表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/67

第53話 戦04

布団の上で、修平は額に手を当てたまま、静かに横たわっていた。


腹痛を装ってはいるが、その呼吸は妙に整っている。


その傍らに、貴丸が座っている。


そして――「まぁ、なんと……大丈夫でございますか?」


障子の向こうから、柔らかな声が差し込んだ。


開かれた先に立っていたのは、あの時の少女だとその雰囲気でわかった。


貴丸は、はっと顔を上げる。次の瞬間、視線が止まった。


(……あ)あの時の子だ、と理解したのは一瞬。だが、その先が続かなかった。


言葉が出ない。ただ、見てしまった。


飾り立てる必要のない、澄んだ佇まいだった。そこにいるだけで、場の空気が静かに整う。


整った顔立ちに浮かぶ微笑みは屈託がなく、それでいてどこか理知を感じさせる。


近づきがたいのではなく、思わず手を伸ばしたくなるような温度があった。


その奥には、年齢に似合わぬ静かな芯がある。柔らかさの中に、確かに立っている強さ。


――そんな言葉が浮かびかけて、形になる前に消えた。


貴丸は、ただ呆然と見ていた。


「先日はありがとうございます。商人の方が癪になったと聞いて……お薬をお持ちしました」


差し出された声は、澄んでいた。


だが、その言葉が耳に入ってこない。しばらくの間、貴丸は完全に意識を持っていかれていた。


――コホン。


修平の小さな咳払い。その音で、ようやく現実に引き戻される。


貴丸は、はっと瞬きをして、無理やり意識を切り替えた。


いつもの“商人の顔”を被る。すっと立ち上がる。


「いや本当に、朝露に濡れた花もかくやという……このような場所におられるのが不思議なくらいで」


修平が薄く目を開け、ちらりと貴丸を見る。だが、何も言わない。


貴丸は止まらなかった。


「その白さ、雪に鉋をかけたようで――いや、昨日も申し上げましたが、やはり何度見てもため息が出ますな」


結衣は、手にした小さな包みを差し出しながら、ほんの少し戸惑ったように口を開く。


「……その、薬です。腹に効くものを」


「おお、これはありがたい」


貴丸はすぐに受け取りながらも、視線を外さない。


「それにしても、こうしてご心配くださるとは……いやはや、なんともお優しい」


修平が、もう一度小さく咳払いをした。


だが、貴丸は意に介さず続ける。


少女が、そこで静かに口を開いた。


「……結衣と申します」


名乗りはそれだけ。だが、その声音には無駄がない。


貴丸は一瞬だけ言葉を切り、すぐに笑みを浮かべた。


「これは失礼を。結衣殿、でございますな」


そして――


「こんなにもお優しい方がいらっしゃるなら、この城も安泰でしょう。今は戦が始まろうとしておりますが、この地の民も安心して暮らせるというものですな――」


その言葉に、結衣は少しだけ首を傾げ、それから迷いなく頷いた。声は落ち着いていて、ためらいはない。ただ、教えられたとおりに答えているようだった。


「……ええ、ですから、戦になっても、お城はきっと大丈夫ですし、お父様や兵もおります」


考えている様子はない。ただ、順に並べているだけの響きだった。


「民も……おりますし、戦で減ることはあるかもしれませんが、いなくなるほどではありませんし……」


淡々と続ける。


「仮に減ったとしても、また増えますもの」


言い切る。そこにためらいはない。


「田も畑も残りますし、人はまた集まります。いなくなった分は、いずれ埋まりますから。ですから、困ることはありません」


声音は穏やかだった。理屈を述べているだけのように。悪意はない。ただ、そう理解しているだけだ。


そして、少しだけ視線を落とす。


「……それに、いずれ私は嫁ぐ身ですので。家を守り、夫に恥をかかせぬようにしていれば、それで十分と教えられております」


それ以上のことは、自分の役目ではない――そういう区切り方だった。


さらに、ためらいなく続ける。


「大和田は敵ですから、減っても……いなくなっても、問題にはならないかと。民も、兵も……同じように」


言葉を置く。静かだった。


そして最後に、やわらかく微笑む。


まるで、当たり前のことを確かめるように。――そこに迷いはない。


貴丸は、その言葉を受けて、ようやく理解する。


これは残酷なのではない。ただ、人を数として見ているだけなのだ。


減ってもいずれ埋まり、欠けてもまた補われる――それ以上でもそれ以下でもない、それが結衣にとっての“人”という認識だった。


貴丸の口元に浮かべていた笑みが、わずかに止まる。短い沈黙。


「……そっか」


小さく返す。否定はしない。だが、受け入れてもいない。


「そういうふうに、教わるよね。こんな世の中じゃ……」


軽く頷く。


結衣が、わずかに目を瞬かせる。


貴丸は視線を落とし、布団の端を指先でなぞったあと、ぽつりと「でもさ」と零して顔を上げる。


「いなくなっていいやつって、見たことないな」


静かな声で続ける。


「どこへ行っても、皆同じ顔してる。死にたくない顔だよ。敵でも、民でも、関係なくね」


そう言って、まっすぐに結衣を見た。


「戦になれば逃げるし、叫ぶし、しがみつく。そうやって、生きようとしてる。それを“埋まるからいいか”って切るほど、俺は器用じゃないや」


肩をすくめる。


「……まぁ、俺が言うことでもないけどさ。お嬢さんは、そういうの考えなくていい立場なんだしね」


軽く笑う。だが――その目だけは、ほんの少し違っていた。


結衣は、何も言えなかった。胸の奥に、引っかかるものが残る。(……いなくなってもいい人はいない)


言葉は単純だった。だが、それまでの“当たり前”と、噛み合わない。


初めて、考える。


そして――なぜか、胸が少しだけ苦しかった。


その一瞬。


貴丸はふっと息を抜き、いつもの軽さに戻った。口元に笑みが戻る。


「まぁでも――お嬢さんがそうやって優しくしてくれるなら、それだけで十分平和ですけどね」


何事もなかったかのように、さらりと言う。


「まことに、ただ情け深いのみならず、御心の清らなること……。これはもう、理を越えたる尊さにて、罪深うさえございますな」


先ほどと同じ調子。同じ軽さ。


だが――結衣の中には、先ほどの声が、妙に残っていた。


(……この人)商人のはずなのに。軽口ばかりのはずなのに。


さっきの一瞬だけ――まるで、別の誰かのようだった。


胸の奥に、かすかなざわめきが残る。それを言葉にできないまま、結衣はただ、小さく俯いた。


そして、薬を手渡し終えたあと。言葉が、続かなかった。


ほんの少し前までの空気が、どこか噛み合わないまま残っている。


結衣はその場に留まる理由を見失い、小さく一礼して、静かに踵を返そうとした。


その時だった。すっと、気配が近づく。低い声が結衣のの耳元に、そっと落とされる。


「……今夜は何があっても、慌てない方がいいよ」


足が止まる。振り返らず、そのまま問う。


「……どういう意味ですか?」


少しの間。


「大丈夫だから、ってこと」


あまりにも曖昧な返し。


結衣は、わずかに眉を寄せた。


「何か……起こるのですか?」


その問いに。


「大丈夫だよ」


同じ言葉が、繰り返される。だが――先ほどまでの軽さとは違う。


声音は静かで、短く、余計なものがない。


そして次の瞬間。ふっと。いつもの、あの軽い笑みに戻っていた。


「案じ過ぎれば、身の毒にございますぞ」


冗談めかして肩をすくめる。


結衣は、何も言えなかった。ただ、深く一礼する。


「……失礼いたします」


そのまま、部屋を後にした。廊下に出ても、足は自然とゆっくりになる。


さきほどの言葉。意味は、分からない。分からないはずなのに――胸のどこかに、引っかかる。


(何か……起こるのかしら?)誰かに伝えるべきか。そう考えはした。


だが、思い浮かぶのは、あの顔だった。あの、軽口ばかり叩いていた男が。ほんの一瞬だけ見せた、あの目。


――冗談ではない目。


(……でも)もう一つ。言葉が、まだ残っている。


「“いなくなってもいい人”って、実際はいないよ」


頭の中で、何度も繰り返される。


結衣は、立ち止まった。自分は、何を教えられてきたのか。


家を守ること。


家族を守ること。


嫁げば、その家に尽くすこと。


それ以外は、考えたことがなかった。考える必要も、なかった。


民も、敵も。ただ、“そういうもの”として存在しているだけだと。


そう思っていた。だが。(……いない?)誰一人として?


そんなことは、教わっていない。


知らない。


分からない。


それでも――胸の奥に、何かが引っかかる。


言葉ではなく。


理屈でもなく。ただ、あの目だけが残っている。


結衣は、ゆっくりと歩き出した。誰かに話そうと考えていたはずの思考は、いつの間にか消えていた。


代わりに残ったのは。説明のつかない違和感と。


――あの、真剣な眼差しだった。




こんな世の中じゃ…POISON。


何度も書き直したんですが、、

うまく書けませんねぇ。。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「……そっか」 切り捨てたのかな、娘を娶り家ごと取り込むのかなと思っていたが違うようだ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ