24.2 「オレは勇者を引き寄せることに関しちゃ、ちょっとしたもんなんだぜ」
翌朝四時。
まだ真っ暗なうちに、オレ達は集まった。
昨夜は随分遅くまでかかって正直寝不足だ。
作戦を確認する。昨日夕方に話した内容と大きな差違はなかった。
ただ採石場に奴を誘き寄せる大役がオレになっていた。
何となくそうなるんじゃないかという気はしていた。昨日誰も言い出さなかったのが不気味だったんだ。
「ミラ、本当に大丈夫なんだろうな」
「任せとけ」
ミラは操縦席の上に登って、鉄橋のような|バケットホイールエクスカベーター《BWE》の首を渡ってゆく。
オレはその後姿に声をかけた。
「ミラ」
「なんだよ」
「――がんばれ」
「てめえもな。せいぜい死ぬな」
オレはノートンの部下の一人を宛がわれ、共にロマン街道の終わり、街の入り口へ向かうことになった。
「ノヴェルさん。ボブです。よろしく」
「よろしくボブ」
ボブか――なんだかあまりいい予感がしない。
ボブの運転する貴重なホイールローダーで街の入り口を目指す。これを含め、三台しか調達できなかったらしい。
この火力式内燃機は魔力を使わないのだそうだ。
「なぁ、オレにも運転させてくれよ」
「だめです」
明るく爽やかに笑いながらも、ボブははっきり拒否した。
採石場からの道は、埃っぽくはあったが広く綺麗だ。ロマン街道へ向けてなだらかに下っている。
途中、倉庫や何かの処理場はあるものの市街地は通らない。
市街への道に合流し、左へ曲がると少ししてロマン街道に着いた。
上手く採石場に誘い込めれば被害は最小限に抑えられるだろう。
でも採石場の向こう側はすぐに人が住む家や、操業中の処理場がある。
何としても採石場でイグズスを止めなければならない。
「でも、君一体何者なんだい? 本当に巨人は君を狙ってくる?」
「たぶんな」
「たぶんじゃ陽動になりませんね」
「――心配すんなって。切り札もある」
周囲が少しだけフワッと明るくなった。
テーブルマウンテン。
眼下に広がるそれは平らで、平原のように広々とした高地だ。
まるでそこに築かれた巨大な長城――または城壁のような尾根の上を通っている。
その壁はこの鉱山に続いていて、その上を通るのがロマン街道だ。
それを挟んで東から西の地平までも丸見えだ。
本当だ。この星は丸い。
「日の出です」
東の地平から朝陽が昇る。
闇のカーテンが払われるように地平は開け、壁の作る影が際立った。
その道を来る者がある。
バトルハンマーを手に幌付きのキャラバンを引いて、破壊を喚ぶ死の王の使者だ。
「イグズスのお出ましだ」
待ち伏せは得意戦術のつもりだが――今回ばかりは空手形だ。オレにはたった一撃浴びせることもできない。
イグズスは逸る様子もなく一定のペースで淡々と、着実に近づいてくる。
「来たっ! で――でかい! 逃げましょう! 早く」
「まだだよ。もっと引き付ける」
「あんなの無理っすよ!」
大丈夫、とオレは言った。
オレは助手席を抜け出し、ホイールローダーの後部で立ち上がった。
「オレは勇者を引き寄せることに関しちゃ、ちょっとしたもんなんだぜ」
ハンマーを肩に担ぎ、大声でなら会話ができるほどの距離まできた。
「遅かったなデカブツ!」
「お前――列車のガキかよ! ジャックだっけ?」
ほんの少し肩透かしされた気分だ。オレを探してきたんじゃないのかよ。
こっちは重機の上に立っているのに、目線の高さはまだ一メートルも上。全然合わない。
それほど奴は巨大だ。
「ノヴェルだ! ノヴェル・メーンハイム! 覚えておけ!」
「ノヴェル……ノヴェル……」
イグズスは考えているようだ。
「聞いたような気もするが覚えちゃいねえな! おれは名前覚えるのが苦手なんだよ!」
「これから覚えろって言ってんだよ!」
「まぁいいや。でな、お前、おれを殺してくれるんだろ? いったよな!」
子供たちがキャラバンから顔を出した。
明らかに敵意をこちらへ向けている。
肩に二人、左腕に四人。そして見えにくいが――ポケットにも一人いるか?
「そうだとも! ここでお前を殺してやる! ついて来い!」
――釣れた!
オレは屈んで、手摺を掴む。
ホイールローダーが旋回し、走り出す――はずだった。
「――!? ボブ!?」
ボブは運転席で震えていた。
震える手で操作をしようとしているが、恐怖のためかエンジンを始動することすらできない。
イグズスはずんずんとこちらに近づいてくる。
「ボブ! ホイールローダーを出せ! ボォォォブ!!」
ようやくエンジンが始動した。
イグズスはハンマーを振り上げた。
早く早く――ボブはギアを操作し、足元のペダルを踏むとホイールローダーはガコンと大きく揺れて後ろ向きに走り出した。
思わぬ方向に走ったので、オレは思い切り前のめりに転げて顔面を強打した。
「ボブ!! 逆だ!!」
イグズスが振り下ろしたハンマーは、ホイールローダーのバケットを掠めた。
「うああああっ」
衝撃とともに世界が回る。
辛うじて空は飛んでいない。
ホイールローダーはその場で独楽のようにくるくると回転しているのだ。
「がはははは!」
全方位からイグズスの笑い声が響く。
三回転、四回転までは数えられたが――まだまだ回転は続いている。
遠心力で鼻血がどんどん流れて飛んでゆく。
「踏み込め! ボブ!」
急激に、ホイールローダーの大きな車輪のグリップが戻った。
回転を脱し、ローダーは滅茶苦茶な方向へ急発進する。
おおう? とイグズスが背後で唸った。
「進め! 進め!!」
「やってるよお!!」
イグズスとの距離が開いた。
奴はハンマーを構えるとこちらへ向けて一歩を踏み出す。
ボブは目が回っているのか運転は滅茶苦茶で、大まかな方向はあっているものの道を外れては戻り、戻り過ぎてはまた戻りを繰り返す。
その度上下に揺れて、振り落とされそうだ。オレが立っているのは座席でもない。辛うじて掴まっているだけだ。
「ボブ! 頼む! 真っすぐ!」
分岐点に来た。
右へ曲がれば採石場。直進すれば市街地だ。
ボブはそこを真っすぐ進んだ。
「そうじゃあねえ!! こっちに行くな!! 右だ!」
「今『真っすぐ』って!!」
「悪かったよ! そういう意味じゃなかった!」
後ろを見るとイグズスは真っすぐ追ってきている。
このままじゃ居住区に奴を連れて突撃してしまう。
居住区は建物が密集し、急な坂ばかり。逃げられるはずがない。
「戻れ! 右へ!」
「道がないよ!」
オレは助手席に降りて、無理矢理ハンドルを右へ切った。
道なき道を――上下に激しく揺れながら進む。
「どこへいく!」
イグズスとボブが怒鳴る。
低木の中を草木を倒しながら進み、突然視界が開けたと思うと目の前は工場の壁だった。
「危な――!」
止まれるはずも、曲がり切れるはずもない。
バケットが工場の壁を破壊し、オレ達は工場の中へ飛び込んだ。
背後には穴の空いた壁。
正面にはこれから穴を空けられる壁。
もうこのまま突っ切るしかない。
すぐ後ろで、イグズスが穴を拡げて――壁を一面完璧に破壊して入ってきた。
「がははは! 見つけたぞ!」
子供たちもやんやと歓声を上げる。
オレ達は正面の壁を突き抜けて――採石場に出た。
「やったぞ!」
採石場で待機していた部隊は、思わぬところから現れたオレ達に騒いだが――次の瞬間、壁を破壊して現れたイグズスには更に騒いだ。
「連れて来た!」
作戦は第一段階を完了。
役者は揃った――第二段階へ移る。
ちょっと短いかな。
続きは明日11:00頃を予定しています。