24.1 「バケットホイールエクスカベーター。通称BWE」
オレ達は辛くもロ・アラモ鉱山へ辿り着いた。
間もなくというところで馬車の車輪が脱輪し、馬は二頭が逃げた。
一頭は足を折ったのでその場で安楽死させた。
そこで挑むことになった初めての乗馬――しかも鞍もない。
「鞍なしじゃ無理だ」
そうハックマンが言うので「なにくそ」と思ったオレだったが――。
「これ、どうやって乗るんだ?」
馬というやつはとにかくでかくて、いざ乗ろうとしても足場がなくちゃ上がることもできない。
ロウとハックマンはそんなオレを見て暫く爆笑していたが、一頻り笑うとオレを持ち上げて乗せてくれた。
まぁ、あとは馬にしがみついているだけだ。
「よう、ノヴェル。来る頃だと思ってたぜ。華麗に馬を駆ってな」
「う、うるさい」
ミラが開口一番嫌味を言う。なんだか懐かしく思えた。
ノヴェルさん、ノヴェル君、とセス達に熱烈な歓迎を受ける。
そのうちの一人に――。
「ノートンさん!? 無事だった!?」
ノートンらしき人がいた。だいぶイメチェンして一目見ても判らなかったが。
聞けばどうやら色々ややこしいことがあったらしい。
まったく、勇者なんかに関わると誰もいい思いをしないんだ。
「――道中、イグズスには遭遇しませんでしたか?」
「いたよ。子供たちを連れていた。それが変なんだ――」
オレはチャンバーレインから訊いた話と、道中会ったイグズスとの齟齬を話した。
ミラはハックマンを小突き回しながら奥へ引っ込めさせた。
ハックマンは悪態をつきながら、ノートンの助手と一緒に小屋に引っ込んだ。
「それはまた――複雑だな。イグズスは冷血漢だ。先月、モートガルドで起きた戦闘の話を?」
勿論オレはそんな話初耳だった。
「モートガルドはディオニスを失って戦乱が続いている。それは前に話しただろう。大陸南方の、エストーア中立国近くの村でモートガルド軍が巨人に遭遇した」
「巨人の村ですね」
セスがそう相槌を打ったが、オレにとっては違和感があった。
差別とは、本人にそのつもりがなくとも相手を攻撃してしまうものだとチャンバーレインも言っていた気がする。
「――妙な言い回しだな。村の名前を言ってくれよ」
「名前はないのです。モートガルドは、巨人の居住区に地名を与えることを許していません」
聞いた通り。巨人差別は未だに続いているのだ。
「そこで暴動が起きて、モートガルド陸軍が近くを進軍中だったご自慢の重戦車部隊を鎮圧に回したのだ。しかし全滅した」
「重戦車は全て六十メートル離れた森の中に転がっていました。ご丁寧に、まるで揃えたように」
そういえばロウもそんな話をしていた気がする。
その時は聞き流してしまったが、改めて聞くとどうにも妙な話に聞こえた。
セスは続ける。
「イグズスです。奴はモートガルドの軍人を丁寧に磨り潰した後、居住区に隠れていた同族の子供たちを――」
彼女はそう言い淀む。
わかる。その先は、まともな人間ならば口にしたくもない。
「確かなのか」
ミラがそう訊くと、ノートンやセス、ロウの三人は静かに頷く。
「正直、ウェガリア市街でイグズスが子供たちを連れていたときは『またしても』と思いました。でも――無事なのですね。信じがたいことですが」
そう、信じがたいのだ。
チャンバーレインの話は嘘じゃなかった。ごく最近も、裏がとれた情報がある。
イグズスは鬼だ。オレ達は奴が二つの列車に何をしたのか忘れていない。
でもそれならなぜ――。
「心境の変化?」
「ウェガリアの空気を吸って心が澄んだと? そうだといいですが、考えにくいですね……」
「いいえ、戦略的な行動です。こちらの思考を逆手に取っただけでしょう。こちらが飛び道具を使えないよう、盾にしているとだけだと考えたほうがいい。現に市街の防衛線はそれで突破されてしまったのだ」
オレはその考えには賛成しかねるところがあった。
「でもさっき、幌馬車の荷台から飛び出してきた子供たちは――まるでイグズスを庇おうとしてた。そう見えなかったか?」
ロウは「それは……」と口籠る。
「きっと認識阻害です! 子供たちは、イグズスに操られている。そうとしか考えられません」
そこでパン、パン! とミラが二度掌を打った。
「そこまでだ! 奴があの相対的に小せえ脳みそで何を考えているかは知らねえ! だがあたいらは奴を地獄に返す! ここでだ!」
ノートンの助手だという酷く痩せた男が、ドアを開けてクスリと笑った。
「ご案内します。セシリアさん、ご所望のものは手配できておりますので」
***
「ホイールローダーだけが充分にありません。手配できたのは三台のみ。残念です」
地形上、あんな車型の重機にはあまり出番がないのだろう。
それでもドリルビット射出式の掘削機や杭打機は充分な数があった。
「どれも現役です。素敵ですね」
そこは山を少し降りて、幾分平らになった採石場だった。
セスによれば石灰石を掘るらしい。
地面を抉り取ってできた大きな窪みで、周辺には塔のような巨大タンク、そして小屋やら処理場やらがぽつぽつとある。
そして丘の上には、何やら巨大な橋めいた建物があった。
ここはそのうちの一つ、大きな倉庫だ。
中にはウェガリア市街で見たメガマシーンが並んでいた。
「セシリア、今度は足止めでは利かないぞ。奴を殺すか、少なくとも撤退に追い込む必要があるのだ。この設備で何とかなるのか?」
ノートンは杭打機を見上げた。
「岩盤に杭を打ち込む機械だ。こいつで頭を何十回か打てばイグズスも死ぬだろう」
「良いアイデアですが、そのためにはまずイグズスの動きを封じる必要があります。そのためのホイールローダーが不足しています。そこで今度は一つ追加のメガマシーンを用意しました」
「見当たらないぞ。一体どこに」
セスが指を打ち鳴らすと、どこからともなく重い低音が響いた。
スッと夕日が陰って辺りが暗くなる。
オレは頭上を見上げた。
そこに――巨大エルダードラゴンの長い首のような――。
「バケットホイールエクスカベーター。通称BWE。露天掘り用の機械で、この鉱山ではお爺ちゃんクラス。年代物ですが――ご覧のように動きます」
小高い丘にあった謎の鉄骨の建物。
それが回転して、高台の向こうからその長い首だか腕だかをコンニチハさせたのだ。
鉄骨が複雑に組み合わさってできた、まるで巨大な鉄橋だ。
鉄橋にはベルトコンベアがついている。
例の建物だと思った部分の下に操縦席があって、そこを中心に鉄橋が首を振る形だ。
その首の先端には、大地を真っ二つに割るかのような円盤状の部品がついていた。
「なんだこりゃ! 何に使うんだ! 運転席の上のデカい建物はなんだ!」
「あれはカウンターウェイト。中央から伸びた橋構造の鉄橋先端についているのが掘削ヘッドです。カウンターウェイトはその重量のバランスを取るためですね」
掘削と言うからにはあの円盤が縦に回転して地面を掘るのか。
地面を掘るのにこんな橋だか山だかわからないような機械が必要なのか?
「先端の掘削ヘッド――円盤に沢山のバケットが付いています。これが垂直に回転して石灰石を削り、運び出すわけですね。大変なスループットですが、今回必要なのはこの鉄橋のような長い首、ブームの回転力です」
「ワイヤを巻き取るのか」
はい、とセスは微笑んだ。
「ドリルビットでイグズスに打ち込んだワイヤをこれで巻き取ります。巨人との綱引きにも、これなら勝てます」
「話はわかったが、セシリアよ、お前さん大事なことを忘れていないか。子供たちだよ。また盾にされたらどうするつもりだ」
「バケットホイールエクスカベーターですよ? 子供たちもこれに夢中になって、イグズスのところから逃げて来るに決まっています」
セシリアよ、と強い口調でロウが糾すと、セスは「はい……」と委縮した。
「子供らはあたいに任せろ」
ミラが前に出た。
「だが近くにまで寄る必要がある。できるか?」
ミラが訊くとセスは瞬間的に思考を巡らせた。
「それにもバケットホイールエクスカベーターを使いましょう。この先端に乗ってイグズスに近づく。高さがありますので、イグズスのハンマーも届きません」
「そいつぁいいや。子供らも絶対こっちに釘付けだぜ」
「そうしたらこっちのものだ。奴を動けなくして頭を叩く。細かいところを詰めよう。もう陽が沈む!」
決戦は明朝。おそらく五時からそれくらいだ。
オレ達はそれまで休むことにした。
***
すっかり暗くなった鉱山の街は、そこらで明かりが灯っていた。
採石場の方にはまだ煌々と照明が焚かれ、作戦のシミュレーションが行われているようであった。
ハックマンは二階のテラスからそれを眺めて、溜息を吐いた。
背後が騒がしくなったので振り返って窓から見ると、二階へノートンとノヴェル、それにおまけのマーカスがついて上がってきた。
戸棚を開けては何やらばたばたと騒いでいる。
ノヴェルが何かを探しているようだ。
「――ここに花柄のシーツはないぞ。――色? 信号弾でもバラせばよろしい」
そう言いながらノートンはテラスに入ってきた。
煙草に火を付けて、ふうと煙を吐き出す。
「情報室長殿。煙草とは意外ですね」
「そうでもない。ストレスが多い職場でね」
「ベリル暮らしの元官僚様にゃ、ここの生活は堪えるでしょ」
「そう思うか? 幸いここでは電気が活躍してる。あそこに見える採石場の明かりは電気だ。坑道を照らすのにも、火が使えないことはあるからね。湯にも、炉にも電気が利用されているのだ。そして通信にも」
「修理は進んでおりますか」
「進んでいるとも。ここには鉄もニッケルも、文字通り山ほどある。そこにあるスクラップの山を見たかい? 宝の山だ」
「ニッケル? それは何です」
「溶かしてワイヤ状にする。巻き付けるとコイルという部品ができる。通信設備の要――アンテナにも使う」
アンテナ、と耳慣れない言葉にハックマンは眩暈がした。
眩暈がしつつも、職業柄どうしてもメモをとってしまう。
「アンテナとはなんです」
「電波といって電気は空を飛ぶのだ。信号だけだがね。音が空気の振動ならこれは磁界というものの振動であって――ってこれは取材か?」
そのようなもので、とハックマンは頭を掻く。
「ハイエナ・ハックマン。悪名だけは聞いているよ。記事は拝読したことがないがね。これを機に科学記事に転向したまえ」
「これは手厳しい」
「ところで君は、写真機は使わないタチかい」
「いえ、持ち歩いていたのですが、列車のごたごたで落としてしまいまして。大損ですよ」
ノートンはそれを聞いて「なるほど。それでか」と言った。
「――いや、なんでもない。こっちの話だよ。それで? 君はあのチャンバーレインに師事しながら、なぜそのような汚れ仕事に?」
「汚れ仕事? 俺はね、根っからアナーキストなんですよ」
ノートンはせせら嗤う。
「アナーキズムなど本質的とは思わんね。私は君の話が聞きたかったんだが」
「俺にはこっちのほうが向いてたってことですよ。兄貴達は皆、剣だの槍だのが達者で。俺は体格からして敵わなくって。力で負けてもペンで勝とうとね。ペンでも師匠には敵わなかったが、お陰でアナーキズムに出会った」
「ほう、じゃあこのマーカス君と似たような境遇だ。そうだろう?」
マーカスは曖昧に笑ったが、髭面のせいで表情は読みにくかった。
「この人、マーカス君はね、旅人だそうだ。話が合うんじゃないか」
ノートンは煙草を揉み消した。
「へえ。旅人ってことは冒険者?」
「冒険者じゃないです。そっちのほうはもう、生まれつき虚弱なもんで」
そっち、とマーカスは剣を振る真似をした。
「でもね、私は鼠のサーカスが作りたくって、師にくっついて世界中を回ったんです」
「鼠のサーカス!? そりゃ面白そうだ。あんたの上司の話よりよっぽど」
言うじゃないか、とノートンは自嘲気味に笑ったがこちらも髭面で眼鏡までかけているのでさっぱり表情が判らない。
「面白かないですぜ。鼠のサーカスは失敗。私は鼠駆除業者になった。今じゃ鼠共の恐怖の王です」
ハックマンは皮肉だねえと苦笑した。
「船で鼠退治してたら船が沈んじまって。まぁ色々あって失職し、流れ着いたここでノートン先生に出会ったわけです」
「先生はやめたまえ、先生は」
ノートンはノヴェルに呼ばれて出て行ったが、彼らの話は続いた。
すっかり寒くなって凍える寸前まで、彼らはそうして語らっていた。
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