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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第53話 戦04

布団の上で、修平は額に手を当てたまま、静かに横たわっていた。腹痛を装ってはいるが、その呼吸は妙に整っている。その傍らには貴丸が座っていた。


「まぁ、なんと……大丈夫でございますか?」


障子の向こうから柔らかな声が差し込み、開かれた障子の先に少女の姿が現れた。あの時の少女だと、その雰囲気だけですぐに分かった貴丸は、はっと顔を上げたものの、次の瞬間にはその視線を止めていた。


(……あ)


あの時の子だ、と理解したのは一瞬だった。だが、その先が続かない。言葉が出ず、ただ見つめてしまう。


飾り立てる必要のない、澄んだ佇まいだった。そこにいるだけで場の空気が静かに整い、整った顔立ちに浮かぶ微笑みは屈託がなく、それでいて、どこか理知を感じさせる。


近づきがたいのではなく、思わず手を伸ばしたくなるような温度があり、その奥には年齢に似合わぬ静かな芯が感じられた。柔らかさの中に、確かに立っている強さ。


そんな言葉が浮かびかけたものの、形になる前に消えてしまい、貴丸はただ呆然と見つめていた。


「先日はありがとうございます。商人の方が癪になったと聞いて……お薬をお持ちしました」


差し出された声は澄んでいた。だが、その言葉は耳に入ってこない。しばらくの間、貴丸は完全に意識を持っていかれていた。


――コホン。


修平の小さな咳払いに、ようやく現実へと引き戻される。貴丸ははっと瞬きをすると、無理やり意識を切り替えてすっと立ち上がり、いつもの「商人の顔」を被った。


「いや本当に、朝露に濡れた花もかくやという……このような場所におられるのが不思議なくらいで」


修平が薄く目を開け、ちらりと貴丸を見たが、何も言わない。貴丸はそんな視線にも構わず、さらに言葉を重ねた。


「その白さ、雪に鉋をかけたようで――いや、昨日も申し上げましたが、やはり何度見てもため息が出ますな」


結衣は手にした小さな包みを差し出しながら、ほんの少し戸惑ったように口を開いた。


「……その、薬です。腹に効くものを」


「おお、これはありがたい」


貴丸はすぐに受け取ったものの、視線は外さない。


「それにしても、こうしてご心配くださるとは……いやはや、なんともお優しい」


修平がもう一度、小さく咳払いをした。だが、貴丸は意に介さず、なおも続けようとする。すると、少女が静かに口を開いた。


「……結衣と申します」


名乗りはそれだけだったが、その声音には無駄がない。貴丸は一瞬だけ言葉を切ったものの、すぐに笑みを浮かべた。


「これは失礼を。結衣殿、でございますな」


そして、またもや口が滑らかに動き出す。


「こんなにもお優しい方がいらっしゃるなら、この城も安泰でしょう。今は戦が始まろうとしておりますが、この地の民も安心して暮らせるというものですな――」


その言葉に、結衣は少しだけ首を傾げ、それから迷いなく頷いた。声は落ち着いていて、ためらいもない。ただ、教えられたとおりに答えているようだった。


「……ええ、ですから、戦になっても、お城はきっと大丈夫ですし、お父様や兵もおります」


考えている様子はなく、ただ順に並べているだけの響きだった。


「民も……おりますし、戦で減ることはあるかもしれませんが、いなくなるほどではありませんし……」


結衣は淡々と続け、さらに「仮に減ったとしても、また増えますもの」と言い切った。その声にためらいはない。


「田も畑も残りますし、人はまた集まります。いなくなった分は、いずれ埋まりますから。ですから、困ることはありません」


声音は穏やかで、まるで理屈を述べているだけのようだった。悪意はない。ただ、そう理解しているだけなのだ。そして、少しだけ視線を落とすと、結衣はさらに続けた。


「……それに、いずれ私は嫁ぐ身ですので。家を守り、夫に恥をかかせぬようにしていれば、それで十分と教えられております」


それ以上のことは自分の役目ではない――そんな区切り方だった。結衣は、さらにためらいなく言葉を重ねる。


「大和田は敵ですから、減っても……いなくなっても、問題にはならないかと。民も、兵も……同じように」


静かに言葉を置いたあと、当たり前のことを確かめるように柔らかく微笑む。そこに迷いはなかった。


貴丸は、その言葉を受けて、ようやく理解した。これは残酷なのではない。ただ、人を数として見ているだけなのだ。減ってもいずれ埋まり、欠けてもまた補われる。


それ以上でもそれ以下でもない。それが、結衣にとっての「人」という認識だった。


貴丸の口元に浮かんでいた笑みが、わずかに止まる。短い沈黙のあと、彼は小さく返した。


「……そっか」


否定はしない。だが、受け入れてもいない。


「そういうふうに、教わるよね。こんな世の中じゃ……」


そう言って軽く頷くと、結衣がわずかに目を瞬かせた。貴丸は視線を落とし、布団の端を指先でなぞってから、ぽつりと「でもさ」と零して顔を上げる。


「いなくなっていいやつって、見たことないな」


静かな声でそう言い、まっすぐに結衣を見つめた。


「どこへ行っても、皆同じ顔してる。死にたくない顔だよ。敵でも、民でも、関係なくね」


貴丸は肩をすくめながら、さらに言葉を続ける。


「戦になれば逃げるし、叫ぶし、しがみつく。そうやって、生きようとしてる。それを『埋まるからいいか』って切るほど、俺は器用じゃないや」


「……まぁ、俺が言うことでもないけどさ。お嬢さんは、そういうの考えなくていい立場なんだしね」


軽く笑った。だが、その目だけは、ほんの少し違っていた。


結衣は何も言えず、胸の奥に引っかかるものを感じていた。


(……いなくなってもいい人はいない)


言葉は単純だった。だが、それまで自分が当たり前だと思っていたことと、どうにも噛み合わない。初めてそのことを考えた結衣は、なぜか胸が少しだけ苦しくなった。


その一瞬のあと、貴丸はふっと息を抜き、いつもの軽さを取り戻した。口元にも再び笑みが浮かぶ。


「まぁでも――お嬢さんがそうやって優しくしてくれるなら、それだけで十分平和ですけどね」


何事もなかったかのように、さらりと言う。


「まことに、ただ情け深いのみならず、御心の清らなること……。これはもう、理を越えたる尊さにて、罪深うさえございますな」


先ほどと同じ調子で、同じ軽さだった。だが、結衣の中には、先ほどの声が妙に残っていた。


(……この人)


商人のはずなのに。軽口ばかりのはずなのに。さっきの一瞬だけ――まるで、別の誰かのようだった。


胸の奥にかすかなざわめきが残る。それを言葉にできないまま、結衣はただ小さく俯いた。


薬を手渡し終えたあとも、二人の間で言葉は続かなかった。


ほんの少し前までの空気が、どこか噛み合わないまま残っている。結衣はその場に留まる理由を見失い、小さく一礼して静かに踵を返そうとした。


その時、すっと気配が近づき、低い声が結衣の耳元にそっと落とされた。


「……今夜は何があっても、慌てない方がいいよ」


結衣の足が止まる。振り返らず、そのまま尋ねた。


「……どういう意味ですか?」


少しの間があったあと、貴丸は答えた。


「大丈夫だから、ってこと」


あまりにも曖昧な返しに、結衣はわずかに眉を寄せる。


「何か……起こるのですか?」


「大丈夫だよ」


同じ言葉が繰り返された。だが、先ほどまでの軽さとは違っていた。声音は静かで、短く、余計なものがない。そして次の瞬間、貴丸はふっと、いつもの軽い笑みに戻った。


「案じ過ぎれば、身の毒にございますぞ」


冗談めかして肩をすくめる貴丸に、結衣は何も言えなかった。ただ深く一礼し、「……失礼いたします」と告げると、そのまま部屋を後にした。


廊下に出ても、足取りは自然とゆっくりになる。先ほどの言葉の意味は分からない。分からないはずなのに、胸のどこかに引っかかっていた。


(何か……起こるのかしら?)


誰かに伝えるべきか。そう考えはしたものの、思い浮かぶのは、あの顔だった。軽口ばかり叩いていた男が、ほんの一瞬だけ見せた、あの目――冗談ではない目。


(……でも)


もう一つ、言葉が残っている。


「『いなくなってもいい人』って、実際はいないよ」


その言葉が頭の中で何度も繰り返され、結衣は思わず足を止めた。自分は、何を教えられてきたのだろう。家を守ること、家族を守ること、嫁げばその家に尽くすこと。


それ以外は考えたことがなかったし、考える必要もなかった。民も、敵も、ただ「そういうもの」として存在しているだけだと思っていた。


だが――。


(……いない?)誰一人として?


そんなことは教わっていない。知らないし、分からない。それでも、胸の奥には何かが引っかかっていた。言葉でも理屈でもなく、ただ、あの目だけが残っている。


結衣はゆっくりと歩き出した。誰かに話そうと考えていたはずなのに、その思考はいつの間にか消えていた。


代わりに残ったのは、説明のつかない違和感と――あの真剣な眼差しだった。

こんな世の中じゃ…POISON。


何度も書き直したんですが、、

うまく書けませんねぇ。。


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― 新着の感想 ―
「……そっか」 切り捨てたのかな、娘を娶り家ごと取り込むのかなと思っていたが違うようだ
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