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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第88話 志乃と源吾

話が一通りまとまると、貴丸たちは盛胤へ辞去の挨拶をし、相馬中村城を後にした。だが、城門を出てすぐ、一行はそのまま帰路にはつかなかった。


東三の丸の堀沿いを抜け、宇多郷中村の田方(福島県相馬市中村田町付近)へと馬を向ける。


そこには、土と煤の匂いが染みついた、小さな陶工の家があった。


本来は、褒美として下女・下男を賜ることとなった志乃と源吾の引き渡しであるが、それをそのまま行えば外聞が悪い。


そのため岡田の進言により、陶工の家へ「器を見に行く」という体を取り、立ち寄る形にしたのであった。


主人は一行を見るなり慌てて飛び出し、地面に額が付きそうなほど深く頭を下げた。


「お、お待ちしておりました……! 岡田様より話は聞いております!」


その声には、武家の子息がわざわざこんな場所へ来たことへの緊張と困惑が滲んでいた。


すると奥から、おっかなびっくりという様子で、志乃と源吾が連れて来られた。


二人は貴丸の顔を見るなり、目を見開く。


「あ、あなたは朝の……!」


貴丸は軽く手を振った。


「おう! 迎えに来たぞ」


その一言で、志乃の表情が崩れた。


「ほ、本当に迎えに来るとは思いませんでした……!」


すぐにぽろぽろと涙を零す志乃の横で、源吾も呆然としたまま固まっている。


陶工の主人は、二人と貴丸を交互に見比べた。そして、少し声を潜める。


「……この下女と下男で、本当によろしいので? もし銭を出して頂けるのでしたら、うちからもっと腕の良い職人を――」


だが貴丸は即座に首を振った。「いや、この二人でいいよ。この二人が良いんだ」


「は、はぁ……」主人はどうにも腑に落ちぬ顔をした。


武家の若君が、なぜこのような者をわざわざ選ぶのか理解できないのだろう。


貴丸はそこで、ふと思い出したように付け加えた。


「もちろん、ただで連れていくつもりはないよ。二人のことで迷惑を掛ける分、相応の礼は包ませる」


その言葉に、主人がわずかに目を見開く。


「……そこまでして頂かずとも」


「盛胤様からも、たぶん何かしら礼は出ると思うよ。今回は相馬様の顔で動いてる話でもあるしね」


貴丸はそう言って肩を竦めた。


「うちだけ得する形は、あんまり良くない。志乃も源吾も、今までここで働いてきたんだろ? 急に人が抜ければ困るのは分かるし」


主人はしばし言葉を失ったように貴丸を見つめ、それから慌てて頭を下げた。


「……承知いたしました」


貴丸は気にする様子もなく続ける。


「あと十日ほどのうちに、大和田から家の者を寄越すことになると思う。その者に、この二人を引き渡してね」


貴丸はそう言うと、陶工の主人を見上げた。


「これまで世話になったこと、感謝する。あとはうちで引き受けるので、心配には及ばない」


貴丸は志乃と源吾へ視線を向ける。


「待ってるからな」


二人は揃って深く頭を下げた。


「誠心誠意、お仕え致します!」


その声には、先ほどまでの怯えではなく、別の熱が混じっていた。


そうして別れを済ませ、一行はようやく帰路につく。道中、馬を進めながら慶久が怪訝そうに尋ねた。


「……あの二人、本当に役に立つのか?」


空然も横でこくこくと頷いている。


貴丸は肩を竦めた。


「多分?」


あまりにも曖昧な返事だった。


慶久は露骨に嫌そうな顔をする。


だが貴丸は続けた。


「でも、これから蜂蜜がもっと売れるなら、器は絶対いるんだよ。今の大和田には焼き物を扱える人がいないし」


「ふむ……」


「それに、久秀叔父さんの所の土、なんか焼き物向きっぽいんだよね」


「……なぜ、そんなことが分かる?」


貴丸はいつものように首を傾げた。


「なんとなく?」


慶久は深々と溜息を吐いた。


もはや、それ以上の追及をする気力も失われていた。




帰路の途中、一行は桑折治部少輔忠家の居城にも立ち寄った。


すると、すでに盛胤から話が伝わっていたのだろう。忠家は城門を出るなり、ほとんど泣き出さんばかりの勢いで一行を迎えた。


「まさか……まさか、都へ行けるとは……!」忠家は感極まったように貴丸の手を握る。


相馬家の名代として上洛する。それはこの時代の奥州の武士にとって、家の誉そのものであった。


家中の者といえど、他領へ容易に出ることすら許されぬ世である。ましてや都となれば、一生その地を見ぬまま終える者の方が遥かに多い。


奥方の堅田殿までもが何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返した。


やがて堅田殿は忠家へ向き直り、念を押すように言う。


「都にて仕立てられた京風の衣を、必ず買うてきてくださいませ。あとは、鼈甲の簪も。小さくても構いませぬ。必ずでございますよ」


その目の圧に、忠家は頷くしかなかった。


その迫力は、場に居合わせた慶久、貴丸、そして少し離れて見ていた空然にすら伝わり、思わず関係もないのに、無言で頷いてしまうほどであった。


十月初旬には出港せねばならぬ以上、残された時間は少ない。


一行は一泊した後、簡単な打ち合わせのみを済ませ、幾度も礼を受けながら忠家の居城を後にした。




馬上に揺られながら、貴丸は別のことを考えていた。


――都へ向かう者には、薬を持たせて試す。その考えは、すでに腹の中で固まりつつあった。


今も昔も、効く薬は銭になる。そして銭になるということは、そのまま領の力になる。


げんのしょうこ。せんぶり。どくだみ。葛根。よもぎ。生姜など。


山や川辺、道端にまで生えている草ばかりだ。だが、それらを乾かし、刻み、煎じ方を整えるだけでも、十分“商品”になる可能性がある。


何より薬は良い。かさばらぬ。腐りにくい。持ち運びもしやすい。


海路でも陸路でも運びやすく、しかも病や怪我は身分を選ばない。武士も、商人も、農民も、坊主も、老人も子供も、身体を悪くすれば薬を欲しがる。


さらに、蜂蜜、蜜蝋――そうした今後大和田で取れるものとも相性が良い。そこに木酢液、松脂も加われば加工の幅も広がる。


蜂蜜は傷や喉に使える。蜜蝋は軟膏や塗り薬へ回せる。松脂も混ぜれば、保存や塗布にも役立つ。


しかも、この辺りでは、まだそこまで競う相手が多くない。


薬師や寺はあれど、“領として集め、整え、継続して流す仕組み”までは、まだ薄いはずだった。


今は山や川辺から採れば良い。だが、後々は薬草をまとめて育てる場も要るだろう――と、貴丸はぼんやり考えていた。


そして、馬の揺れに身を任せながら目を細める。


――派手さは無い。だが、こういうものほど、領を痩せさせない。


鉄や塩のように巨大な富にはならぬ。だが、塵が積もれば山となる。


そして何より、この仕事の良いところは、一部の者だけで完結しないことだった。


草を採る。乾かす。選り分ける。刻む。包む。


やり方さえ教えれば、体の不自由な者や子供でも、年寄りでも、冬場の農民でも出来る。


雪で畑仕事が減る季節の手仕事としても丁度良い。


誰か一人が大儲けするのではない。領のあちこちで、小さく銭が回る。飢える土地では、一つの大金より、十の小銭の方が人を生かす。


それが積もれば、冬を越す衣になり、塩になり、飯になる。


大和田のような痩せ地では、そういう“細い銭口”を幾つ持てるかが、結局は生き残りへ繋がるのだ。


薬草を見分ける者。乾かす場所。包む紙。売り先。試す相手。考えることは山ほどある。


だからこそ、本来なら都へ向かう者へ薬を持たせ、反応を見させる必要があった。



もっとも、貴丸自身は、都までの長旅など論外だと思っていた。


面倒臭い。疲れる。船は臭い。揺れる。しかも下手をすれば、そのまま海の藻屑になる。


そんな命懸けの旅へ、自ら進んで乗り込む趣味は、貴丸には欠片も無い。一ミクロンたりとも御免である。


そもそも、あれは大人たちの仕事だ。


帝への献上。寺や商人との付き合い。そういう面倒なものは、元伯や桑折殿たちが頭を下げながらどうにかする話である。


貴丸は、その辺りを丸投げすることに、一切の罪悪感を持っていなかった。


かと言って、敦丸ではまだ幼い。


結局、この手の役回りは、元気な老人たちに頑張ってもらうのが一番なのだ。


自分は大和田で薬草でも弄りながら、帰ってきた連中から都の話を聞けばそれで良い。


むしろ、なぜ好き好んであんな遠くまで行きたがるのか、その方が貴丸にはさっぱり分からなかった。






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― 新着の感想 ―
薬はヤバいですねw 寺社の特権を脅かさなければいいのですが
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