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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
第六章「死と生が交わる禁断の地『かだす島』」
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第二の儀「……の母親です。全てをお話しします」

船は波音だけを残して、桟橋を離れていく。


島で一行を出迎えたのは、

青みを帯びた長髪の女性だった。


白いブラウスに、涼しげな紺のスカート。

穏やかに浮かべる笑みには、

どこか儚げな影が差していた。


「はるばる遠いところまで、おいでくださいまして。

 お疲れ様です――と、言っておきます」


秋野ビスト。

彼女は、『あの』秋野テクトの母親である。


事前に、話は聞いてたけど――

実際に目の当たりにして、ミコネは驚いた。


「ビストさん。

 テクト先輩の……妹さんかと思いましたッ!」


その容姿は若々しく、

とても高校生の娘がいたとは思えない。


何より、柔らかな女性らしい輪郭も、

青いグラデーションのかかった髪色も――

あの、秋野テクトと瓜二つだったのだ。


ビストは目を見開きつつ、頬をバラ色に染めた。


玄野くろのミコネさん、と言っておられましたね。まったく、このような、いい歳をしたオバさんを捕まえて……初対面にもかかわらず、歯の浮くお世辞を、言っておくなんて……恐ろしい子ですねぇ、と言っておきましょう」


くるり、と反転し、ビストは先を促す。


「ついてきてくださいまし、と言っておきます」


「は、はァい!」


ヨミとセラは、こそこそと話し合う。


「なんか……イメージしてたよりも、変わった人ねェ?」


「……テクトよりもキャラが濃い、かも」


ビストに先導されて、一行は島の中に進む。


桟橋から見上げる丘には、ひらがなの「く」の字状に古い階段が這い、点々と木造家屋の屋根が見えた。瓦は苔むして、窓は雨戸が閉じたまま。


チリンチリン、と鈴がかすかに鳴っている。


「言っておくまでも無いかもしれませんが……かだす島は過疎化が進んでおります。私と娘が二人して、島を離れたときよりも、ずっと……昔なら、この時期には()()()で大層賑やかだった、と言っておきますけれど」


ギシキ。


ビストが口にした言葉に、マツリが反応した。


偽死忌ギシキ――

 セラ殿から、概要は聞いているでゴザル!

 何やら、面妖な術だとか……」


答えたのは、セラだった。


「そうわよ。疑似的に死を体験する――完全に外部から隔絶された密室の中で、偽死行動を取ることによって、精神だけを死者の国へと送るっていう儀式ね。都市伝説にある「ひとりかくれんぼ」のような降霊術と似てるけど、霊を降ろすのではなく、霊界に行くことができるってのは珍しいわよね。これは、あくまでアタシの推理なんだけどさァ……偽死忌ギシキってのは語呂合わせ(ワード・プレイ)で、本来は、単に「儀式」とだけ、呼ばれてたんじゃないかしら?」


セラが講釈すると、ビストはうなずく。


「言っておきますと、その通りです。

 特に、言っておくべきことはありません」


「じゃあ、言わなくていいじゃないのよ……」


「あ。言っておくことを思い出した、と言っておきます」


ビストは、寂れた集落を見渡す。

ミコネも、ビストの視線を追った。

人がいるはずだが、どこにも気配を感じない。


偽死忌ギシキは既に途絶えています。そうなった経緯については、皆さんとしても、娘から聞いた話で想像はつくかもしれませんが……こうなってしまえば、今更、他所者も寄りつきません。ここは、終わった場所なのです――とでも、言っておきましょうか」


「終わった、場所……」と、ミコネは呟いた。


だけど、ここには怪異の影がある。


死と生が交わる場所――

この島こそ、

ミコネが求めていた場所ものかもしれないのだ。




脇道に入り、しばらく進んだ小道の終点は、

質素な作りのプレハブだった。


意外にも新しいようで、内部も清潔感がある。

ありがたいことに、業務用の扇風機も設置されていた。


「ここを拠点とする、と言っておきます。皆さんは、どうか、身体を休めるようにと言っておきますね。冷蔵庫の食材と、調理台の使用はご自由に。私は島の連中に色々と言っておく話がありますので、しばらく失礼します――と、言っておきましょう」


夜になれば、祭場に案内してくれるらしい。

偽死忌ギシキは絶えている、との話だったが――

他ならぬビストこそが、その最後の継承者なのだそうだ。


偽死忌ギシキの手順は、ビストが進めてくれることになっている。


あの、とミコネが手を挙げた。


「ビストさん。この島に行きたい、って連絡をしたのは、あたしです。でも、その……どうして、そこまで親切にしてくれるんですか?」


ミコネの問いかけに、ビストは目を伏せる。

一呼吸して、ゆっくり頭を上げた。


「……遺体安置所で、娘に会った夜のことです。警察の方が、言っておられました――テクトが息絶える、最後の、最期の瞬間まで、ミコネさんが――テクトのことを案じていた、と。血を吐いてもだえる、死の間際まで、あの子の手を握って、看取ってくれた、と。私は、あのときは呆然自失で。娘を失ったばかりで……言っておくべきことを、言っておけませんでした」


ビストは深々と、ミコネに礼をした。


「ありがとうございます……と、言わせてください」


「そんな……あたし、何も出来なかった……」


「人は死んだら、終わりです。でも、あの子の終わりの瞬間に、ミコネさんがいてくれたのです。そのことが、あの子と、家族である私の救いにもなっている……と言っておきますよ」


ビストはプレハブ小屋を後にした。


残されたミコネ。

隣にヨミが立ち、ぽん、と肩にあごを乗せた。


「ヨミちゃん……?」


「ミコネは、何も出来なかったわけじゃない……かも。私が出来るのは、怪異を撃滅することだけ――謎を推理して『怪異模倣案件モキュメント』の正体を暴くこと、だけ。でも、ミコネは違う。私よりも、ずっとすごいことをしてる」


「あたし、大したことしてないよ? マツリちゃんやセラ先輩の手伝いをして、情報を集めたりはするけど……あたしがいなくても、事件は解決できるし」


ミコネが言うと、セラが「はァ?」と声をあげた。


「ふざけたこと言ってんじゃねーわよ。この前の円盤事件の時は、さんざんアタシを引っ張り回してくれたじゃない。別に、解かなくてもいい事件を解こうとしてさァ」


「そうだったッ! ごめんなさいッ!」


「……で。そのおせっかいのおかげで、あのUFO女がさァ……自分の中のしこりを解消して、心から、笑えるようになったんじゃない?」


「あ……!」


セラの言うとおりだった。


ミコネがやったことは、傍迷惑な、おせっかいだったのかもしれないけど……あのとき、共に星空を見上げた夜では……江藤えどうマイヤは楽しそうにしてた。


マツリが横から入り、ミコネと腕を組む。


「マツリちゃん!?」


「拙者も、ずっと見てたでゴザルよ♪ 『くれくれさん』事件のときも、『さぎり駅』事件の時も……ミコネ殿は、いつだって、事件に巻き込まれた被害者のことを案じていたでゴザル。それが、たまに危なかっしいから……拙者も、心配になるけど」


「あたし、マツリちゃんに、いつも助けられてるよね……」


にん。ミコネ殿にかけられる迷惑なら、大歓迎でゴザル!」


「ううっ。迷惑は、かけないように頑張るからッ!」


二人の言葉が、温かい。

ぐすり、と思わず鼻を鳴らした。


ミコネの肩に体重をかけて、ヨミがささやく。


「『エミロム』の事件も……それ以前の事件でも、そう。

 ねぇ、ミコネ……」


「ヨミちゃん、どうしたの?」


すぅ、と息を吸う音。

ヨミは意を決したように、言った。



「ミコネ……怪異撃滅クラブに、入らない?」



「…………ッ!」


それは、いつか問われると思っていた言葉だった。


私立御簾川(みすかわ)高校に入学して、すぐに――殊能しゅのうヨミがオカルト研究会を潰して、土台にすることで立ち上げた部活動――『怪異模倣案件モキュメント』を調査して、その正体を明らかにすることを目的としている。


ヨミがどうしてそんな部活を作ったのか、

ミコネにはわかっていない。


わかっていないけど――


「(怪異に惹かれる、あたしと……怪異の正体を見極めようとするヨミちゃん。あたし達は、立場は違っても、追っているものはきっと同じで……あたしも、ヨミちゃんや、マツリちゃん、セラ先輩の――仲間なんだ、って今では思ってる)」



でも――まだ、撃滅したくない怪異がある。

信じたい怪異がある。

この世にあると思いたい――怪異が存在する。



「……ヨミちゃん。この島の調査が終わったら、考えさせて。きっと、その時には返事ができるって、思ってるからッ!」


「ん。待ってる、かも。ミコネの、気が済むまでね」


「えへへ。ありがとッ!」


ヨミがぐぐっ、と体重をかけてミコネにかぶさる。

安心する、大切な人の匂い。

後ろから包まれてるみたいで、くすぐったい。


「(ヨミちゃん、待っててね……)」


ヨミは黙して、ミコネに重なる。

二人だけの時間が流れる――

そこに、セラが甲高い声で水を差した。


「この島の調査が終わったとき、ねェ……。アンタたち、忘れてないでしょうねェ? アタシと殊能しゅのうヨミの『契約』をさァ。怪異撃滅クラブが怪異撃滅ディセクトに失敗したら、そん時は、アンタらみんなオカ研になるんだからねェ!」


んんっ?


「あーっ! そうだったッ!」


そういえば、そんな設定あったんだった!

(セラ先輩が優しいから忘れてたけどッ!)


「へっへっへ、この島のウワサが本物かどうか、楽しみだわァ。今度こそ、殊能しゅのうヨミが完膚なきまでに敗北してさァ……『この世には、本物の怪異がある!』って認める瞬間が、ついに見られるかもねェ!」


ヘビのように笑うセラを横目で見て、マツリはため息をつく。


「セラ殿は、相変わらずでゴザルなぁ……」


一方、ミコネの背中でヨミがもぞもぞしていると――


「……えっ」


ふと、ヨミが何かに気づくような声を出した。


「ミコネ……ネックレスなんて、するようになったの?」


ヨミがミコネの首元に手をかける。

シルバーのチェーンをたぐり寄せると、幾何学模様のペンダント・トップがシャツの内側から出てきた。


「う、うん……! やっぱ、変かなぁ?」


「全然マブいけど……っていうか、なんか服もいつもより垢抜けてる……ミコネの可愛さ、当社比・五割増し……そうだ、こんな服、持ってなかった……かも」


ヨミが気づいてくれたので、嬉しくなった。


「そのとおりッ! ヨミちゃん、大正解。実は、あたしもヨミちゃんと旅行だーって思ったら、おめかししなきゃ、って思ってね……! ファッションに詳しい友達に相談して、一緒に買い物に行ったのッ!」


「と、友達……?」


フラリ、とヨミが倒れる。


「……誰……? その女……?

 私、聞いてないかも……」


「ヨミちゃァん!? し、しっかりーーー!」


慣れた手つきで、マツリはヨミを介抱した。


「ううむ。ヨミ殿も相変わらずでゴザルなぁ……」




そして、流れて――時刻は、夜。

禁じられた祭りが、動き出そうとしていた。

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