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勇者が村を灼きに来る ~七の勇者と第二の法~  作者: 浅海亜沙
Ep.25: 鉱山のハッピーバースデイ/プレゼント
112/229

25.3 「ね――鼠駆除業者万歳!!」

 坑道の入り口には操業停止の札が掛けられていた。昨日の騒ぎのせいで当分鉱山は閉鎖になったわけだ。

 高炉などの設備の修理が優先なのだろう。今の街の惨状を見るにつけ再開は当分先になりそうだ。

 入り口で待っていると、ノートンとマーカスが走って山を登ってきた。

 マーカスが持参した(かばん)に、あの首は入っていた。


「ヨウ、ガキ。オマエシブトイナ」


 ――お前にだけは言われたくない。

 これはどう見ても幼気(いたいけ)な少年の首だが、それは生前の話。今は勇者たちの手先だ。

 オレは相手にせず、首を鞄に戻すと肩に担いだ。


「坑道に奴を(おび)き寄せて入り口を発破しよう。奴をここへ閉じ込めるんだ」


 首に聞かれないよう、オレは小声で話した

 可哀そうなほど息を切らしたノートンは、息も絶え絶えに言う。


「確かにその首があれば誘き寄せることはできそうだが――君は上手く逃げられるのか?」

「サポートを頼む、ノートンさん」


 オレはノートンから預かった通信機を確かめて、奥へと身を投じた。


『奥はおそらく電波が入らない。とにかく立坑(たてこう)を目指せ。立抗だ。わかるか?』

「ああ、セスさんから聞いた。垂直の坑だろ?」

『そうだ。そこなら電波が入る。そこま――』


 急にノイズが多くなってノートンの声が途切れた。

 これが電波が悪いってやつだ。

 坑道は想像していた洞穴(ほらあな)よりもずっとしっかりしていた。

 高さ、幅ともにゆうに三メートルを超え、崩落防止の加工もしてある。

 さすがは鉱物資源の国。最新技術だ。

 ただし閉山中なだけあって照明は最低限しか点いていない。


「暗い――」


 誰ともなく、オレは文句を言う。

 それに応えるように――入ってきた方から不気味な咆哮(ほうこう)が、坑道の壁に幾重にも反射して聞こえた。

 イグズスだ。


「イグズス! オレはここだ! 来やがれ!」

「ぶおおおおぉおぉおぉ……」


 一瞬立ち止まって入り口のほうを挑発したものの、殆どただの強がりだ。

 オレは奥を目指して走り続ける。

 坑道は最初のうち平らだったがそのうちどんどん下って分岐までし始めた。

 立坑なんてないぞ。どこまで行けばいいんだ。

 十字の分岐を無視しまっすぐ走っていくと、行き止まりになってしまった。

 ――やばい。


「ぼおおおおぉぉぉ」


 イグズスだ。近い。

 オレは慌てて元来た道を猛ダッシュし、最後に通った十字になった分岐まで戻ろうとする。

 ようやく分岐が見えてきたとき、奥の道からズズズと壁を(こす)る音が聞こえてきた。

 奴だ。

 狭そうに上体を(かが)めて、坑道をやってくる。

 そうして奴は、オレが曲がり損ねた最後の分岐を越えた。

 ――ああやばい。袋の鼠だ。

 道を(ふさ)がれている。

 ギリギリ通れるとしたら奴の股下。

 迷っている時間はない。

 オレは奴に向かって走り出した。


「ぼおおおっ」


 威嚇(いかく)するように短く吠え、奴は片手でハンマーを構える。

 走るオレ。それを叩き潰そうとするイグズス。

 しかし――振り上げたハンマーは天井に(つか)えた。

 その隙を突いて、オレは思い切り前にダイブする。奴の小股を(くぐ)れ――。

 ――ガツッ。

 奴の巨大な手が、オレの背中を掴んでいた。

 硬い。

 奴は指先まで完全被覆鋼(フルメタルジャケット)だ。


「うあああっ! 離せ! 離――」


 オレは滅茶苦茶に暴れるうち、上着が脱げて中身だけ地面に落ちた。

 しめた。

 辛くも脱出。落とした鞄と通信機を拾って、地面を滑るようにどうにか分岐まで戻る。

 一瞬振り返ると、奴は体が閊えて方向転換に手間取っている。

 チャンスだ。今のうちに距離を稼いで、少しでも奥へ向かう。

 ふと奥で上からの明かりが見えた。

 そこまで走って見上げると、山肌まで続くだろう垂直の解放口が見えた。

 立坑だ。

 立坑は横抗と同じ幅三メートル。上どころか地面を貫いて下へも続いている。


「ノートンさん! イグズスに遭遇した! 中は複雑で行き止まりがある! ヤバかった!」

『ノヴェル君、私も中の様子は判らない。とにかく立坑を垂直に降りてくれ』

「地図か、せめて目印は何かないのか! 命が幾つあっても足りないよ!」

『いくら何でもそう都合よくは――せめて誰か、内部に詳しい者が――ん? なんだマーカス君。――ノヴェル君、ちょっと待て』


 声が切れた。

 何だ。何なんだ。早くしてくれ。

 また来た方からイグズスの荒い呼吸と、ずりずりがりがりごりごりと金属が壁を削る音がする。

 奴の背中が坑道の天井を、ハンマーが地面を削る音だ。


『――ノヴェル君、朗報だ。マーカス君が中の地図を作っていて、それを提供してくれた。暇なときに(もぐ)って鼠を駆除していたらしい。鼠駆除業者万歳だ!』

「ね――鼠駆除業者万歳!!」


 両手を挙げてブラボー! と叫んだ。

 世界で一番役に立つ仕事だ。オレも大人になったら鼠を駆除する!


『何が見える! 今どこにいる!』


 待ってくれこっちが訊きたい――そう思いつつオレはキョロキョロする。

 何も目印になるものはない。


「さっきの入り口から分岐を全部無視して奥へ行って――十字の分岐がある。直進すると行き止まりのやつ――そこを右、いや入り口から見ると左に行った一番最初の立抗だ。――ややこしいがとにかくそんな感じだ」

『待て待て。ええと――突き当りを左? こっちから見て左だな?』


 イグズスの音がいよいよ近い。


「降りればいいんだな? 降りるぞ!? いいな!?」


 返事も待たずオレは立坑を下へ降りる梯子に飛び移る。

 下の横抗を無視し、更に下へ、どこまでも下へ――。

 ぶぉぉぉぉという(うな)りを聞いて、オレは上を見る。

 真上からイグズスが見下ろしていた。

 奴は器用に梯子を使ったりはせず――穴の縁に手を突っ張って、片足から立抗に降りようとしている。

 ――まずい。

 一気に飛び降りて来るつもりだ。

 オレは必死に梯子を下りて、下の横坑に飛び込む。

 すぐ背後をイグズスが飛び降りて行った。

 ズンと下から響く。着地したのだ。


「ノートンさん! 立坑を二つ降りた! イグズスは立坑に飛び降りた!」

『――ノヴェル君、位置がわかった。そこを真っすぐ降りて行くんだ。最初の分岐を左へ曲がり、次を右だ。そのまま八百メートルで、メインの立坑に出る』


 複雑だ。


「ふ、複雑だ」

『ああ、複雑だ。だが落ち着け。もう一度言うぞ、最初の分岐を左』


 少し走るとそれらしい箇所があった。


「あった! 左だな!?」

『そう! 次に角があったら右へ入れ! そのまま真っすぐ八百でメイン立坑だ!』

「メインの立坑ってなんだ」

『この鼠のワンダーランドを縦に貫く中心だ。すべての道はそこへ繋がっている。昇降機がある。それで上がれば山頂付近から脱出できる。昇降機を停止すれば奴は追い付けない』


 助かる。

 次の分岐を右へ曲がり、下って行く道を真っすぐ進んだ。

 やがて――。

 囂々(ごうごう)と風の吹き抜ける、真っ暗なシャフトに辿り着いた。

 ここが鉱山の中心だ。

 足場と柵がぐるりと囲んだ広い縦穴。所々、非常灯が灯っているが下は見えない。上も真っ暗だ。


「ノートンさん、着いた。上が――見えない。下も見えない」

『上は閉鎖されてる。今向かってる。開放するから慌てるな。昇降機で上がって来い』


 昇降機――そんなものはない。

 上からぶっとい鉄のワイヤが垂れているが、それすらこの鉱山の竪穴では頼りなく感じるほどだ。


「昇降機なんかない!」

『ボタンで呼ぶんだそうだ。――柵のところ? ああ、柵だ。緑のボタンを探せ!』

 

 言われたように周りを見ると、確かにすぐ近くにボタンがあった。

 押すと周辺の照明がカッ、カッ、カッと次々灯ってゆく。

 一瞬照明のスイッチかと思ったが、ゴウンゴウンと音がしてさっきのぶっといワイヤが揺れていた。


「押したぞ。――ゴンドラは」


 オレは思わず下を見た。

 ゴンドラが上がってきた。

 ――助かった。

 オレはゴンドラに乗り込み、その赤茶けた()びだらけの鉄網の床に座り込んだ。


「乗った。助かった。鉱山の出入り口を爆破してくれ」

『わかった。発破の手配は済んでる。すぐに始めるぞ。念のため耳を(ふさ)いでくれ。いくぞ』


 オレは耳を塞いだ。

 ドーンと爆音がした。少しだけ上から土が落ちてきてゴンドラに当たる。


「終わったか? あっさりしたもんだ」

『終わっていない。出入り口はまだある。次だ』

 

 再びドーンと鳴ってゴンドラが揺れた。

 今度は近い。


「――(しび)れた」


 そしてオレは絶望的な事実に気付いた。

 天井が真っ暗で気付きにくかったが、オレの乗ったこのゴンドラは――。


「ノ、ノートンさん、大変だ」

『どうした』

「ゴンドラが――降りてく」


ブクマありがとうございます。

第五章最後のエピソードも残すところ二話となりました。

次回更新は明日15:00頃を予定しております。

このゴールデンウィークのちょっとした楽しみになれば幸いです。


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