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魔界の王女様と午後のティータイムを  作者: ef-horizon
そこは異世界ファンドール
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ぬ、脱がないでくださぁい!

「着心地はどうだ?」


「ん? 気にしたこともない」


「造った人間の甲斐もない物言いだ」


「所詮身なりさ。必要な時に必要なものを持っていればいい」


「指先は気になるようだな」


「これでも護身は学んでいる。手先は武器になるからな」


「頼もしい」


「人を食ったような物言いだ……」


 不満げにそう言って、手に覆った革製の手袋の感触を確かめながら、ソウマはフェルトナの後ろをついて歩き、城内の廊下を廻る。


 周りには人気はなく、入れば見えるのはメイド服の女性の影。


 ――――クスクス。


 廊下に響く甲高い笑い声。


 こちらを指さすいくつかの視線に、ソウマは気まずそうに首をすぼめると、前を歩くフェルトナに苦言を漏らした。


「……なんかメイドどもが俺を指さしているぞ」


「珍しいのだよ。人間をこの城に入れるのは、本当に久しいからな」


「……。どうもそんな眼で見ている気にはなれないんだがな」


「それもそうだ」


「なんでだよ」


「ワシがお前のことを言いふらしたからな。ロリコンの美少年がやってきたと」


「お前のせいかよ!」


「おかげで知名度だけは爆上げだゾ」


「やかましいわッ。さっそくこのお城に俺の居場所ないじゃないの!」


「大丈夫だ。みんな後ろ指さすだけで、お前を城から追い出そうなどと考えもしていないだろう」


「ええ!? それは買いかぶりもいいところだろ! 視てみろよ、どの面下げて廊下歩いてるよ、みんな俺見て笑ってるぞ」


「ははは、被害妄想と言うものだ」


「むっかつくわぁ!」


「気にするな。ワシのところの城主も大概こんな感じで陰口叩かれまくりだからな」


「おたくの上司人望なさ過ぎだろッ」


「竜王さまだからな。人じゃない」


「やかましいわッ」


「なぁに。上司が怠惰な方が部下は楽ができる。そんなものだ」


「……」


「ほれ着いたぞ」


 そう言って足を止めるフェルトナに苦い表情を浮かべつつも、ソウマは同じく立ち止まって、目の前の扉を見上げた。


 小さな扉は半開きになり、フェルトナが開けば、二枚扉の隙間から光が零れて、相馬の眼をつんざき、彼は少し顔を手で覆いつつ、扉をくぐる。


「邪魔するぞ。フィーナ」


「は、はいッ」


 聞こえてくるのはつんざく声。


 部屋には大量の服が敷き詰められて、さながら巨大な壁になって、正面通路の左右につりさげられていた。その部屋の中、服に埋もれて声がどもる。


 小さな子供服。あでやかなドレス。タキシードなどなど。


 見上げれば、見上げるほどに、左右に広がる服の壁はうずだかく、ソウマは壮観たる景色に左右二を見比べながら、部屋中央の通路に一歩を踏み出す。


「すげぇ……」


「フィーナ。早く出てこい。客人がお待ちだ」


「ち、ちちょっとお待ちくださいッ。今メジャー出してるんですッ」


「どこにしまってるんだ?」


「えっと――――あ、あったッ」


 やがてモゾモゾと飾られた服の隙間、雪に埋もれた遭難者のように、服の隙間から前のめりに滑るように這い出したのは、白い髪の美少女。


「いたたぁ……」


「フィーナ……」


「えへへ……ごめんなさい」


 ずれたメガネの奥には青い瞳を覗かせ、打った額をさすりながら、気まずそうに笑顔をこぼすその表情は年相応の幼さがあった。多分、ソウマとそれほど年が変わらないように思える。


 手にはメジャー。


 頭には動物の耳をつけたカチューシャ。


 立ち上がりつつ、見せる前掛けのポケットには裁断用のはさみ、定規などなどが引っ掛けられていた。


 いでたちは採寸を図るデパートの店員のよう。


 その見も知らない少女を前に、ソウマは眉をひそめて、照れくさそうに髪を掻く少女に一瞥した。


「……。あんたは?」


「あ、はいッ。私はメイド部隊で教育部門と服飾部門を兼任しています、フィーナ・ランスロットって言いますッ」


「教育と服飾?」


「はい。メイアちゃんと私で教育と服飾を担当しています。おもに新人メイドさんの勉強のお手伝いと、姫様のお勉強のお手伝いです」


「……なるほど」


「後、サイズにあった服を全て用途に応じて作ってますッ」


 元気さは部屋全体に響き渡り、ニコニコと笑ってエヘンッと言った感じで僅かに膨らんだ胸を張って、少女フィーナは自慢げに口をほころばせる。


 そのあどけない仕草に、首をすぼめつつもソウマは隣に立つフェルトナを見上げた。


「服はそれなりにあってるぜ?」


「それではダメだ。作業の途中でワイシャツがはみ出てもしてみろ。姫様に見られようものなら卒倒ものだ」


「ミィアが?」


「ガウェインが」


「誰だよ?」


「お前を殴り殺しかけた女。よく知ってるだろう?」


「……」


「ま、そうでなくてもきっちりサイズのあったものをオーダーメイドしていく。その為に採寸はいたるところまで測ってもらうぞ」


「……脱ぐの?」


「いやそうな顔をするな。うちのメイドはお前のようにやましい考えは何一つもっとらん」


「どうだか」


 そう言いつつチョッキを脱ぐソウマを前に、フィーナはギョッと眼を丸くして顔を赤く染める。


「ああああああ! 待って待って待ってぇええ!」


「はい?」


 チョッキを脱ぐ手が止まり、ソウマは首をかしげて腕をおろした。そうして真っ赤な顔を背けて手で覆うフィーナに首をかしげつつ、彼は怪訝な面持で尋ねる。


「おいおい、なんだよ。なんか不都合でもあるのか」


「お、大ありですッ。私男の人の採寸なんて測ったことなくて」


「じゃあ、今がいい経験だろ?」


「ち、違うんですッ。私……男の人の裸なんて見たことないんですッ」


「――――」


「だから……その、脱がないでくださいッ。私そういうの怖いんです恥ずかしいんです視ると変なんですッ」


「……」


「キャアアアッ、近づくのはダメ。来ないで、来ないでくださいッ!」


「……おい」


「視ないで、視ないでくださいッ」


「……おっさん。その服どうやって作ったの?」


「フェルトナだ――――もちろんフィーナとメイアの採寸で作ってもらった。年々ぼろぼろになるからな」


「……どうやって」


「さてな」


「……」


 ひょうひょうとした物言いは変わらず、のれんを押すような感覚にソウマは苦い面持ちを浮かべつつ、脱いだチョッキを再び羽織ると、真っ赤な顔で蹲るフィーナを見下ろした。


「じゃあ、とりあえず服を作ってくれ」


「わ、わかりました……脱がなくていいですから。脱ぐと駄目ですから……こっち来なくていいですから」


「めんどくせぇ……じゃあ離れて待ってるから頼むわ」


「はい……」


 踵を返して、歩きだすソウマに、フェルトナは困ったような笑みをにじませつつ、彼の肩をたたいた。


「すまないな。彼女は私たち以外の男にはあまり近づきたがらない性格だからな」


「その割には、舐めまわすようには視るんだな」


「ん?」


 驚きに目を見開くフェルトナの手を払うと、ソウマは足を止めてずらりと並んだタキシードやドレスのかかったクローゼットの壁を左右に見渡し顔をしかめた。


「あそことあそこ、あそこと、天井、あと床」


「ほぉ……」


「四方から観測することで相手の位置や挙動を捉える。採寸の測り方はそんな単純なものだろう」


 そして、軽く指さす事五回。


 ソウマはそう言って腕を下ろすと、あたふたと走り始めるフィーナを横目に、手首をさすりつつ、視線を落としてジトリと視線を床に落として睨みつけた。


「監視カメラ、みたいなものだろ?」


「……。彼女には数体の従者がいる。彼らがその採寸を細部まで測り、その情報を聞いたフィーナが服を作る」


「だろうな。鋭い視線だ。息がつまりそうだったよ。殺されるかと思った」


「よくわかったな」


「野山で二カ月喰うものもなく過ごした経験がある。動物一つ狩るにしたって、狩られる危険を背負わないとできないものさ」


「どういう意味だ?」


「どんな形であれ見られていることを意識していないと、社会じゃ生きていけないってこと」


「達観した物言いだ」


「高校生だからな」


「くははは、面白い男だ。ソウマ。お前は今までの連中とはやはり一味違うように思える」


 笑い声がクローゼットルームに広がる。


 ソウマは胸板をそらして大笑いするフェルトナに背を向けたたまま、ふんとやや不満そうに鼻を鳴らすと、自身の服を見下ろしつつ、首をかしげて見せた。


「で、俺の服どうするんだよ。何を作ってくれるんだ、ここで待てばいいのか? 後いつできるんだ?」


「クククッ……心配するな。私服も制服も全て作る。ここで待たなくていい。フィーナの従者は常にお前を追いかける」


「いやな感じだ」


「出来上がりは大体一時間だ。それまで……」


 ――――空を切る刃。


 ナイフの切っ先が音速を超えてソウマの首筋を狙う――――


「見せてもらう……!」


「――――少し遅い」


 衝撃にはためき、翻すチョッキ。


 二つ指でつまんで止めるソウマ。

 

 刹那、周囲を吹き飛ばす衝撃破に、あたり一帯のドレスやタキシードが大きく揺らめいて、床にソウマの踵を返した足が僅かにめり込んで罅が走った。


 ソウマはナイフを摘まんだまま、その紅い右目を見開く。

  

 その抉るような視線の先には、ナイフを一本、逆手に振りぬこうとする巨体の大男が一人。


 ニィと笑ったその口の歯に牙を覗かせ、細めた紅い瞳を単眼鏡の奥にぎらつかせ、フェルトナ・シルバーハインが立ちつくすソウマの前に立つ。


 とても楽しげだ。


 腹が立つほどに目を輝かせていて、ソウマは顔をしかめた。


「……。最初に会った時からそうだった」


「まさかこの一撃を指二つで受け止めるか。どこがただの高校生だッ」


「おどけた調子で接しながら、その目は常に俺を殺そうと見つめていた。何かを探ろうと、好奇心を腹の底で剥き出しにしていた」


「……見えていたか」


「どこの馬の骨とも知らない奴を、自分以外の利益の為に、わざわざ家に迎え入れることはしない。常にリスクと効果は釣り合わないといけない」


「クハハハッ、隠せぬものだなッ」


「あんたは知りたがっている。俺がミィアに釣り合うかどうかを」


「心根まで図抜けたか……!」


「何より俺の力を欲している」


「後一時間、お前の力を見るには十分な時間だッ」


「……」


「わかるなッ。姫様を守ると言うことの意味。お前は、強くなくてはならないッ」


「……」


「ワシは今まで姫様を守ってきた。メイド隊も皆だ。わしらを納得できる力を見せてみろ!」


「……ここで面接試験か」


「半端な真似はするなよ、玖珂相馬ッ」


「……あんたからもらった銃は制限してやるよ」


「舐めた口を利く!」


「武道とは暗殺術。殺す気で掛かるぜ」


 パキンッ


 へし折れば、根元から砕け散って床に散らばるナイフの刃。

 

 ソウマはふんと鼻を鳴らすと、紅き右目を細めて両手首をさすりつつ、スリ足で一歩踏み出しフェルトナに構える。


 その紅い瞳は特異なほどに澄んでいた。


 その目は魔族以外に持たない、闇の一族の象徴。


 何故持っているのか。


 なぜ彼がそこまで力があるのか。


 知りたい。


 心の底から知りたい。知らねばならない。


 その溢れんばかりの好奇心と使命感の両方にせきたてられ、その巨躯を打ちふるわせると、フェルトナは腰にさしたナイフをもう一本取り出し構えた。


 そして二人は見合う。


 紅き視線が交差する――――


「来いよ。半端な真似をする気はないんだろう?」


「行くぞ!」


「……気道とは武道。我即ち、【戦人】なり……」


 掛け声と共に駆けてくるフェルトナにソウマはそう囁き一歩を踏み出す。


 その紅い瞳に鋭く空を切るナイフの軌道を捉える――――

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