いい目をしてるね。
「……うう」
「あ、起きました?」
覗きこむのは、青い瞳。
眩さに手でけだるげに目元を覆っていた相馬は、ぼやけた視界に映し出される、顔もわからない目の前の少女に眉をひそめた。
降り注ぐ光に映える白い肌。
あどけなく開く唇。
カチューシャをつけた髪は焔のように赤く、興味深そうに覗きこむ顔はまるで池の中を覗く幼い子どものような表情だった。
視たことのない顔。
知らない誰か。
誰だろう。
視界の靄は未だ晴れない。
相馬は目元を覆っていた手で目尻をこすると、じっと前のめりに倒れそうなほどに覗きこむ少女の顔を手で押しのけた。
「近い……」
「ふにゃ……」
「……あんた、誰?」
「えへへぇ。元気そうですねッ」
起き上がる相馬を見つめ、少女は少し後ずさると、その前掛けのついたメイド服のスカートを摘まんで僅かにたくし上げ、深々と頭を下げた。
「私、メイド部隊医療班のセリス・トリスタンと言います。以後よろしくお願いしますね。ソウマ・クガ」
「……医療班?」
「うちのメイド隊長のミルドレッドさんにぼっこぼこにされたでしょ? だからその治療」
「……。あああああああああ! あの格好いい名前の女ぁ!」
思い出した。
容赦ない一撃の下、空高く垂直に吹き飛ばされた瞬間が脳裏をよぎり、相馬は大声を張り上げて、きょとんとするメイド、セリスに叫んだ。
「あの女ぁ! 俺何にもしてないのにぃいい!」
「はい、ミルドレッド・ガウェイン。私たちメイド部隊の隊長を率いていますの。あの方もよろしくお願いしますね」
「あの、女ぁ、ワンパンで俺を沈めやがって」
「意外と弱いんですね」
「……。そうだよ、高校生だからな」
「高校生?」
「学生」
「ふぅん。身体能力はとてもそうは見えないんですけどねぇ」
そう言って前のめりになる華奢な体躯。
そうしてベッドの縁に手を置き、しげしげと覗きこむセリスに、相馬は戸惑いと共に身体をよじって後ずさった。
「ち、近い」
「いいじゃん。これからずっと一緒に住むわけだし」
「……」
じっと見つめる視線は近づいてくる。
ついには肌が触れあう程の距離になり、華奢な身体を預けながら、セリスは戸惑う相馬の手の上自分の手を置いて、たじろぐ上半身を引っ張り、その戸惑う顔を覗きこむ。
「こ、こらっ」
「スキンシップスキンシップッ」
「て、てめぇ初対面だろ。もちょっと距離をだな」
「これが私とソウマ君の距離感」
「……」
「へぇ……ソウマ君ってこんな眼をしてるんだ。綺麗だね、ニホン人ってみんなこんなきれいな黒をしてるの?」
「……眼を見ても何にもないぜ?」
「ううん。すごく興味ある。肌も少し黄色いし、だけど顔は子供っぽいし、だけど背丈は結構あってちょっとアンバランス」
「……」
「でも……惹かれる」
徐々にその顔が近づいてきて、少し唇も近づいてくる。
青い瞳がじっと相馬の顔を見つめる―――――
「……効かない、か」
「は?」
「……。強いね、君」
「なんだよ。急に」
「なんでもないッ」
ころころと変わる少女の表情。
そう言ってまるで気分屋な猫のように跳ね起きると、預けていた体をベッドから起こして、少女セリスは踵を返して、ロングスカートを翻した。
「ま、そこらへん、ここにはない力なのかもねッ。私も結構興味あるかも」
「……」
「もう治ったでしょ。ベッドから降りていいよ」
「ここどこだよ」
「医務室。結構広いでしょ。坊城戦には結構の急患がやってくるから、広めに取ってあるんだよ」
そう言ってセリスがあたりを見渡し、相馬もあたりを見渡す。
そこは確かに広かった。
おそらく学校の体育館などよりもはるかに広く、そしてその広い空間の中ベッドが川の字になってずらりと並んでいるのが見えた。
真っ白な壁に真っ白な天井。
その表面にはうっすらと何かの円形の模様が浮かび光を放っていて、そのほか、特徴としては数人のメイドが歩いて掃除や、ベッドメイクをしているのが見えた。
ただベッドに身体を横たえているのは相馬一人だけ。
そんな何もない空間。
だけどどこか落ち着くそんな場所に、相馬は眼を細めた。
「けが人、か」
「仮にも魔王城ですしね」
「医療器具とかないんだな」
「うん、基本は魔術で回復させるの。それに戦闘部隊の人たちは基本的に包帯巻いていれば勝手に治るような強い人たちばかりだから」
「……」
「ま、それで君も私の回復魔術で治しましたッ。どう、すごいッしょ?」
「ああ、すごいすごい」
「ああッ、適当ッ」
頬を膨らませて睨みつけるセリスを横目に、相馬はよろよろとシーツをはいでベッドから足を下ろすと、その素足を地面につけた。
と、ここで相馬は自分の服が変わっていることに気づく。
「は?」
「お? 大きい」
それは綺麗な裸。
「ええええええええええ!? 服は!? 服はどこに行ったのぉおお!?」
慌てて手で股間を抑えて隠す相馬の怒号に、セリスは、何常識的なこと聞いてるの?といったきょとんとした表情で小首をかしげる。
「燃やしました」
「あいえぇえええ!? なんでだよていうか俺の服なんで燃やす必要あるんだよぉおお!」
「なんかクリ臭いし」
「やめてよぉ! そういう傷つくことを遠回しに云わないでよぉおおお!」
「もしかして:童貞」
「やめろって言ってるでしょぉ! 傷つくよ、身体治っても心傷つくよぉ!」
「大丈夫大丈夫。君案外丈夫そうだし」
「いいから服返しなさいよぉ!」
「やだ」
「ええええええええ!?」
「君の裸もうちょっとだけ見ていたいなっていうね」
「知的探究心ですかぁ! よそでやりなさいよぉ!」
「とりあえずその股間にぶら下がってるもの輪切りにしていい?」
「いいわけないでしょぉ! どこから輪切りにしていいって考えが出るんだよ! 大事な大事なウェポンだよぉ!」
「だって使わないでしょ?」
「――――」
「え、何その間?」
「泣いちゃうぞぉおおおおおおお!」
今にも泣きそうな声が響き渡る中、医務室の入口が開く。
そこには二メートルは超えそうと言う大男が、ベストとワイシャツ姿と言う比較的フォーマルな姿で現れた。
「おお、起きたかソウマ」
その紅い瞳は単眼鏡の向こうでこちらを捉えるなり柔和な笑顔を浮かべていて、そこには銀髪の初老の大男がこちらへと歩み寄っていた。
腰にはナイフを納めるホルスターが二つ。
手には服を引っ掛けたハンガーが握りしめられていて、相馬はたじろぐなり、歩いてくる初老の男に目を細めては、その見覚えのある顔立ちに眼を見開く。
「フ、フェルトナ・シルバーハインッ」
「覚えていたか、嬉しいぞ。今後はフェルトナでいいからな」
「な、なんだよ! ここどこだよ! 昨日から話からわからないだらけだよ、ちょっとは説明しろよ!」
「いや」
「なんでぇ!?」
「王から説明を受けただろう。あれが全てだ」
「納得がいかないって言ってるんだよッ」
「それは受け入れてもらうしかない。ほれ、お前の新しい制服だ。旧い制服が燃やして農園の土に変えておいたぞ」
「だから燃やす必要ないでしょ!?」
眼をむくソウマを横目に、ベッドに放り投げたのは、大男フェルトナが着こんでいるそれとほぼ同じ服、それに下着。
そして更にフェルトナはポケットに手を突っ込むと何かをまさぐりだす。
「それから――――これだ」
「な、なんだよこれ」
いそいそと慌てて下着とワイシャツを着込み始めるソウマに、フェルトナが大きな腕をポケットから取り出しグッと突き出した。
そうして、ズボンのベルトを締めるソウマの前に手が開く。
「持っておけ。いつかの時に役に立つはずだ」
それは拳銃。
鋭くそれはフレームをライトの下にぎらつかせていて、ソウマはベストを着こみながら、苦い表情で目の前の初老の男の顔と手の中の拳銃を見比べた。
「……なんだよこれ」
「グロッグ18ロングバレルカスタム。ワシのコレクションの一つだ」
「いやいやいや、ここ魔法の世界だよね。なんで拳銃あるの? ていうかグロッグて俺達の世界の拳銃だよねッ」
「次元の放浪者はいくらでも別世界にいける。特にこれは気に入っていてな。特別にワシがチューンして持ってきたものだ」
「……」
「ワシからの餞別だ。昨日はロクに挨拶もできんかったしな」
「おっさん……」
「我が名はフェルトナ・シルバーハイン。我らが竜王ハルトディアに使える執事だ」
「――――玖珂相馬。ただの高校生だよ」
「よろしくな、ソウマ」
そう言って握手を求められると、相馬は照れくさそうに髪を掻いて、慌ててズボンのベルトの間に大型の拳銃をねじり込んで手を突き出した。
その緊張にこわばった表情と、小さな手を見比べ、フェルトナは破顔して、突き出された手を強く握る。
そして握力に、ソウマは顔をしかめつつ、握り返した。
「……よろしく、フェルトナのおっさん」
「おう」
「……。で、俺はこれから何をするんだ?」
「色々」
「教えないわけね」
「そりゃそうだ。後セリスにはよくよく挨拶しておけよ」
「なんで?」
「それだけ怪我も増える、ということだ」
ニヤリと笑うフェルトナ。
ソウマは更に苦い表情を浮かべると、少し離れてひらひらと手を振るメイドのセリスに目くばせした。
「……」
「よろしくねソウマッ。もし怪我をしてここまでたどり着いたら、完治するまでずっと治療してあげるからッ」
「……たどり着かなかったら?」
「土に埋めてあげる」
「……」
「じゃあ、頑張ってねッ。ダーリンッ」
「薄気味悪いわぁ!」
クスクスと笑うセリスにソウマは泣きそうな表情で叫ぶと、踵を返すフェルトナの背中に導かれるように歩きだした。
「それで、どこに行くんだよ」
「お前は何も知らない。自分が負担する事務内容も、そのやり方、作法も闘い方も、何より姫様のことを」
「……」
「知るべきだ。お前にはその義務がある」
「……わかった」
「幸い姫様は午後まで起きない。午前中、二時間かけてお前には教えるべき全てを教える」
「スパルタには慣れているさ」
「ついてこいよ」
ニヤリと笑うその表情は不敵で、ソウマは深い溜息と共に今後の自分の未来に一抹の不安を覚えつつ、彼の跡を追いかけ医務室を出ていくことにした。




