第10章(完):血の木の下に残された誇りの欠片
佐久市の夕日は沈み始め、空には傷口のような橙色の光がにじんでいた。父と母は晴れやかな表情で帰宅した。父の手には江戸への高価な新しいサッカースパイクの箱、母の手には甘くて大きなイチゴのケーキがあった。
「江戸! あかり! ただいま!」母が陽気な声で呼びかけた。
しかし、二人を迎えたのは静寂だけだった。木造の家はいつもより冷たく、空虚で、どこか奇妙な空気が漂っていた。玄関の鍵が開いているのを見て、母は眉をひそめた。江戸の部屋を見たが、誰もいない。裏の倉庫を見たが、そこも空だった。ただ、清潔な木の床に、かすかな泥を引きずった跡が残っているだけだった。
「たぶん、広場に遊びに行ったんだろう」父はそう呟いたが、心臓の鼓動は激しくなり始めていた。
1時間が過ぎ、2時間が過ぎた。夜が完全に更けても、二人の子供は一向に帰ってこない。焦燥感と恐怖が毒のようにじわじわと二人を侵食し始めた。父と母は近所を走り回り、学校へ行き、ついに一人の村人が森の方を指差した。
「今朝、小さな子供が二人、あっちへ歩いていくのを見ましたよ」村人はためらいがちに言った。
震える懐中電灯の光を頼りに、父と母は佐久のうっそうとした森を突き進んだ。二人は何度も江戸の名を叫んだ。「江戸!」という声は木々の間にこだましたが、「あかり」という名はたまに口にされるだけで、まるで長女の名を呼ぶことに舌が慣れていないかのようだった。
やがて、二人は異様な開けた場所にたどり着いた。死の谷の真ん中に、満開の桜の木が立っていた。しかし、その花は桃色ではなく、血のように濃い赤色をしていた。
「あれは……江戸の長靴!」母が悲鳴を上げた。
絡まり合う桜の根元に、江戸の大きなロボットのおもちゃが転がっていた。おもちゃは壊れ、腕はもげ、湿った黒い土に半分埋もれていた。その傍らには、あかりが今朝身につけていた、色あせた赤いリボンが落ちていた。
母はその場に崩れ落ち、震える指でその赤いリボンを拾い上げた。そこで初めて気づいたのだ。このリボンはあまりにも古く、何年も買い替えられなかったために色が褪せきっていることに。一方、もう片方の手には、江戸の高価なロボットのプラスチックの破片を握りしめていた。
「江戸? あかり?」父の声は震え、途切れた。
二人は素手で木の下の土を掘り起こし始めた。子供たちが隠れているのではないかという一縷の望みを抱いて。しかし、掘れば掘るほど、出てくるのは人間の脈動のように温かく波打つ木の根だけだった。体もなければ、声もしない。
そこにあるのは、息が詰まるほどの沈黙だけだった。
突然、激しい風が吹き抜け、赤い桜の花弁を散らした。花弁は赤いリボンを握る母の手に降り積もった。その瞬間、二人は恐ろしい幻視を共有した。冷たく憎しみに満ちたあかりの横顔と、届くことのない江戸の絶叫。
母はヒステリックに叫んだ。自分たちの偏った愛情が怪物(悪魔)を生み出し、その怪物が自分たちの「太陽」を飲み込んでしまったのだと悟ったのだ。
今や、食事を食べさせてあげる王子様もいなければ、怒鳴りつける対象の召使いもいない。鈴木家の木造の家はこれからも建ち続けるだろうが、その中に残されるのは、終わりのない狂気と後悔の中で老いていく二人の親だけだ。春が来て桜が咲くたびに、二人は思い知るだろう。佐久の冷たい土の下で、平等に分け与えられなかった愛のせいで失われた二つの命のことを。
鈴木家は、ここで終わりを迎えた。遅すぎた愛に気づいた母の掌の中で、今や塵となって崩れていく一本の赤いリボンだけを残して。
(完)




