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〜戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第18話 大和田館へ帰る

浜を離れる頃には、陽はすでに高く昇り、朝のやわらかな光は白さを増し、容赦なく地を照らしていた。


波打ち際に残された足跡は早くも乾きはじめ、踏みしめた砂はさらりと崩れ、潮の匂いもまた、軽やかなものから、どこか粘りつくような濃さへと変わっていく。


背後では海が変わらず穏やかに揺れている。だが、その静けさとは裏腹に、陸へ戻る一行の空気には、わずかに落ち着かぬ気配が混じっていた。


釣果は思いのほか多い。


アジやイワシ、混じってアイナメが、陽を受けて鈍く光り、揺れるたびに銀と青が交じり合う。


希丸はそれを手慣れた手つきで、近くにあった枝へと次々にエラ刺ししていき、束ねられた魚はずしりと重みを増していた。


小ぶりなものは敦丸が笹の葉や草で丁寧に包み、落とさぬよう抱え込んでいる。


だが、まとめ上げられた量は明らかに一人で運べるものではない。枝に通された何本かの魚の束は、持ち上げるたびに大きくしなり、希丸の肩に食い込む気配すらあった。


その様子を見ていた貴丸が、真っ先に口を開いた。


「……それ、臭うだろう。俺はパス」


一切の迷いがない。


そう言い放つと、さっさと身を翻し、先に行こうとする。


だが、数歩進んだところで、ちらりと横目に振り返り、念を押すように言い添えた。


「俺は、絶対に嫌だかんな。怒るかんな。橋○かんな!」


意味の分からぬ脅しを添えつつ、まるでそれが当然であるかのように手を引く。


その身勝手さに、希丸は一瞬言葉を失い、敦丸は困ったように魚と貴丸を見比べた。


そこへ、片腕の老人が小さく鼻を鳴らす。


「なんじゃ、その“橋○かんな”とは……」


呆れとも興味ともつかぬ声音で呟き、すぐに視線を浪人風の男へと向けた。


「仕方あるまい。お主が持っていくしかあるまい」


短い指示だった。それを受け、無言のまま一歩前に出たのは、あの特徴のない男である。


何の気負いも見せず、魚の束をまとめて肩に掛ける。


その動きには無駄がなく、重さを感じさせぬ滑らかさがあった。


魚の荷物の位置を一度で決め、重心を崩さずに担ぎ上げる様は、ただの浪人にしては妙に洗練されている。


希丸が持てぬ分はさらに束ねられ、男の肩に預けられた。


希丸と敦丸も、それぞれ自分の分を抱えて歩き出す。だが、貴丸だけは手ぶらのまま、何事もなかったかのように先頭を歩いていた。


それを見て、老人が横目に言う。


「自分勝手な無精者じゃな」


だが、貴丸は振り返りもしない。


「そりゃそうだろ」


軽く言い返すでもなく、ただ歩みを止めぬ。


手に何も持たぬこと――それが今の貴丸にとって、何よりの正義であった。


その後ろで、魚を担ぐ男の足取りは変わらず静かで、重みを感じさせぬまま、一行は白く乾きはじめた浜を後にしていった。



敦丸は魚を持ちながらも、貴丸達の後ろを、半ば怯えたように歩いている。


三人の大人の気配がどうにも馴染まず、希丸の袖を片手で掴んで離さない。


希丸もまた、平静を装いながらも、ときおり背後を気にして視線を揺らしていた。


波打ち際から離れ、館へと続く道は緩やかに乾いた土へと変わっていくが、その足取りにはどこか落ち着かぬ気配が残っている。


その一方で、貴丸だけが変わらぬ調子である。


片腕の老人が貴丸の隣に並び、気の抜けた足取りで歩くのを眺めていた。しかし、貴丸に絶えず話しかていこうとした――のだが、その貴丸の歩き方が、妙におかしい。


足を出すたびにわずかに間があり、重心の乗せ方も曖昧で、まるで地面を確かめるように、あるいは無駄な力を抜き切ろうとしているかのように、ふらり、ふらりと進んでいく。


果ては右手と右足、左手と左足を同時に動かして歩く始末。


自然に見えて、不自然。


老人はしばらくそれを眺めていたが、やがて堪えきれずに口を開いた。


「……なんだ、その歩き方は」


問いは呆れ半分、興味半分といったところだった。


貴丸は顔だけをそちらに向け、さも当然のように答える。


「普通に歩くと、疲れるだろ」


間を置かず続ける。


「だから、どうやったら一番体力を使わずに歩けるか、今いろいろ試してる」


あっけらかんとした口調だった。


老人は一瞬、言葉を失い――次の瞬間、小さく息を漏らす。


「……はぁ」


呆れたように肩を落とし、それから苦笑が滲む。


「どこまで不精なのだ、お前は……」


だが、その声音にはどこか楽しげな響きが混じっていた。


貴丸はそんなことは気にも留めず、またふらりと一歩を踏み出す。


無駄を削ぎ落とそうとしているのか、それともただ楽をしたいだけなのか、それとも冗談なのか――その境目すら曖昧な歩みだった。


ただ一つ言えるのは、この童は――ただでは歩かない、ということであった。


「お前が、大和田の嫡男なのか」


老人は歩幅を合わせるようにしながら問う。


貴丸は少しだけ首を傾ける。


「一番年上だから、今は、そうってことになってるな」


言いながら、背後の敦丸を顎で示す。


「だが、こいつが継ぐかもしれん」


「ほう……なぜだ」


すぐさま返る問いに、貴丸は肩をすくめる。


「俺は怠け者だからな、っていうか、怠けるのが好きだから、まぁ、そうなっても仕方がない」


さらりとした声だった。


「劉禅とか、足利義政とか、ああいうのが俺には性に合ってる」


小石を蹴り、転がる音を追うように視線を落とす。


「一日中、縁側で寝転がってる方が楽でいい。政も戦も、やりたい奴がやればいい。家督も同じだ。継ぎたい奴が継げばいい」


あまりにも迷いがない。


「俺に必要なのはな――起きて半畳、寝て一畳、それと少しばかりの銭と、旨い飯だ」


軽く指を折るような仕草をしてみせる。


「飯といっても、日に三度だな。腹が満ちればそれでいい」


そしてふっと笑う。


「天下を取ったところで、寝るときに使うのは同じ一畳だろ。そこは誰でも同じだからな」


その言葉に、老人はしばし沈黙した。


そして――ゆっくりと、喉の奥で笑う。


「……面白いのう」


先ほどまでの豪放な笑いとは違う、どこか含みを持った声であった。


やがて老人は、視線をわずかに前へ向けたまま、問いを変える。


「では、お前の父はどういう人物だなのだ」


貴丸は間を置かずに答えた。


「土産をくれない男だな」


「……ほう?」


老人の眉がわずかに動く。


「どこからか帰ってきた時に、何かくれって手を出すと、何もくれずに、自分の手を出してくる。性格の悪い親父だ」


鼻で笑う。


希丸が堪えきれず小さく吹き出し、敦丸がぽかんとする。


貴丸は続ける。


「戦はそこそこ強いが――攻め込まれてる時点で、まだ甘いな」


その言葉に、老人の歩みがほんのわずか緩む。


「……お前なら、どうする」


問いは軽く投げられた。だが、その底にあるものは決して軽くない。


貴丸は空を見上げるでもなく、同じ方の足と手を同時に出しながらも、前を見たまま答えた。


「攻め込ませない」


短い言葉だった。


「攻めるなら、その時点で勝ちが見えてなきゃだめだ。戦は始める前に勝敗は決まってるもんだ」


風が草を揺らし、ざわりと音を立てる。


「そのための準備だ。あらゆる情報を入手する。相手の内を割る。離反させる。寝返らせる。兵糧を断つ」


淡々と指折り数えるように続ける。


「あるいは、兵糧を買わせないように値を吊り上げておく」


老人は何も言わない。ただ耳を傾けている。


「兵糧がなけりゃ、戦なんてできない。当たり前の話だが、皆そこを甘く見てる」


わずかに息を吐く。


「もしかしたら、後々自分の領地になるかもしれないのに、兵と米を使って、土地を荒らして、民を殺して、畑を潰す。それで何が残る?」


答えを求める調子ではない。ただ断じる。そして、あっさりと切り捨てた。


「非効率だ。無駄だ。戦なんて、突き詰めりゃ馬鹿がやることだ」


その言葉に、敦丸はびくりと肩を震わせ、希丸は口を閉ざしたまま前を見つめる。


やがて――老人は堪えきれぬように笑い出した。


「がはははは! よく言った! お前の言う通りだのう! 戦は馬鹿がやることだわい!」


その笑いは、今度は心底楽しげであった。


「それほど分かっておるなら、お前がそれをやればよいではないか」


片腕の老人は、わずかに目を細め、試すように言葉を置いた。


声色は柔らかいが、その奥には明らかに“値踏み”の気配がある。


軽口に見せかけて、その実、相手の底を測る問いであった。


貴丸は、その意図に気づいているのかいないのか、潮の匂いを含んだ風に頬を撫でられながら、ほんの一拍も置かずに首を振った。


「面倒だし、勝ってもキリがないだろ」


あまりにも素気ない。あまりにも即答だった。


老人の眉が、ほんのわずかに上がる。横にいた若僧(にゃくそう)も、思わず視線を上げた。


浪人風の男に至っては、肩に担いだ魚の重みを一瞬忘れたかのように足を止めかける。


だが、貴丸は構わず続けた。


「この日の本をまとめたところで、その先がまだある」


足取りは変わらず、視線も前に向けたまま。まるで、そこにあるのが当たり前の話を並べるような口調であった。


「海の向こうには、もっと遠い国もある。呂宋・越南・暹羅・満刺加・咬吧、そして果ては、葡萄牙・西班牙・阿蘭陀だのな……布教や商いで来る連中もいれば、戦をしたくってしょうがない連中もいる」


指折り数えるでもなく、ただ淡々と名を挙げていく。その響きは、この地に生きる者にとってはどこか遠く、霞の向こうにあるような異国の名である。


若僧が、はっと息を呑んだ。(……この童、どこまで知っているのだ?)


海の向こうの地名を、ここまで自然に口にする者は、京の学僧でもそう多くはないだろう。


ましてや、この陸奥の浜で育ったであろう童が、まるで見てきたかのように語ること自体、異様であった。


貴丸は軽く鼻で笑う。


「戦もするし、取引もする。条を結んで、また破って、また結び直す」


そこで、ようやく視線をわずかに横へ流した。老人の顔を、ちらりと見る。


「それを、誰が続ける? 自分が死んだ後はどうする?」


問いというより、確認に近い声音だった。


老人は答えない。いや、答えられないというべきか。


貴丸は、その沈黙を肯定と受け取ったように、淡々と結ぶ。


「子にやらせる。孫にやらせる。そのまた先にもまだまだ続く」


少しだけ間を置く。


「終わりがない」


その一言は、波音に紛れるようでいて、不思議と耳に残った。


貴丸は、小さく肩をすくめる。


「そこまで考えると――もういいやってなるだろ?」


実に軽い言い方だった。だが、その軽さとは裏腹に、言葉の中身は重い。


「だから、いい。俺はそこまでやる気はないな。縁側でごろごろしてるのが性に合ってる」


言い切ると、貴丸はあくびでもするように口を閉じた。まるで、大した話ではないと言わんばかりに。


しばし、誰も言葉を発しなかった。


潮騒だけが、規則正しく耳に届く。


やがて――


「……ほう。そうか」


老人が、低く息を吐くように笑った。


それは先ほどまでの豪快な笑いとは違う、どこか含みを帯びた、静かな笑みであった。


若僧は、なおも言葉を失ったまま、貴丸の背を見つめている。


浪人風の男は、わずかに目を細め、そのやり取りを噛み締めるように黙していた。


ただ一人、貴丸だけが変わらない。


今度は両足を揃えてぴょんぴょんと飛び始めた。足元の砂を蹴り、面倒そうに飛びながら、それでいて、まるで昼寝の続きを考えているかのような顔をしていた。




足音だけが、乾いた道に重なる。


やがて視界の先に、大和田館の屋根が見え始める。


陽を受けて白く光るその姿を前に、老人はわずかに目を細めた。


そして、誰にも聞こえぬほどの声で、静かに呟く。


「……なるほどな」


その声音には、先ほどまでとは違う、確かな手応えが宿っていた。

週一更新と思いましたが、

とりあえず毎日更新にしようかな。。

まぁ、確約はできませんので、

しばらくは二日に一度は確実に更新しようかと。。

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