第二の儀「……の母親です。全てをお話しします」
船は波音だけを残して、桟橋を離れていく。
島で一行を出迎えたのは、
青みを帯びた長髪の女性だった。
白いブラウスに、涼しげな紺のスカート。
穏やかに浮かべる笑みには、
どこか儚げな影が差していた。
「はるばる遠いところまで、おいでくださいまして。
お疲れ様です――と、言っておきます」
秋野ビスト。
彼女は、『あの』秋野テクトの母親である。
事前に、話は聞いてたけど――
実際に目の当たりにして、ミコネは驚いた。
「ビストさん。
テクト先輩の……妹さんかと思いましたッ!」
その容姿は若々しく、
とても高校生の娘がいたとは思えない。
何より、柔らかな女性らしい輪郭も、
青いグラデーションのかかった髪色も――
あの、秋野テクトと瓜二つだったのだ。
ビストは目を見開きつつ、頬をバラ色に染めた。
「玄野ミコネさん、と言っておられましたね。まったく、このような、いい歳をしたオバさんを捕まえて……初対面にもかかわらず、歯の浮くお世辞を、言っておくなんて……恐ろしい子ですねぇ、と言っておきましょう」
くるり、と反転し、ビストは先を促す。
「ついてきてくださいまし、と言っておきます」
「は、はァい!」
ヨミとセラは、こそこそと話し合う。
「なんか……イメージしてたよりも、変わった人ねェ?」
「……テクトよりもキャラが濃い、かも」
ビストに先導されて、一行は島の中に進む。
桟橋から見上げる丘には、ひらがなの「く」の字状に古い階段が這い、点々と木造家屋の屋根が見えた。瓦は苔むして、窓は雨戸が閉じたまま。
チリンチリン、と鈴がかすかに鳴っている。
「言っておくまでも無いかもしれませんが……かだす島は過疎化が進んでおります。私と娘が二人して、島を離れたときよりも、ずっと……昔なら、この時期にはギシキで大層賑やかだった、と言っておきますけれど」
ギシキ。
ビストが口にした言葉に、マツリが反応した。
「偽死忌――
セラ殿から、概要は聞いているでゴザル!
何やら、面妖な術だとか……」
答えたのは、セラだった。
「そうわよ。疑似的に死を体験する――完全に外部から隔絶された密室の中で、偽死行動を取ることによって、精神だけを死者の国へと送るっていう儀式ね。都市伝説にある「ひとりかくれんぼ」のような降霊術と似てるけど、霊を降ろすのではなく、霊界に行くことができるってのは珍しいわよね。これは、あくまでアタシの推理なんだけどさァ……偽死忌ってのは語呂合わせで、本来は、単に「儀式」とだけ、呼ばれてたんじゃないかしら?」
セラが講釈すると、ビストはうなずく。
「言っておきますと、その通りです。
特に、言っておくべきことはありません」
「じゃあ、言わなくていいじゃないのよ……」
「あ。言っておくことを思い出した、と言っておきます」
ビストは、寂れた集落を見渡す。
ミコネも、ビストの視線を追った。
人がいるはずだが、どこにも気配を感じない。
「偽死忌は既に途絶えています。そうなった経緯については、皆さんとしても、娘から聞いた話で想像はつくかもしれませんが……こうなってしまえば、今更、他所者も寄りつきません。ここは、終わった場所なのです――とでも、言っておきましょうか」
「終わった、場所……」と、ミコネは呟いた。
だけど、ここには怪異の影がある。
死と生が交わる場所――
この島こそ、
ミコネが求めていた場所かもしれないのだ。
脇道に入り、しばらく進んだ小道の終点は、
質素な作りのプレハブだった。
意外にも新しいようで、内部も清潔感がある。
ありがたいことに、業務用の扇風機も設置されていた。
「ここを拠点とする、と言っておきます。皆さんは、どうか、身体を休めるようにと言っておきますね。冷蔵庫の食材と、調理台の使用はご自由に。私は島の連中に色々と言っておく話がありますので、しばらく失礼します――と、言っておきましょう」
夜になれば、祭場に案内してくれるらしい。
偽死忌は絶えている、との話だったが――
他ならぬビストこそが、その最後の継承者なのだそうだ。
偽死忌の手順は、ビストが進めてくれることになっている。
あの、とミコネが手を挙げた。
「ビストさん。この島に行きたい、って連絡をしたのは、あたしです。でも、その……どうして、そこまで親切にしてくれるんですか?」
ミコネの問いかけに、ビストは目を伏せる。
一呼吸して、ゆっくり頭を上げた。
「……遺体安置所で、娘に会った夜のことです。警察の方が、言っておられました――テクトが息絶える、最後の、最期の瞬間まで、ミコネさんが――テクトのことを案じていた、と。血を吐いてもだえる、死の間際まで、あの子の手を握って、看取ってくれた、と。私は、あのときは呆然自失で。娘を失ったばかりで……言っておくべきことを、言っておけませんでした」
ビストは深々と、ミコネに礼をした。
「ありがとうございます……と、言わせてください」
「そんな……あたし、何も出来なかった……」
「人は死んだら、終わりです。でも、あの子の終わりの瞬間に、ミコネさんがいてくれたのです。そのことが、あの子と、家族である私の救いにもなっている……と言っておきますよ」
ビストはプレハブ小屋を後にした。
残されたミコネ。
隣にヨミが立ち、ぽん、と肩にあごを乗せた。
「ヨミちゃん……?」
「ミコネは、何も出来なかったわけじゃない……かも。私が出来るのは、怪異を撃滅することだけ――謎を推理して『怪異模倣案件』の正体を暴くこと、だけ。でも、ミコネは違う。私よりも、ずっとすごいことをしてる」
「あたし、大したことしてないよ? マツリちゃんやセラ先輩の手伝いをして、情報を集めたりはするけど……あたしがいなくても、事件は解決できるし」
ミコネが言うと、セラが「はァ?」と声をあげた。
「ふざけたこと言ってんじゃねーわよ。この前の円盤事件の時は、さんざんアタシを引っ張り回してくれたじゃない。別に、解かなくてもいい事件を解こうとしてさァ」
「そうだったッ! ごめんなさいッ!」
「……で。そのおせっかいのおかげで、あのUFO女がさァ……自分の中のしこりを解消して、心から、笑えるようになったんじゃない?」
「あ……!」
セラの言うとおりだった。
ミコネがやったことは、傍迷惑な、おせっかいだったのかもしれないけど……あのとき、共に星空を見上げた夜では……江藤マイヤは楽しそうにしてた。
マツリが横から入り、ミコネと腕を組む。
「マツリちゃん!?」
「拙者も、ずっと見てたでゴザルよ♪ 『くれくれさん』事件のときも、『さぎり駅』事件の時も……ミコネ殿は、いつだって、事件に巻き込まれた被害者のことを案じていたでゴザル。それが、たまに危なかっしいから……拙者も、心配になるけど」
「あたし、マツリちゃんに、いつも助けられてるよね……」
「忍。ミコネ殿にかけられる迷惑なら、大歓迎でゴザル!」
「ううっ。迷惑は、かけないように頑張るからッ!」
二人の言葉が、温かい。
ぐすり、と思わず鼻を鳴らした。
ミコネの肩に体重をかけて、ヨミがささやく。
「『エミロム』の事件も……それ以前の事件でも、そう。
ねぇ、ミコネ……」
「ヨミちゃん、どうしたの?」
すぅ、と息を吸う音。
ヨミは意を決したように、言った。
「ミコネ……怪異撃滅クラブに、入らない?」
「…………ッ!」
それは、いつか問われると思っていた言葉だった。
私立御簾川高校に入学して、すぐに――殊能ヨミがオカルト研究会を潰して、土台にすることで立ち上げた部活動――『怪異模倣案件』を調査して、その正体を明らかにすることを目的としている。
ヨミがどうしてそんな部活を作ったのか、
ミコネにはわかっていない。
わかっていないけど――
「(怪異に惹かれる、あたしと……怪異の正体を見極めようとするヨミちゃん。あたし達は、立場は違っても、追っているものはきっと同じで……あたしも、ヨミちゃんや、マツリちゃん、セラ先輩の――仲間なんだ、って今では思ってる)」
でも――まだ、撃滅したくない怪異がある。
信じたい怪異がある。
この世にあると思いたい――怪異が存在する。
「……ヨミちゃん。この島の調査が終わったら、考えさせて。きっと、その時には返事ができるって、思ってるからッ!」
「ん。待ってる、かも。ミコネの、気が済むまでね」
「えへへ。ありがとッ!」
ヨミがぐぐっ、と体重をかけてミコネにかぶさる。
安心する、大切な人の匂い。
後ろから包まれてるみたいで、くすぐったい。
「(ヨミちゃん、待っててね……)」
ヨミは黙して、ミコネに重なる。
二人だけの時間が流れる――
そこに、セラが甲高い声で水を差した。
「この島の調査が終わったとき、ねェ……。アンタたち、忘れてないでしょうねェ? アタシと殊能ヨミの『契約』をさァ。怪異撃滅クラブが怪異撃滅に失敗したら、そん時は、アンタらみんなオカ研になるんだからねェ!」
んんっ?
「あーっ! そうだったッ!」
そういえば、そんな設定あったんだった!
(セラ先輩が優しいから忘れてたけどッ!)
「へっへっへ、この島のウワサが本物かどうか、楽しみだわァ。今度こそ、殊能ヨミが完膚なきまでに敗北してさァ……『この世には、本物の怪異がある!』って認める瞬間が、ついに見られるかもねェ!」
ヘビのように笑うセラを横目で見て、マツリはため息をつく。
「セラ殿は、相変わらずでゴザルなぁ……」
一方、ミコネの背中でヨミがもぞもぞしていると――
「……えっ」
ふと、ヨミが何かに気づくような声を出した。
「ミコネ……ネックレスなんて、するようになったの?」
ヨミがミコネの首元に手をかける。
シルバーのチェーンをたぐり寄せると、幾何学模様のペンダント・トップがシャツの内側から出てきた。
「う、うん……! やっぱ、変かなぁ?」
「全然マブいけど……っていうか、なんか服もいつもより垢抜けてる……ミコネの可愛さ、当社比・五割増し……そうだ、こんな服、持ってなかった……かも」
ヨミが気づいてくれたので、嬉しくなった。
「そのとおりッ! ヨミちゃん、大正解。実は、あたしもヨミちゃんと旅行だーって思ったら、おめかししなきゃ、って思ってね……! ファッションに詳しい友達に相談して、一緒に買い物に行ったのッ!」
「と、友達……?」
フラリ、とヨミが倒れる。
「……誰……? その女……?
私、聞いてないかも……」
「ヨミちゃァん!? し、しっかりーーー!」
慣れた手つきで、マツリはヨミを介抱した。
「ううむ。ヨミ殿も相変わらずでゴザルなぁ……」
そして、流れて――時刻は、夜。
禁じられた祭りが、動き出そうとしていた。




