第209話 双六試作
今日も今日とて、貴丸は三兵衛を連れて山科邸へ遊びに来ていた。
今日は、以前から貴丸が考えていた「一生双六」の試作品が、ようやく完成した日である。
屋敷へ入ると、挨拶もそこそこに、長松丸と千代が元気よく駆け寄ってきた。
「貴、できたぞ!」「貴ちゃん、できましたわ!」二人が声を揃える。
「おお、本当にできたんだね!」
貴丸が嬉しそうに声を上げると、長松丸は得意げに胸を張った。
「うん。けれどな、貴が来るまで、私たちもまだ見ていないのだ」
「そうですわ。貴ちゃんが来た時に、一緒に見ようと思って、ずっと我慢しておりました」
千代も頷きながら続ける。
二人は完成した双六を先に見てしまうこともできたはずだが、貴丸と一緒に最初に見たいと、今まで楽しみに待っていたのだ。
「へえ……それは楽しみだね!」
貴丸が身を乗り出すと、長松丸は待ちきれない様子で貴丸の手を引き、千代も反対側から手を取った。
そのまま千代は貴丸の手を引き、長松丸は背中を押すようにして、三人は広間へ向かった。
そこには、すでに言綱が待っており、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「おお、貴丸殿。待っておりましたぞ」
「貴丸殿が描かれた絵をもとに、職人たちに頼んで、ひとまず形にしてもらいました。まだ試作の段階ではありますがな。それと、こちらは絵師に頼んで作らせたものです」
そう言うと、侍女たちが箱と三巻の巻物を運び込んできた。
長松丸が待ちきれない様子で箱を開け、中から一つずつ道具を取り出していく。
「おお……すげー!」
貴丸の目が輝いた。最初に出てきたのは、六つの小さな牛車だった。
木を削って牛車を簡略化したもので、それぞれ朱、青、緑、黄、白、黒に色分けされている。どれも手のひらに収まるほどの大きさで、屋形の部分には細い竹棒を差し込むための穴が開けられていた。
「こちらが、貴ちゃんの仰っていた駒でございますね」
千代が一つを手に取る。
「うん! ちゃんと牛車になってるね! 色もいいね。これなら、誰の駒かすぐ分かるよ」
貴丸は六つの駒を並べ、色を確かめるように一つずつ眺めた。
続いて、朱と青に塗り分けられた細い竹棒が取り出された。
貴丸が説明する。
「こっちは人を表す棒なんだよね。最初は男なら青を一本だけ差しておいて、結婚したら赤を一本追加する。子供が生まれたら、また棒を増やす。だから最後に牛車を見れば、その人がどんな家族を築いたのかも分かるんだよ」
千代は牛車の屋形を覗き込んだ。
「まあ……棒が増えるだけで、家族が増えていく様子が分かるのですね」
次に箱から取り出されたのは、細長い竹の棒が大量に入った箱だった。それぞれの棒には細かな刻みが施されている。
貴丸が一本を手に取った。
「こっちは銭ね。十万、五万、二万、一万、五千、二千、千。額面ごとに刻み方を変えてもらったんだ」
大量の紙を使って札を作るのは難しい。そこで貴丸は、竹そのものを銭の代わりにすることを思いついたのである。
「なるほど……これは分かりやすいですね」
千代が一本ずつ眺める。
「うん。慣れてくれば、刻みを見るだけでいくらか分かるようになるよ」
さらに長松丸が箱の奥から、五つの小さな建物を取り出した。
「おお、こっちは家か!」
貴丸が嬉しそうに身を乗り出す。
並べられたのは、納屋、小邸、中邸、大邸、そして城だった。それぞれ大きさも形も違っている。
「途中で家を買える場所があって、そこに最初に止まった人から順に買えるんだ。買った家には、この旗を立てるんだよ。牛車と同じ色だから、誰の家なのかすぐ分かるでしょ?」
すると貴丸は、箱の中からさらに小さな旗を取り出した。旗は牛車の色と同じく六色に分かれている。貴丸が朱色の旗を納屋の脇に差し込む。
「まあ……。城から始まって、最後は納屋ですのね」
千代は五つの建物を眺めてから、牛車と同じ色の旗へ目を移した。
「駒だけでなく、家まで同じ色で揃えるのですか」
すると貴丸が言う。
「うん。牛車は六つ、家は五つだからね。最後の一人は、家を買えないんだよ。――屋根なしだね」
千代は目を丸くしたあと、くすくすと笑う。
「まあ……! 一人分、家が足りないのですね」
貴丸は得意げに胸を張った。
そして最後に、箱とは別に用意されていた道具が運ばれてきた。円形の木製の盤である。
「これが、流運列図かぁ!」
貴丸が声を上げる。中央には軸が通され、盤の周囲には数字が刻まれている。さらに外周には小さな木の突起が並び、その間を細く割った竹がしなるように添えられていた。
丸が指先で盤を弾く。くるくると盤が回り始めた。
千代も思わず身を乗り出す。
「わぁ……! 賽を振る代わりに、こちらを回すのですね」
千代は改めて、完成した流運列図を眺めた。
「叔父上、すごうございます。貴丸殿のお考えを、これほど見事に形になさるなんて」
長松丸も興味深そうに頷く。
「本当に。これだけのものを短い間で作らせるとは、さすが父上です」
二人に褒められ、言綱は少し照れたように頬を緩めた。
「なに、私は職人たちに話を通しただけだ。面白いものを考えたのは貴丸殿だからな」
「でも、叔父上が動いてくださらなければ、こんなものは出来ませんでしたでしょう?」
千代の言葉に、言綱は照れくさそうに頷いた。
「そう言ってもらえるなら、職人たちも喜ぶだろうな。だが、まだ本当の完成ではない。これは試作品だからな」
言綱は盤や駒、竹棒を一つずつ眺める。
「今日はこれを使って、実際に遊んでみようではないか。使ってみれば、使いにくいところや不具合も見えてくるだろう。そうしたところは、また職人たちに頼んで改良すればよい」
千代が頷く。
「なるほど……では、今日は遊びながら、この遊戯そのものを作っていくのですね」
「うむ。貴丸殿、それでよいかな?」
言綱に尋ねられ、貴丸は嬉しそうに頷いた。
「はい! それが一番楽しそうですね!」
貴丸は完成した道具一式を眺め、満足そうに頷いた。
六色の牛車。朱と青の、人を表す竹棒。額面を刻んだ大量の竹棒。納屋、小邸、中邸、大邸、城という五段階の建物。そして、木と竹で作られた流運列図。
一つ一つは素朴な道具だが、こうして並べてみると、それだけで一つの大きな遊びになっている。
そして、言綱は三人の顔を見回し、満足げに頷くと、三巻の巻物を広間の畳の上へ広げた。
一巻につき天地十寸ほど。広げれば三十寸ほどの長さになる巻物を、三巻横に並べ、端と端をぴたりと合わせていく。
そして、最後の一巻まで広げ終えた瞬間――。そこには、一枚の大きな盤面が現れた。
「おお……!」「すごいです!」
長松丸と千代、そして貴丸が、ほとんど同時に声を上げる。
言綱は、三人の反応を見て目を細めた。
「どうですかな。まだ試作の段階ゆえ、細かな書き込みや色までは入れておらぬが……」
そう言うものの、三巻を一つにつなげた盤面は、十分に見事な出来栄えだった。
紙面には、幾つもの升目が連なっている。それぞれの升には番号が振られ、その脇には京の町を思わせる建物や道、橋などが簡略化して描かれていた。
「ここが京を表しているのですね」千代が身を屈めて盤面を覗き込む。
「うむ。貴丸殿たちの絵をもとに、絵師に描かせてみたのだ」
言綱はさらに説明を続けた。
「ただ、升目一つ一つに細かな出来事を書き込むと、どうしても文字が小さくなってしまう。そこで、こちらを用意した」
そう言って、別にまとめてあった紙を取り出す。そこには、盤面の升目と同じ番号が並んでいた。
「例えば、この『十七』に止まったなら、こちらの十七を見る。そこに、その升で起こる出来事が記されておる。まだ中身は貴丸殿の案をもとに並べただけのものも多いが、これなら後から幾らでも増やせる。遊んでみて、面白くないものがあれば変えればよい」
言綱は三人の顔を見た。自分が手配した職人や絵師たちの仕事を、こうして子供たちに見せることができるのが嬉しいのだろう。その表情には、普段の公家らしい落ち着きとは少し違う、少年のような楽しげな色が浮かんでいた。
「さて……これでようやく、遊ぶ準備が整いましたぞ」
その言葉に、貴丸たちは改めて盤面へ目を落とした。三巻の巻物をつなぎ合わせた大きな盤。その上には、これから始まる「一生」が、ずらりと並んでいた。
まずは、それぞれが手元に置くものを揃えるところから始まった。
貴丸は六色の牛車を並べ、その前に竹棒を置く。
「最初は、みんな銭を五千ずつ持つんだ。それと、この牛車が自分の駒ね」
貴丸は続いて、一本の竹棒を手に取った。
「それから、最初に『保険』へ入るかどうかを決めるんだ。入るなら千を払う」
「ほけん……?」長松丸が首を傾げる。
「うん。先に少し銭を払っておくんだ。もし途中で大きな災難に遭ったら、その時に銭がもらえるんだよ」
「ほう……では、災難に遭わなければ?」
「その時は、払った銭は戻ってこない」
「何も起こらなければ損をするのに、入るのか?」
「うん。でも、何か起きた時に困らなくて済むからね。安心を買うようなものかな」
貴丸は竹棒を指先で転がしながら、さらに説明する。
「たとえば旅の途中で牛車が壊れたり、病になったり、火事に遭ったりする出来事もあるんだよ。そういう災難に遭った時、保険に入っていれば、決められた額の銭がもらえるんだよ」
「なるほど……。先に銭を払っておけば、災難に遭った時に助けてもらえるのですね」
言綱が興味深そうに頷く。
「これは、実際の世の中でも使えそうな考えですな」
言綱はしばし考え込んだ。
「皆で備えておけば、一人では到底負えぬ災難にも対処できる。なかなか面白い仕組みですな」
貴丸が嬉しそうに笑う。
「ですよね? でね、この升で、最初の職を決めるんだよ!」
貴丸が流運列図を中央へ置き、勢いよく盤を回した。
カチ、カチ、カチ……。竹の爪が盤の突起を一つずつ弾き、やがて止まる。
「最初の職は、ここで決めるんだ。十の数字のうち、出た数字で職が決まる」
盤には一から十までの数字が刻まれている。
「一と二なら武士。三と四なら公家。五と六なら商人。七と八なら農民。九と十なら僧侶ね」
千代が盤を覗き込む。
「最初から、自分で職を選ぶのではないのですね」
「うん。それに、職によってもらえる給金も違うんだよ」
貴丸は得意そうに指を立てた。
「武士なら二万。公家なら一万五千。僧侶なら一万。商人なら八千。農民なら五千!」
長松丸が目を輝かせる。
「武士が一番多いのか」
「だって、武士は戦や仕官で銭を得たり、出世して加増されたりするからね。公家なら官位や朝廷の仕事、和歌や縁談。商人なら商売や交易。農民なら豊作や凶作、土地や年貢。僧侶なら寺や修行、布施なんかの出来事が起こるんだ」
「なるほど。職によって、一生の出来事そのものが変わるわけですな」
言綱が感心したように頷いた。
「そういうことっす!」
貴丸は盤面を指差した。
「そして、道の途中にある職の色が付いた升を通ると、その職の給金がもらえるんだ」
「では、職に就いた後も、同じように銭を得られるのですね」
「うん。それに、職の階級を上げる升もあるんだ」
貴丸は別の升を指差した。
「そこに止まったら、今の職の階級が一つ上がる。そうすると、次からもらえる給金が倍になるんだよ」
千代が目を丸くする。
「まあ……! つまり、同じ武士でも、出世すればするほど給金が増えていくのですね」
「そうそう。だから、どこで階級を上げられるかも大事なんだ」
さらに盤を進みながら、貴丸は次の升を示した。
「それから、ここが祝言の升。ここに止まったら祝言。祝言をしたら、牛車に夫婦を表す棒を一本増やすんだ」
「祝言……」
千代が思わず盤を覗き込む。
貴丸は牛車を手に取って見せる。
「子供が生まれたら、また棒を増やす。だから棒の数を見れば、家族がどれだけ増えたかも分かるんだよ」
「一つの駒に、家族の姿まで表れるのですね」
貴丸はさらに盤の先を指で追っていく。
「あと、給金をもらう升の中には、特別な升もあるんだ。そこに止まったら『籤』を買える。最後に使うんだよ」
「最後に?」
「うん。大往生の升に着いたら、そこで流運列図を回す。籤に書かれた数字と同じ数字が出たら、配当がもらえるんだ」
「まあ……最後まで何が起こるか分からないのですね」
「そういうこと! それとね、銭がなくなった時は、両替商から借りることができるよ」
貴丸は三兵衛を見る。
「三ちゃんが両替商ね! 三ちゃんには、両替商をお願いするね」
「私が、でございますか?」
三兵衛が目を丸くする。
「うん。銭がなくなった人には、三ちゃんから借りてもらうの。借りたら『借用手形』を渡すんだよ。最後の勘定の時に、借りた銭と利息を返す」
「……なるほど。私が皆様に銭を貸す役でございますか」
「そう。だから、三ちゃんも参加してね」
三兵衛はしばし無言になった。
「……承知いたしました」
貴丸は盤の終盤にある升を指差した。そこには、大きく――『一生最大の賭け』と記されている。
「ここが『一生最大の賭け』の升なんだよ。大往生に至る前に、一度だけ挑戦できるんだ。ここでは、流運列図で出る数字の中から、二つ決める。その二つのうち、どちらかが出れば大当たり。五十万もらえる!」
「五十万!?」長松丸が声を上げた。
貴丸は満面の笑みを浮かべる。
「でも、外れたら……持っている銭は、全部取り上げ! それから配偶者とも離縁」
「ええっ!?」
「そして、隠岐へ島流し!」
「そんな!」千代が思わず声を上げる。
貴丸はけろりとしている。
「でも大丈夫。島流しになっても、そこから銭を稼ぐことはできるんだよ。順番に流運列図を回して、出た数字に千を掛けた銭がもらえるの」
「……隠岐へ流されても、銭はもらえるのですね」
「うん。だから人生最大の賭けに負けても、そこで完全に終わりじゃないよ」
「いや……十分、とんでもない目に遭っていると思いますが」
三兵衛がぼそりと呟いた。
貴丸は聞こえなかったことにした。
「大往生まで行ったら、そこで終わり。子供がいる人は一人につき銭がもらえて、それに早く大往生へ着いた人にも褒美が出るんだ。最後に持っている銭や家、借金なんかを全部勘定して、一番多く残した人が勝ちだよ」
「では、子を多く持つことも、早く大往生へ着くことも、それぞれ得になるのですね」
「そうそう」貴丸は大きく頷いた。
言綱は盤面全体を眺めた。
「……これは、なかなか奥が深いですな」
言綱は盤面を見渡しながら、感心したように頷いた。
「一つ一つは双六の遊びでありながら、その中に人の暮らしそのものが詰まっている。まことに、人の生涯を双六にしたようなものですな」
貴丸は得意げに胸を張った。「だから『一生双六』なんだよ!」
その隣では、長松丸がもう待ちきれない様子で盤を覗き込んでいる。
「貴! もうよいでしょう? 早くやろうよ!」
千代もまた、盤上に並べられた色とりどりの牛車や、細かな升目を眺めながら目を輝かせていた。
「私も、どのような一生になるのか楽しみでございます」
「じゃあ、まずは職を決めようか!」
貴丸が流運列図に手を伸ばす。「誰から回す?」
「もちろん、貴から!」長松丸が即座に答えた。
「では、貴ちゃん。最初の一回、どうぞ!」
千代も笑いながら促す。
三兵衛は両替商として使う竹棒と借用手形を手元に揃え、静かにため息をついた。
こうして、貴丸たちの「一生双六」が、いよいよ始まろうとしていた。
文章は超長いですが、
要はあのゲームの駒とルールの詳細説明回ですね。。




