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ステラは寝室で薄いネグリジェを着て、顔色を誤魔化すためにチークだけ塗ってもらった。栄養不足かパサつく毛先にオイルをつけて、ヴォルフラムの訪れを待つ。
輿入れ初日の夜、つまり二人の初夜だった。
ステラは淑女教育を受けていたので、閨での作法も少しばかりは頭に入っていたが、主に男性に任せるように言われている。…痛くとも我慢するようにと。
心配そうな顔でハンナがオイルなど用意してくれていたが、ステラのやる気にそっと背中を押してくれた。
この屋敷の寝室は隣り合わせで一枚のドアで繋がっているようだった。
コンコン、とドアがノックされる。
「は、はい…!」
「こんばんは。…随分そそる格好だな」
「お、おしりは大きくないんですが…!」
ゆっくり開けられたドアからヴォルフラムが入ってきて、急に緊張が高まるステラ。
ガチガチで余計なことを口走ってしまう。
ヴォルフラムはガシガシと片手で頭を搔き、うーんと呻く。
その顔はなんとも言えない渋い顔だった。
「やっぱり気にしてたか…。
ヘクターについさっきまでネチネチ怒られてたんだが、さっきのは本気じゃなくて、男社会のくだらないノリなんだ」
「…え、えと。その私は女社会にも疎いので…」
ヴォルフラムが何か謝っているが、ステラは緊張でそれところではなく、大きな体がゆっくり寝台に近づいてくるのを直視できず、ドキドキと鼓動の音がどんどん大きくなる。
…緊張する、上手くできるだろうか。
ギッと寝台が重さで軋み、ゆっくり顔をあげるとヴォルフラムがステラに背を向けて腰かけていた。
カシャンと金属の音がして、大きな背中に近づいて横からひょっこり顔を出して手元を覗き込む。
スパッとヴォルフラムが自分の左の人差し指をナイフで切りつけていた。
ステラはギョッとして声をあげる。
「ヴォ、ヴォルフラム様!?…一体何を…?」
「大丈夫だ。こんな傷、日常茶飯事だ。舐めときゃ治る」
節くれだった指にツー、と流れる赤い血液。それをステラが先程まで座っていたシーツの真ん中辺りに擦り付けた。
ヴォルフラムは結婚の完了の証を偽装した。
これはつまり、初夜はしないという宣言のようにステラは感じた。
「…私では、お相手になりませんか?」
「勘違いされちゃ困る。俺は長旅で疲れた嫁に初夜だからって無体を強いるような鬼畜じゃないぞ。
…まぁ、初夜の直前に下ネタを振っておいて説得力がないんだが」
不安そうにする薄着のステラに上着を探し、体に羽織らせてそっと肩に触れ、手を乗せた。
ヴォルフラムのその手はとても大きくて、…温かかった。
「俺たちは今日からスタートなんだ。今すぐ体を重ねようがしまいが、たった一晩で俺たちの関係性が大きく変わることは無い」
「…そう、なんでしょうか」
「デビュタントからここに来るまで怒涛の変化に、心だって着いてきてないだろ。疾患がない女だろうが病むレベルだ。…ステラはよく頑張ってるよ」
ステラは力強い瞳で自身の現状に寄り添い、励ましてくれるヴォルフラムの言葉に、瞳に涙が溜まっていくのを感じていた。
…不甲斐ない妻で申し訳なくて、同時に同じくらい、嬉しくてたまらなかった。
胸の奥がギューッと締め付けられるようだった。
小さく震えて泣き出したステラの頭をポンポンと撫でるヴォルフラム。
原因の分からない体調不良でろくに生活もままならず、屋敷に引きこもっていたステラ。
家族から離れて一人、辺境伯の地に嫁ぎ、初日からきちんとこうして貴族の妻としての責務を果たそうとする姿に、ヴォルフラムは心を打たれていた。
…体調が悪いとでも言って、初夜は断るもんだと思っていた。
なんなら自分の見た目や中身で、繊細そうに見えるステラが恐怖を感じてもいても仕方ないとさえ思ったのに、芯の強さにもはや脱帽していた。
「…ありがとうございます、ヴォルフラム様。
きっと、この御恩はいつか必ず返します…」
「ははっ!なんの恩だか!
…俺は芯の強い女が好きだ。そのままでいい」
ステラに、寝る前に飲むんだろう、と抗アレルギーポーションを手渡す。
こんなことまで把握してくれているのかと、驚きながらも促されるままポーションを服用するステラ。
そっと寝台に寝かされて、布団をかける。
添い寝のような形になったヴォルフラムがポンポンとステラのお腹あたりを優しく叩く。
それはまるで子どもの寝かしつけだった。
ステラはほんの少しだけガッカリしながらも、副作用の眠気がゆっくり襲ってきて、あっという間に眠りについた。
***
その日の夜明け前。ヴォルフラムは魔物の動きが活発になったと兵の要請が入り、そのまま出動することになった。
初夏が近いアイゼンベルク領の森の中は、繁殖した魔物たちで溢れ腹を空かせて人里へ向かう個体が多くいた。
…軽く2、3日は留守にするとヘクターに告げ、ステラの世話を頼んだ。
夫として初夜くらい朝まで一緒にいるべきだとまたヘクターに小言を言われたが、ヴォルフラムには守るべき領地と民がいた。
…帰ったら何でもわがままでも聞いてやろう。
ヴォルフラムは左指の人差し指の、既に塞がりかけている傷をちらっと見ながら、馬に跨って兵を率いて討伐に向かった。
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