どうしてこうなった!
朝。
ソウマは机に向かって勉強をしていた。
「どう?」
「どう、じゃねぇよ……」
机に向かいながら、ソウマは苦い面持ちで手元に広がる数冊の書物を覗きこむ。
いずれもページ一杯に文字を書き連ねた魔道書。
時折挿絵のように、文字が円形に絵を描いていたり、文章が蛇や樹の根のようにページの隅に描かれたりしてたが、その大半が文章だった。
ソウマは文字通り眼を赤くしながら、指で魔道書をなぞり、その意味を必死に捉えようとする。
だが
「大体……書いている文字の意味がわかんねえよ」
「あれ、言葉が理解できない?」
「そういうわけじゃない。カンナの言葉も、ここに書かれている言葉も理解できる」
「ふぅん……」
「ただ、何書いているのかが、わからん……」
頭から湯気を噴き上げるソウマの隣、カンナは彼の肩越しに魔道書を覗きこむと、彼がなぞる文章の後ろをささやいた。
「天は地に落ち、大地を支える鎖は砕ける。そして世界を破壊し、運命はその腹綿をむき出しにする、だって」
「ポエムかよ……」
「ポエムにしては随分攻撃的ねぇ」
「なんの魔道書だよ、これ……」
「霊術全般の魔道書だよ。霊術は魔術とは違って覚えやすいからね、ソウマ君にも是非と思って」
「……霊術ってそもそもなんだよ」
「あら? そこから?」
そう言ってカンナは身体を起こすと、不満げに顔をしかめるソウマを手招きして、スカートを翻して彼のベッドの上に座り込んだ。
そして、立ち上がるソウマの前に、人差し指を立て口に添える。
そして眼を閉じる――――
「霊術っていうのはね、魔法の系列の一つ。宇宙に満ちた霊を使役する術、精霊、魔霊、死霊、神霊。それぞれと魂をリンクさせる術」
「色々あるんだな」
「これは、名も無き風の精霊――――風の声よ」
そう言って囁いた瞬間、カンナは口に添えていた指を離し、ソウマに向ける。
「――――よく、避けたね」
「……」
―――――頬に浮かぶ、斬痕。
ツゥ……
血をにじませる、切り傷の痕を親指で拭うと、ソウマは表情一つ変えず、僅かに右半身をずらしたまま、嬉しそうに微笑むカンナに囁いた。
「なるほど……」
「別に呪文とか必要ない。精霊との交信、契約、或いは従属、支配、同化、崇拝。立ち位置が違うだけで、アクションを取れば自然と向こうはリアクションを取る」
「いてぇ……」
「そして、霊は世界の構築者の一部。世界という枠を作る土台。元素という物質を形作る枠組み。世界との契約により、世界そのものが相手を攻撃する」
「だから、風が俺を攻撃した」
「その魔道書は、その交信を行うための手段。魂の昇華を行うためのプロセスが乗ってるの」
「気持ちのいい朝にやるようなことじゃないな」
「朝しか時間がないからね。仕方ないわ」
「……」
「そして、もうひとつ。ミィア様、そしてハルトディア様だけが使える力があるわ」
「……」
「それが魔術よ」
そう言うと、カンナは立ち上がって、嶮しい表情のソウマの顔を覗きこむように見上げてニコリと微笑んだ。
「ま、こっちはハルト様がいつか教えてくれるだろうし、私の口からは言わないわ。そもそも実演できないし」
「……魔術」
「ちなみに、貴方も使えるはずだわ。フェルトナ様も」
「……?」
「覚えていない? 貴方は契約したの」
――――これで、あなたは私の。
頭をよぎる、あの人の少女の言葉。
ソウマはハッとなって首元を手で押さえると、ニコリと微笑むカンナに紅くぎらくつ眼を見開いた。
「……」
「いつか目覚める。その力、その根源、【原初の災禍】が貴方を迎えに来るその日まで、あなたはもっと強くならないといけない」
「災禍……」
「それまでは、霊術もしっかり使えるようにしないとね」
「魔術って……」
「【神】を殺すための術」
「……?」
「【宇宙】という枠を崩壊し、新たに原初から創造する、【獣】の術。【人】が生来的に持つ、【神】の反存在」
「何を言っている……?」
「わかんない?」
「……」
「なら、私が説明できるのはそこまで。さっ、お勉強の続き続き。せめてミィア様に教えられるくらいには覚えてもらわないとね」
そう言って背中を押され、ソウマはこわばった表情と共に、カンナと共に机に戻ろうとした。
―――――足音。
部屋の前まで近づいてくる重たい音。
それと共に少し何かを引きずるような気配に、ソウマはハッとなって眼を見開くと、顔を上げ、椅子に下ろそうとした腰をまた持ち上げた。
「……」
「どうしたの?」
―――――敵意。
冷たく、枯れた感情。
それを感じた次の瞬間、部屋の入口の扉が一瞬で、木端微塵に吹き飛び、粉塵が入口から音もなく吹きあがり部屋になだれ込んだ。
ソウマは机の脇に置いていた、粗布を柄に巻きつけた黒鞘の剣を引っ張り上げ、腰に捻じり込む。
そして、入ってくる気配に紅く滲んだ眼を細める。
「……よぉ」
「―――――勉強は進んでいるかしら、ソウマ・クガ」
「随分な部屋の入り方じゃないか、姉ちゃん」
「ごめんなさいね。どうしても、時間がなかったの」
手には巨大な剣。
手足には防護用の腕当てや脚甲がはめられ、歩いて近づくたびに金属音が響いた。
睨みつける碧い瞳。
風にはためくメイド服のスカートを僅かに抑え、髪を後ろに揺って、そこには、メイア・ランスロットが、構えるソウマの前に立っていた。
「……」
「あれぇ、どしたのメイア?」
「カンナ。おままごとはそこまで」
「怖い怖い。どうしたの?」
「言えないわ」
そう言ってキョトンとするカンナを一蹴すると、引きずっていた巨大な剣をかざして、メイアはソウマの鼻先に切っ先を押し付けた。
ソウマは表情を変えず、彼女を見つめる。
そして、囁く。
「御用は?」
「果たし合いを」
「……。訳は聞かんぜ。ハルトディア様はさぞかし望んで俺の前に立つんだろうな」
「ミィア様ももちろん知らない」
「……」
「私は、それでも、あなたの真意が知りたい。あなたが彼女のそばに立つ意味を」
「御託は抜きだ。殺したいなら掛かって来いよ」
「私も妹と同じ。喋るのは苦手なの」
はためき揺れる、柄に巻きつけた粗布。
ソウマは腰を落とし構えたまま、ベルトに捻じり込んだ剣を強く握りしめると、両手に構えてゆっくりと振りあげるメイアの剣を見つめる。
そして、息を吸い込む――――
「行くわ。殺す気で来なさい」
「互いにな」
「――――どうしたこうなったッ!?」
たがいに睨みつける二人に、カンナは笑顔を浮かべながら、心底不思議そうに首をかしげ、そして二人は互いに引き抜いた剣の刃を振り抜き、重ねた。
そして衝撃が、風の波と共に周囲の木くずを弾いて広がる。
轟音が窓を突き破り、アルドレシア城の城壁から噴き上がる――――
次の話で説明でもしますんで、今はこの超展開をご了承ください




