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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
第六章「死と生が交わる禁断の地『かだす島』」
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第三の儀「偽死忌」

星の光すらも、息を潜めるような深い夜のこと。

熱帯夜の生ぬるい空気が、ミコネの肌にはりつく。


かだす島――山中にて。

林が裂けたわずかな平場に、

木造の小屋が二棟、並ぶように立っていた。


秋野ビストはバッテリー式のランタンを掲げ、

白い光で小屋を照らした。


「これより、偽死忌ギシキを始める……

 と、言っておきましょうか」


青みがかった髪は月光に透けて、

ビストの澄んだ声が静かな夜闇に響く。


「巫女の役目を務めるのは、

 ミコネさんと、ヨミさん――と言っておられましたね」


「はいッ! よろしくお願いします!」

「……んっ」


ミコネは力強く、

ヨミはわずかに、首を縦に振った。


ビストは布が巻かれた長物を取り出して、

ゆっくりとミコネに向かって差し出す。


受け取ると、しっかりとした重みを感じた。


「これって……()()、なんですよね?」


「そのとおりと言っておきます。

 言っておきますが、扱いには注意するように」


「は、はいッ!」


横に立つヨミも、ビストから同じものを受け取る。

ミコネとは異なり、ヨミの方は気負いの無い様子である。

「(流石、ヨミちゃん!)」と、ミコネは感心した。


ビストはゆっくりと、二人に言い含めるように告げる。


「巫女は一人で祭場へ入り、

 零時の刻に”偽死”を遂げていただきます。

 内部では、声を出してはいけません。

 食べることも、眠ることも禁じられています。

 加えて、灯りを点けることも許されない……

 と、言っておきましょう」


ヨミは空を見上げて、言った。


「……月のある夜で、良かったかも」


「そ、そうだね……ッ!」


木造の小屋の中は、一見して薄暗かった。


観音開きの戸には、灯り取りの小さなスリットがあるが――

月灯りだけが差し込む密室の内で、

これから、一夜を過ごさなくてはならない。


「(怖い……けど)」


死と生が交わる、島。

この島の偽死忌ギシキこそが――

科学や論理では説明がつかない神秘かもしれない。


「(あたしの、求めてた怪異もの……ッ!)」


ミコネは向かって右側の小屋に向かう。

ヨミは反対側へ。


二つの小屋の入り口は、

それぞれが向かい合う作りになっていた。


「あ、そうだ。小屋の中では飲食禁止なんだっけ!」


ポケットの中のキャンディを探る。

個包装の袋を一つ取り出して、ヨミに向けた。


「ヨミちゃん、今のうちにアメ舐めるー?」


「……………」


ヨミは答えない。

反対側の小屋の前に立って、ヨミは呟く。


「……ミコネ」


うつむく表情には、陰が差している。

ミコネは、努めて明るい声で応えた。


「なぁに? ヨミちゃん」


ヨミは振り返らずに、言う。


「『怪異模倣案件モキュメント』は私が撃滅する――

 それが、()()()()()()()()()()であっても」


「…………っ!」


小屋の戸をくぐり、闇に消えていくヨミ。

その小さな背中に、

ミコネは声をかけることが出来なかった。




小屋に入り、ミコネは内から戸を閉める。

灯りは戸のスリットから差し込む月光だけ。


室内を見回した。


広さは畳八畳くらいだろうか。

意外と奥行きがあるものの、調度品は少ない。


中央には座布団が一枚。


部屋の奥に、三つ足の机が一つ。

机の上には、何も置かれていなかった。


床はゴツゴツとした木の板が敷かれている。

そのまま座るとお尻を痛めそうなので、

ミコネは座布団の上に座った。


唯一の光源である、戸の光を眺めることにする。


――あとは、時間を待つだけ。


ミコネは、偽死忌ギシキのルールを思い出した。



・室内では喋ってはいけない

・室内では灯りを点けてはいけない

・室内では何も食べてはいけない

・室内では決して眠ってはいけない



指を折りながら、数える。

全部で、四つのルール。


「(このルールを守って、小屋の中で夜を過ごす。そうして、この島にいる神様――島神様に、祈りをささげて――0時になったら、死んだフリをする。これで、良かったはずだよね)」


ミコネは布に包まれた長物をほどく。

中身は本物のナイフ――らしい。


かすかな月の光を受けて、刀身がきらめいた。

このナイフを胸に当てて、死ぬ真似をするのだ。

そう、0時になったら――


「(あれっ?)」


ミコネの頬に、冷たい汗が流れた。


「(0時って、どうやって判断すればいいんだろ???)」


スマホの類は、灯りを出してしまう道具である。

小屋に入る前に、秋野ビストに預けていたのだ。


「(あ、やばいやばいやばい!)」


ミコネは時計を持ってない……

これじゃ、0時を判断できない!


「(どうしよ、儀式をやり直さなきゃ……!)」


座布団から立ち上がろうとすると――

コン、コン。

背後の壁板を、小さく叩く音。


思わず、ミコネは肩を跳ねさせる。

音の方向から、落ち着いた声が響いた。


「ダメわよ、返事したら。

 言葉は厳禁、でしょ?」


「(セラ先輩!)」


声の主は、セラだ。


「秋野のお母さん、言い忘れてたみたいだけどさァ。巫女に零の刻を告げるために、祭場の外で待機する要員がいるみたいなのよ。アンタの分はアタシが担当するわ。殊能しゅのうヨミの方は、無明むみょうマツリに任せてる。おわかり? 了解したなら、ノックで答えなさい」


了解――!

ミコネは立ち上がり、近くの壁をトントン、と叩く。


壁の向こうから、セラの声が聞こえた。


「よしよし。どうせ一人でいたら、アンタも眠っちゃいそうだしさァ。アタシで良ければ、儀式の時間が来るまで、話し相手になってあげるわよ。まァ、話し相手っつっても、アタシが一方的に喋るだけか……」


「(いえいえ! 助かりまーすッ!)」


ありがたい話である。


セラは色んなことを知ってて、普段から話が面白い。

少し前にも、古代の魔術の話で盛り上がったばかりだった。




それから、セラは他愛のない話をいくつかしてくれた。


キャトルミューティレーションの正体は、牧草地で病死した牛の身体が血が流れて、地面にしみ込むために、血を抜かれたように見えてしまうとか――昭和初期に神奈川県で発生した、ウイチグス呪法典グリモアの写本の一つが原因となった事件で、大活躍した奇妙な名探偵がいたとか――ある漁村で、漁獲を願って魚の如き神と契約した一族がいたとか――そんな興味深く、胡乱で、楽しい話を。


「(そう、あたしはオカルトが好き。ヨミちゃんは、撃滅したくて仕方ないみたいだけど……なんでかな。昔は、お母さんの影響で、そういう話もしてた気がするのに)」


なんて。本当は、ヨミが怪異を撃滅したがる理由には()()()()があるんだけど。


自分がオカルトに惹かれるようになった方の理由については、最近、はっきりと自覚するようになった――この島に、やって来てからは、特に。



ずっと、この島のような伝説を探していた。

死後の世界を証明する、神秘を。


現代の科学では説明することが出来ない――

誰も否定できない、

世界の外側の法則アウト・オブ・ジス・ワールドがあることを確かめたかった。



「――ごめんなさい、ミコネ」


「(……えっ?)」


壁の外で、セラは声をひそめた。


「ホントは、ずっと知ってたわ。アンタの母親のこと。オカルティストのあいだでは、有名だものね……」


「(そうだよね。セラ先輩は物知りだから、知ってても当たり前)」


知ってて、知らないふりをしてくれた。

――セラ先輩は、優しいから。


コン、と壁を叩いてミコネは答えた。

セラは絞り出すような声で、続ける。


玄野くろのアル。一般的には、推理小説作家の『夢野ナコト』って言った方が、通りが良いわよね。作品を読んだのは、つい最近だけど。それ以前から、アタシも作者の名前は知ってたわよ。ほら、()()()だもんね……」


有名人、という響きが皮肉だった。


オカルトマニアのセラが知ってる『夢野ナコト』は、推理小説作家としてじゃなく――筋金入りの神秘主義者スピリチュアリストとして、だろう。


「作品のファンからしたら、意外みたいよね。そりゃそうか。『夢野ナコト』が小説に書いている名探偵はさァ――この世には不思議なことなんてなァんにも無い、って顔の現実主義者リアリストで、快刀乱麻の推理で事件を解決しちゃう、冷徹無比な理性と論理の使徒。そんな名探偵の生みの親が、よりにもよって作品外では、オーラだの霊界だのなんて言って、バラエティ番組で占い師みたいな顔して出てるんだもの」


一見して、同じ人間から生まれたキャラクターとは思えないのも無理はない。


もちろん、一般論として――

人間には、いくつもの内面が存在するのだし。

そういったペルソナを使い分けて、

色んな立場の登場人物を描く――

というのは、作家の能力なんだと思う。


もちろん、一般論は一般論で。

『夢野ナコト』の場合にはタネがあったのだが。



★★★


「ミコネ。こわいの?」


「うん……」


「お化けなんて、いないよ。

 ミコネは、すぐ、だまされる……かも」


★★★



ごく身近に――実の娘(ミコネ)のすぐ近くに、

名探偵ヨミちゃんというモデルがいた、というタネが。


――その母も、今はもう亡くなっている。


ありふれた不幸。ありふれた病気。

人並みのありふれた最期、けれども。


最期に発した言葉は、有名人の遺した、

ありふれない逸話として、注目を浴びた。


「『夢野ナコト』は死後の世界を信じてた。

 だから、自分のファンにこう言い遺したのよね?」



――私が逝ったら、絶対に、どんな方法を使ってでも、現世に私のメッセージを送ってみせる。私の死が、死後の世界の実在を証明する……!



コン、とミコネはノックで応えた。


人は死んだら、終わり……じゃない、と。

玄野くろのアルが遺した呪。


母が死んでから、ミコネの見える世界は一変した。



☆☆☆


「機嫌が悪いときとか、気分が悪いとき、とか……精神がネガティブなときには、何を言われても……何を聞いても……マイナスに捉えてしまうことがある。だから、人を殺したいほど憎んでいるときには……何を見ても……人を殺すための道具に、見えてくるのかも」


☆☆☆



以前に、ヨミが言っていたように。

人に見えるものは、その人の精神状態によって決まる。


「(あたしの、場合は……)」


ミコネは探したのだ。

どこかに、母のメッセージがあるはずだと。


朝、登校するときの電車のベル。

電柱の陰で動くもの。

SNSの書き込み。

友達との何気ない会話。

前に見たはずの景色。

開いた辞書の一番目の言葉。

叫び声。

脚の欠けた昆虫。

川を三度越えても消えない鈴の音。

同じ顔の他人。

技巧呪術書アート・マジック

晴れの日に降る雨。

四月に降る雪。

尋常ではない出来事――

どこかに、ある。

きっと、あるはず。

目を皿にして一瞥する。

この上なく明瞭で、

読み落としもなく、

世界の外側の法則だとわかる、

アウトサイダーの足跡サインがあるのだ、と。


それから、目につくようになった。

惹かれるようになった。


怪異の痕跡サイン


夜の灯に集う、蛾のように――

玄野くろのミコネは怪異の情報を集めるようになった。


ならば、ヨミが怪異を撃滅するのは――?


殊能しゅのうヨミはさァ、アンタのことが大事なのよ」


「(……やっぱり、そうだよね)」


ミコネは言葉を呑み込んで、うなずいた。


「(あたし、ヨミちゃんに守られてる……)」


口で言っても、止まらないから。



☆☆☆


「私、メリーさん。

 今、ミコネの後ろにいるの……」


「ひゃあああッ!」


銀色の髪をたなびかせて、ヨミが言う。


「メリーさんというのは、嘘。

 私だよ」


「なァんで、ヨミちゃんがここにいるのー!?」


☆☆☆



怪異を求めるミコネを否定せず――

『魔』の危険だけをはらい、見守り続けてくれた。


「いい加減、わかってきたでしょ。怪異みたいな『魔』はさァ、人の心に悪い影響を与えるんだから。それが本物の神秘じゃなくったって、インチキの、まがいものに過ぎない『怪異模倣案件モキュメント』であっても、人間を凶行に駆り立てる……アンタも、これまでに何度も危ない目に遭ってきたじゃないのよ」


「(わかってます、セラ先輩。だからこそ……あたしが怪異を見る目も、変わってきたんです)」


『魔』とは、世界に空いた陥穽あなのようなものだ。


ミコネのように、怪異に惹かれるものは、油断すると穴に落ちて、取り返しのつかない悲劇に陥るかもしれない――これまでの怪異撃滅クラブは、そんな人たちを、穴に落ちる一歩手前で引き上げることをしてきた。


「(あたし、もっと、強くならなきゃダメだ。ヨミちゃんみたいに、マツリちゃんみたいに、セラ先輩みたいに……強く、賢く、人に優しくできるようになるんだ)」


ようやく、旅の終着点が見えてきた。


死後の世界の証明。

母の遺した影を追う旅は、きっとここで終わり。



ミコネの目的は変わりつつあった。

今では、そう――

『魔』に苦しめられる人の、力になりたい。


もう、死後の世界があっても無くても関係ないんだ。



偽死忌ギシキ――

何も起きなければ、それでも良い。


仮に何か起きても、きっとヨミは撃滅してくれる。

これまでも、ずっとそうだったけど。


「(だけど――あたしが、変わらなきゃだよッ!)」


小さく、強く、拳を握る。

コン、と壁を叩くと――セラの方もコン、と答えた。


壁の向こうで、セラが微笑んだ――ような、気がして。

ミコネは、そのことが嬉しかった。




「(……あれっ?)」


室内の暗さが一段と増した。

気づくと、扉から差し込む月光が薄くなっている。


「(月が雲に隠れたのかな……?)」


「おっと。そろそろ、カウントダウンわよ」


「(えっ、もう、そんな時間ッ!?)」


ミコネは慌てて、手元のナイフを確認する。

薄暗いから、距離感に注意しないと!


「ほらほら、いくわよー。

 きゅー、はち、なな、ろく……」


ミコネは、ナイフの柄を手に取る。

布越しに、胸の中心へと刃先を向けた。


事前に受けた、指示通りに。


「……よん、さん、にー」


震えが刃に伝わる。

触れる真似をするだけ、真似をするだけ――


大丈夫。

胸元に手を当てると、心強い感触があった。


「(きっと、何があっても、守ってくれる)」


「いち……ゼロ!」


セラが零時を告げると同時に、

ミコネは動いた。


触れるか、触れないか。

ちょん、と当てる真似をして――


「(よし……!)」


当てたら、ナイフを床に置く!

座布団の横。これも指示通りだ。


「(これで、大丈夫のはず……)」


一時的な仮の死を迎える儀式。

死後の世界へと行く手順は完了した。



果たして、何が起きるのだろう。

高鳴る心臓。

ミコネが、緊張を高めた瞬間――



ドォン!



扉の向こうから、轟音がした。

方角は――ヨミのいる小屋の方だ。


「(な、なにッ!?)」


奇怪な音は、一度では終わらない。

続けて、

ガァン! ガァン! と、何度も床に打ちつける音がする。


ヨミの身に、何かが起きた?


小屋の中では声を出してはならない――

そんなルールは、ミコネの頭の中から消えていた。


「――ヨミちゃんッ!」


ミコネは立ち上がり、外に声をかける。


「セラ先輩! 何かあったんですか!?」


禁を破った叫び――しかし、返事はない。



()()()()()()()()



不測の事態に、呼吸が浅くなった。

怖気が背骨の方から上がってきて、喉が詰まる。


もう、こうなったら儀式どころではない。

ヨミの安全を、確かめるしかない。


ミコネは嫌な予感を振り払うように、扉を開けた。



「…………え?」



扉の向こうの光景が信じられない。

ミコネは自分が見ているものを疑った。


まず、感じたのは異臭。


生臭い、鉄の匂い。

扉を開けた真正面では、反対側の小屋が見える。

ヨミの小屋は、同じように扉が開いていた。


闇に慣れた目が、室内を見据える。

何が、あるのか、理解して、

ミコネは息をするのも吐くのも忘れた。


床の一面に、黒色の液体けつえきが広がっている。

裂けた白い布の正体がワンピースだと気づいたのは、

布切れにつけられていた刺繍のおかげだろうか。


触れば折れそうと思っていた細い足は、

赤黒い血に汚れて、

ほっそりとした太ももから切断されて転がっていた。


すぐ横にあるのが切断された腕だと気づいたのは、

幾度も絡めた指の形に、見覚えがあったからだろう。


「あ……あ……?」


乱れた足取りで、小屋の外に出る。

反対側の小屋へと足を進める。


何かがある。見たくもないものが。


ヨミがいた小屋は、

ミコネのいた小屋と同じ構造になっているらしい。


小屋の奥には机が一つ。


異なる点はというと――

机の上には、瞳を閉じた顔があった。


長い銀色の睫毛を伏して、眠っているように。


口元からは一筋の血をこぼして。

銀色の髪を机いっぱいに広げて。


首から上だけの、少女が置かれていた。


人ではなく、モノのように、だ。


胃が収縮する。

黄色い味が喉元までせり上がってきた。


机の上にあったのは――



「い……いやァああああぁ!」



殊能しゅのうヨミ。

ミコネの大切な人は、物言わぬ首となっていた。

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