第14話 相馬中村城02
週一と言いつつ、連日投稿w
遅れるよりは良いですよね。。
重く沈んでいた広間の空気に、かすかな動きが生まれる。
盛胤の座す上段から一段低い席――そこに控えていた幼い影が、そっと身を起こした。
盛胤の嫡男・彦法師丸である。
まだ元服前のあどけなさの残る顔立ちではあるが、その背筋はまっすぐに伸び、父の前にあって礼を崩さぬよう努めている。
その目には、幼さに似合わぬ強い光が宿っていた。今日は本人の希望もあり同席させていたのだ。
「父上……いかがなされましたか?」
静かに、しかしはっきりと問いかける。
その声に、盛胤はゆるやかに視線を落とした。鋭い眼差しが、息子の上に据えられる。
そのやり取りの傍ら、控えていた一人の武将がわずかに耳をそばだてる。
相馬六騎の一角――岡田安房守義胤である。
歳の頃は盛胤に近く、重臣として長く仕えてきた男。その顔には常に沈着な色があるが、今はわずかに興味の色が混じっていた。
盛胤は短く息を吐き、言葉を紡ぐ。
「うむ……お前と同じ歳頃の童の話だ。請戸の大和田殿の嫡男がな、少数の手勢を率いて富岡の日向館を襲い、城と米倉を焼き払ったそうじゃ」
言葉は淡々としている。だが、その内容の重さは広間の空気を確かに変えた。
「今、富岡は大混乱とのことだ」
静かに締めくくる。
その報に、義胤がすぐさま反応した。わずかに眉を寄せる。
「大和田殿の嫡男……となると……あの“不精者”と評されている者にございますか」
盛胤は小さく頷いた。
義胤は腕を組み、思案するように目を伏せる。
その名は、すでに相馬領内でも広く知られていた。
悪い意味で――である。
剣の鍛錬もせず、学びもせず、日がな一日縁側で寝転び、鼻をほじっている――そんな噂が、半ば笑い話のように流れていた。
「その鼻くそが砂金であれば、働かずとも済むのになどと申したとか……」
義胤は苦笑を浮かべる。
市井で語られる戯れ話の一つに過ぎぬが、それほどまでに軽んじられている証でもあった。
だが、同時に思い出す。
(……しかし)
大和田領において、近年、逃散や餓死が少ないという話。
それでいて、米の石高は異様なほど低く、年貢を銭で納めたいと願い出るほどに米が取れていないという報せ。
奇妙な話であった。
(すべて、あの嫡男の発案……とも聞いたことがある)
眉間に皺が寄る。
常識では考えにくいが、無視もできぬ。
大和田家の次代を危ぶんで、南の守りの要――岩城への備えを思えば、かつて破却した権現堂城の再建も視野に入れるべきかと、義胤は内心で思案していたのだ。
その思考を断ち切るように、彦法師丸が口を開いた。
「……そのようなこと、あり得ませぬ」
声音はまだ幼い。だが、その言葉には迷いのない拒絶があった。
盛胤と義胤の視線が、同時に向けられる。
彦法師丸はわずかに顎を引き、しかし目は逸らさぬまま続けた。
「あのように怠け者と評される者が、私と同じ歳で、そのような働きを成すなど……考えられませぬ」
その眼差しには、かすかな苛立ちと、押し殺した対抗心が滲んでいる。
「恐らくは……評判の悪さを憂いた大和田殿が、嫡男の名を上げるため、よい噂を作り上げたのではありませぬか」
言い切った。
同年代の童が武功を立てる――その現実を、受け入れるにはまだ幼すぎる。
だがそれ以上に、己が立場と矜持が、それを否定させていた。
わずかな沈黙が落ちる。
そのとき、彦法師丸は、ふと思い出すように言葉を継いだ。
「……あぁ、一度だけ、その怠け者を見ておりますな」
盛胤の眉がわずかに動く。
「年に一度の野馬追の演習にて」
その言葉に、義胤も静かに耳を傾けた。
相馬の遠祖とされる平将門が、かつて下総国相馬郡小金原に野馬を放ち、これを敵兵に見立てて軍事の鍛錬とした――その故事に倣い、この地でもまた、雲雀が原にて年に一度、家臣や被官を集めた大規模な演習が行われている。
風の抜ける広野に、幾十、幾百の騎馬が集い、旗はためき、蹄の音が地を震わせる。
若き武士たちは技を競い、老練の者はそれを見極める。まさしく戦を模した、相馬の力を示す場であった。
彦法師丸もまた、その場に立っていた。
まだ小柄ながらも、背筋を伸ばし、馬上にあって手綱を握る。傅役の者がすぐ傍らで控えながらも、その姿は紛れもなく武家の嫡男であった。
だが――その広野の片隅に、場の空気とは明らかに異なる存在があった。
「……あの大和田の嫡男も、その場におりましたが」
彦法師丸の声音に、わずかな冷えが混じる。
「常に、ごろりと横になっておりました」
脳裏に、その光景がよみがえる。
人々が駆け、馬が駆け、砂塵が舞うその中で、ただ一人、草の上に寝転び、片肘をついて空を眺めている童の姿。
呼ばれてもすぐには起きぬ。いや、起きる気配すらない。
「私は馬に乗っておりましたが……あれは、自分では動こうともせず、共の者の背におぶわれて移動する始末」
義胤の眉が、ほんのわずかに寄る。
彦法師丸は静かに続ける。
「それに……あの体つき。とても、剣や槍の鍛錬などしているようには見えませぬ。むしろ……日々を怠惰に過ごしているとしか思えませぬ」
草の上に転がり、腹はわずかに緩み、動きには緊張がない。
武家の子として鍛えられた身体とは、明らかに異なる。
「そのような者が、少数で城を焼き討ちにするなど……到底、信じられませぬ」
首を横に振る。
言葉は静かであったが、その奥には確信があった。
あの場で見た姿こそが真実であり、今聞かされている話こそが、虚である――そう断じている。
再び、沈黙が落ちる。
だが今度のそれは、先ほどとはわずかに質が違っていた。
やがて、盛胤が静かに口を開いた。
「……儂も、はじめはそう思うた」
低く、落ち着いた声である。わずかに文へと視線を落とす。
「だがな、細作の報せは正確じゃ。それに加え、大和田殿自身からも、先にほぼ同様の報告が届いておる」
彦法師丸の表情がわずかに揺らぐ。
盛胤は続ける。
「最初は、話を盛っておるのだろうと思うた。だが……あの男、大和田殿は、そのようなことをする武人ではない」
断言だった。
「そして、細作の報せとも一致しておる。ならば――」
ゆっくりと、息を吐く。
「おそらくは、事実であろうよ」
広間に、再び静けさが落ちる。
彦法師丸は言葉を失ったまま、父を見つめていた。否定したい思いは消えぬ。
だが、その父がここまで言い切る以上、覆すこともできない。
小さく唇を引き結ぶ。
納得ではない。だが、受け入れるしかない――そんな表情であった。
その様子を、盛胤は何も言わず見下ろしていた。
広間には、誰も余計な言葉を発しない。障子越しの光がわずかに傾き、時の流れだけが、ゆるやかに場を満たしていく。
――だが。
その静けさの奥で、確かに何かが動き始めていた。
盛胤の指が、膝の上でわずかに動く。
ほんの一瞬、視線が遠くへと向けられる。
「……」
誰に向けたとも知れぬ間を置いて、ぽつりと落とされた声は、しかしこの場にいる者すべてに届いた。
「一度……会ってみるかの」
低く、静かな呟き。
だがその一言には、戦場を渡り歩いてきた男の、確かな興味と警戒が滲んでいた。
火種は、まだ小さい。
だが――消えることは、もうない。
ちなみに、本来は中村城なのですが、
他の中村城と区別するために、
相馬中村城と呼称しています。
他には、高知県四万十市(旧中村市)の中村城、
他に栃木県真岡市にも中村城があります。
栃木県矢板市、富山県氷見市の城も通称は中村城でした。
ただ、歴史で見ると、相馬中村城は平安時代に建てられたと謂れているので、
中村城の中では一番古い中村城なのです。
ということは、古さで言うと、
本来は相馬中村城が「中村城」で良い気がします。。




