第一の儀「死者と会うことができる島」
潮風が吹く船のデッキに、三人の少女が並んでいる。
いや――ミコネ本人も含めれば、四人か。
「本土から、片道二時間かぁ。
ヨミちゃん、大丈夫? 酔ってない?」
「……問題、ない」
銀髪の少女――殊能ヨミは、
青い顔をしながら答える。
「…………かも」
うぷり、とヨミは口元を抑えた。
「ヨミちゃん、ホントに大丈夫なのッ!?
あ……セラ先輩!」
ヨミの隣にいた榎木田セラ――
怪異撃滅クラブ、唯一の上級生が動く。
「まったくもう、この子ったら。
船ン中で休んでなさいよ……」
「セラ、助かる……かも」
「仕方ないわねェ。よっこいしょ」
肩を貸して、セラがヨミを運んでいった。
ミコネはハラハラと見守る。
無明マツリは、苦笑いでそれを見送った。
「インドア派のヨミ殿には、酷な行軍でゴザルな……」
ミコネは空を見上げる。
照り続けるのは、サンサンと輝く太陽!
船による長時間の旅もさることながら――
何よりもきついのは、この猛暑である。
七月下旬。
日本列島は灼熱に包まれていた。
――サマーシーズン到来!
私立御簾川学園も、夏休みに突入。
このたび、怪異撃滅クラブはかねてからの計画を実行に移すことにした――そう、都下を離れて、西日本にまで活動の範囲を拡大することにしたのだ。
今回は泊りがけで、あるウワサの調査に向かっている。
言うならば、夏休み合宿だ。
行き先は――かだす島、という離島である。
「ヨミちゃんってば、普段なら、アームチェア何とかって言って、こういう行事には付いてこないのに……珍しいよねッ!?」
「ふむ。安楽椅子探偵、というやつでゴザルな。ヨミ殿の方もどうやら、心境の変化があったようでゴザル」
「心境の変化って?」
「どうにも最近、怪異撃滅を通じて、拙者やセラ殿と……その、ミコネ殿との距離が……縮まっているのではないか、と……」
言われてみれば――
ミコネが怪異のウワサを調べに行くときには、
マツリやセラ達と一緒に行動することが多い。
時には、ピンチになったりもしたけど、
そのたびに打ち解けてきた……と、思う。
「ホントだッ! あたし、マツリちゃんと、前よりも仲良くなれてる気がするー!」
「そ、そう、ストレートに言われると、照れ臭いでゴザルが。うん。拙者も、そう感じてる……」
二人で話していると――
船のデッキへ、セラが戻って来た。
「あのさァ。言っとくけど、これは遊びじゃないんだからね。怪異撃滅クラブの活動の一つ……”死者と生者が交わる島”のウワサの調査なんだからさァ……」
「そ、そんなこと言っても……ッ!」
ミコネは、セラのファッションをチェックする。
榎木田セラは胸元と腰元のシルエットが大胆に出ている、セクシーな印象のマキシワンピースをまとっていた。
普段はツインテールにまとめているエメラルド色の髪を下ろして、背中に流している――その上には涼しげな麦わらハット――どこから、どう見ても、おめかし充分の観光スタイルである!
バカンスに来たとしか、思えない。
浮かれすぎもいいとこだ!
「……セラ先輩、説得力が無いですッ!」
「そうわよ?」
「まったくでゴザル。
セラ殿も、拙者を見習うでゴザルよ」
そう言うマツリは、と言うと。
オレンジのタンクトップにデニムショーツという健康的で快活なスタイルである――茶髪のポニーテールは普段どおり。
ただし、そこには鮮やかな髪留めが目立っている。
「あれっ。マツリちゃん、髪留めなんてしてたっけ?」
「こ、これは……せっかくのお出かけだしっ」
「無明マツリ!
アンタだって、旅行気分じゃないのよ!」
まぁ、いいんじゃないだろうか。
旅行と言えば、旅行なんだし。
ミコネは水平線の先に見える島を眺める。
人口数百人程度の小さい島、らしい。
「かだす島。
……テクト先輩の生まれ故郷、なんですよね」
秋野テクト――
榎木田セラの幼馴染である上級生だ。
セラは遠くを眺めて、テクトの話を口にする。
「もう何年も帰ってない、って話だったけどね。アタシも、秋野と知り合ったのは、本土でのちょっとした縁でさァ……こうやって来るのは、初めてだわ」
「そう、だったんですね……」
かだす島――
この島には、古くから奇妙な祭りがあるらしい。
祭りの主役は、死者の扮装をするというものだ。
言うならば、『疑似的な殺人事件』を起こすのである。
そうやって死んだフリをした主役は、
祭りの最後には、生き返ってみせる。
仮死状態となっていた被害者は――
そのあいだ、死者の国に渡ることになるらしい。
死者の国に行くことで――
死んだ人間と、再会することができるのだ。
セラは、自身のデータベースから情報を引き出した。
「古事記に根之堅洲國っていう記述があるでしょ? かだす島は、この「かたす国」に由来するんじゃないかって言われてる」
「根之堅洲國って、死者の国なんでしたっけ?」
「それがあいまいでさァ。そうとも取れるし、そうとも取れない……少なくとも、死者の国である黄泉の国と同じようなもん、ってくらいしかわかンないのよ」
「黄泉の国……」
ヨミの、国。
ミコネの脳裏に、幼馴染の顔が浮かぶ。
マツリは「そう言えば」と口を挟んだ。
「思い出したでゴザル。”異界駅”の事件のときに、ミコネ殿は「かたす駅」という言葉を口にしていたでゴザルな」
「うん。「かたす駅」っていう異界駅も、この島と同じで、もしかしたら、根之堅洲國のことなんじゃないか……って、ネットに書いてあったの」
「なるほど。ミコネ殿がずっと探していた……
”死者と会うことができる怪異”でゴザルか」
「島のことは、あの蒼龍館の事件の時に、テクト先輩から聞いてたけど。夏休みに入るまでは、流石にここまで来る機会が無かったんだよね……」
セラは「はァん」と息を吐く。
「未知なるかだす島に夢を求めて、か。
果たして、ウワサは本物なのかしら……?」
「本物……じゃないよ」
か細いながらも、反論する声。
ミコネが振り返ると、復活したヨミがデッキに出てきた。
肩を隠す薄手のボレロを羽織り、
灰色がかったワンピースをまとっている。
鎖骨から伸びる腕は折れそうに細く、
スカート越しに浮かび上がる影も儚い。
長い銀色の髪に、片目を隠して。
押せば倒れそうな人形細工の少女は、
それでも、確固たる口調で断じた。
「本物の怪異なんて、存在しない。
『怪異模倣案件』は……私が撃滅する」
「ヨミちゃん……」
「ミコネ。覚えておいて。
人は死んだら……終わり、だから」
そう口にするヨミの口調は、有無を言わせないようで。
ミコネは、幼馴染の真意を測りかねていた……。
その後――
スロープが下り、潮の匂いが鼻先をくすぐる頃。
船が到着し、一行は桟橋から島へ上陸した。
「殊能ヨミ。
怪異撃滅クラブ、部長……」
「無明マツリ。
怪異撃滅クラブでゴザル!」
「榎木田セラ。
一応、怪異撃滅クラブってことで」
「玄野ミコネ。
ええと、帰宅部ですッ!」
四人を出迎えたのは、
青い髪をした清楚な美人だった。
「かだす島へようこそ――
と、言っておきます。
秋野ビストです。
島の案内は、私にお任せください――
と、言っておきましょう」




