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魔界の王女様と午後のティータイムを  作者: ef-horizon
魔界の王女様と狼執事
32/34

僕は戦うよ。息づく世界を否定する全ての【正義】に

 アレクトの首都。ガラクシオンにある王宮殿内。


「そのセリフ……」


「ミィア様はいかがですかな?」


「―――おどろいたよ。どうやったんだい?」


 客間の椅子に腰かけながら、少年の姿をしたハルトディアは、眼の前の老人にニヤリと笑ってみせた。


 老人は笑顔を絶やさず、静かに首を振る。


「なにも。ただ神が私を導いたのですよ」


「神? 作り物の事象になにを祈ったんだい?」


「ただ、平和と幸せを」


「上っ面だけの言葉だらけだ。奴らと一緒だよ」


 忌々しげに呻くと、少年は顔を背けて、ポケットから携帯端末を取り出し開いた。


「神霊にすがった所で碌な事がない。僕は少し前に教えたはずだけどな」


「それも随分と昔ですがね」


「そうだったけ?」


「ええ」


「ふぅん……お、スタミナ回復してる。ダンジョン潜れるじゃん」


 そう言って、ニカリと牙を覗かせ満面の笑みを浮かべる少年に、冠を頭に戴いた老人は小さく首を振った。


「遠い昔のことです。それでも私は鮮明に覚えています。あの方と出会い暮らした日々」


「それなのに君は、全てを捨てた」


「いいえ。捨てたことなど一度もありませんよ」


「……」


「忘れたことなどない。この気持ちを捨てたことなどない。私は一度だってあの方を魂の底から慕っている」


「……。狂気に身を落としたか」


 そう言って携帯端末を閉じると、フンと鼻息を漏らして、少年は顔を上げた。


 そして、その金色の瞳に狂ったように笑い始める男を映す。


「いいえ。これは真意です。私の紛れもない心。あの方の傍にいたいという、私のただひとつの願い」


「下らない」


「私にとっては、全てでした」


「そう言って、お前はあの城を襲った。そしてあの娘の全てを奪っていった」


「ええ」


「なぜだ?」


「欲しかったものですから」


「――――お前は、まさしく悪逆たる化け物だよ」


 表情硬くする少年に、老人はその紅い瞳を見開き、ニィと歯を剥きだし笑って見せた。


「私は、あの方を迎えに来たのです。あの方を、この城に、この宮殿に」


「その為に国一つを犠牲にする、か」


 渋い表情をする少年に、老人は更に口を歪めた。


 その顔つきも尚深く、歪んだ口の間、覗かせた歯と牙の間から息が零れ、言葉が紡がれた。


「誰も」


「――――お前」


「誰も死なない。……例えアレクトが焦土に変わる戦争が起きよう、この国の人間は誰ひとりとして死にはしない」


「……驚いたよ」


「全て、あの方の供物となるのだから」


「そこまでやるなんて……」


 苦い表情を浮かべ、力なく項垂れる少年に、老人は肩を震わせ、小刻みに笑い声を洩らし、俯く顔を抑えた。


 ベチャリ……


 肉の剥がれるような音が、抑えた手の内側から聞こえた。


 少年はじっと老人の顔を見つめる。


 抑えた手の指の間から、老人の顔が見えた。


 暗闇の中、紅くぎらついた眼が浮かんでいた。


 嗤っていた――――


「回答をいたしましょう。我々はなにもしていない。今までも、そしてこれからも、我々は貴方がたに対して敵対行為を行う事はない。


 あの方がたは、使者なのです。」


「後悔するぞ」


「これ以上、話す事はありません」


「……。お前は、この星を敵に回すか」


「これは戦争ではありません。ただ、あの方を向かいれる為に使者を送っているだけなのですから。


 これは正当な行為。これは、正当な手段なのです」


「……僕は人間が好きだ」


 トン


 横で眠っていた少女の頬を叩き、彼女を起こすと、そう言って、少年ハルトディアは少し哀しげに顔を歪めた。


「だから、警告はする。


 やめておけ。その先は深みから抜け出せなくなる。魂は深く鎖につながれ、自らを認識することができなくなる。


 そうなれば、お前は永遠に奴らの奴隷だ。そこに人としての尊厳も魂の尊さも無い。


 ただただ暗く惨めな、終わりなき目覚めが続くだけだ。決して目を閉じることは許されず、来る日も来る日も『光』だけを拝まなくてはいけなくなる。


 お前に休息はこない。永遠に戦い続け、魂は朽ちてもなお、お前は奴隷であり続けるだろう」


「お引き取りを」


「アレクト王」


「お引き取りを」


「警告はした。これ以上は、僕も敵として戦う」


「いずれ、あの方をお迎えに上がりましょう」


「――――帰ろう、シィルちゃん」


 そう言って、立ち上がれば、隣で眠っていた少女は眼を開くと、ずれていたメガネの位置を直しつつ、少年を見上げた。


「どうしたの?」


「終わったよ。交渉は決裂だ」


「そう。残念ね」


「しかたないよ。人の性さ」


 そう言って、首周りに引っかけていたヘッドフォンを取りつけると、少年はポケットに手を突っ込んだ。


 そうして、踵を返し少女と共にその場を離れようとする。


「じゃあね、これからは僕らも容赦はしないよ」


「……クロエル准将。コウタショウ総帥」


 冠を戴いた男がそう囁くと、左右の男が、壁に立てかけていた槍に手を伸ばし、飛び出そうと身体を前に傾けた。


 そして地面を擦り、槍先が勢いよく持ちあがり、少年の背中へと突き出される――――


「……舐めるなよ」


 ――――虚空をよぎるは、分厚い爪。


 ゴォオオッ


 空気を押しのけ抉る、分厚く重たい質量。


 壁にぶちまけられる肉片。押し出された鮮血が飛沫となって人の形を取って広がり壁や床に広がった。


 床に転がる長槍。


 そしてその柄に食い込みこびりつく、右腕。


 そこには、クロエルと呼ばれた男の上半身はなく、崩れ落ちる下半身が、鮮血を撒きながら痙攣し、床にへばりついた。


 空圧で戴いた冠が床に転がる。


 掠めた鱗の表面で、頬の皮膚が剥がれた。


 老人はスゥと紅く呼んだ目を細めて、踵を返す眼の前の少年を見つめる。


「……竜王」


「これは慈悲だ。君がいつかその目を覚ます事を信じて、ね」


 そこにはなにも無い虚空にぽっかりと黒い穴が浮かび上がっていた。


 全てを吸い込むかのごとく、漆黒の闇。


 その闇から這い出すのは、巨大な竜の腕。


 その深き澱みの底から、少年の左右の肩越しの巨大な腕が二本、飛び出し、二人の鎧の男を圧殺していた。


 黒く澄んだ鱗。


 爪を尖らせ、蒸気を噴き上げ、そこには龍の腕が少年の両脇に浮かんでいた。


 その腕は、まさしく竜王、ハルトディアの腕だった。


 鋭き爪が反対側の壁までやすやすと届き、抉り、手の平だけで人間の身体を半分に引きちぎっていた。


「……恐ろしいものだ」


「いつでも待っている、君の帰り。だけど、僕は君の後ろにいる、その忌々しい化け物に仕えるつもりはない。


 僕の意思は僕のままに」


「捧げるだけの価値がある」


「口を閉じろよゲテモノ。貴様に話したつもりなどない」


「クククッ……」

「……。また来るよ。アレクト王」


 そう言った瞬間、引っ込んでいく巨大な腕。


 やがて竜の二本の腕が、虚空の闇に吸い込まれると、少年はヘッドホンをつけたまま少女の手を握り踵を返した。


「帰ろう。得るものはあった」


「ええ」


 そう言った瞬間、霞みにかかる二人の姿。


 やがて霧の中に溶けていくように、景色の中へと吸い込まれていく二人を見つめ、アレクト王は笑っていた。


 じっとその紅い瞳を細め、こそぎ落ちた頬の肉を抑え、嗤っていた。


「ミィア……ミィア様……」


「アレクト王」


 刹那、ソファーの背後から現れる影。


 ギロリと血走った目を見開き、睨みつける老王に、その男は麻布を全身に纏い顔を隠しながら、丸めた背中を震わせた。


「ククッ……どうやら、お困りの様ですね」


「マーリン……」


「魔王との会談、どのような結果でしたか?」


「どいつもこいつも……聞き分けのないあほばかりだ」


「そうですか。それは良かった」


 男は至極楽しそうに囁く。


 そしてその紅く澱んだ眼をもたげ、麻布のフードの奥から、背中を丸め胸をかきむしる老王を見下ろす。


「……そろそろ時間か」


「ハァ……ハァ……欲しい。欲しいッ」


「焦るな……アル。もうすぐでお前を」


「――――ハァ……ハァ……下がれ、マーリン……俺はこれからすることがある」


「さて、今日の襲撃は」


「しつこい!」


「ふふッ……」


 部屋の隅に立っていた男は程なくして、同じく霞のように景色の中に溶け込み消えていく。


 残ったのは、ソファーに背中を丸めて蹲る。


 フラリ、老人は床に転がった王冠へと手を伸ばし、そして床に転がり落ちる。


 死体だけが並ぶ誰もいない部屋。


 ベチャリベチャリと、肉の這う音が響く。


 ただ一人のか弱い老人が、法衣を紅く濡らし、床に爪立て血溜まり広がる床を這う。


 ベチャリと舌を伸ばし、滴る血を舐め取り啜りあげ、飛び散った肉を喰らい、歯の間に食い込ませながら


 そして男はその味に笑う。


 それは人の味。


 苦い。


 だけど、美味。


 頭の奥が痺れる。


 人を喰らったときに感じる、絶頂感が頭をよぎる。


「はぁ……はぁあああ……」


 もっと。


 もっとッ。


 『空腹』が身体を満たす。


 耐えきれず、滴り落ちる床の血を全て舐めとり、壁の肉を全てこそぎ落し、老人は部屋中を四つん這いで這う。


 何分と床を舐める水の滴る音が部屋に木霊する。


 何時間と肉を咀嚼する音が聞こえる。


 それでも、満たされない。


 そして男は、床に転がる二つの肉塊に目を光らせる。


「はぁああ……あああああああ!」


 ――――喰いたい。


 漂う、匂い。


 ぷぅんと蠅の飛ぶ音が聞こえてくる。


 肉の腐った匂いが鼻をつく。


 おいしそう。


 ニィと笑うその歯をむき出し、腹をならし、男はヒタヒタと這い寄る。


 その速度はトカゲの如く。


 牙をむき出し、削げ落ちた皮膚を軋ませ、筋肉を剥きだし、男は横たわる肉塊の上に馬乗りになる。


 そして、頬肉を裂き、歯を奥歯まで晒し、大きく背中を逸らす――――



「いただきます」








「いいのハル? 言いたい事がまだあったんじゃないの?」


 巨大な壁に覆われた城塞都市を見上げ、少年ハルトディアは草原に、傍らに佇む少女と共に立っていた。


 コクリ……


 ヘッドホンを外し、ポケットから携帯端末をいじりながら、彼は少し力なく頷く。


「……。彼は望んでこうなった。だから、それ相応の覚悟を以って、僕も彼らに立ち向かう」


「そこまでして、この世界が欲しいのかな……?」


「ようやく一つ、【災禍】の澱みから世界を取り返せると躍起になってるんだ。血眼にもなるよ」


「戦いが続くね」


「【彼の者】が望むことは永遠。だけど、世界を取り返そうとすること自体が、変化であり、永遠からは相反する概念となる。


 結局、最初から最後まで、彼らは矛盾を抱いたまま滅びる運命にある」


「愚かしいわね」


「知らない事は幸せさ。ただ信仰していれば、それだけで世界が完結するんだから」


 そう言って、少年は携帯電話をポケットに突っ込むと、深いため息と共に空を見上げた。


「だけど、そんな血なまぐさい世界は、僕らだけで終わりにしたかった」


「……あの子は既に」


「仕方ないお。僕とシィルちゃんとの子どもだもの。遅かれ早かれこうなるのはわかっていた」


「そうね……だけど、ソウマ君はただ巻き込まれただけよ?」


「まさか」


 そう言ってニヤリと口の端を僅かに歪めると、少年はキョトンとする少女を尻目に、踵を返した。


「どういう事?」


「全ては因果。


 うちの娘はバカじゃないし、なにも考えずに彼を選んだわけじゃない」


「ハル……もしかして」


「じきにあの子たちは選択する」


「私達のように?」


「彼は【柱】になるだろう。それも世界を変革させるための、巨大な力を持った『魔王』として」


「――――あの子たちの覚醒はまだよ」


「すぐに来るさ。その為にフェルトナに多少無茶をさせたんだ」


「……私達が人柱になってもいいでしょうに」


「なら、僕らはせめてその柱の土台になるさ。その柱が決して崩れないように」


「それだけしか、できないのね」


「ああ。だって、あの子たちはあんなに頑張ってるんだもの。僕らが邪魔しちゃいけないよ」


 風が流れる。


 雲間の間から光が零れる。


 そう言って、嬉しそうに日差しを見上げ、少年は零れおちる光の雨に手を伸ばすと、その眩さに金色の瞳を細めた。


 風が草原を走り、光を運んで、大地が輝き靡く。


 世界が刻々と変化していく。


 光の波風を受け揺らめき変化する景色を見つめ、少年は嬉しそうに囁いた。


「光を受け、大地は育ち、風を受けて、綿毛は翼を得る。水を得て、命は育ち、火を得て人は生まれる。


 世界は、こんなにも、自らの内的律動を以って動いている。


 とても綺麗だ。とても静かで、だけどこんなにも語りかけてくれる。


 皆、生きているよ。


 僕は戦うよ。


 息づく世界を否定しようとする全ての【正義】に。


 なればこそ、僕は魔王になろう」


「ハル……」


「帰ろう。魔王は暗き闇に戻らないとね」


 刹那、少年の背中に翼が生える。


 その翼は、光を覆う程に大きく、その翼膜はまるで鉄板の如く分厚く、黒く眩き陽光を遮り広がった。


 魔王ハルトディア。


 その名にふさわしく、その翼で少女の姿を包み、そしてその姿を巨竜に変え、彼の者は空高く飛び立つ。


 山を超え、雲を切り裂き、風に乗って大地の向こうへ。


 アルドレシア城へ。


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