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ルームメイト  作者: けせらせら
20/44

4-5

 涼子は電話を切ると、すぐにマンションを出た。

 タクシーを拾うと、一度、長町にある恵美のマンションに向い、そこから一緒に仙台中央署に向った。

 そこで待っていたのは、忠志の変わり果てた姿だった。

 その姿が恵美に大きな衝撃を与えたのは間違いなかった。倒れてしまいそうな恵美の身体を、涼子は懸命に支えた。

 恵美は涼子の腕のなかで、長い間、泣き続けた。きっと涼子が引き離そうとしなければ、一晩中でも忠志の遺体の傍で泣き続けていたことだろう。

 涼子は恵美と一緒に、刑事に指定された小さな部屋で待っていた。部屋には長机がコの字型に並べられ、パイプ椅子がまわりに並べられている。

 その入り口にもっとも近いところに二人は寄り添うように並んで座っていた。節電のためなのか、蛍光燈の3本に1本ははずされていて部屋は薄暗かった。

 恵美の手が震えている。

 ついさっき、やっと涙は止まったが、その視線は虚ろに宙をさ迷っている。普段、芯の強い恵美の弱々しい姿に涼子は心を痛めた。

(私がしっかりしなきゃ)

 その手をしっかりと握りながら、涼子は自分に言い聞かせた。

 脳裏にはまだ忠志の変わり果てた姿が焼き付けられている。その姿は涼子にとってもあまりにショックなものだった。

 やがて、ドアが開いて一人の男と若い女性が姿を現した。一人は涼子たちがここに来てからずっと付き添ってくれていた老刑事だ。確か中央署の橘という名前だった。頭髪のほとんどは真っ白く染まっている。実家の父よりも年上かもしれない。

 二人は静かに涼子たちに近づくと、パイプ椅子に腰をかけた。若い女性刑事は少し離れた蓮向かいに、そして、老刑事がすぐ側に。

「県警捜査一課、仙道です」

 女性刑事が名乗った。

 背はそれほど高くなく髪は肩まで伸ばしている。まだ若く、大人しそうな顔をしているが、表情は険しく目つきは鋭い。女性とはいえ、やはり刑事の顔だと涼子は感じた。

 仙道という女刑事は、涼子と恵美の二人の顔を見比べた。「奥さんは――」

「私です」

 すぐに恵美が顔をあげて答える。

「あなたは――?」

 仙道の視線が涼子に向けられた。

「藤井寺涼子といいます。恵美さんの友達です」

「私が一緒に来てもらったんです……一人じゃ不安で……」

「そうですか。確かに無理もありませんね」

 抑揚のない声で仙道は言った。

「いったいどうなってるんですか?」

 恵美が訴えるように訊いた。恵美は強く涼子の手を握り締め、自分自身の感情を抑えようとしているように見える。

「そこの橘から話しを聞いていると思いますが、本日の午後6時40分。仙台駅東口から少し離れたところにあるコンビニ前で、川渕忠志さんの車が停められているのを従業員が見つけました。そして、そのなかから川淵さんの死体が発見されました。死因は絞殺。犯人は彼の身体をロープで座席に縛り付け、後部座席から彼の首を細い麻のロープで絞めたものと見られます」

「犯人? 殺されたんですか?」

「そう考えられます」

「誰がやったんですか?」

「わかりません。車をそこに停めていったのが誰なのか、そして誰が被害者を殺したのか、それを今調べているところです。ただ、被害者の所持金など奪われたものがないところをみると、怨恨の線の可能性が高いと思われます」

「怨恨?」

「何か心当たりはありませんか?」

 恵美は首を振った。

「知りません……そんな……忠志さんが人から恨まれるなんて……」

「そうでしょう。けれど、恨みというのは恨まれる側の人間はなかなか気がつかないものです。本人は普通に生活しているつもりでも、どこかで他人を傷つけ、強い恨みを買うことだってあります。亡くなられたご主人が世界中の誰からも愛されてきたなんてことはありえない事です。むしろ世の中の誰からも疎まれていたことだってありえるんです」

 口調は柔らかいが、どこか突き放すような言い方で仙道は言った。それを聞いて、涼子は思わず口を挟んだ。

「そんな言い方ないと思います。忠志さんはそんな人じゃありませんでした!」

 涼子の反論が意外だったのか、仙道は一瞬だけ驚きの表情を見せた。

 そして――

「失礼しました」

 と言ったが、それほど気にもしない様子で再び口を開いた。「ところで、ご主人のお仕事は?」

「『フォーライフ』という会社に勤めてます」

 たどたどしく恵美が答えた。きっと少しでも気を緩めると、また泣き出してしまうことを恵美自身が感じているのだろう。

「それはどのような?」

「防犯機器の販売です」

「防犯機器?」

「具体的には防犯カメラの製造や設置などもやってます」

「じゃあ、コンビニなどのカメラなども?」

「そうです。仙台近辺のお店ではウチで設置させてもらっているところも多いです」

 恵美を助けるように涼子が口を出した。

「ウチ?」

 仙道が不思議そうに涼子を見る。

「私と川淵さんは同じ会社なんです。恵美も以前は一緒に働いていました」

「そうでしたか。川淵さんのお仕事は?」

「今はシステム部門だと聞いています」

 涼子よりも先に恵美が答えた。

「通勤はいつも車だったんですか?」

「いえ、いつもというわけじゃありません。仕事で外出するような用事がある時に車を使ってました。工場が富谷のほうにありますから」

 恵美が答えるたびに、涼子の手を握る手にわずかに力がこめられる。

「それじゃ、今日はどちらかに外出されたんでしょうか?」

「あまり仕事の話を家ではしませんけど、たぶんそうだと思います。いつも通りに出かけていきました」

 その言葉を聞いて、涼子は迷った。

 今日、忠志は会社を休んでいた。それはすぐにわかることだろう。今、言うべきなのだろうか。だが、恵美の気持ちを考えると、今はまだ口にする勇気がなかった。

「いつも通り……ですか。今日、誰かに会うというような話は聞いていませんでしたか?」

「あの人、家のなかで仕事のことはあまり話しませんでしたから」

 気丈に恵美は言った。むしろ忠志のことを思い出して、思わず我慢出来ずに目頭を押さえて顔を伏せたのは涼子の方だった。

 以前、忠志はいろいろな話をしてくれた。涼子には全てが理解できたわけではなくても、自分が今どんな仕事をしているのか、そして、どんな悩みを持っているのかもよく話してくれた。

 その涼子の様子に気づき、仙道が声をかける。

「藤井寺さん、大丈夫ですか?」

「え……ええ……」

(私が泣いていちゃいけない)

 涼子はぐっとこみあげてくるものを堪えて顔をあげた。

「今日はもういいでしょう」

 橘がはじめて口を開いた。仙道もそれに頷く。

「そうですね。それではまた日を改めていろいろお伺いさせてください」

 その言葉を聞き、涼子はホッとして席を立った。恵美もゆっくりと立ち上がる。その手を握って部屋を出ようとした時――

「ああ、最後に一つだけ」

 仙道が声をかけた。

「何ですか?」

 恵美が振り返りながら訊いた。

「川淵さんは何か悩んでいた様子はありませんでしたか? 例えば自殺するような可能性は?」

「忠志さんはそんなことしません」

 恵美よりも先に涼子のほうが答えた。

 忠志が自殺なんてするはずがない。それは涼子が誰よりも一番確信していた。

「私もそう思います」

 恵美も言った。

 仙道は納得するように大きく頷き――

「ありがとうございました。藤井寺さん、あなたにもまたいろいろお伺いさせていただくかもしれません。その時はよろしくお願いします」

 涼子は黙って頭をさげた。


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