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41.スターフルーツ号(西暦二一八七年一二月二六日)

 ダブルインパクトから二年あまりが経過し、エウロパの赤道付近に開けられた大穴、ポイントKE-IIIでは、潮汐発電設備が建設されつつある。すでに一〇分の一容量のパイロットプラントが稼働し始め、電力が有り余っている状態である。本来の予定であれば、イオへ氷を輸送するための電磁カタパルトの建設が始まっている頃であるが、今は、リュウイチ達の開発試験の結果待ちである。それによって、電磁カタパルト用物資の輸送手段が大きく変わり得るからである。


 コックピットの中のリュウイチは、ものすごいスピードで流れていく灰白色の景色を見下ろしていた。高度四〇〇〇メートル、秒速一四〇〇メートルで、エウロパを周回しているから、体感スピードは相当なものである。約一〇〇キロ先にあった地平線が凡そ一分後には真下まで来ているのだ。

「まったく、何で俺がテストパイロットなんだろう。そりゃパイロットは花形職だけれど、どうしてこうなったんだ」

 リュウイチの口から愚痴が漏れた。今のリュウイチは最新の着陸船のテストパイロットである。昔は操砂士の資格こそ持っていたが一介のスペースエンジニアであった。それが、改造救命ポッドの操縦で仮免許を得、エウロパへの手動着陸と史上初の噴水補助離昇で、実技試験免除となり、操縦士の資格を得た。

「メイファンの方が適任だと思うんだけれどなあ」

 愚痴は続く。メイファン・グェンは、操縦士と航宙士の資格と船長の仮免許を持っている。経歴からも技量からもリュウイチよりも適任だと進言したが、本人は首を縦に振らなかった。本人曰く『私は上がいいのよ、下に降りるのは嫌だわ。宇宙でもベッドでも』。今も、メイファンはリュウイチの一〇メートルほど上方の支援母船で待機している。

「名もなき英雄として公社を退職し、イオで悠々自適のハーレムを構えるはずだったのに…… 手に汗握る冒険は続くっていうこと?」

 名もなきというのは正確ではない。公社お抱えのフロンティアニュース社は、一週間も特番を組んでリュウイチ達の活躍を放送した。ただ、リュウイチの名よりも、ゲームキャラのリュウの方が知名度が高いだけである。リュウが主役のゲームタイトルは『星を動かす者達』、『アンドロメダ姫救出シナリオ』、脇役で出てくるのが『工業都市探偵物語』、『禁断の総裁秘書室』である。おかげで、イオ工業都市の街中では『リュウさんですね、攻略しましたよ』と声をかけられる。


 リュウイチはため息をつきつつインカムの回線を開いた。

「こちらスターフルーツ、リュウイチ。機体の最終チェック完了。異常なし」

 テスト機の正式名称はエウロパ着陸試験機。スターフルーツが通称である。

『こちらポイントKE-III、カタリナ。了解。みんな、そろそろ始めるわよ』

 カタリナ・プラントルは、エウロパ氷上の潮汐発電施設そばで、作業チーフとして、今回の試験全体を統括している。巫女としての拝水の儀式は継続しているが、その頻度は以前よりも随分少ない。一応、新拝水神殿完成のあかつきには、新巫女に代替わりする予定ではあるが、適切な人材は見つかっていないらしい。

『バルバラ、水蒸気濃度分布を確認して」

 カタリナがバルバラに呼びかける。

『こちらベラス10、バルバラ。設定値からのずれは±一〇パーセント以内よ。折角、お姉さまのために頑張ったのだから、リュウイチも期待に応えなさいよ』

 バルバラのインターフェースが答える。バルバラはいくつもの分体とインターフェースから構成される人工生命である。潮流を操ることで、潮汐発電量を増やすことも減らすことも可能であり、ポセイドン並みの力を持っているが、カタリナの言うことしか聞かない。彼女にとって、カタリナは意識の生み親である。少々嫉妬が激しいのが難点であるが、リュウイチを除く他のメンバーとはうまくやっている。

「当然だ。俺が第一夫人の期待に応えないはずがない」

 何度も失敗しているリュウイチは虚勢で応えた。第一夫人とはカタリナのことである。婚姻制度がなく、簡単に性転換できる現代では、第一夫人も第二夫人も無意味であるが、メイファンを入れた三人の中では、昼は、第一夫人がカタリナ、第二夫人がメイファンとなっており、夜は逆転する。第一、第二と決めているのは、揉めた時の決定権の順序である。ちなみにリュウイチは昼夜ともに第三位である。

『あら、勇ましいこと。ベラス10でお待ちしていますわ』

 バルバラの受け答えは人並み以上である。論理思考速度、学習速度は天才並みで、計算速度はちょっとしたスパコン並みであるから、末が恐ろしい。

『二人とも、おしゃべりは、そのぐらいにして、そろそろ開始時刻よ。メイファン、カウントダウンをお願い』

 カタリナはエンジニアと巫女の二足の草鞋を器用にこなしている。

『こちら支援母船、ドリアン、メイファン。了解。現在、切り離し七〇秒前。三〇秒前からカウントダウンを始めます』

 支援母船、ドリアンは化学ロケットエンジンの塊である。四方八方にノズルを突き出し、慣性も重力も無視した航宙が可能である。リュウイチの乗るスターフルーツを抱えて離昇し、万が一の時は、スターフルーツを三本のアームで確保することができる。任意の方向に任意の推力を出せる機体。それを自在に運用できるのは、辺境広しと言えども、メイファンだけだと言われている。


「巫女様、撮影はいかがいたしましょうか?」

 カタリナの背後に控えているペンギン型AIのジュダス2が口を開いた。ジュダス2には、傷ついたメモリーキューブから回収できたジュダスの記憶を移植してある。ただし、目的関数は回収できず移植もされていない。

 破壊されたジュダスは、教団への忠誠、巫女への害意の二つの目的関数を埋め込まれていたから、行動規範は複雑であった。一方、ジュダス2は純粋な放送支援AIであるからカタリナへの態度は単純であるはずである。

「ジュダス、今は忙しいんだけれど…… 任せるわ。生放送じゃないから、アフレコで音声をかぶせてもいいんでしょう? さすがに第一夫人とかは信者のイメージを損なうし、バルバラの側仕えのイメージも崩したくないわ」

「ええ、皆さんのサンプリング音声は十分ですから、いくらでもセリフは合成できます」

 時々、ジュダス2はジュダスの目的関数も受け継いでいるのではないかと思うぐらい狡猾な発想をする。

「そう、それじゃ、そちらは任せるわ」

 昔のカタリナであれば、虚構を織り込む編集を嫌っていたが、今は色々な顔を使い分けている。細胞年齢は二八歳。清楚な巫女という印象が薄れ、色っぽいお姉さんという雰囲気が出るようになってきた。


『カウントダウンを始めます。三〇秒前、二九、二八、……』

 メイファンがカウントダウンを始める。

『三、二、一、切り離し!』

 母船のドリアンが、抱えていたスターフルーツを切り離した。

「スターフルーツ。テストキャンペーン、2-D開始します!」

 リュウイチが自らを鼓舞するように宣言した。メイファンの乗ったドリアンがゆっくりと上方へ離れていく。

 テスト機のスターフルーツの特徴は、小さな翼を持っている点と、新規開発された超高圧気体炸裂エンジンを備えている点である。外見はスターフルーツのようにずんぐりとしていて、揚力発生用の水平翼、安定化と操舵用垂直翼を備えている。そして、内部には一基のエンジンを備え、両翼に二つずつ回転ノズルを備えている。宇宙船というよりは垂直離着陸機といった方がよい。リュウイチ達の請け負った試験の一つは、この新型エンジンの試験である。

 もう一つの課題は、エウロパ上での滑空である。これには、バルバラの能力が必要である。エウロパの海水を蒸発させて、局所的に水蒸気を作り出す。これで揚力と抵抗を発生させようというのである。

 選ばれた試験場がベラス・リネアである。このリネアは赤道に近く、直線距離が二〇〇キロメートルと長く、かつ海水面が露出している。

「ベラス0まで、九〇秒」

 バルバラの役割は、このコースの一端であるベラス0から他端のベラス10までの上空に指定された濃度の水蒸気を発生させることである。

『こちらベラス10。スターフルーツを捉えたわ。動的ビーコン設定も完了。ビーコン、オン!』

 スターフルーツの軌道を見守りガイドすることもバルバラの役割である。

「ビーコン、捕捉! よし、いいぞ! 進路自動修正作動!」

 リュウイチが軽く手を添えた操縦桿が細かく動き始める。


「三、二、一、ベラス0通過。水蒸気雲に入ります!」

 軽い衝撃と共に、垂直舵が効き始める。

「進路修正駆動源を姿勢制御スラスターから、垂直水平翼に変更します」

 ベラス・リネアの上空をスターフルーツ号が衝撃波を作りながら、飛んでいく。

「励起用レーザー暖機運転開始します」

 左手で制御パネルのスイッチを押す。

「雪玉エンジン準備よし! ベラス1通過と共に減速駆動を行います」

 雪玉エンジンとは超高圧気体炸裂エンジンの通称である。これは、化学エンジン並みの推力を誇りつつ、エウロパの海水を原料にして燃料を製造できるという優れものである。これの開発が成功すれば、エウロパへの着陸のコストが大幅に軽減される。

 イオでもエウロパでも着陸は課題である。地球と違って大気がないので、滑空が出来ず、燃料を噴射して落下速度を調整してソフトランディングをしている。その燃料はイオ工業プラントで製造するから、イオ地表から、着陸用燃料を別の燃料を使って打ち上げないといけないという非常に効率の悪い状況になっている。そもそも着陸とは位置エネルギーを失うことであり、エネルギーを失うために別のエネルギーを消費するのは無駄である。

 エウロパの場合は、もっと深刻である。いくらイオでケロシン系凍結化学燃料が安く作れるからと言って、それをエウロパ周回軌道まで運ぶコストは馬鹿にできない。何とか現地で燃料を製造できないかと考えて公社とマツシタラボが共同開発したのが超高圧気体炸裂エンジン、通称「雪玉エンジン」である。これの試験がリュウイチ達の請け負った試験の第一の課題である。

 発端はカタリナの発見した珍しい雪の結晶である。直径一ミリほどのボールのような構造で中が空洞になっているのだが、公社科学部で調べた結果、ルナクルVが極低温で結晶化した時にできるもの(ルナクリスタルと呼ばれる)だとわかった。特筆すべき点は、強靭な強度と、内部の空洞に別の物質を保持できるという性質である。これに注目したのがマツシタラボである。超高圧気体中にこの結晶を放置すると空洞内に超高圧気体が取り込まれる。その後、結晶を真空中に取り出しても、空洞内の超高圧気体は保持されたままである。いわばミクロの爆弾である。爆発させるには、ルナクルVの振動モードを用いる。ある波長の赤外線でこの振動モードを励起するとルナクリスタルの結合が切れて、内部の超高圧気体が吐き出される。

 マツシタラボが製造法を確立し、公社プラント部が燃料製造ラインを作った。そのラインがエウロパ上に設置されている。エウロパの海水を原料にし、有り余る電力で、超高圧気体炸裂燃料が作られている。

「三、二、一、エンジン始動!」

 スターフルーツIの両翼から前方に白濁したジェットが噴き出す。と同時に、内燃機関のような振動が生じ、二Gの減速加速度がリュウイチの胸を圧迫する。

 何度目かの試験飛行。ルーチンワークと言ってしまえば楽になるが、それじゃ面白くない。冒険だと思えば、少年のようにわくわくする。実際、世の中に完全なルーチンワーク等存在しないことは、エンジニアには常識である。

「俺は、やれる時にやれることをやるだけさ」

 リュウイチはそう呟いて口角を上げた。

 人類と巫女を救った英雄は、辺境の辺境で、試験開発に地道に従事する。両手に花を抱えて。

S. T.さんに本作を捧ぐ

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