6
評価、ブクマ、リアクションありがとうございます。
朝、ステラが目を覚ました時、ヴォルフラムは討伐へと向かっていた。
討伐要請と聞いて驚き、緊急を要する一大事かと焦るステラと侍女のハンナに、屋敷に残った執事やメイドたちは、いつもの事だとあっけらかんとしている。
静々とステラを朝食に案内し、片手に乗るほどのフルーツとヨーグルトやグラノーラなどが振る舞われた。
…正直ステラは朝食どころではなく、昨夜無理して食べたせいで胸焼けのような、軽い胃もたれを感じていた。
「あの本当に、ヴォルフラム様は大丈夫なのでしょうか。…私は帰られるまで何を」
「王都におられたステラ様は、急なことで驚くのも無理はないかと。
…ただ、魔物が荒れ出した際には初動が大事なのです。被害を最小限にするため、即刻向かわれました」
ヘクターが安心させるように説明する。
アイゼンベルク辺境伯領は、広大な敷地を保有していた。
魔物がひしめくアイゼンベルク山の麓の森は、屋敷から見渡せる山々全てが領地だった。
春先の繁殖期が魔物の一番気性が荒く、今は育った個体がウロウロしている頃で比較的若い魔物はそこまで危険性がないと説明を受けた。
「なんなら、春から入った新人兵士の実地訓練に丁度よいくらいです。ヴォルフラム様は今回は大物取りと言うよりは、 現場の指揮官として呼ばれた形ですね。
…なんせ広大ですので、旗振りも腕がいるのです」
「アイゼンベルクの屈強な兵士たちの話はよく耳にしていました。…ぜひもっとアイゼンベルクのことを勉強させてください」
「勿論ですとも」
ただ、現地に行って魔物を見つけると、大剣を振りかざして、勝手に飛び出していくのが血の気盛んなヴォルフラムなのだが、そのことは黙っていたヘクターだった。
まさか婚姻一日目くらい、仕事を部下にまかせるとばかり思っていたヘクターは、血の気盛んな主人の夫としての自覚が無さすぎる姿に内心頭を抱えていた。
残されたステラが不安になるのも無理はない。
ステラはヘクターの説明を聞いて胸を撫で下ろしながら、特産と言っていたヨーグルトを何とか一口だけ口に運ぶ。
「…美味しい…!」
「それはようございました。砂糖が入っておりませんので、甘いフルーツやグラノーラと一緒に食べるのがオススメです」
「いただきます!」
さっぱりとした酸味のヨーグルトが、ストンと胃に落ちて胸焼けすら飛んでいくようだった。
ステラは食べやすくカットされたフルーツと一緒に口に含み、爽やかな甘さと瑞々しさに酔いしれた。
「お昼はチーズを使ったサンドイッチなどをご用意致します」
「ぜひ!畜産が盛んだとお聞きしています。羊毛なども盛んなのですか?」
「左様でございます。一ヶ月ほど前に、羊の毛刈りの春祭りが領地で行われまして、今年の羊毛の質はとても上等だと報告が上がっております」
後ろに控えていた侍女ハンナは、昼食を食い気味で食べると宣言したステラに驚きを隠せなかった。
昨夜のフルコースで食べすぎて部屋でノックダウンしていたため、当分食べられてもフルーツ辺りだろうと予想していた。
執事のヘクターにもそう伝えてはいたが、残されたとしてもなんの遠慮も要らないため昼食は用意はしましょう、との返事を受けていた。
…ステラ様の味覚に、素朴ながらも新鮮な素材の味が合うのかもしれない。
ハンナは皮と骨のようなステラの体をずっと心配していた。
王都では、どうかスープだけでもと野菜をに出したコンソメやコーンスープで栄養を摂らせて試行錯誤していた。無理に食べさせても、目眩で吐き気をもよおすステラが嘔吐してしまえば、余計体力を消耗してしまう。
臥せりがちだった日々を思い出しながら、比較的起き上がれているステラの回復を、どうかこのままと祈っていた。
***
ハンナの願いが通じたのか、ステラは初日から三食食べられた。
昼食は、八枚切りの食パン半分ほどの小さなサンドイッチ。レタスとチーズと自家製の辛子マヨネーズがアクセントでさっぱり食べられた。飲み物にとれたてのミルクも添えられた。
夕食は、濃厚なコンソメスープ。クタクタの玉ねぎと薄切りのベーコンが入っていた。ふわふわのローズマリーのフォカッチャが添えられていた。
飲み物はステラが所望して、食後にホットミルクを一杯頂いた。
ステラは食べる喜びを、約8年ぶりに思い出していた。
***
次の日の朝、ヴォルフラムはまだ帰還していないようだった。ステラは自室の部屋からテラスに出て、屋敷の裏側にそそり立つアイゼンベルク山を見渡した。
…大きすぎて自然の豊かさに、慄きそうになった。
今、ステラの夫であるヴォルフラムはあの山に生息する、無数の獰猛な魔物達と命のやり取りをしていた。
ステラは自分の体とすら戦っているのに、ヴォルフラムは領民の生活と、この国の安全を体一つで守っている。
「…とても強い、方なのですね」
“ギフト”持ちで体が丈夫だとか、怪我してもすぐに治ってしまうから、ヴォルフラムは強い。そんなふうに思っていたステラだったが、彼は精神すら頑丈で自分を鼓舞し、自ら前線に立っている。
誇り高い辺境伯爵にステラは、父ルドルフと共に尊敬の念を抱いていた。
バルコニーに立つステラが、ゆっくり部屋の中に戻る。
ふと、いつも感じていた不快な目眩を感じない。
歩いただけで視界がぐにゃりと歪まなかった。
胸に手を当てて、軽く深呼吸をした。
…いつもふわっと感じていた、吐き気が全くない。
「…体調が、全く悪くない日が来るなんて…!」
「おはようございます。…ステラ様?どうかなさいましたか?」
朝の支度を手伝いに来てくれたハンナが、部屋の窓際でしゃがみこむステラに、慌てて駆け寄った。
ステラは、涙が込み上げて止まらなかった。
お読みいただきありがとうございます。
評価、ブクマ、リアクション励みになります
よろしくお願いします。




