い。興味のある本があったらあっちの閲覧室で心()くまで読めるぞ。ようこそ、パルマ国立ウェガリア図書公文書館へ」


 なるほど、人生は短い。



***



 そんなこんなでもう一週間。

 書架の間に本を積み上げて、オレは早くもうんざりしていた。

 既に二人ほど、リストにある名前を見つけたが本人なのかどうかは疑わしい。

 ノートンはやる気がないのかもう終わったのか、しょっちゅうテラスで煙草を吸っていた。


「なんだよ、ノートンさん。こんなところで」

「中は禁煙でね」


 そういうことじゃなくて。


「気に入った本はあったかい」


 内容どころじゃないと言うと、ノートンは「そんなに気を張るものじゃない」と笑った。


「適当でいいんだ、適当で」

「あんたらしくないじゃないか。リストも、宿帳に比べたら随分減ってないか?」

「前にも言ったが多勢は既に判明したのだよ。パルマ・ノートルラントの人間なら人頭帳を照会すれば身元が割れる。君のご実家の客はギルドの登録者ばかりだから尚簡単だ。君に渡したリストは身元不明の行旅人(こうりょにん)リスト。偽名かも知れない」


 ――そんなの、もう殆どやる意味ないじゃないか。

 (わら)の中から針を探すより酷い。針だと思ったら髪の毛かも知れない。


「本命は御所の私文書だよ。ミラ君が恢復(かいふく)すれば御所に入れる」

「じゃあこの作業は」

「――君が我々の普段の仕事に興味があるのではないかと思ってね」


 あんた、前からそういう押しつけがましいところあるよね。

 ノートンが言う「ミラが恢復すれば」、というのは申請・許可の問題であるのだそうだ。

 御所に入る人間は日時、人数、身元、目的をはっきり申請している。そこから増減があっては許可の取り直しになってしまう。

 今回、途中のごたごたでロ・アラモへの到着が遅れ、到着後に未定となってしまった。

 日時が後ろにずれるぶんにはある程度いけるらしいのだが、直前に人数まで変わってしまっては「心証が悪い」らしいのだ。

 この()に及んで誰の心証を気にしているのか、ノートンははっきりと言わなかった。

 何かを気遣っているようだったが――。


「ノートン室長、ノヴェルさん」


 呼ばれて後ろを見ると、ロウに支えられてミラが立っていた。


「ミラ! もういいのか!」

「とっくに大丈夫だ。大袈裟なんだこいつらは」


 歩けるようになったとは訊いたが、街からここまでは結構距離がある。


「ちっと疲れただけだ。寝たきりは三日やったらやめらんねえ。ジャックの野郎なんか、もう歩かねえぞあいつ」


 ともかく、これで御所に入れそうだ。

 ノートンはロウと話して、ようやく決めたようだ。


「取り急ぎ立ち入りの許可を申請しよう」



不定期更新中。言い換えると次回は未定。

気になる方はブクマなどお願いします。


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