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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第83話 謁見01

そしてようやく、相馬中村城の門前へと辿り着いた。


秋の空は高く、海から流れてくる湿り気を含んだ風が、城下の匂いをゆるやかに運んでくる。巨大な堀には鈍い色の水が満ち、その向こうにそびえる土塁と櫓が、静かに威圧感を放っていた。


城門の周囲には兵が立ち、行き交う者を鋭く見ている。商人、兵、荷を運ぶ男――多くの人間が出入りしているはずなのに、不思議と騒がしさはない。皆、この城の空気に呑まれ、自然と声を潜めているのだ。


貴丸は馬上からそれを見上げながら、ぼそりと呟いた。


「やっぱ城って、近くで見るとでけえなぁ……」


その横で慶久が軽く鼻を鳴らす。


「ぼさっとするな。ここから先は相馬の本丸ぞ」


「ふーい」


返事だけは相変わらず妙に軽い。


門前へ進むと、家臣がすぐに歩み寄ってきた。慶久が懐から書状を取り出すと、相手は両手でそれを受け取り、素早く目を通してから、すぐに頭を下げた。


「大和田玄蕃之丞様にございますな。お待ちしておりました」


前回と同じく、二人は城内へと通された。


門をくぐると、空気が変わった。外の風の流れが途切れ、代わりに静かな緊張が肌へまとわりつく。踏み固められた土、整えられた石垣、規則正しく並ぶ兵の姿。そのどれもが、「ここは戦のための場所である」と無言で語っていた。


途中、何人もの家臣とすれ違った。皆、慶久を見ると足を止め、軽く会釈する。だが、その後ろにいる貴丸へ向けられる視線は、どこか複雑だった。


警戒。好奇。値踏み。そして少しばかりの、「面倒事の匂い」を見る目。


――日向館焼き討ち。

――十人での城取り。


噂だけは、すでにこの城にも広がっているのだろう。


やがて二人は控えの間へ通された。板敷きの広間には香が薄く焚かれており、外の空気よりわずかに温かい。壁際には、家臣や使者らしき者たちが静かに控えていた。


空然はそこで静かに合掌した。


「拙僧はここで待っております」


「うん、わかったよ」


貴丸は気軽に返したが、慶久は小さく頷くだけだった。


それから、しばし待つ。


外からは遠く兵の足音や、どこかで木槌を打つ乾いた音が聞こえていた。やがて襖の向こうから小姓が現れる。まだ若いが、所作はよく鍛えられていた。


「大和田玄蕃之丞様。お召しにございます」


その声で、空気がわずかに引き締まった。


慶久が立ち上がり、貴丸もそれに続く。小姓に先導されて廊下を進むと、磨き上げられた板張りの床がひやりと冷たく、歩くたびにかすかな軋みが響いた。


途中、開け放たれた庭が見えた。白砂の上に松が植えられ、風が枝を静かに揺らしている。


だが、その静けさとは裏腹に、進むにつれて周囲の視線は増えていった。廊下脇に控える家臣たちも、行き交う小姓たちも、一瞬だけ貴丸へ目を向ける。


その目はどれも厳しく、貴丸を見定めようとしているようだった。


しかし、貴丸はそんな視線をまったく気にせず、周囲をきょろきょろと、口を開けて眺めている。


慶久が肘で軽く小突いた。


「少しは緊張せんか」


「いや、してるすよ?」


「どこがだ」


「心の中」


「顔に一切出ておらんぞ」


そんなやり取りをしているうちに、大広間へと辿り着いた。


重い襖が左右へ開かれる。相変わらず広い。まず最初に感じたのは、それだった。


畳が幾重にも敷き詰められ、左右には重臣たちが並んでいる。視線が一斉にこちらへ向いた。空気そのものが重い。その中を慶久と貴丸は進み、定められた座へ静かに着いた。


そして、しばし待つ。


やがて奥から人の気配が近づいてきた。


先に現れたのは、重臣の岡田安房守義胤と泉田右近大夫胤清。さらに彦法師丸が姿を見せ、その後ろから、相馬盛胤がゆっくりと現れた。


広間の空気が、一段と静まる。


慶久と貴丸が頭を下げると、盛胤がどこか愉快そうに口を開いた。


「玄蕃之丞殿、数ヶ月ぶりかのう。まさか、こんなに早うにまた呼ぶことになるとは思わなんだぞ」


盛胤はゆるりと視線を動かし、今度は貴丸へと目を向けた。


「富岡の日向館の奪取――この短き間によくやった。見事であったぞ」


その声音は穏やかだったが、広間の空気がわずかに引き締まった。


あの城取りは、ただの小競り合いではない。相馬家中でも、すでに噂は広がっている。しかも、それを成したのがまだ幼い子供だというのだから、なおさらだった。


盛胤は続けて慶久を見る。


「玄蕃之丞殿。少し、貴丸殿と話してもよいかな」


「はっ」


慶久が静かに頭を下げる。


盛胤はそこで貴丸へ向き直り、わずかに目を細めた。


「……なぜ、苦労して手に入れた日向館を、早々に手放したのじゃ?」


広間が静まり返る。重臣たちも家臣たちも、視線を貴丸へ向けた。


貴丸はいつものように気負う様子もなく、小さく首を傾げる。


「……おそらく、盛胤様がお考えになっていることと、大きくは違わぬかと」


その返答に、何人かが眉を動かした。


貴丸はそのまま続ける。


「城を取っても、そのせいで大和田が立ち行かなくなれば意味がありませんし。まして、その皺寄せで盛胤様や相馬の皆様にまでご負担をかけるようなことになれば、本末転倒にございますれば」


さらりと言った。


だが、その瞬間、広間の空気がほんのわずかに変わった。意味を理解した者がいたからだ。


盛胤。そして、脇に控える岡田安房守義胤。


二人だけは、貴丸の言葉の先まで見えていた。


――日向館を大和田があのまま維持していれば、富岡、果ては岩城との全面衝突は避けられない。

――大和田だけでは支えきれず、必ず相馬本家が巻き込まれる。

――そして相馬は今、周辺とは四面楚歌の状態なのだ。とても大和田まで助ける余裕などない。

――つまり、「勝った後」まで計算した上で、引いた。


それを、この年齢で理解している。


盛胤は表情こそ変えなかったが、内心では静かに息を吐いていた。


(やはりか)その時だった。


彦法師丸が、わざとらしく鼻を鳴らした。


「ふん。せっかく城を取っておきながら、すぐ返すとは腰抜けよ」


広間の空気がぴたりと止まる。


彦法師丸は、そのまま口元を歪めた。


「噂に違わぬ『不精者』とは、よう言ったものだ」


周囲の若い家臣たちから、くすくすと笑いが漏れる。だが、貴丸はまるで気にも留めなかった。


彦法師丸の方すら見ず、ただそのまま盛胤へ視線を向けている。あまりにも自然に聞き流したので、逆に彦法師丸の方がわずかに顔を引きつらせたほどだった。


そして盛胤が、ゆっくりと口を開いた。低い声だった。


「……うむ。その貴丸殿の見立て、間違ってはおらぬ」


その一言に、今度は広間の空気そのものが揺れた。彦法師丸の表情が固まる。周囲の家臣たちも、驚いたように盛胤を見た。まさか、あの答えを是とするとは思っていなかったのだ。


盛胤は静かに続ける。


「城を取るは武勇よ。されど、そこで思考が止まるのは匹夫の勇。取った後に何が起こるかまで見るのは、また別の才じゃ」


その視線が、まっすぐ貴丸へ落ちる。


「……よい目をしておる」


そこで、それまで静かに控えていた泉田右近大夫胤清が、低く声を上げた。


いかにも武辺者らしい男だった。日に焼けた顔、太い首、鋭い目付き。鎧を脱いでなお、全身に戦場の気配が残っている。


その視線が、慶久、そして貴丸へと順に向けられた。


「城取りの働きは認めよう」


声は重い。だが、その奥には露骨な棘があった。


「されど、その武威が余って、我が家の者へ管を巻くとは、どういう了見かの」


広間の空気がわずかに張る。泉田はさらに続けた。


「昨日、我の泉田郷にて、大和田を名乗る従者が我が家臣へ暴力を働いたと聞く。……心当たりはあるか?」


慶久が、わずかに言葉に詰まる。


その横で、貴丸が実に涼しい顔で口を開いた。


「そのような泉田様の御家人には、心当たりございませぬな」


あまりにも自然だった。泉田の眉がぴくりと動く。


すると貴丸は、ふと思い出したように首を傾げた。軽い調子のまま、話を続ける。


「あぁ、しかしながら、道中で、農民へ無理難題を押し付け、そのうえ見目麗しい娘を無理やり攫おうとしていた賊徒を、うちの者が叩きのめした覚えはありますな」


そこで、わずかに目を細めた。


「まさか、そのような下劣な真似をする者が、名高き泉田様の御家中とは思いませなんだが」


広間が静まり返る。


泉田の顔が、みるみる赤く染まった。だが、返す言葉がない。


盛胤がそこで、静かに声を落とした。


「やめよ、右近大夫。今日は、大和田殿への褒賞の場ぞ」


その一言で空気が止まる。


泉田は忌々しげに唇を噛み、ようやく黙り込んだ。


盛胤は小さく息を吐き、それから改めて貴丸を見る。声音が少し柔らかくなった。


「さて、貴丸殿。此度、見事に彦法師丸との約を果たした。褒美を取らせよう。何が望みだ?」


広間の視線が集まる。


だが、貴丸はすぐには答えなかった。少し考えるように顎へ指を当て、やがて、ぽつりと言った。


「この城下におります陶工のところに、下男と下女がおるそうで」


場の空気が、少しだけ拍子抜けする。


貴丸は続けた。


「その二人を頂きとうございます」


「……ほう?」


盛胤が片眉を上げた。


「名は?」


「志乃と、源吾とか申しました。子供と、片腕のない下働きです」


予想外の申し出だった。広間のあちこちで、小さくざわめきが起こる。


盛胤は少し考え、それから脇の岡田安房守へ目を向けた。


岡田は静かに頷き、小姓へ耳打ちする。小姓は深く頭を下げ、そのまま足早に広間を出ていった。


「確認を取っておる。少し待たれよ」

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