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魔界の王女様と午後のティータイムを  作者: ef-horizon
魔界の王女様と狼執事
30/34

ミィア様は元気ですかな?

 

 アレクト王政国。


 魔王アルドレシアが支配する領地に隣接するこの国は、フェルド海と国境に位置するナルカミ山に面した自然豊かな国だった。


 人口は実に百万。大陸の半分を占めるアルドレシアに隣するにはあまりに少ない人口。


 土地は広大で、面した経済水域の広さも合わせればアルドレシアに匹敵するほどだった。


 主な産業は、海上貿易による輸出入。そして他国とを繋ぐ街道を利用しての陸上貿易が中心。


 それゆえに、海に面した街や、街道沿いの町では、様々な特産物のやり取りが日々行われ、行き交う人々もまた多種多様だった。


 隣国の人間、肌の色の違う人々。或いはそもそも人間でない、魔族に位置付けされる生き物も町々に賑わっていた。


 貿易の中継地点であるその国は、貿易立国であり、国境のない国とも呼ばれるほどに多くの生き物が行き交いしていた。


 その巨大な貿易国の首都は、ガラクシオン。


 王政らしく、アレクト王家が住まう王宮を中心に、市街がひしめきあう街並みを囲うように、巨大な城壁が築かれていた。


 国境なき国。またの名を城壁無き国の名を持つアレクトで唯一の城塞都市だった。


 そんな城壁に囲まれた巨大な街を、見下ろす様に影が一つ。


「どうですハルト?」


 雲を喰らう程に巨大な翼を広げたその影は、長い首をもたげて、草原の上に立てられた眼下の街を見下ろした。


 風に揺れる長い尻尾。


 むふぅと鼻先から洩れると息。


 分厚く、火も矢も事象兵器すらも跳ね返す黒き鱗で風を斬り、巨竜が一体空を泳ぐ。


「相変わらず……かね」


 ガラクシオンから目を逸らし、辺り一帯を見つつ。巨竜ハルトディアは辺りの景色を見下ろした。


 なにも無い平原。


 ぽつぽつと酪農家が牧草を牛に食べさせている以外は、人気も見当たらず、だだっ広いフィールドが広がるのみだった。


 なにも無い、まっさらな地形。


 あるのは、街を南北に貫く巨大な街道。


 まっ平らな平原を削り、巨大な道が、フェルド海沿岸の街まで伸びているのが見えた。


 広範な平野にポツンと佇むその街は、城壁だけでは済まないほどの無防備さを見せていた。


 なのに――――


「――――なんにせよ、面向かって話さんと、答えは見えんかね」


「答えてくれるかどうか」


「交渉っていうのは、顔と顔を突き合わせないと、信頼は築けない。先代様はよく言ったよ」


「やってみないとわからないですか?」


「結果が全てじゃない」


「あなたらしい」


「碌な結果にならないようなら、街ごと焼き払うも考えるけどね」


「行きますか?」


「もち。うちはこれでも親善外交をしているつもりだからね」


「はいはい」


「降りるよ。つかまってシィルちゃん」


 大地に落ちた影が徐々に大きくなる。


 ソレと共に翼の根を城壁に反響させ、巨大な竜がガラクシオンの中心へと降りていく。







 ガラクシオン王宮。


 応接間の扉が開き、数人の付き人を連れ、一人の男が少し慌てた様相で、しかし笑顔は絶やさず中に入ってきた。


「いやいや。おこしになられているとは」


 何重にも着込んだ煌びやかな服装。頭に被った王冠は小さく、その顔は四十代の若々しさを保っていた。


 手には大きな杓杖。


 僅かに赤みを帯びた眼を細め、応接間のソファーに座る影を見下ろし、男は微笑んだ。


「約束の時間を過ぎても姿が見えないと思い使いを出そうと思ったのですが」


「兵士の間違いじゃない?」


「滅相もない」


「座りなよ。アレクトシア」


 現アレクト国王ファナト・アレクトシアは、笑顔は絶やさず、言われるままに錫杖で大理石の床をつき近づいた。


 その視線の先、一人の少年が座っていた。


 首周りにファーを纏った厚手のジャンバーを着込んだ小柄な体躯。


 鎖がついた穴空きジーンズを着込み、机に投げ出した足。


 白と黒のボーダーシャツの首元には小さな首飾りが下げられ、首周りには大きなヘッドフォンがつりさげられていた。


 ジトリとアレクト国王を睨み細めた金色の瞳。


 白く澄んだ頬に映るのは、赤黒い痣模様。


 ため息と共に、ジャンバーのポケットに手を突っ込みながら、椅子の背もたれにもたれかかり、そこには少年が一人座っていた。


「時間、過ぎてるよ」


「はは、申し訳ありませんな」


「まぁいいさ。こっちも暇つぶし出来たし」


 そう言って、ジーンズのポケットから携帯機器を取り出しつつ、少年は気だるげに囁くと、応接間の机から脚を下ろした。


 そうして、隣に座る少女を見上げては、ニカリと牙を覗かせ嬉しそうに笑う。


「シィルちゃん、ぼくようやくレベルカンストしたよ。こっからどうするの?」


「そうね。じゃあ次に転生。システム欄開いたら、転生のコマンドあるからそっから主人公転生させて」


「転生?」


「レベルが初期値に戻るの。ステータスそのままでね」


「へぇ。じゃあまた一から?」


 そう言って目を輝かせる少年に、少女はコクリと頷いて、手元に抱えたゲーム機を指差した。


 スラリとした指先。


 鼻筋にかけた小さなメガネの奥には、同じく金色の瞳を讃え、幼い顔立ちはまるで、十を数えたばかりの子どもの様。


 チェックのスカートにブレザーとに胸元のリボン。


 背丈は椅子にもたれ掛かる少年よりも小さく、少女は床から浮いたつま先を前後に揺らす。


 ウェーブのかかった金髪を後ろ結って靡かせ、少女は興味深そうに丸い瞳を見開き、少年の手元を覗き込む。


「そうそう。大魔王倒すまで全員のステカンストさせないといけないから、後十五回ぐらいカンストさせないとね」


「うげぇ……」


「はいはい。じゃあコマンド押して」


「ぶぅ……」


 頬を膨らませる仕草は、少女に劣らず愛らしく、少年は金色の瞳を吊りあげながらも、手元に持ったゲーム機にのめり込む。


 そして少女は眉を潜めてゲームに没頭する少年の肩に顔を置いて、肩越しに画面を見つめる。


「あ、ほら。そこでそのブロック壊して」


「めんどう。がつがつ行く」


「またやられるよハル?」


「いいの。シィルちゃんは慎重すぎるんだから」


 そう言って熱中しているのか、ゲーム機相手に眼を輝かせる少年の首元に抱きつく少女。


「やめんか!」


 と、聞こえてくるのは怒声。


 少年は聞く耳持たず、目線を上げることなくゲーム機を見つめながら、せわしなく指を動かす。


「シィルちゃん。なんか喋ってるよ?」


「そろそろやめなさいって合図よ。どうするハル?」


「シィルちゃん続きやる?」


「私もうクリアしたし」


「ぶぅ……後でキャラ貸して」


「この会談終わったらね」


「了解。寝てていいよシィルちゃん」


「うん……ハル頑張って」


「あい」


 コツリ……


 少女は熱っぽいため息と共に、身体を傾け少年の肩に頬を埋める。


 ゲーム機から手を離すと、気だるげな仕草でポケットに機材を捩じり込むと、少年はため息交じり顔を上げた。


 そうして、少年が脚を乗せた机を挟んで向かいに座る複数の人影相手に、少年は眼を細めた。


 その表情が僅かに強張り、頬に浮かんだ黒い痣が僅かに紅く光る。


「やぁ。このクズども。ご機嫌いかがかな」


「貴様ぁ! 無礼に事欠かず、そんな口を我らに!」


 そう言ってわななくのは、向かいのソファーの傍らに立つ騎士風情の男。


 全身を鎧で身に纏い、顔すらも見せないその大男を見上げ、少年はさも退屈そうに顔を背けると、肩を埋める少女の髪を撫でた。


「ばぁか。いつまでも待たせておいて、どの面下げるんだよ。こっちは二時間待ったよ」


「……。公務が立てこんでいただけだ、貴方がたをないがしろにしたわけではない」


「約束もまもらん奴を、どうして信用する? 言葉に気を付けろよ人間」


「くッ……」


「それとも、その面の下でも暴いてやろうか?」


「……」


「これ以上は言わん。自らの醜さに悶え苦しむといいさ」


 そう言って鋭く双眸を細める少年に、鎧を軋ませ、男は僅かにたじろぐ。


 その窮した態度に、少年は嘲りも露わに鼻を鳴らすと、向かいのソファーに座る男を見つめて首を傾げた。


「まったく、愚図を持つと退屈しないね」


「お互い、苦労していますな」


「まさか。僕の部下は皆優秀だよ」


「謙遜は美徳ですよ」


「正当な評価さ。僕は彼らの全てを信じる」


「羨ましいものですな」


「それとも、神は人に嘘をつかせるために、その顔に口を取りつけたのかな?」


「ふふっ、手厳しい」


「ともあれ、やってきてやったぞ。アレクト四世」


 机から足を下ろし、少年はニィと口の端を嬉しそうに歪めて、ソファーの向かいにつ初老の男の顔を覗き込んだ。


 身体を包むは、真白な法衣。


 頭に冠を乗せ、長いひげを摩りながら、顔に刻まれた皺を歪めて、男、アレクト四世は優しく微笑んだ。


「ようこそ、ハルトディア・アルドレシア。黒き巨竜王よ」


「出迎えご苦労。こっちは三十分も待たされ、手荒い歓迎を受けたがな」


「もうしわけありません」


「理由はわかるね。僕がここにいる。君が僕と面する意味」


「いいえ」


 そう言って、優しく首を振る初老の男、現アレクト王に少年、ハルトディアはフンと鼻を鳴らした。


「その笑顔を人は謙遜と言うのかい?」


「まさか。ただ微笑んでいるだけですよ」


「言葉を見せない。気に食わないね」


「謝るならいくらでも」


「腹を裂いてやろうか?」


「断ります」


「なら言葉を交わそう」


 そう言って、少年の姿となったハルトディアは虚空に手を掲げて、パチンと指を鳴らして乾いた音を響かせた。


 刹那、少年の眼前の浮かびあがる、薄い光の幕。


 碧く漂う半透明の光の壁に、やがて文字列が浮かび上がり、それは膨大な文章となって見上げるアレクト王の眼に映った。


 言葉は標題の下に、無数に連ねられていた。


『アルドレシア・アレクト和平条約』


 少年は表情硬く告げる。


「覚えているよね。君の曽祖父が僕と築いた契約だ」


「……」


「なんなら、地面に映そうか? それともそこで突っ立っている木偶の坊の鎧に刻んでやろうか?」


「いえ。結構です」


「ならわかるだろう。なにが書いているか」


「実質的不可侵条約」


「正解だ」


 そう言って、脚を組む少年。


 ポケットに手を突っ込みつつ、不満げに口を尖らせ睨む金色の瞳に、アレクト王は微笑みを絶やさず、頷いた。


「さて、これが?」


「愚図はキライだ。本題に入ろう」


 そう言って、彼はコツリと机を靴の踵で叩くと、刹那、テーブルの表面に光が走り、盛り上がった。


 ドロリと溢れだす赤黒い液体。


 ぽっかりと開いた口。


 硬いテーブルから這い出した塊は、歪に崩れ、骨を覗かせ、潰れた眼球がアレクト王を見上げていた。


 それは人の頭部。


 首の断面から血を滲ませながら、テーブルの中から這い出す醜い肉の塊にアレクト王は微笑んだ。


「これは?」


「先週。僕らの国を襲った『冒険者』だ。装備も行動もどれも統一性が取れた、まるでゲリラ兵のような冒険者だよ」


 忌々しげに呻くと、少年は鼻息交じりにテーブルに置かれた男の頭部を足で蹴飛ばした。


 そして頭が血を撒き散らしながら、床に転がり、鮮血が王の冠にこびり付く。


 それでも王は微笑む。


「ちょうど、瀕死の奴が一体残っていたんでな。頭をもぎ取って脳味噌を吸い出したよ」


「……」


「だから身元は割れている。そこの愚図の鎧の部下じゃないか。そいつの命令で、僕らの国を襲ったそうだ」


「そうですか」


「随分と、舐めた真似をしてくれたな。アレクト王」


「……」


「確認できるだけで十体。ナーガ族の女とウェアタイガーのオスと森のオーク一族が殺された。


 わかっているな? こっちはこいつらのせいで血が流れた。


 こいつらは、お前達の命令で僕らの仲間を殺した」


「……」


「アレクト王よ。部下の不出来は、自らの罪と思え。ソレは我らとしても同じだ。


 同胞を殺された恨みと怒りは、僕自身が背負って、お前達にぶつけないといけない。それは僕自身の役割だ。


 それが長として、国を背負う者としての務めだ」


「そうですね」


「だから、僕はお前達人間を皆殺しにする義務がある」


 そう言った少年の表情はピクリとも動かず、アレクト王の表情も微動たりとしなかった。


 ただ、周りの鎧の男や、護衛の兵士たちは、ざわざわと騒がしくその手持ちの武器を構え始めた。


「貴様……我らの王にたてつくか」


「黙れ。自分の子どもを殺された親の気持ちがお前にわかるか? それともソレがわからぬほどに、人は魔族以上に冷血な生き物になり果てたか?」


「黙れ! 貴様らこそ、我らがお前達のためにどれだけの苦汁をなめてきた事か!」


「貿易立国のアレクトの重鎮とは思えぬ言葉ぶりとその頑なさ。国を想うならいっそ首を吊って死ぬのがいいぞ。お前」


「なんだと!」


「貿易立国としても問題だろう? 我らもお前達は何百年と、長い付き合いをしてきた。その国交と貿易関係を全て無しとするなら、それもよかろう。


 その先にあるのは、アレクトの焦土だがな」


 その言葉は冷たく、淡々と語りながら、少年は眼の前の初老の男から目を離さない。


「そして戦いが始まる。幾度となく繰り返す人と魔族の争いだ。先代様が命がけで止めようとした、血で血を洗う痛みだ。


 僕も同様だ。父様のように、争いを止めたい」


「その為に不可侵条約を結んだ」


「そして、今ここにその約束は破られた。何百年とかけて互いに償い続けた禍根と、憎悪を再び掘り返そうとしたのだ。


 既にウェアウルフ族は戦いの準備を始めている。


 僕らも、彼らの憤懣を止める術はない」


「……」


「聞こう。なぜ、兵を僕らの国に送った?」


 男は僅かにうつむく。


 そして、ニヤリ――――薄ら笑いを浮かべて囁く。




「ミィア様は、元気ですかな?」



 そう囁く男の眼は血のように紅かった。


 まるで巨大な血の宝石のように―――――






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