年は?
「おっはようございますッ!」
「……」
屋根裏中に響き渡るでかい声。
シーツに身体を丸めていたソウマは、けだるげな面持ちを浮かべながら、枕を頭にかぶせて更に背中を丸めた。
だが、目の前にいる女はそんな事じゃ容赦はしない。
「はいはい、起きて起きてッ。もう朝ですよぉ!」
そう言ってシーツをはぎ、枕をはぎ、ズボンをはぎ、そこでソウマはようやく跳ね起きると、慌ててズボンを取り返してはきなおした。
「えええ!? そこまで剥ぐの!?」
「だって臭いじゃない」
「いいよッ自分で洗うよッ、ていうか俺の部屋に入ってくんなッカンナぁ!」
「幼馴染みたいでしょ?」
「やかましいから出ていかんかぁああ!」
「照れやさん」
「どこ見て喋ってるのぉ!?」
アルドレシア城。
メイドたちはそれぞれ配属先の部署に合わせて、城の各地に寝床が与えられていた。
メイア達率いる監視部隊は城門前監視塔の各所にある詰め所。
セリス達率いる医療部隊は医務室内、休憩室。
ミルドレッド達率いる城内警護部隊は城内にある屋根裏に設置された空間が寝床として設置されていた。
そして、ミィア・アルドレシアの執事であるソウマの寝床は――――
「……ていうか、なんで俺ここで寝泊まりなの?」
「ミィア様のお付きだからでしょ?」
「……広すぎる」
―――――見渡すばかりに広大な空間。
朝焼けの風に揺れるレースのカーテン。
シーツに伸びていく長い影。
夜明けに彩られた山の向こうから差し込む日差しにけだるげに目をこすりながら、ソウマがあたりを見渡せば、そこは広い寝室があった。
ミィアが眠る寝室と同じつくりの部屋。
巨大な寝室。
運送用トラックが二、三台駐車できるほどの高さと奥行きを持った空間が、執事であるソウマの寝床だった。
「……まるで王族のような扱い」
「実際そうなんじゃない?」
「何のことだよ」
「さてはて」
「?」
「ふふっ。わかってないって顔だね。ソウマくん可愛い」
「ガウェインとはまた違った寒気がする……」
「ふふッ 早く着替えないと。朝ごはんの準備できないよ?」
「……。どうして俺、こんな広い空間あてがわれてるのかなって」
「部屋が余ってるんでしょ?」
「それだけか?」
「それに、外の【仕事】をしてたら、いやでもセリスのいる医務室で寝泊まりするだろうしね」
「やめろ……」
「昨日も傷だらけだったんでしょ?」
「頬傷隠すのに苦労した……」
「御苦労さま」
「気軽にいいやがって……」
ベッドの上で胡坐を掻きながら、不満げにそう言って頬の斬傷を指でなぞるソウマの横顔を、じっと見つめる一人の女性がいた。
サラリと腰まで伸びた金髪。
前掛けのついたメイド服は変わらず、両手に何冊か分厚い書籍を担ぎながら、けだるげに髪を掻くソウマのベッドの脇に立つ女性に、ソウマは苦々しく顔をしかめた。
「で、何してるんだよ……カンナ」
「勉強の準備」
「それは?」
「呪文書」
「……。俺の?」
「あなたの」
「……」
「さッ、がんばろう。ミィア様が起きるまでに、あなたには覚えてもらいたいことが山ほどあるんだから」
――――カンナ・グリフレッド。
ソウマにあてがわれた教育担当。
執事におけるイロハや魔術、霊術といった魔法に関する勉強、その他基本的な作法を全て教える、メイド部隊の中でもフィーナ、メイアと並んでの教育部長だった。
「すごいでしょッ。私なんでもできるんだよッ」
「いやなんも喋ってないが……」
「独り言」
「……」
「それはそうとして、今日は霊術と魔術の融合術について勉強しようか。霊術については昨日勉強したよね?」
「……。まだ霊術兵装とかそこらへんのことを全然聞いてない」
「カンナ機械はよくわからない」
「……。なんでもできないじゃないの」
「あれぇそんな事を言う口はどれかなぁ!?」
「悪態をつくこの口ですお姉様ぁ!」
グニグニと唇を片手でつまもうとするカンナの笑顔に、ソウマは青ざめた表情で口元をひきつらせて叫んだ。
カンナはふんッと不満げに鼻を鳴らす。
「まったく、私の方がお姉さんなんだからもうちょっと口のきき方どうにかできないかな?」
「年は」
「ん?」
「はい」
賢明な沈黙が広がる。
ピクリと青筋を立てながら両手に分厚い魔術所を持ち「まぁいいや」と言って、メイドのカンナは嬉しそうにスカートを翻す。
そうして軽やかな足取りで部屋の隅にある勉強机へと歩いていく彼女に、ソウマは眠たげに目を細めると、気乗りしない表情で呻いた。
「朝から元気だねぇ、カンナ」
「朝まで元気だった君には負けるかな?」
「……」
「昨日はどうだった?」
「――――十人殺した」
「よかったね。それでまた姫様は護られた」
「やかましい……」
「さ、仕事の時間。君には姫様が起きる時間まで勉強してもらわなくちゃッ」
「……あいよ」
サッとレースのカーテンが左右に払われ、光が差し込む。
その眩さにソウマは目をこすりつつ、ベッドから足をおろし、動きを確かめるように右手首を摩りつつ立ち上がった。
開いた窓から吹き込む風に靡く粗布。
手を防護するように巻いた布は、肘までを覆い、骨の軋む腕を抑える。
痛みに溜息が零れる。
ソウマは立ち上がり、日差しに目を細めながら、ベッドに脱ぎ捨てていたワイシャツを手に取ると翻して袖に手を通してはおった。
シャツが風を吸い込みはためき、肌に吸いつく。
心地よさに口元をほころばせながら、ソウマは窓の向こうに広がる青空を見つめた。
「……」
「さッ、ソウマくんっ」
「あいよ」
空。
頭上を覆う紺碧はいつの日も変わらず、窓に背中を向け歩き出すソウマの肩に、そして大地に日差しを降り注いでいた。
異世界ファンドール。
この世界に来て、二週間の今日も、変わらぬ青空だった。




