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□35 魔王城

 体を清め、食事を受け取り、やっと人心地ついて案内されたのは、窓もない広い部屋。 壁は何かの金属でできているらしく硬質の輝きを放ち、天井はどんな魔術的な仕掛けを秘めているのか、蛍光を放ち続けている。その部屋には、10名の交流客員が収容されていた。警戒するように、互いに距離をおいて座っている。ここ数日分の交流客員が集められたにしては、あまりにも数が少ないように思えた。テクサカに亡命を決意した人数は、あまり多くないのかもしれない。教兵連隊の魔術師からは転向者が出るとは思えないし。などとエリアスが考えていると、長い赤髪の女性がこちらに背中を向け、何かを食べているのに気付いた。

 「カリカ? カリカ・フローレス?」

 「んー?」振り返った彼女は、さっきの食堂で支給されたコーンをかじっていた。「あ、エリアス。生きていたのか」

 あまりにストレートな表現に、エリアスはちょっと引き気味に答える。「え、ええ。もちろんそう簡単には死なないわよ。あなたも元気そうでよかった。それ、さっきの食堂から持ってきたの?」

 「まあね。“合意なき無償譲渡”ってやつだけど」

 「また、あなた……相変わらず財産所有権の意識が希薄なのね。それを盗みというのよ」エリアスはカリカの悪い癖に呆れた。

 なにくわぬ顔で、彼女はしっとりとしたテクサカ製コーンを口に運んでいる。ふと、カリカの上着の裾から白いモノが見てとれた。胸に包帯。巻かれていたのは、帝国では滅多にお目にかかれない純白の布だ。

 「ああ、これか。知らないうちにわき腹が切れていたんだ。どういうつもりなのか、治癒魔法までかけてくれたみたい」と上半身をストレッチする。もう痛みもないようだ。

 エリアスは目を丸くした。「治癒魔法ですって? 驚いたわね」

 「テクサカ人が何考えているのかは知らないけど、貰える好意は頂戴しとくよ」エリアスにニヤニヤ笑いを浮かべるカリカ。「にしても、あのエリアスがねえ」

 「な、なんですか?」

 「いやねえ、よく矯正収容所の方をチョイスしなかったなあと思っただけ」

 エリアスは頬を赤らめる。「いいじゃない、どっちにしろ帝国に帰れるみたいだし。せっかくなら敵をよく観察できるように、亡命するって連中を騙しただけよ。得るものがなければ、この施設を吹き飛ばして脱獄してやるわ」

 「わかったわかった。あたしもエリアスと全く同じ、愛国的目論みを腹の底に抱えていてね……」

 「どうだか」腕を組んでジト目でにらむエリアス。

 カリカは豪快に笑った。「まあ、それはおいといて。エリアス、お互いにあの日からのことを話してくれない? あたし、合戦の最後の方から記憶が全然ないんだよね」

 久しぶりに再会したエリアスとカリカが先の決戦でのきわどい活躍を語り、その後ヤヴァい肉でトリップしていた時の記憶に震えたりしているうちに、彼女らはいつしか眠りに落ちていた。

 そして朝。ほとんど全員が早くに目を覚ました。エリアスが隣を見れば、カリカもむっくりと上半身を起こす。二人は同時に顔を見合わせて、強烈な内なる欲求に眉をしかめた。何も言わずとも彼女達は互いの欲望を理解した。あの肉のせいだった。

 「あにょヤバにきゅのちぇいで」とカリカ。

 エリアスは可笑しそうな様子で、「ちょっとカリカ、かちゅぜつが……あれ?」

 「ぴんぽんぱんぽーん」突然の大音声に交流客員たちはビクリとした。「あー、あー、こちらは収容所運営委員です」その音は、壁の天井近くに設置された箱の中から流れ出していた。「交流客員の皆様、おはようございます。食堂に朝食が出来ておりますので、皆様お誘いあわせのうえご集合ください。ぴーんぽんぱーんぽーん」始まったときと同じく、音声は突然に止んだ。

 「なに、今の」 

 「何かの邪法かな。とりあえず朝飯食いに行こう」カリカのふっきれた態度に勇気づけられ、エリアスは連れ立って食堂に歩を進めた。食堂には、各自にオレンジ色の飲み物、目玉焼き、コーンに煮豆というメニューが準備されていた。カリカはすかさずテーブルに載った誰かの分のコーンを手に取り、当然のように齧った。「やっぱり帝国のよりうまいわ、これ」テーブルには白いクロスがひかれ、テーブル中央には見たこともない果実が、透明な半球形の容器に盛られている。「これもいただき」

 「やめてよ、カリカ。テクサカ人どもに田舎者呼ばわりされるわよ」

 「なにをいうか、これも敵補給線に打撃を与えるという聖なる大義のため。むぐむぐ」

 どこか後ろの方から、「あれ、俺のコーンがないんだけど」と不満を訴える声が聞こえた気がしたが、エリアスは幻聴だと思いたかった。

 交流客員全員が指定の席につくと、奥の扉が開いた。長身かつ豊満なボディの若い女性が、大股でつかつかと入室する。カリカよりも長身で、黒に近いブラウンの落ち着いた色の髪。その容姿だけでも充分に人目を引くが、もっと特徴的なのはその服装だ。なにやら皮製の黒光りし、甲虫のそれに似ている。

 女はこう発言した。「交流客員のみなさん、お食事しながらお聞き下さって結構ですよ」女の口から直接放たれる声と同じ声が、壁の箱からも聞こえた。「後ろの方も聞こえますね。はい、では自己紹介します。えー、わたくしサインと申します。以後お見知りおきを。仕事は収容所運営委員長と魔王をやっております」

 誰かが挙手した。「はじめまして、お嬢さん。ところで最後の方がよく聞き取れなかったよ」

 「あ、失礼しました。収容所運営委員長と魔王をやっております。本業は後者です」

 「……」部屋中に魔術発動時特有の力の感覚が沸き起こった。

 サインとかいう女がすかさず注意する。「いちおう警告しておきますけど、本収容所では民間人がみだりに魔術を使うことは禁止されていますから。ああ、そこそこ、室内で攻撃魔法は厳禁です」サインが指差す先にいる、いかつい魔術師が表情を歪めた。「こんな狭い空間で火炎系魔術を放ったらみんな焼け死にますよ。でも」芝居がかった動きで両手を広げてサインは続けた。「どうしても試したければ仕方ありません。わたしのシールドはあなたがたには破れませんが、それでもよければどうぞ」

 ヒュッという音と同時に、サインのまわりに予告なしで淡い赤の結界――のようなものが形成された。これほど短時間にテルミヌスをブートし、魔術を発動させるのをみせつけられ、魔術師たちは沈黙した。

 カリカがつぶやく。「エリアス、あれ――」

 「ええ、あのとき、コントレーラスが使ったのと同じね」

 サインの自信に満ち、人を食った態度だ。「またメガマウスの肉にかぶりつきたいなら、かかってらっしゃい」部屋に満ちた反抗の感覚が薄れてゆく。「どうもありがとう。さて、ここからは本業の魔王としてあなた達に語ることにする」サインの口調は、歯切れ良く断固としたものに変わった。「あなた達に、これから歴史の真実を教えます。すぐには納得できないかもしれないけど、それでも信じてもらわなければならない。学ぶことはたくさんあるから、何日か魔王城に缶詰になる。そう覚悟していてちょうだい」

 「魔王城だと!?」驚愕の声があがった。魔王城といえば、誰もが子供の頃から恐ろしげな絵本の挿絵でみてきた、地獄の底のような場所のはずだ。「そこで俺たちを食うんだろう!」「食われるだけじゃない。きっと化け物にされてしまう」ざわつく交流客員たち。「俺はそんなところには行かないぞ!」

 サインはきれいに整えられた眉の片方を意味ありげに上げてみせた。「あらそう? でも残念ね。ここはもう魔王城だもの」

 「はぁ?」異口同音のハーモニー。壁がかみついてくると恐れているかのように、交流客員たちは恐々と周囲に視線を振っている。抱き合って震えている者も散見される。

 「ここはテクサカの中心、魔王城“セレリタス”の内部なの。恒星船セレリタスにようこそ」

 コウセイセン。その聞きなれない単語の意味などエリアスたちにはわからなかったが、自分たちがモンスターの胃袋の中にいるようなものだということだけは悟ったのだった。


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