第45話 作戦会議02
続けて、貴丸は視線を落とし、頭の中にある流れをそのままなぞるように言葉を重ねていく。
「富岡は出ると決めたら、兵を集めて準備して動くまでに数日。そこからここまで急げば一日」
指先が畳の上をわずかに動く。見えない道を辿るように。
「その間にこっちは兵を配置して道を塞ぐ。それで備えられる」
周囲を見渡す。流れが途切れない。
「で、城を取る。たぶん城から物見が富岡の殿様にすぐに伝わる。でも、もし遅れたら……銀ちゃんに紛れてもらって知らせてもらう」
銀四郎の名が出ても、視線は動かない。すべては最初から組み込まれているようだった。
言葉を探すように、ほんのわずかだけ間が空く。
「敵は慌てて城へ戻るだろうね……タイミング。えぇと、時機ね。それが全部を決めるから」
淡々とした説明だった。だが、その筋道は淀みなく繋がっている。何度も内側で繰り返されたものを、そのまま外に出しているようだった。
「……ただし、これは大和田領での備えの話。たぶん、ここまで敵は来ないから領内が荒らされる心配はないと思う」
少しだけ声が落ちる。
視線がわずかに上がる。
「夫沢(福島県双葉郡大熊町夫沢付近)を抜けて、新山(双葉郡双葉町南部)の平野で富岡と対峙するかもね」
根拠は語らない。だが断言だった。
その一言が、場に重く落ちる。誰もすぐには口を開かなかった。
やがて貴丸は、その周囲の視線も気にせずに話を続ける。
「前に言った通り、敵を油断させるために――親父様には病になってもらう」
視線が慶久へ向く。
「……儂が、病か」
「うん。そういうことにするね」
軽い調子だった。だが内容は変わらない。
「久秀叔父上の津島館。大和田館で倒れたことにして、実際はそっちに移る。伊達の重臣桜田の動きに備えるため。そして久秀伯父にはいろいろと前準備をしてもらいたい」
一息で続ける。
「親父様は表向きは寝込んでることにする。それで――戦になる前に、親父様にはもう一つやってもらいたい」
わずかに貴丸が間を置く。「一番大事な役ね」
「厄介な役目ですかな」久秀が鼻で笑った。
「親父様が一番向いてるからね」
悪びれもなく返す。そのやり取りに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩んだ。
貴丸はそのまま視線を動かす。
「この館は空ける。ここは――じいさんに任せる」
元伯へ向けられる。
「領民には親父様が病だって広める。内側からその噂を広げて、それが外へ広がっていく方が真実味が増すから。富岡が攻めやすいと思うように。罠は一つじゃ足りない。幾重も重ねる」
言葉が静かに積み上がる。
元伯の口元がゆっくり歪んだ。
「ほう……ワシか」
「頭巾被ってね。まだ出ないで。じいさんは最終兵器……奥の手だから」
「はっはっは……!」
低く、腹に落ちる笑いが広がる。すでに楽しんでいる顔だった。
貴丸はそのまま次へ移る。
「敦丸と希丸は、漆、辛子、山椒、ドクダミ、ヨモギを集めて干しておいてね」
敦丸が目を輝かせる。「それ、何に使うの?」
希丸が少し遅れて首を傾げる。「ヨモギって、食うやつだよな?」
貴丸は軽く頷く。
「燻す。煙にする。目と鼻と口に入るとかなりきつい。一時進軍を止める。馬も嫌がると思う」
二人は完全に理解したわけではない顔で、それでも頷いた。
「敏とお佳はたんきり飴を作り続けるように言っておいて。今回はプレーン……普通のでいい」
琴が静かに頷く。少しだけ視線を向ける。
「あ、母上、八田屋がたんきり飴のやり方欲しがったら、任せるよ。絶対に秘密が守れるんなら、許していいと思う。信頼できるのが分かったからね」
琴はわずかに考え、静かに頷いた。
話が一通り終わる。
そのあとで、ぽつりと落ちる。
「……人、足りないなよぁ」
銀四郎が一歩前に出た。
「武蔵の旧知に当たります。元伯様の伝手もございます。今回に間に合うかは分かりませんが」
「助かる。今回は銀ちゃんの情報伝達と流言が肝だから、頼むね」
短い応答。それで十分だった。
そして、貴丸は最後に言う。
「これが上手くいけば、富岡はしばらく動かないと思う」
静かな断言だった。
その後、ふっと力が抜けたように、慶久が息を吐く。
「……しかし、貴丸よ」
呆れと感心が混じった声。
「ずいぶんと動くではないか。いつもそれなら良いものを」
貴丸は少し間を置く。
「将来、ダラダラするために、今だけ頑張ってる」
真顔だった。
「終わったら、もっとダラダラする予定」
言い切る。
次の瞬間、琴が額に手を当てた。
「……あなたは本当に……」
深く息を吐く。だが声音はどこか柔らかい。
視線の先で、貴丸はすでに次を考えている顔をしていた。
その不精も、軽さも変わらない。
それでも――(何かが変わった)
琴の胸に、その実感だけが静かに落ちる。
外では朝の光が白さを増していた。だが室内には、まだ静けさが残っている。
その奥で、確かに何かが動き出していた。
音もなく、しかし確実に。
やがて、話が終わり、各々が部屋を出ていく。
その背を追うように、廊下に気の抜けた空気が流れた。
ふと、敦丸が足を止める。
そして――思い出したように、腰をかくかくと揺らした。
次の瞬間。
「やめなさい。子供にはまだ早いのです!」
振り向きざま、琴の手が敦丸の尻に容赦なく落ちる。
敦丸はすぐさま無言で背を伸ばした。
それを見ていた希丸が、小さく息を吸う。
「……ふぉー!」
ぎ、と音がするほどの視線を琴が希丸に向ける。
琴が、ゆっくりと振り向いた。
希丸は固まる。何も言わず、口を閉じる。
それ以上は、続かなかった。
――後日。
希丸の部屋から、「フォー! セイ!」という声が聞こえたのは、言うまでもない。
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内政・生産系の話の方が人気があるんですかね。。




